インド洋初の海底温泉発見の瞬間


蒲生俊敬(北海道大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)



 インド洋中央海嶺における海底熱水活動の研究は,太平洋や大西洋の中央海嶺に比べてはるかに遅れている.日本の調査チームが,1993年,1998年,そして2000年の3回にわたり,インド洋中央海嶺ロドリゲス三重点の観測を継続して行った.その結果,20008月に同海域に潜航した海洋科学技術センターのROVかいこう」によって,インド洋で初の海底熱水活動が発見された.熱水試料・熱水生物群集試料をはじめ,貴重な海底試料が採取され,多くの新事実がいま明らかにされつつある.

Kairei Field
(インド洋で初めて見つかった水温360℃のブラックスモーカー熱水.海洋科学技術センター提供)


1.はじめに

 生成したばかりの海洋地殻内に海水がしみ込み,マグマの熱によって加熱されたものを一般に海底熱水と呼ぶ.熱水と岩石との間で相互に化学反応が起こり,熱水の化学組成は一般に海水とは大きく異なることが知られている.密度の小さい熱水は,海底の噴き出し口から海水中に放出されるが,このとき多くの化学元素を海水中に供給する(図1).また熱水循環の過程で,海水中のMg+SO42-は海水から除かれる.このように深海底の熱水活動(海底温泉)は,海水の化学組成に大きな影響を与えている.
 数え方にもよるが,これまでに世界中の深海底で数十ヶ所以上の海底熱水活動が知られている.それらのほとんどは,東太平洋の中央海嶺(東太平洋海膨,ファンデフカ海嶺など),西太平洋の島弧・背弧海盆(マリアナトラフ,沖縄トラフなど),および大西洋中央海嶺に集中している(図2).
 ところが,太平洋と大西洋と並んで広大な面積を占めるインド洋での調査は大きく遅れている.インド洋中央海嶺における海底熱水活動の実態はまだほとんど解明されていないのだ.これはアメリカやフランスなど深海調査の先進国からインド洋がアクセスしにくい位置にあることが原因の一つと思われる.中央海嶺からの物質フラックスをグローバルに見積もる上で,また太平洋と大西洋にまたがる熱水生物群の進化の過程を明らかにする上で,インド洋の空白域にメスを入れることが切望されていた.
 インド洋の中央海嶺は逆Y字型をしている(図2).アラビア海からほぼ真南に向かう中央インド洋海嶺(Central Indian Ridge: CIR),オーストラリア大陸南方から北西方向に延びる南東インド洋海嶺(Southeastern Indian Ridge: SEIR),およびアフリカ大陸南方から北東方向に延びる南西インド洋海嶺(Southwestern Indian Ridge: SWIR),この3本の中央海嶺がロドリゲス三重点(Rodriguez Triple Junction; 2532'S, 7002'E)で一点に交わっている.1980年代後半より,ドイツやフランスの観測船によって散発的な化学的調査・研究が細々と行われ,南緯19度から24度までの間の中央インド洋海嶺では熱水活動の兆候を示す熱水プルーム(メタン,マンガン,ヘリウム-3など熱水起源の化学成分が異常値を示す水塊)が検出されていたが,熱水噴出の現場を見た者はなかった.
 我が国は,地理的にインド洋に近いというほどではないが,それでも米国よりはアクセスしやすい位置にある.我が国の観測チームは,1993年から2000年にかけて3回の大がかりな観測航海をインド洋で行い,世界に先駆けて,インド洋で初の海底熱水活動を発見するに至った.以下に,各航海の概要と成果をまとめ,7年間の調査・研究の経緯を紹介する.


