本研究では卒業研究に引き続き,北海道羽幌町の上部白亜系から採集した海生爬虫類化石(羽幌標
本)を扱い,その生物学的分類位置の決定を目的とした.
羽幌標本は2000年の6月にアンモナイト収集家である山中重利氏から脊椎動物化石発見の報告を受け,
調査を行い採集してきたものである.産出地は北海道羽幌町の市街地から南東へ約30km,羽幌岳の北約
3km,中二股川の支流である白地畝沢流域であり,標本は最大長径1.5mに及ぶ転石を含む合計6個の転
石として採集した.産出地点付近には上部蝦夷層群と中部蝦夷層群との境界が認められており(岡本,
2003),標本を含む転石からはScalarites densicostatusなどのアンモナイト化石が共産することからも,羽幌
標本の年代はチューロニアン後期〜コニアシアン前期であると考える.また羽幌標本は転石ではあるが,転
石の岩相,産出状況,産出部位の重複や著しいサイズの違いがないことなどから, 1個体に由来するものと
考える.
採集した転石から標本を剖出するクリーニング作業は主にエアースクライバーを用いて行い,標本の状態
に応じて酸処理も平行して行った.このクリーニング作業には多大な時間を要したが,現在までに脊椎動物
化石の以下の部位が確認できている;
歯 : 外側観はほぼ円錐形で先端がわずかに遠心に傾く.歯冠部はエナメル質で覆われ,表面には
ほぼ等間隔で縦稜線が並ぶ.歯根部は歯頸部から徐々に膨らみをます.長さ124mm(歯冠部55mm),
歯頸部での径は28mm×27mm.
椎骨 : 長さ112mm,幅113mm,高さ153mm.椎体の前後関節面は縦長の楕円形であり,片側は転
石表面に露出し浸食が激しいが,内部に保存された関節面は平面状を呈し中央でわずかに膨らむ.
上顎部 : 左右にそれぞれ3つの歯槽が確認でき,長さは141mm,前位の幅は210mm,
後位の幅は269mm,腹側面には口蓋が確認できる.
その他に,5本の歯,1個の椎体,眼窩付近の前頭部,恥骨,腸骨,十数個の肋骨断片,2個の指骨なども
確認できている.
北海道の上部白亜系からはカメ類,モササウルス類,長頸竜類などの海生爬虫類化石が多産している.
羽幌標本は,歯冠部表面に縦稜線が密に並ぶ円錐形の大型の歯,前後関節面が平面状を呈する椎体な
どから,短頸型の長頸竜であるプリオサウルス上科(Welles, 1943)の個体と考える.長頸竜目はジュラ紀後
期から白亜紀後期にかけて大発展した海生爬虫類であり,長く伸長した首や櫂状の四肢を備え,現生の生
物にはみられない特徴的な形態をしたグループである.本邦からも長頸竜目化石の産出は多数報告されて
いるが,プリオサウルス上科の標本としては,Polyptychodon. sp. (小畠ほか,1972)やPliosauroidea indet.
(高桑,1994)など数件の報告にとどまっており,いずれも歯のみによる記載である.これに対し,羽幌標本は
断片的ではあるが頭蓋骨などを含むことから,より詳細な同定が期待される.プリオサウルス上科のアジア白
亜系からの報告も非常に数が限られていることから,羽幌標本の発見・記載は今後の長頸竜目の生物地理
を考える上で,非常に重要である.
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