研究

「なぜ地球は地球なのか」という問いに最大の関心を持っています. これまでの研究テーマは大きく分けて次の4点です.

これらのテーマに主に理論的な手法で取り組んでいます. 具体的に何をしてきたのか, 今何をやっているのかについては以下を御覧ください.

氷衛星の起源・進化・構造

木星型惑星の衛星は数が多く,それぞれに個性的な姿を持つ. これらの天体のもつ共通点と個性がいかなる ものであり,これが何に由来しているのかを探ることは, 惑星が多様な姿を示すことの意味や原因を探るヒントを 与えてくれる.

氷衛星は生命の起源論においても重要な意義を持つ. エウロパをはじめとするいくつかの氷衛星については,内部海の存在が明らかになってきた. また土星の衛星タイタンにおいては大気中の一連の光化学反応を通じて,高分子有機物の生成が進行している.これらの天体には,生命体が存在している可能性も否定できない.

巨大氷衛星の起源と熱史

氷衛星の中でも木星の衛星ガニメデとカリスト, 土星の衛星タイタンは, 惑星に匹敵するサイズを持ち巨大氷衛星と総称されている. ただし厚い窒素大気とメタン循環を保有するタイタン, 共に大気を持たないが地殻変動の痕跡に富むガニメデと, 太古に形成された多数のクレータをほぼ無傷で残すカリストというように, これらの衛星の表層環境は三者三様である.

これら衛星の集積期の熱史を数値的に解き,それぞれの初期状態を求めるのが 私の最初の研究 (修士研究) だった.このとき得た主な結論を以下にまとめる. 1) 集積熱と水蒸気大気の保温効果により, 氷成分が大規模に融解し,集積完了時には氷(水)マントルと岩石核に分化する, 2) 気化した水蒸気が重力を振り切って周囲へ流出することで,非水溶性の揮発性物質の多くが同時に失われる, 3) タイタンのみが厚い窒素大気を現有するのは,材料物質が土星近傍のより低温の環境下で生じ, メタンや窒素源となるアンモニアを含有していたためと考えられる.

巨大氷衛星の形成論は現在までに希薄円盤ガス下での集積が有望視されるようになり, もともと真空中の集積を想定した私自身の初期の研究と想定条件が近づいた.ただし希薄であれ 軌道の周囲に円盤ガスがあれば,束縛された星雲ガスが原始大気の構造や 初期の大規模融解,タイタンの大気の起源にインパクトを持つ可能性がある. 特に低温環境下で形成するタイタンではその影響が色濃く表れる可能性があり, 現在その解析を進めている.

氷衛星の内部海

木星の衛星エウロパに地下の海が存在する強い証拠が, ガリレオ探査機の磁場データに示されていることを発見したのは 1998年のことである(Kuramoto et al., 1998; 倉本他,2000). 実はこれ以前は,地球以外に液体の水からなる表層物質圏をもつ天体はこれまで確認されていなかった. 海は生命の発生と進化に不可欠な物質圏を考えられており, エウロパのように内部海を持つ天体は今後の地球外生命探査の目標として特に注目される.

近年では,エウロパに加えてエンセラダスや巨大氷衛星にも内部海が存在することが確からしく なってきた.特にガニメデについては,2022年にESAが打ち上げ予定のJUICE (Jupiter Icy Moon Explorer) 計画により内部海の状態を潮汐変形や周辺空間のプラズマ波動 など明らかにする観測が実施される.我々もそのサイエンス検討を進めている.

巨大氷衛星の核の分化

最新の重力場探査によれば, 巨大氷衛星ガニメデ・カリスト・タイタンの内部構造は 完全分化型 (氷マントル・岩石外核・金属内核) と部分分化型(氷マントル・混合核)に 2分される. この2分性は含水シリケイト核の熱的安定性が強いサイズ依存性を持つことで説明できるのではないと 考え,現在その理論解析を進めている.強い分化は,放射性核種による昇温, 昇温による含水鉱物の脱水,脱水による粘性率の上昇,熱対流の抑制によるさらなる昇温が 正のフィードバックをもたらすことで発生する可能性がある.これにより,ガニメデの表面にみられる 伸張テクトニクスや,固有磁場の発生を可能にする電導性核の形成と熱対流も説明したい.

地球型惑星の分化と親気性元素の挙動

この研究では,地球型惑星の形成期にH, C, Nなどの親気性元素が, 大気-マントル-コア間にどのように分配されるのかを明らかにすることを試みた. このテーマは大学院生として在籍していた東京大学地球惑星物理専攻の 「親気性元素セミナー」と「大陸セミナー」 (阿部豊助教授らと企画) での議論をきっかけに具体化したものであり,これが学位論文となった.

惑星表層の流体圏を構成するこれらの元素は,珪酸塩や金属鉄との化学反応性を持つ. これらの元素は固体圏での濃度は小さいが, 固体のレオロジーや相平衡関係に著しい影響を及ぼし, 固体圏のダイナミクスや進化にも大きな影響を与えている. 惑星初期における親気性元素分布を明らかにすることは, 惑星の進化を考察する上で極めて重要である.