2.白鳳丸KH-93-3次航海(1993年)

 19937月から9月にかけ,東京大学海洋研究所は観測船白鳳丸3,998トン)をインド洋に派遣した.白鳳丸KH-93-3研究航海(共同主席研究員:玉木賢策氏および藤本博巳氏)である.主要な調査ターゲットはインド洋の3つの海嶺の会合するロドリゲス三重点で,シービームによる詳細な地形探査,海底地震観測,海底の岩石採取,深海ビデオカメラ観測など,当海域の海底の総合的な調査が実施された.この調査の一環として,筆者は当海域の海底直上の海水の化学的性質を詳しく調査する機会に恵まれた.限られた観測日数のなかで,幸いにも強い熱水活動の兆候(熱水プルーム)をつかむことができ,熱水活動の源をある程度絞り込むことに成功した.
 このとき乗船した地球化学観測チームは,東大海洋研究所から筆者と蓮本浩志氏,さらに中山英一郎・小畑元・岡村慶(京都大学),下島公紀(電中研),一色健司(高知女子大),金山晋司(山形大),大森保・小泉宝之(琉球大),および松本哲志(大阪市立大)の各氏からなり,観測と船上化学分析を分担した.
 海底熱水活動がもし存在するのであれば,噴出した熱水が海底から立ち上り,ちょうどキノコ雲のように周辺に広がっていることが予想される(図1).このような熱水の影響を受けた水塊を熱水プルームと呼ぶ.熱水プルームをうまく捉まえることができれば,その源を手繰ることによって熱水活動の現場にたどり着けるかもしれない.しかしロドリゲス三重点付近で過去に熱水プルームを調査した例は皆無だ.最初は闇の中を手探りで進むしかない.
 熱水プルームの探索は,停船した船上からCTDロゼット採水システム(図3)を降下させて行った.現場センサーのリアルタイムデータと,いろいろな深度で採取した海水を船上で分析して得られる熱水指標成分濃度データの両方から,熱水活動を示唆する異常がないかどうか調べた.現場センサーとして,透過度計(Sea Tech, 25 cm path)を装着したCTDConductivity, Temperature, Depth sensors; Sea Bird, SBE-9plus)を用いた.また熱水指標成分として,メタン,マンガン,鉄,アルミニウム,pHなどを分析した.海水の採取には,十分に洗浄した12リットルニスキン採水器(一部にレバーアクション型を使用)22本を使用した.
 通常観測では,このシステムを海底直上まで降下させて水温や透過度の分布を調べ,巻き上げ時に22層の深層海水を採取した.また,米国の研究者によって常用されているtow-yo観測法(観測船をゆっくり一方向に移動させながら,CTD採水システムの上げ下げを繰り返し,短時間のうちに熱水プルームの鉛直断面を得る手法)を,我が国で初めて本格的に使用した.Tow-yo観測では,刻々のCTDシステムの位置を正確に知る必要があるので,同システムには音響トランスポンダーを搭載した(図3).
 研究海域の詳細な地形図は図4に示した通りで,比較参照点である測点1(図4からはるかに外れたインド洋中央海嶺の外側に設定)以外は,すべての観測をロドリゲス三重点付近に集中させた.まず通常の停船観測を,測点2346781012131410点で実施していった.
 これら10点の観測点のうち,明確な熱水プルームの検出されたのは,ロドリゲス三重点から北に12マイルほど離れた,中央インド洋海嶺最初のセグメント中軸谷の測点6のみであった.測点6で得られたCTDデータ(ポテンシャル水温,塩分,ポテンシャル密度)および透過度のデータを図5に示す.水深2,250デシバール(2,224 mに相当)付近に,顕著な透過度異常(海水の透過度が小さい,すなわち熱水と海水の反応で生じた粒子物質で濁っている)層がある.この異常層で採取した海水から高濃度のメタン,マンガン,鉄が検出され,熱水プルームに間違いのないことがわかった.
