論文要旨 |
本研究では植物化石体を構成している有機成分から化学分類に関する情報を引き出すことを目的として,化石体の分解に対して抵抗性の
ある組織・高分子(化石ポリマー)の構造解析や,高分子に結合しているバイオマーカーの同定・定量を試みた.本研究では,岐阜県多治見市など東濃
地域に分布する新第三系東海層群に含まれる大型植物化石を用いて,それを構成する抵抗性ポリマーの化学分析を行った.東濃地域の東海層群は土岐口
陶土層と土岐砂礫層により構成され,網状河川の堆積相からなる土岐口陶土層には,保存状態の極めて良好な大型植物化石が多産することが知られてい
る(實吉ほか, 2000).それらの化石はオオミツバマツ植物群と呼ばれ,日本から消滅した分類群を多く含む(Miki, 1941).また,土岐口陶土層では
10.5Maと9.7MaのFT年代が報告されている(吉田ほか,1997; 安藤ほか,1999).本研究では,フジイマツ化石が含まれていた陶土層のバイオマーカー分析
を行い,土岐口陶土層の有機熟成度を見積もることから,化石の良好な保存状態の理由について考察した.また,土岐口陶土層,土岐砂礫層から採集し
た植物化石と現生の植物試料を比較しながら,化石ポリマーの保存状態や化石化の際の続成変化について評価し,それらの有機成分が化学分類学的に利
用できるかどうかについて検討した.
フジイマツを産出した岐阜県多治見市の土岐口陶土層からは約10Maの地層にもかかわらず,β-シトステロール,スティグマスタノールが検出された
が,その熱熟成生成物であるステラン,ステレンなどのステロイド炭化水素類は検出されなかった.このことはフジイマツを産出した土岐口陶土層が堆
積後の埋没による高温を経験していない非常に未熟成な状態であることを示している.フジイマツ球果化石の抽出成分からは被子植物由来のトリテルペ
ノイドが多量に検出された.これは,堆積後に周囲の堆積物からの汚染によって入ったものと考えられる.
化石ポリマー結合態成分からはn-アルカノール,n-脂肪酸,α,ω-ジオール,α,ω-ジカルボン酸,ω-ヒドロキシ酸が検出された.これらを現生試料
と炭素数分布を比較したところ,n-アルカノールは続成作用による変化があまり見られなかったがその他の化合物は大幅に分布が異なっていた.この違
いは,各化合物ごとの続成変化に対する抵抗性の違いを表していると考えられる.またフウ化石結合態からはトリテルペノイド,オオミツバマツ化石結
合態からはジテルペノイドが検出された.これらはもともと生体中では遊離態として存在していたが,続成過程で抵抗性の化石ポリマー中に取り込まれ
て結合態として保存されたと考えられる.
化石ポリマー結合態で安定に保存されていたn-アルカノールと結合態テルペノイドは植物化石の化学分類において有用な指標となる可能性が示唆され
た.
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