2003 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2004 年 2 月 4 日

氏名 野口 科子
論文題目 サブダクションゾーンの地震によるS波地震動特性に関する研究
論文要旨  地震動の特性は,震源特性,パス(伝播経路)特性,サイト特 性の三つの合積として表される.地震動のうち,特にS波は強震動として人工構 造物などに大きな被害を及ぼし得る重要な波であるため,本研究ではS波部分の みを解析対象としている.

 地震動の予測を行う際には,想定地震の震源特性,揺れを予測する地点のサイ ト特性,震源と予測地点の間のパス特性を適切に評価し,予測に組み込まなけれ ばならない.この三つの特性は,実際の観測データを解析することで同定するの だが,一般に,観測データに含まれるこの三つの特性を分離するのは容易ではな い.特にサイト特性は地震動に複雑な影響を及ぼし,観測波形から正確に分離す ることは困難である.観測データからサイト特性の影響が排除できなければ,残 りの震源特性及びパス特性を正しく同定することも困難になる.しかし,地震基 盤(S波速度3km/s以上)と呼ばれる岩盤上で観測される地震動に含まれるサイト 特性は,自由表面による増幅のみであり,その増幅特性は全ての周波数帯で2倍 となる.この地震基盤上で観測される(あるいは,観測されると予測される)地 震波は基盤波と呼ばれ,この波形から2倍の増幅を取り除けば,震源特性とパス 特性のみを含む波形データが得られる.震源特性はマグニチュードの関数とし て,パス特性は震源距離の関数として,それぞれ統計的に特性を同定することが できるため,サイト特性に比べて分離が比較的容易である.したがって,基盤波 を観測あるいは推定することができれば,震源特性とパス特性を同定できる.ま た,複雑なサイト特性をもつ観測点での波形についても,基盤波と比較すること でそのサイト特性を推定することができる.

 このように,震源特性,パス特性,サイト特性の分離に基盤波を用いる場合に は,その基盤波が自由表面で2倍に増幅されているのみであり,サイト特性によ る複雑な増幅を受けていない,ということを慎重に確認すべきである.そうでな い場合には,基盤波のはずの波形に震源特性とパス特性以外の影響が含まれてい ることになるため,震源特性とパス特性の分離や,他の観測点のサイト特性の推 定などを正しく行うことはできない.

 本研究では,岩盤観測点MOYORIの観測データが基盤波と見なせるかどうかを, KiK-netボアホール観測点TKCH08での観測データを用いて検証した.TKCH08のボ アホールでは速度検層が行われており,ボアホール底付近の岩盤のS波速度は 2800m/sなので,これを地震基盤と見なすことができる.したがって,この岩盤 より上の地盤による増幅効果をはぎとれば,基盤からの入射波(自由表面による 2倍の増幅がない)を推定することができる.本研究ではまず,TKCH08の地表と 地中での観測波形のS波部分についてスペクトル比をとり,検層による速度構造 から計算される理論スペクトル比と一致するかどうかを確認したところ,ずれが 見られた.この速度構造を用いると,地表での観測波形から表層地盤による増幅 効果を正しくはぎとることができないため,遺伝的アルゴリズム(GA)を用いて 観測スペクトル比を説明するS波速度構造及びQ構造を求めた.この新たな構造を 用いて推定した基盤入射波と,MOYORIでの観測データを比較した結果,比較的よ い一致がみられたため,MOYORIでの観測データを基盤波と見なして,それに含ま れる震源特性とパス特性の同定を試みた.具体的には,MOYORIでの観測データの S波部分についてその経時特性を同定し,震源距離とマグニチュードで回帰分析 を行って相関を調べた.また,同じく観測データのS波部分についてスペクトル をとり,そのスペクトルからパス特性(伝播による減衰)の影響を取り除いて震 源特性(震源スペクトル)を推定した.これをω-2モデルとスケーリング則を用 いて予想した震源スペクトルと比較し,震源スペクトルの推定に用いたパス特性 とω-2モデルの妥当性の検証を試みた.その結果,1-10Hzの周波数帯で,観測ス ペクトルから推定した震源スペクトルの方がω-2モデルよりも大きくなる傾向が 見られた.