 海水のポテンシャル密度(σθ)分布(図5)からみて,深さ2,200デシバール以浅から急に密度勾配が大きくなる.熱水プルームの密度はこの深度で周囲の海水と同一になって浮力を失い,以後水平方向にたなびいているのであろう.では,この熱水プルームはどこから来たのだろう? 直下の海嶺中軸谷だろうか.熱水活動の起こる可能性が高いのはやはり海嶺中軸谷であろう.しかし,もしそうならば,この熱水プルームは海底(深さ4,218m)から約2,000mも立ち昇ったことになる.ふつう熱水プルームは海底からせいぜい200300m上昇する程度で,メガプルームと呼ばれる一過性の特大プルームでさえ海底上500mからせいぜい1,000m立ち上がるに過ぎない.2000mというのは,過去の例から見ていかにも高すぎる.もっと深度の浅い海底(例えば中軸谷の両側斜面のどこか)で発生し,測点6まで水平方向にたなびいてきたのではなかろうか.
 いずれにせよ熱水プルームのしっぽを掴めたことに我々は気を強くし,その源を探りあてるべく,4回のtow-yo観測(図4T1T4)に残された観測時間を投入した.図6(a)(b)は,こうして得られた測線T1T4の海水の透過度異常の断面図である.ジグザクの線はCTDシステムを曳航した跡を示す.果たせるかな,透過度異常層は海嶺中軸谷上のみに存在するのではなく,東側の斜面はるか上までずっと続いていることが明らかになった.しかも透過度異常が最も大きかったのは,T-4測線の一番最後(図6(b))で,海嶺中軸谷から直線距離で約1,800mも斜面を上がったところであった.そこには水深23002600m程度の海底の高まり(海丘)があった(後に「白鳳海丘」と呼ぶことになる).熱水活動の源はこのあたりにあるのだろうか? 海嶺軸からこんなに離れていていいのだろうか?
 我々は,なお慎重に,tow-yo観測中に透過度異常層のほぼ中央(図6(a)(b)の黒丸)で採取した海水中の溶存メタンとマンガンの分析結果が出るのを待った.メタンもマンガンも,それぞれ熱水プルームのよいトレーサーだが,この両成分の相対比が熱水プルームの新しさを示す可能性がある.メタンもマンガンも保存量ではなく,時間とともに濃度が減少していく.メタンは微生物によってしだいに分解され消滅する.また,マンガンは酸化され不溶性の二酸化マンガン粒子となって海底に沈降する.これらの二つの過程は同時進行するが,前者の方が後者に比べてやや速く起こることが知られている.つまり熱水プルームが古くなればなるほど,熱水プルーム中のメタン/マンガン比が小さくなっていくと期待される.
 メタン/マンガン比のデータを図7に示す.斜面を北東方向に上に行くほど熱水プルームのメタン/マンガン比は高くなることがわかる.すなわち,斜面上へ行くほどプルームが若いのである.このことから,熱水プルームの源は海嶺中軸谷にあるのではなく,そこから北東側に数マイル離れた斜面上,おそらく,後に白鳳海丘と呼ぶことになる地形の高まり付近に活動の中心があるらしいとの結論を得た.
 残念ながら,航海はそこで時間切れとなった.
 この航海の成果は,
T. Gamo, E. Nakayama, K. Shitashima, K. Isshiki, H. Obata, K. Okamura, S. Kanayama, T. Oomori, T. Koizumi, S. Matsumoto, and H. Hasumoto: Hydrothermal plumes at the Rodriguez Triple Junction, Indian Ridge. Earth Planet. Sci. Lett., 142, 261-270 (1996)
として公表した.
 航海中のエピソードは,拙著「海洋の科学-----深海底から探る」,NHKブックス,211pp.1996)にも,少しだけ紹介した.


