2002 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2003 年 2 月 3 日

氏名 松本 亜希子
論文題目 有珠火山歴史時代噴火のマグマ供給系の変遷 −特に1663年−1769年について−
論文要旨 有珠火山は北海道南西部,洞爺カルデラの南端に位置する標高732mの活火山である. 洞爺カルデラは約10万年前に活動したカルデラ火山であり,その後カルデラ火山とし て約1万5千年前に本火山が活動を開始した.約7千年前の山体崩壊の後,活動を休止 していたが,1663年に爆発的なプリニ−式噴火で活動を再開し,現在まで計9回,最 近では2000年に噴火した.このような活発的な火山に対する将来の中−長期的噴火予 測が急務であり,岩石学的・地球化学的に過去の噴火のマグマ供給系を解明すること はマグマ供給系の現状の推定及び将来の噴火予測に貢献することが期待される.
 本火山に対する従来の研究は数多くなされている.Oba et al. (1983) では,歴史 時代噴出物が時間とともに苦鉄質になっていくことを見出した.また,Okumura et al. (1981) では,1663年噴出物中の斑晶鉱物のコア組成がバイモーダルな組成分布 を示すこと及び1769年以降の噴出物中にはそれらの他にその中間組成を示すコアをも つ微斑晶が存在することを見出した.最近の研究では,Tomiya and Takahashi ( 1995) ,東宮 (1995) ,東宮 (1997) において,マグマ供給系モデルが提示されてい る.そのモデルによると,1663年に流紋岩質マグマと苦鉄質マグマが混合・噴出し, その後その混合マグマは浅所にデイサイト質マグマ溜りを形成する.それ以降の噴火 については深所で1663年噴火の流紋岩質マグマと苦鉄質マグマが混合し,それらが浅 所でデイサイト質マグマ溜りに貫入・混合し噴出していく.つまり,歴史時代噴出物 の組成の多様性は2端成分マグマ混合で説明できるということになる.しかし,これ らの研究では特に全岩化学組成データが少なく,より詳細なマグマ供給系モデルを提 示するためには,大量のデータが必要となる.よって本研究では本火山周辺において 歴史時代噴出物を新たに採取し,特にマグマ供給系の初期状態を示していると思われ る1663年から1769年噴火に注目し,マグマ供給系の再検討を行った.
 全岩化学組成について見ると,SiO2‐CaO図,SiO2−MgO図において歴史時代噴出物 はほぼ1本の直線状にプロットされ,従来のモデルと調和的である.しかし,SiO2‐ TiO2図,SiO2−P2O5図などにおいては各噴火で異なる直線トレンドを描く.特にK2O −Zr図においては1663年とpre1769年以降とで平行且つ異なる直線トレンドを描いて いる.これは1663年噴火とpre1769年以降の噴火の混合端成分マグマが異なることを 示しており,従来のマグマ供給系モデルでは説明できない.
 斑晶鉱物化学組成について見ると,これらの噴出物は斑晶鉱物組み合わせにおいて は一致するが,その組成においては1663年噴出物が他の2つと異なる.1663年噴出物 中には,Type-A斑晶(珪長質マグマ由来)とType-B斑晶(苦鉄質マグマ由来)が存在する. それらは組成的に共存し得ないことから,1663年噴出物はこれらの斑晶を含んだ珪長 質マグマと苦鉄質マグマの混合物であると考えられる.一方pre1769年・1769年噴出 物中の斑晶鉱物としては,Type-A斑晶・Type-B斑晶は少量で,大半はその中間組成を 示すType-C斑晶である.このType-C斑晶は累帯構造に注目すると,Type-C1斑晶(逆累 帯構造タイプ)とType-C2斑晶(正累帯構造タイプ)に区分される.これはpre1769年・ 1769年噴出物がType-C1斑晶を含む珪長質マグマとType-C2斑晶を含む苦鉄質マグマ, そして少量の1663年噴火の混合マグマの混合物であると考えられる.従って,斑晶鉱 物化学組成からも1663年噴火とpre1769年・1769年噴火のマグマ供給系が全く異なる ものであったということが言える.
本研究において1663年とpre1769年・1769年噴火のマグマ供給系が全く異なるもので あったということが明らかになった.今後,マグマ供給系の現状を推定するためには, 1822年以降の噴出物についても詳細な調査が必要であると思われる.