巨大氷衛星の起源と進化


宇宙理学専攻 惑星物理学研究室 倉本 圭

はじめに

木星型惑星の衛星には次のような特徴がある. 1) 数がたくさんある, 2) 氷を主成分の一つに持つものが大部分である, 3) 表面状態がそれぞれ個性的である, 4) 現在もなお地質学的に活動的なものが存在する. 惑星科学のもっとも重要な問題設定の一つは, おのおのの天体の進化を個性づけている諸因子を整理して理解することである. たくさんあってそれぞれ個性的な木星型惑星の衛星は, このような問題設定の格好の対象といえる.

本稿では木星型惑星の衛星の中でも,ガリレオ衛星とタイタンに焦点を当て, その起源と進化に関する理解の現状を紹介する. これらは太陽系の衛星の中でも惑星に匹敵するサイズを持ち, 巨大衛星と総称することができる. これら巨大衛星に観察されるさまざまな現象の幾つかは, 地球の初期進化を駆動したであろう諸現象に類似していると考えられる. したがってその研究は,月や火星といった太古の地質を残す天体の研究と相補的に, 過去の地球を探る糸口ともなりうるのである.

概観

ガリレオ衛星とは木星の4大衛星イオ,エウロパ,ガニメデ,カリストの総称である. 一方,タイタンは土星最大の衛星である.

ガリレオ衛星とタイタンは,それぞれが属する衛星系の質量の大部分を占めている. おのおのの質量は比較的粒揃いで,1023 kg 前後である (表1). これは小さな地球型惑星に匹敵する (例えば水星の質量は3 x 10 23 kg). 他の木星と土星の衛星は,これより1桁以上質量が小さい.

イオとエウロパは他の3衛星に比べて大きい平均密度を持つ. イオは岩石成分のみからできている. エウロパは,質量の一割程度が氷成分で残りが岩石成分である. ガニメデ,カリスト,タイタンでは氷成分が質量の約50パーセントをしめる.

ここで氷成分と岩石成分という言葉に注意しておく. 氷成分とはH2Oを中心とした分子の凝縮物の総称である. CH4やNH3なども氷成分となりうる. しかし,H2O以外の分子の存在度は木星や土星の衛星では小さいと考えられている. 一方,岩石成分とはここでは珪酸塩・金属鉄・硫化物の総称の意味で用いている.

おのおのの巨大衛星が,その組成以上に大きな個性を示すのが表層の状態である.

ガリレオ衛星を木星に近い順に眺めてみよう. イオは活発な火山活動を続けており, その表面は火山噴出物によって時々刻々更新されつづけている.

エウロパの表面は大局的には非常にスムースでクレーターが少なく, 地質学的に若いことがわかる. 時折内部から液体の水が噴出したり, 固体氷の地殻が長時間かけて流動することにより, 表面が更新されているものと考えられる.

ガニメデはクレータの多い地域と, 少ない地域に明瞭に分かれている. カリストは一面クレーターに覆われており, 長期間地質活動が不活発だったことを物語っている.

このようにガリレオ衛星は内側ほど地質学的に活動的である. こうした活動は一般に熱エネルギーによって駆動されている. 固体天体の熱源には,放射壊変熱,誕生時の集積熱,そして潮汐加熱が挙げられる. ガリレオ衛星は衛星としては巨大だが, 地球のように放射改変熱や集積熱を45億年間保つことで 地質活動を起こすにはサイズが小さい. イオやエウロパの現在も活発な地質活動は, 主に潮汐加熱によって駆動されているものと考えられる. 潮汐加熱とは,衛星の軌道が円からずれている場合に, 母惑星が及ぼす潮汐力が時々刻々変化するために, 衛星が「もまれて」加熱される作用を言う. 潮汐力は母惑星に近いほど大きい. ガリレオ衛星が内側ほど地質学的に活動的なことは, 第一近似的にはこれで説明がつく.

ガリレオ衛星には大気は存在しない (厳密にはごくごく希薄な大気がある. 木星磁気圏の成り立ちと密接に関係している). これに対し,タイタンは厚い窒素大気を持つ. 地表の圧力は 1.5 気圧もあり,これは地球の大気よりも厚い. またメタンの存在も確認されている. これはタイタンの材料物質中に これらの揮発しやすい成分が含まれていたことを意味する. これはタイタンがガリレオ衛星よりも太陽から離れているため, より低温の環境で形成されたことによるのかも知れない.