3.「よこすか/しんかい6500MODE'98レグ3航海(1998年)

 海底温泉の現場を最終的に確認し,かつサンプリングを行うには,有人潜水船もしくはROVRemotely Operated Vehicle,無人潜水機)を用いる.観測船で実施した広域観測のデータに基づき,最も可能性の強いと思われる海底を重点的に調査するのである.潜水船やROVの行動範囲はきわめて狭い.十分な予備調査(サイトサーベイ)のデータによってターゲットが絞り込まれていないと,潜ってみたのに何も見つからなかった,ということになる.潜水船の出動はあくまで最終確認のためにある.
 KH-93-3航海で得たデータは,必ずしも潜水船の調査に直結するほど詳細なものではなかった.白鳳海丘の周辺をさらに詳しくマッピングし,熱水活動の位置をより正確に絞り込む必要があった.が,それをスキップして潜航調査を行うことになったとしても,510回程度の潜航を集中できるのなら,熱水系を発見する可能性は大きいと思われた.そこで,観測船あるいは潜水船のいずれかが,ロドリゲス3重点に赴く機会を待った.
 白鳳丸航海から5年後の1998年に,インド洋に行くチャンスがめぐってきた.この年は国際海洋年(Vasco da Gamaによるインド航路の発見から500年)で,海洋科学技術センターの潜水船「しんかい6500」と母船「よこすか」による世界一周航海(MODE'98航海)が実施された.まず大西洋で2航海,ついでインド洋で2航海観測を行い,途中リスボンの国際海洋博覧会にも参加するという大計画である.インド洋での航海のうち一方(INDOYO Cruise)が,インド洋中央海嶺の熱水系の調査を行うという.インド洋では世界初の深海潜水船による調査である.しかし当初のターゲットは三重点からやや離れた南西インド洋海嶺に設定され,ロドリゲス三重点に行く計画はなかった.それでもひょっとしたら,と思い,KH-93-3航海の論文やOHPをひそかに持参して「よこすか」に乗船した.
 この航海の主要なメンバーは,主席研究員の藤本博巳氏(東大海洋研)以下,藤岡換太郎氏(JAMSTEC),太田秀氏(東大海洋研),Catherine MevelMathilde Cannat(フランスCNRS),Roger Searle(英国ダラム大学),Lindsay ParsonChris German(英国サウサンプトン海洋研)らで,地球化学関係では筆者のほかに宗林由樹氏(金沢大)が乗船した.
 南西インド洋海嶺では,国際共同インターリッジ計画の一環としてその前年に実施された日英仏による共同調査(FUJI航海)の観測データに基づき,海底熱水系の探査が行われた.FUJI航海では,英国のグループが透過度計を搭載した深海曳航機器TOBIによる観測を精力的に行い,海底直上に顕著な透過度異常を数ヶ所にわたって見つけていた.ただし彼らは化学トレーサーを一切測定しておらず,透過度の異常(海水の濁り)を即熱水プルームと見なしているところに一抹の不安があった.
 「しんかい6500」には,透過度計(KH-93-3航海で使用したものと同じ)付きのメモリー式CTDSea bird, SBE-25)と,熱水活動の発見に備えてポンプ式熱水採水器も搭載した.南西インド洋海嶺軸付近で潜航が繰り返された.しかし以前あった海底直上の透過度異常のピークが,今回はまるで検出されない.熱水活動の存在を示唆する生物(コシオリエビやイソギンチャクなど)もまったく観察されなかった.不安が的中したのである.ここでの活動的熱水域の発見は絶望,との空気が広がった.日本からはるばるインド洋まで来て,このまま手ぶらでは帰れない.ならばKH-93-3航海のデータのあるロドリゲス三重点で潜航してはどうか,という話が急浮上した(させた?).航海の終了まであと数日で,「しんかい6500」の潜航はあとわずか3回しか残っていなかったが,思いがけずチャンスはめぐってきた.
 図8はこのときの2回の潜航(#456と#457)の航跡を示す(天候悪化のため,あと1回はキャンセルとなった).いずれの潜航も白鳳海丘で行われた.我々はKH-93-3航海のデータと海丘の地形的特徴など綿密に検討して潜航経路を決定し,2回の潜航時間を最大限に活用した.潜航#456(観察者:太田秀)は,着底点の海底にシロウリガイの死殻を多数発見したが,その後は熱水活動の兆候はなかった.最後の潜航#457(観察者:筆者)でも,熱水活動はついにその姿を見せなかった.しかしいずれの潜航でも,離底直後の海底上100200mに著しい透過度異常層(1993年に白鳳丸航海で検出した異常値の5倍程度)のあることが,あとで透過度計のデータを読みだしてみて明らかになった.
 こうして白鳳海丘付近に海底温泉のあることがほぼ確実となり,その活動が1993年以後継続していることが明らかになった.ターゲットの輪郭がおぼろげながら見えてきたことで,「次回こそ!」の意を強くした(あとでわかったが,潜航#457は,大規模な熱水活動域まであと僅か200mのところを通りすぎていた).
 この航海の成果は,
H. Fujimoto, M. Cannat, K. Fujioka, T. Gamo, C. German, C. Mevel, U. Muench, S. Ohta, M. Oyaizu, L. Parson, R. Searle, Y. Sohrin, and T. Yama-ashi: First submersible investigation of mid-ocean ridges in the Indian Ocean. InterRidge News, 8(1), 22-24 (1999)
Y. Sohrin, T. Gamo and the shipboard science party of the INDOYO: CTD observations to search for hydrothermal activity on the southwest Indian Ridge and the central Indian Ridge just north of the Rodriguez Triple Junction: the Yokosuka/Shinkai MODE'98 Leg 3 INDOYO cruise. JAMSTEC J. Deep Sea Res., 15 (II), 7-11 (1999)
などに公表されている.