具体的には,集積期の集積熱の解放と物質分化の物理機構を理論的に解析し, 分化の進む場におけるガス-珪酸塩-金属鉄相間の親気性元素分配の熱力学モデルを構築した. 主な結果を以下にまとめる. 1) HとCは地球の核の密度欠損を説明できる程度に金属相に分配され得る. 2) マントルには珪酸塩マグマへの溶解成分(H2O)としてHが分配され, Cは分配されにくい. 3) ただし惑星材料物質中の揮発性物質濃度が金属相への溶解上限を越えると, マントルに大量にグラファイトが分配される. 4)ガス相(原始大気)の組成はH2, CH4, COを主要成分とし還元的である. 5) マントルに分配されたH2Oの分化完了後の脱ガスと大気H2の散逸は, 大気とマントルをゆっくり酸化的状態に導く. これらの結果と, 地球型惑星の大気-マントル-コアの進化や惑星表層環境の 多様性の理解への意義については, Kuramoto (1997), Kuramoto and Matsui (1996),倉本 (1995), 倉本・松井 (1996) にまとめている.

原始太陽系星雲における物質進化

学術振興会特別研究員(PD)として研究費支給を受け開始した研究テーマである. テーマの具体化にあたっては一時期在籍していた東京工業大学での コンドライトセミナー (圦本尚義助教授[当時, 現北大教授]らと企画) での議論が 多いに役に立っている. これまでに衛星や惑星の起源論を展開するうちに, 各天体の材料物質組成がその天体の構造や進化の個性を生む極めて重要な 因子であることが明らかになってきた. 各惑星の材料物質については, もっぱら各惑星の観測から帰納的に推測されており, そこに見られる著しい多様性の原因については理解が進んでいない.

そこでこの研究では,この惑星材料物質の起源の問題を理論的に調べることを試みた. 具体的には原始太陽系星雲中の物質輸送・熱変成プロセスの理論的な解析と, 始源的隕石の組成データの統計解析を総合し, 物質組成の多様性をもたらす機構のモデルを提唱した. このモデルでは, 星雲中での有機物および氷成分の蒸発過程と, ガスとダストの相対運動の時間変動が, 原始太陽系星雲内に酸化還元状態の時空間的な変動をもたらし, これが原因となって始源的隕石が示す組成の多様性が生じる (Yurimoto and Kuramoto, 1996, Kuramoto, 1997; 1998; 圦本・倉本, 1998).

最近では隕石の局所同位体分析を専門とする圦本教授 と,分子雲中で作られた酸素同位体比異常が原始太陽系 星雲へと引き継がれる過程を明らかにし, 太陽系物質の酸素同位体比の多様性を 説明することに成功した (Yurimoto and Kuramoto, 2004; Kuramoto and Yurimoto, 2005).このモデルは 太陽の酸素同位体組成が地球よりも軽いことを予言する. 太陽風のサンプルを持ち帰ったジェネシスの予備的な分析結果は, 我々の予測と一致している. 質量降着期の原始太陽系星雲内での 同位体と酸化還元状態の進化について理論的に解明することを試みている. 天文学からの星と惑星系の形成過程の理解と地球を含めた惑星や隕石の物質科学との融合が狙いである.

水星の起源と熱史

液体核のダイナモ(発電)作用によると考えられる固有磁場を有する地球型惑星は, 地球の他には水星しかない. したがって太陽系のもっとも内側に位置する水星は, 太陽系内の物質の分布や惑星の多様性を理解するだけでなく, 惑星の磁場の起源を探る上で鍵を握る天体である. 水星は小型の惑星なので内部が冷えやすく, 下手をすれば核が現在までに固結してしまう. そのため従来は核に硫黄がわずかに含まれており, それによる凝固点降下によって一部が固まらずに残ると考えれてきた.

しかし水星と地球の構成物質の違いを考えると, どうも水星は思った以上に冷えにくいようだ. 理論的に当たってみると,水星の核が現在も完全に溶けている可能性すらあることが分かってきた. しかも液体核に活発な対流も起こりにくく, これまでの水星の磁場の起源の理解はあまり正しくないのかもしれない.

30年ぶりに再開された水星探査計画 (メッセンジャー) のデータからは,水星の組成が これまでの予想を覆し,揮発性物質に富むことがわかってきた.これは大量の硫黄が 核に溶解することで融点が下がり,現在も液体核の熱対流が生じて ダイナモ作用が引きこされていることを強く示唆する.さらには水星の材料物質そのものが 周囲に有機物が豊富に存在する環境下で生成した可能性が高い.これは惑星材料物質の 形成段階において, 太陽近傍まで太陽系の外縁部から大量の有機物が供給されていたことを示唆する. これは我々の物資輸送モデルと調和する. 地球の大気海洋や生命体を構成する揮発性物質も,地球の材料物質が整った時点で すでに供給されていた可能性が高い.これは地球の大気や海洋が,主に地球の完成後に 彗星衝突等によってもたらされたものではなく,揮発性物質が地球内部を構成する岩石や 金属成分と同時に集積し,強い化学的相互作用を経て形成されたものであることを示唆する.

