2003 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2004 年 2 月 4 日

氏名 新村 龍也
論文題目 海生哺乳類化石中の脂質組成と個別有機分子炭素同位体比からの古食性解析
(Palaeodietary analyses from lipid compositions and compound-specific stable carbon isotope ratios of marine mammal fossils)
論文要旨 「食」は生物にとって,行動の中心の一つであり,特に,植物食動物は植生の分布にその放散の経路と分布を制限されている.このようなことから動物の食性は古生物学者にとっての大きな関心事の一つであり,現在地球化学的な方法でコラーゲンや歯のエナメル質を用いて古食性の復元がなされている.しかし人以外の大型哺乳類に対して行われた事例は少なく,それは古食性解析に用いられるコラーゲンは続成変化を受けやすいことと,歯は産出が少なく,その形態は同定や系統解析などに用いられるため,形態を損なう分析は難しいなどの原因がある.
そこで本研究では,標本の発掘の過程で分離した骨化石中から比較的保存されやすい脂質成分に注目し,その組成や安定炭素同位体比(δ13C)からの古食性の解析を試みた.分析に用いた標本は静岡県西部に分布する鮮新―更新統(掛川層群)から産出した海生哺乳類化石(カイギュウ目類・クジラ類)と,北海道の中新―更新統から産出した海生哺乳類化石(カイギュウ目類・クジラ類)であり,比較のために,現生標本も用いた.これらの標本から以下の検討を行った.
(1)骨化石中の脂質成分(脂肪酸・ステロイド)がその動物に由来しているのかの検討.
掛川層群産の骨化石は,骨化石と共に周囲の堆積岩も採集されている.これらの試料を用いて骨化石中と堆積岩中の脂質組成を比較する.
(2)有機地球化学的な分析により復元された古食性をこれまでの古生物学的研究結果を踏まえて検討.
北海道から産出したクジラ目やカイギュウ目の化石を用いて同位体比の違いから考えられる食性と,これまでの古生物学的研究による食性とを比較し,コラーゲンが残っていない標本においても食性解析ができることを示す. 分析の結果,掛川層群産の骨化石からはC24までの脂肪酸,C27のステロイドが検出されたが,堆積岩からは検出された陸上高等植物に由来する脂肪酸(C25-C32)やステロイド(C28-C29)が検出されなかった.これらのことは化石と堆積岩において脂肪酸やステロイドの供給源が互いに異なっていることを示している.さらに,現生の海生哺乳類体中にはC24までの脂肪酸やC27のステロイドであるコレステロールが大量に存在しており,骨化石中の脂肪酸やステロイドはその動物に由来したものであると考えられた.
北海道産の海生哺乳類化石からは,掛川層群産の骨化石と同様にC24までの脂肪酸,C27のステロイドが検出され,その動物に由来したものであると考えられた.さらに,本研究で用いたカイギュウ目は,海藻(ケルプなど)食者と考えられているヒドロダマリス亜科と海草(アマモなど)食者と考えられているハリセリウム亜科,ジュゴン亜科であるが,これらの標本から抽出されたステロイドや脂肪酸のδ13C値は,ヒドロダマリス亜科とハリセリウム亜科,ジュゴン亜科で分かれ,炭素同位体比の異なる海藻類と海草類の値の違いを反映しており,これまでの古生物学的な研究に調和的な結果が得られた. これらのことは,コラーゲンが保存されていない骨化石からでも,その脂質成分を用いて,古食性の復元ができることを示しており,より古い時代の化石においても適用できる可能性がある.