4.「かいれい/かいこう」KR00-05航海(2000年)

 次のチャンスは2年後にやって来た.20004月,筆者が東大海洋研(東京)から北大大学院理学研究科(札幌)に異動した直後の同年7月から10月にかけて,海洋科学技術センターは,1万メートル級ROVかいこう」を搭載した観測船「かいれい」による2つの航海をインド洋で実施した.その最初の航海(KR00-05航海)のターゲットが,ロドリゲス三重点であった.
 筆者にとって幸いなことがふたつあった.この航海の直前の20005月に,「かいこうかいれい」の別の航海に参加する機会(KR00-03航海)があった.このときはマリアナ海域で6回の潜航調査を実施したが,そのうち2回はマリアナトラフ南部の海底温泉の発見と,熱水のサンプリング作業であった.「かいこう」による観測は初めてだったので,いろいろ戸惑ったり急場凌ぎの観測をしたりした.このときの経験を,インド洋での本格的調査の際にたいへん役立てることができた.
 KR00-05航海首席研究員の橋本惇氏(海洋科学技術センター)は,この航海に周到な準備をされ,観測計画の詳細な打ち合わせのために札幌まで足を運んで来られた.筆者は,KH-93-3航海とMODE'98航海の経験から,いきなり「かいこう」の潜航を開始すると発見に手間取る恐れがあるので,白鳳海丘付近のサイトサーベイをもう少し行って熱水活動の位置を十分絞り込んでから「かいこう」潜航につなげではどうかと提案した.幸い橋本氏も同じ意見をお持ちで,航海の前半はディープトウ(深海ビデオカメラ付き曳航体)による海底映像の観測とCTD採水をまず行い,機が熟したところで「かいこう」による潜航調査に切り替える,という基本路線で行くことになった.
 本航海には地球化学グループとして,千葉仁(岡山大),奥平敬元(大阪市大)および山中寿朗(筑波大)の各氏が乗船し,熱水や岩石のサンプリングと船上化学分析を行った.海洋科学技術センターのディープトウには透過度計付きCTDが搭載され,さらにtow-yo観測と採水も行えるよう,土田真二氏(海洋科学技術センター)らによって2.5リットルのニスキン採水器12本とそれらのトリガー機構(自動的に蓋を締める仕掛け)が新たに組み込まれた.
 「かいれい」が現場海域に到着すると,シービームによる白鳳海丘の詳細な地形探査がまず行われた.次いで,ディープトウによるtow-yo観測を8測線にわたって行い(図9),透過度異常の分布を詳しく調べた.また自動ガスクロマトグラフシステムを用いて,透過度異常層の海水中のメタンガス濃度を船上で分析した.メタンガスを分析したのは,1998年の教訓を生かして,透過度の異常層が間違いなく熱水活動由来であることを立証するためである.幸い,透過度異常が大きいほどメタンガス濃度も高くなることがちゃんと確認できた.
 ディープトウによる調査が進むにつれ,白鳳海丘(本航海で命名した)のほぼ全体が,熱水プルームのキノコ雲によってすっぽり覆われていることが明らかになった.図10は白鳳海丘上の透過度異常の強さの分布を示したもので,黒丸の大きいほど透過度異常の大きいことを表わしている.海丘北西部の尾根のあたりでとりわけ強い透過度異常が観測され,最大異常(白鳳丸航海で検出した最大異常値のさらに10倍)が,矢印の場所で観測された(なお図10の×印は,直後に発見された熱水噴出域の位置を示す).尾根を少し南西方向に降りかけたあたりの海底で,ディープトウのビデオカメラが,海底の岩石に付着するイソギンチャクの群集を捉えた.イソギンチャクは,熱水活動域を取り囲むように分布することが知られている.
 満を持していた「かいこう」の出番がついにやって来た.「かいれい」最上部の指揮室には,大きなプラズマディスプレーがあり,「かいこう」から光ファイバーケーブルを通じて送られてくる海底の様子がリアルタイムで映し出される.ほとんどの研究者が固唾を呑んでそれを見守る.白鳳海丘の南西側(海嶺軸側)斜面(25。19.17'S, 70。02.40'E,水深〜2,450m)をゆっくり登りかけたところで,イソギンチャクの生息密度が次第に増加してきた.「かいこう」の強力なライトで照らし出された海底面は,白いイソギンチャクが点々と星をちりばめたように光って見える.いよいよ近そうだ.「海水が濁ってます.マリアナの時と同じですよ!」平田運航長が叫ぶ.濁りの向こう側に,ぼんやりと何か構造物が見えてきた.熱水チムニーか? 「かいこう」が慎重に近づいて行く.ほどなく,黒煙をもくもくと噴き上げるブラックスモーカーの全貌がプラズマディスプレーに大写しとなった.インド洋の海底温泉がついに発見された瞬間,天井が抜けるほど大きなどよめきが吹き上がった.