巨大衛星にみる過去の地球

イオは太陽系でもっとも火山活動のさかんな天体である.赤外観測の結果, イオの地殻熱流量は全球平均で 2.5 W m-2以上と推定されている.この値は 現在の地球の平均地殻熱流量 0.087 W m-2はるかに上回る.イオ内部から の熱の運搬には,火山活動が重要な役割を果たしている.

木星探査機ガリレオの観測によって, イオの火山から流出する溶岩の温度は, 2000 K以上に達することがあることが明らかにされている. このような高温の溶岩は,現在の地球では噴出していない. しかし過去の地球では,高温の溶岩が噴出したことが知られている. イオの溶岩の温度は, 地球では約35億年前に噴出した溶岩の温度に相当している. イオには過去の地球の火成活動が再現されているのである.

エウロパは,様々な証拠から, 地下に液体の水の層 (地下の海) が存在する可能性が極めて高いと考えられている. エウロパもイオほどではないが, 潮汐加熱によりかなり大きな地殻熱流量をもつと考えられている. 実際に地下の海が存在するとすれば, エウロパの地殻熱流量は現在の地球と同程度かそれ以上と推算できる. その場合,エウロパの「海底」にも,地球同様に海底火山や熱水活動などが存在し, 熱と物質の循環が生じているものと考えられる.

液体の水からなる物質圏が全球規模で広がっている固体天体は, 少なくとも太陽系では希である. 液体の水からなる物質圏の存在は, 地球が生命を宿す天体になったことのもっとも重要な理由と信じられている. その意味でエウロパの地下の海は,生命の起源を解明する上で, 非常に意義深い研究対象といえる.

タイタンの厚い窒素大気中には, オレンジ色の霞粒子がかなり高密度で含まれており, タイタン表面を覆い隠している. このオレンジ色の霞は, 大気中のメタンが光化学反応を起こすことによって作られた高分子有機物と考えられている.

現在の地球大気は自由酸素を多量に含み, 酸化的なため,メタンなどの還元的分子は化学的に不安定である. しかし,生命の進化が開始する以前の地球大気には, 少なくとも自由酸素はほとんど存在せず, さらにはメタンなどの還元的な成分がかなり豊富だった可能性がある. 太古の地球ではタイタンの大気に似た, 前生物的分子進化が起きていたのかもしれない.

内部構造

NASAのガリレオ計画により,ガリレオ衛星に関する理解は飛躍的に深まった. 特に,重力場と磁場の観測によって, ガリレオ衛星の内部構造がかなり詳しく分かるようになった. これらの情報は,衛星表層の理解をも大きく前進させている. 80年代のボイジャー計画では,フライバイという手法の制限もあり, 電磁場に関するデータは 主に衛星と木星磁気圏の相互作用という興味から解析されてきた. しかしガリレオ計画では,衛星の内部構造の解明を一つの主要目標に 電磁場データの解析が行われ, エウロパの地下の海の存在を強力に示唆するなどの重要な成果が得られている.

イオ,エウロパ,ガニメデには, 珪酸塩よりも高密度の物質からなる核が存在する証拠が得られている. その一つはガリレオの軌道解析から得られた慣性能率のデータである. 表1に値を示す. 表に掲げた慣性能率 (MR2で規格化した値) は, 密度一様の球の場合,厳密に0.4に一致し, 天体の中心部に質量が集中するほど小さい値になる. この値からガリレオ衛星はいずれも中心部に質量集中を持つことが分かる. イオとエウロパの値を説明するには, 高密度物質が分離していることが必要である. ガニメデには固有磁場が見つかっており, 慣性能率のデータと併せて,電気伝導性が高く, 高密度の物質からなる核が形成されていることを強く示している. カリストは平均密度はガニメデに近いものの, 慣性能率はガニメデよりも大きい. カリストは氷成分と岩石成分が不完全に分離した状態にあるらしい.

地球とのアナロジーから,イオ,エウロパ,ガニメデの中心部の高密度物質は, 金属鉄であろうと考えている研究者が多い. しかしこれには以下のような「分化の困難」の問題がある. 地球型惑星の金属核形成の理論では,金属核の分化には, 岩石−金属混合物の非常に高い融解度が必要とされる. さもないと珪酸塩結晶粒界に金属がトラップされてしまい,分化しない. しかし,ガリレオ衛星のサイズでは, 集積熱による岩石−金属の高度融解は難しい. もう一つの可能性は潮汐加熱だが, これも非常に高い融解度が実現しうるかどうか疑問が残る.

