2004 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2005 年 2 月 2 日

氏名 福原 和晴
論文題目 輻射輸送計算による暗黒星雲の散乱光の見積もり
論文要旨  宇宙初期において、物質と輻射が分離した時代に放射された電磁波は宇宙マイクロ波背景放射として観測されており、ビッグバンの証拠と考えられている。宇宙赤外線背景放射は、物質と輻射の分離の時代以降の天体形成に伴って放射された電磁波と考えられており、銀河形成論や宇宙の進化の研究に重要な量である。宇宙赤外線背景放射の観測は、地球外の観測機器で検出した電磁波から、我々の銀河の星の光や太陽系内ダストによる散乱光などを差し引くことで検出している。観測値には銀河系の星の分布のモデルや太陽系内ダストの分布のモデルなどによる不確定性があるので、異なる方法で測定し、結果を比較することは重要である。我々は暗黒星雲を利用することで近赤外の赤外線背景放射を測定することを考えている。

 高銀緯で星形成活動を伴わない、コンパクトで高密度な暗黒星雲を観測すれば近赤外の赤外線背景放射を測定することが可能である。暗黒星雲における近赤外線輝度と、暗黒星雲の外側における近赤外線輝度を差し引いてやる。暗黒星雲が十分に高密度ならば、その輝度は大気のエアーグロー(地上観測)+太陽系内ダストの散乱光+銀河系の星の光の散乱光である。一方、外側における輝度は、大気のエアーグロー(地上観測)+太陽系内ダストの散乱光+銀河系の星の光+近赤外背景放射である。コンパクトな暗黒星雲を用いれば、時間変動を起こす大気のエアーグローと太陽系内ダストの散乱光は、暗黒星雲とその外側で同じとみなせる。高銀緯の暗黒星雲を用いれば、銀河系の星の光による余計な寄与を少なくすることができ、また、角度分解能が高い望遠鏡を用いれば視線方向にある全ての星を分解して検出することは可能である。よって両者の差は、近赤外背景放射+銀河系の星の光の散乱光となり、暗黒星雲の散乱光を見積もれば近赤外の赤外線背景放射を取り出すことができる。

 本論文では、モンテカルロ法による輻射輸送計算コードを開発し、暗黒星雲の密度分布や星雲内のダストの組成・存在量をパラメータとし、暗黒星雲の輝度分布や散乱光分布を数値シミュレーションした。暗黒星雲は球対称を仮定とし、密度分布は、一様密度分布の場合と等温で力学平衡にある特異等温解密度分布の場合を採用した。星雲内のダストは、暗黒星雲のダストを反映するため、シリケイトとグラファイトをそれぞれコアとし、氷をマントルとしたコア‐マントル型ダストを用いた。コアのサイズ分布は、指数-3.5の巾乗分布とし、最小を0.01ミクロン、最大を1ミクロンとして、マントルの厚みをパラメータにした。入射光は一様等方な星間輻射場を仮定し、波長0.44ミクロンのBバンド、1.25ミクロンのJバンドでの輝度分布の計算を行なった。

 数値シミュレーションにより以下のことがわかった。暗黒星雲の輝度分布は密度構造を反映しており、輝度分布から密度構造を推定することができる。暗黒星雲の光学的厚みが5以上ならば、内側での透過光の寄与は少なく、散乱光のみとみなせる。散乱光の強度はダストのアルベドに強く依存する。多重散乱や前方散乱は、暗黒星雲の中心部の輝度を強める効果がある。ダストのアルベドが1に近い場合、特異等温解密度では中心部の輝度は光学的厚みに依らず一定値へ近づき、一様密度では輝度は光学的厚みによって変化する。

 我々の計画のため散乱光を取り出すには、光学的に厚い暗黒星雲の中心部を観測すればよく、さらに、ダストのアルベドが1に近く力学平衡にある暗黒星雲を観測すれば、ダストのサイズ分布などの不確定性に依らず散乱光の強度を見積もることができる。