 この日(8月25日)を含め,「かいこう」潜航は4回実施された.7箇所の熱水チムニー群が見つかり,海底面の40m×80mの範囲に広がる大規模な熱水系であることが判明した.船名にちなんで,この熱水系はKairei Fieldと命名された.また,Kairei Fieldのある海丘は,1993年の白鳳丸航海で最初に見つけたことにちなみ,「白鳳海丘(Hakuho Knoll)」と呼ぶことになった.
 最も勢いの強いブラックスモーカー(冒頭の写真はこれである)の噴出口に差し込んだ温度計は,359360℃という高温を示した.チタン製注射器型採水器(アルビン採水器)を用いて,熱水試料を吸入採取した.この採水器は本来アメリカの潜水船アルビン号のために開発されたもので,「かいこう」で使用するには改造が必要であったが,KR00-03航海での予行演習のおかげでほとんど問題なく使用することができた.
 得られた360℃の熱水試料(3試料)はほぼ透明で,強い硫化水素臭があった.比較のための周辺の海底直上水試料も採取し,船上でpH,アルカリ度,およびシリカを分析した.また持ち帰った試料を用いて,主要化学成分,鉄,マンガン,溶存ガス,安定同位体比などを分析した.熱水のうち2試料は,MgおよびSO42-濃度がほとんどゼロの典型的な熱水エンドメンバーの性質を持つことがわかった.「かいこう」による熱水採取が理想的に行われたことを示すものである.
 熱水中に含まれるヘリウムの同位体比(3He4He)は大気ヘリウムの約8倍の値を示し,これはMORB(海嶺玄武岩)に含まれるヘリウムの値とほぼ等しい.海底下で熱水とMORBとの間で相互作用の起こっていることの証拠である.熱水エンドメンバーの化学的性質は,pH3.5,アルカリ度:-0.46 (mM)Si: 15.8 (mM), Cl: 642 (mM), K: 14.3 (mM), Ca: 30 (mM)H2S: 4.0 (mM), Fe: 5.4 (mM), Mn: 0.84 (mM), 87Sr86Sr: 0.7041など,世界で初めての測定データが続々と得られた.これまで東太平洋海膨や大西洋中央海嶺のブラックスモーカー熱水について報告されている化学組成と,多くの類似点を持つことが明らかになった.
 この航海の研究成果は,
J. Hashimoto, S. Ohta, T. Gamo, H. Chiba, T. Yamaguchi, S. Tsuchida, T. Okudaira, H. Watabe, T. Yamanaka, and M. Kitazawa: First hydrothermal vent communities from the Indian Ocean discovered. Zool. Sci., 18, 717-721 (2001)
T. Gamo, H. Chiba, T. Yamanaka, T. Okudaira, J. Hashimoto, S. Tsuchida, J. Ishibashi, S. Kataoka, U. Tsunogai, K. Okamura, Y. Sano, and R. Shinjyo, Chemical charactersitics of newly discovered black-smoker fluids and associated hydrothermal plumes at the Rodriguez Triple Junction, Central Indian Ridge. Earth Planet. Sci. Lett., 193, 371-379 (2001)
に公表されている.
 なお,このブラックスモーカーの映像は,北大総合博物館1階「知の交流」のコーナーで常時放映されている.興味のある方は是非ご覧いただきたい.またKairei Fieldの海底の写真は,雑誌「ニュートン」20019月号にも多数掲載されている.