この「分化の困難」の問題を解決する一つの可能性は, これらの天体の中心には金属の核があるのではなく, 鉄硫酸化物の核があると考えることである. 鉄硫酸化物の液体は融点が低く表面張力も小さいことから, 珪酸塩結晶粒界を浸透することにより分化することが可能である. 鉄硫酸化物の存在は,これらの衛星の材料物質が水に富み, CIコンドライトに似た酸化的組成を持つと考えれば自然である. また鉄硫酸化物は電気伝導性も高く,ガニメデの固有磁場の存在も説明できる.

慣性能率のデータからは, カリストの内部は岩石--氷すらも不十分にしか分離していないと考えられる. にもかかわらず,エウロパ同様に深部に海が存在するこ とを示唆する磁場観測データも得られている. 理論的には,カリストは集積中に氷の大部分が融解し, 岩石−氷は分離してしまう方がもっともらしい. カリストは自転速度が小さく, 非静水圧性が高いために一見こうした矛盾が生じているのかも知れない.

タイタンの内部構造は現在ほとんど分かっていない. タイタンには2004年に土星探査機カッシーニが到着し, 大気プローブ (ホイヘンス) の投下や, レーダーによる地形観測などをおこなう予定になっている. これまでの知見を総合し, タイタンの大気,表層地質と併せて, 内部構造についてどんな観測結果が得られそうか予測しておくことは, 今後数年間の衛星研究の重要なテーマである.

起源

木星型惑星の順行衛星 (母惑星の自転と同じ方向に公転するもの) は, 母惑星の赤道面に対する軌道傾斜角が小さいという特徴を持つ. このことから,これらの衛星は誕生期の母惑星の周囲に存在した, ガスとチリの円盤から形成されたものと考えられている. ガリレオ衛星の場合,軌道が木星に近いものほど氷成分が少ない組成を持つが, これはガス円盤の温度が内側ほど高かったことの結果として説明することができる.

しかし木星型惑星の衛星系の起源の詳細については,不明な点が極めて多い. 円盤の形成,``微衛星''の形成と衝突合体,原始衛星の軌道進化の過程については, 惑星形成論の知見が直接には適用できない点が多く, これからの課題である.

最近,数値計算によって,木星型惑星のガス捕獲過程が少しずつ明らかになってきた. その結果によれば,原始木星,原始土星は非常に高速で自転していたと考えられる. その後,何らかのプロセスにより自転角運動量が失なわれたものらしい. これは衛星系の母胎となった周木星(土星)円盤の形成に密接に関係する. このプロセスの解明は,惑星形成理論の重要な課題である.

参考資料

手軽な情報入手先として以下のWEBサイトを挙げておく. 氷衛星に関する日本語の文献としては,以下のものがお勧めである.ガリレオ関連 の論文など,比較的最近の文献リストが提供されている.また,高圧氷の相転移と 流動特性が氷衛星内部の進化に果たす役割について,独自の観点から詳しい解説 がなされている. 英文の文献はたくさんあるが, 比較的平易で全体像を知ることのできる解説として以下の3つを挙げておく. McKinnon 1997はガリレオ計画によって明らかにされた ガリレオ衛星の内部構造のレビュー. Coutenis and Lorenz 1999 はタイタンの現在の理解のレビュー. これは最近出版された「辞典」の1章だが, かなりのページを割いてしっかり書かれている. Stevenson et al. 1986 は衛星の起源と分化論の総説. 少々古いが基本的な考え方を知ることができる.
表1.ガリレオ衛星とタイタンの性質ref. 1

衛星名 質量 M 半径 R 平均密度 慣性能率 軌道半径 軌道周期 軌道離心率
10 23 kg km g cm-3 MR2 母惑星半径

イオ 0.893 1821 3.53 0.378ref. 2 5.905 1.769 0.004
エウロパ 0.480 1565 2.99 0.348ref. 3 9.397 3.551 0.009
ガニメデ 1.482 2634 1.94 0.311ref. 4 14.99 7.155 0.002
カリスト 1.076 2403 1.85 0.358ref. 5 26.37 16.689 0.007
タイタン 1.346 2575 1.88 不明 20.253 15.945 0.029

1. `` Encyclopedia of the Solar System'' (P. R. Weissman et al. eds. London, Academic Press, 1999)より
(慣性能率を除く)
2. Anderson, D. J. et al., 1996: Science 272 , 709--712
3. Anderson, D. J. et al., 1998: Science 281 , 2019--2022}
4. Anderson, D. J. et al., 1998: Science 280 , 1573--1576}
5. Anderson, D. J. et al., 1996: Nature 384 , 541--543}


宇宙理学専攻
惑星物理学研究室
執筆者HP

2001.11.5
2006.4.28