火星の起源と進化

火星には太古の地質地形が保存されており,地球と異なって形成当時の記録がいまなお 残されている天体である.多数の太古の流水地形から,初期の火星は地球によく似た 表層環境を有していた可能性があり,その地質記録の解読は, 地球の大気の起源と進化を探る意味でも重要な 位置づけをもつ.また液体の水は地下に残存している可能性が高く,地球外生命の発見が なされるなら,そのもっとも有望な候補地は火星とみられている.

火星には次々に探査機が送り込まれており, この流れは当面続く.わが国では2024年の打ち上げを想定し,火星衛星フォボスから 試料を持ち帰る火星衛星探査計画の検討が進んでいる.このミッションは 母惑星とほぼ同時期に形成された火星衛星のその場探査と帰還試料分析から, 衛星の起源だけでなく,火星への揮発性物質の供給や,火星の初期進化にも 迫ることを特色とする.

地形の解析から火星は大きな気候変動を経験して来たものと推測されている. 火星CO2大気は直接極冠に凝結でき,浮遊ダストの放射過程によって その熱的・運動学的構造が大きく左右され,また, 地表付近においても光化学反応の強い影響を受けているなど, 地球や他の惑星の大気にはないユニークな特徴を持つ.

我々は火星の集積過程から,その後の大気進化に至るまでの 多角的な理論的解析を進め,この結果を各種探査データと比較対照することにより, 火星の大気進化・気候変動や大気諸現象を総合的に理解することを試みてきた. 火星初期の物理状態,特に熱的進化については 松井孝典教授と千秋博紀博士(千葉工業大学)との共同研究をおこなってきた (Kuramoto and Matsui, 1992; Senshu et al., 1996, 1999, 2000, 2002; 千秋他, 2000). 極冠との質量交換に対する安定性解析については,横畠徳太博士らとの 共同研究によって氷アルベドの変動を介した気候ジャンプ機構を 明らかにすることができた. (横畠・倉本,2001,Yokohata et. al., 2002). さらに過去の暗い太陽の下で厚い二酸化炭素大気による 温暖化が可能かどうかについて, 氷雲による散乱温室効果も考慮した 熱構造モデルを構築しその性質を調べた (Yokohata et al., 2002, Mitsuda et al., 2004, 2005, 2006). 面白いことに,氷雲は雲粒の混合比と総大気圧に応じてそのサイズが 自己調節される性質があり,温暖化するか否かは雲粒の 多寡が握っているらしいことが分かってきた.

日本の火星衛星探査計画は,初期火星に迫ることのできる貴重な機会である. 今その科学検討に参画し,原始太陽系星雲ガスの捕獲と衝突脱ガスの両者を 考慮した原始大気の形成,原始大気がフォボスと ダイモスの形成に果たす役割,太陽極端紫外光による初期火星大気の大規模散逸と 生命材料分子を生む化学進化についてモデリングと解析を進めている.

惑星大気:系外惑星へ

火星,金星,木星,タイタン,系外惑星,原始地球を ターゲットに大気構造とその安定性を理論的に調べている. 任意の太陽放射や大気組成に対して,構造計算できるように なることが目標である. 木星大気のように複数の物質が凝結したり化学反応を起こすような 大気について,対流平衡下の熱・物質構造を計算するプログラムの開発を 杉山耕一朗博士が中心となって進めてきた (Sugiyama et al., 2006, 2011, 2014). これらの成果は将来的に原始地球大気や系外惑星にも応用でき, これに放射過程を組み込むことで大気運動論だけでなく 観測研究との連携も進めつつある. また初期地球と系外惑星も念頭に置いた大気散逸モデルを構築しつつある. 原始地球からの水素散逸に適用した結果,散逸が効率的に生じて, 大気が還元的な組成から弱酸化的な組成へ変化してゆくタイムスケールは数億年以内 と見積もられた.このモデルを系外惑星に拡張し,強い日射を浴びているスーパーアース と呼ばれる惑星の大気組成の解釈に活かすことを試みている.

またGFD研究室と合同で,中心星に常に同じ面を向けていると予想される,M型矮星周りの ハビタブルゾーン内にある地球類似惑星の大気循環のモデリングや,他成分系の系外惑星大気を 想定した放射伝達・大気熱構造のモデリングを進めている.これを融合して,新しい大気進化論や 大気運動論の構築を進めたい.

地球惑星科学におけるIT活用

IT技術の活用はあらゆる分野で重視されているが,技術自身が新しく 急速な進化を見せており,その活用の模索が続いている. われわれの研究室ではGFD研究室と共同で IT技術が地球惑星科学分野でどれだけ活用できるのか, さまざまな試みを行っている.

現在その活動は研究室の枠を超えていくつかのプロジェクト として進みつつある. その内容や成果物については下記のHPを参考にして欲しい.

mosir プロジェクト
森羅万象学校 2017.05.19 更新