Shipboard party
(「かいこう」の前で記念写真.筆者は最前列右から二人目.海洋科学技術センター提供)

5.今後の展開

 我々の発見から遅れること7ヶ月,20014月に米国の観測チームが観測船Knorr号( ROVを搭載)でKairei Fieldを集中的に調査するとともに,その北方に別の熱水活動域(Edmond Field)を発見した.ほぼ同時期,英国のチームも観測船Charles Darwin号で同海域を精査した.この航海は,インターリッジ国際共同研究の一環として,日本から小池祐一(環境リサーチ)・上妻史宜(北大大学院理学研究科修士課程)の両氏が参加した.また,この原稿を書いているちょうど同じ時期(200213月)には,海洋科学技術センターの潜水船「しんかい6500」が4年ぶりで同海域を再訪,Kairei FieldEdmond Fieldをターゲットとする学際的潜航調査が進行中である(地球化学グループとして,下島公紀(電力中央研究所),岡村慶(京大化研),上妻史宜(北大大学院理学研究科修士課程)の各氏が乗船).ひとたび風穴の開いたインド洋中央海嶺には,新しい研究テーマを求めて,続々と観測チームが集まっている.今後しばらくは,インド洋中央海嶺発の面白い研究成果が続々と公表されるものと思われる.


6.おわりに

 7年にわたるインド洋中央海嶺の調査研究では,本文中でお名前を挙げた研究者以外にも,多くの方々のお世話になった.石橋純一郎氏(東大理学部,現在九大大学院理学研究科)には船上分析,特にガスクロマトグラフによるメタン分析や,熱水試料の化学分析でたいへんお世話になった.KH-93-3次航海では小林晴美・本庄千枝・渡辺正晴(東大海洋研)の各氏に,またMODE'98航海では小柳津昌久氏(日海事)に,観測作業を助けていただいた.角皆潤氏(北大大学院理学研究科),佐野有司氏(東大海洋研)および新城竜一氏(琉大理学部)には,熱水試料中のメタンの炭素同位体比,ヘリウム同位体比およびストロンチウム同位体比の測定でご協力いただいた.白鳳丸の島宗船長をはじめとする乗組員の皆様,「よこすか」(MODE'98航海レグ3)および「かいれい」( KR00-05航海)の石田船長をはじめとする乗組員の方々,「しんかい6500」の井田司令ほか運航チームの皆様,「かいこう」の平田運航長ほか運航チームの皆様,ディープトウ担当の宮本元行氏ほかKR00-05航海に乗船されたマリンワークジャパンの皆様に心よりお礼申し上げる.研究経費は,文部省科学研究費・重点領域研究「海洋フラックス」,科学技術庁振興調整費「リッジフラックス計画」,文部省補正予算「自立型海中ロボット機能設備予算」,文部科学省科研費基盤研究A「海洋のメタンガス」,および文部科学省振興調整費「アーキアンパーク計画」等の補助を受けた.ここに記して感謝の意を表する.