日置幸介, イギリスでの766日
CRLニュース、 第198号, 1992.
3年ほど前、どこでもいいから外国に行きたかった私はEOSという 学会新聞の求人広告にかたっぱしから応募していました。色よい返 事がないまま半年ほどたったころ、突然イギリスから若い女性の声 で国際電話がかかり、「履歴書をみて気に入ったのですぐ面接にこ い」とのこと。半信半疑でイギリスにゆき当の大学に出頭すると、 よほど変な人間でないかぎり採用はほぼ決まりだったようで、儀礼 的な面接試験のあとすぐにダーラム大学地質科学教室助手として「辞 令」を受けました。
ダーラムはイギリスのどまんなか、南はヨークシャ一、西は湖水 地方、北はスコットランドに囲まれた美しい田舎です。ダーラム大 学はイングランドではオックスブリッジの次に古く、近代地質学の 父アーサー・ホームズが長年にわたって教鞭をとった地として有名 です。なお最初人事係の事務員かと思った電話のぬしの女性はのち に私の上司となるフォルジャー博士でした。
仕事はダ一ラムにおけるGPS(汎地球測位システム)研究グループ の立ち上げです。赴任後すぐスイスでGPSデータ解析の修行をつみ、 つぎに北米とユーラシアのプレート境界が南北にはしるアイスランド にゆき、英独ア米「多国籍」測地隊に参加。氷河とオーロラのもと一 か月アイスランド人の相棒と極寒(極貧ではない)のテント生活、貴 重な測地データを取得しました。イギリスとドイツでそれを解析、プ レート運動の「一時的な加速」という珍しい現象をとらえることがで きました。これをもとにプレート境界変形の理論を考案、将来大論文 として地球科学史に輝かないともかぎらないかもしれない(?)数篇 の論文を著すことができました。
研究のかたわら3人の大学院生(うち2人女性)を教える光栄に浴し、 彼女たちを(彼はこの際どうでもよい)計算機の使いかたからデータ 解析にいたるまで清く正しく指導できたのも得難い経験でした。トル コ南西部のGPSデータを「軍隊」と共同解析するという経験もしまし た(一般に発展途上国では測地データは軍事機密です)。
私生活では、なぜか子供の数が1人増えました。最初は英語がわから なくて「ちっともしやべらない(She never talks!)」と先生を困ら せた7歳の娘は、 2年後には「ちっともだまらない(She never shuts up!)」と逆に文句をいわれるようになりました。年 6週間の有給休 暇は安いパック旅行等を利用、国内外を遊び呆けて過ごしました。
最後に、どこの馬の骨ともわからない外国人を論文だけで採用して くれたダーラム大学スタッフ、推薦文を書いてくださった畚野所長、 2年以上留守して迷惑をかけた鹿島の人たちに感謝いたします。
(関東支所宇宙電波応用研究室 主任研究官)
日置幸介 (email: heki@ep.sci.hokudai.ac.jp)