2004 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2005 年 2 月 2 日

氏名 平山 陽介
論文題目 2003年台風第10号の温帯低気圧への変遷過程−北海道日高地方の豪雨の要因ー
論文要旨  2003年8月3日にフィリピン東海上の熱帯地方で発生した台風第10号は、北上するにつれて中高緯度の環境と作用し9日夜に温帯低 気圧へと変遷していった。北海道日高地方では、温帯低気圧に変遷中の台風第10号の接近に伴い8月9日夜から10日にかけて平取町旭 で最大1時間雨量76mmが記録されるほどの豪雨となり、土砂災害や河川の氾濫が多発して死者・行方不明者が11人にも達する等多く の死傷者が出てしまった。本研究では、この台風第10号の中緯度における温帯低気圧への変遷過程と北海道日高地方での豪雨の要因 について、各観測地での観測データや客観解析データを用いて調べ、さらに数値モデルであるMM5を用いたシミュレーションも行っ た。

 観測データや客観解析データを用いた解析から、台風は中緯度に北上するにつれて海表面温度(SST)の低下や上陸による地表面と の摩擦の影響で徐々に勢力が弱まり、中高緯度傾圧帯では、台風の内部構造が中心の西側で北からの寒気移流、東側で南からの暖気 移流となる、いわゆる、温帯低気圧の前線を持った構造へと変遷していった。台風の接近に伴い、北海道付近では台風の東側での暖 気移流によって温度勾配が強まり前線が強化されている状況であった。特に、大雨のあった北海道日高地方では、下層に太平洋から の湿った空気が輸送され、山岳地帯の日高地方南西部で水蒸気フラックスの収束が解析された。これを惑星・総観スケールの環境場 としてとらえると、台風が接近している日高地方は東進する短波トラフに伴うジェット気流が近づき、ちょうどジェット気流の出口 極側に位置していた。この場所は上層トラフによる下層強制上昇を受ける場所にあたっている。上層トラフの接近は、上層空気の降 下を伴い空気塊が乾燥する。下層には太平洋からの湿った空気が侵入していて、上層には乾燥した空気が侵入するので対流が強化さ れ日高地方の集中豪雨が発生していた。

 この様子を、より詳しく日高地方の豪雨状況を調べるためにPSU−NCAR MM5を用いてシミュレーションを行った。この結果、台風 の中高緯度傾圧帯との相互作用や上層トラフの影響を受けて上層の乾いた空気が中層へと下がり、北海道西部から乾燥してくる様子 が見られた。さらに日高地方での風の場等も良く再現できていた。シミュレーションでは、台風の中心の北東部分に下層風のシアラ インが形成され、このシアラインに沿って水蒸気フラックスが収束し、上昇流が発生していた。このシアラインは台風が日高地方近 傍北東方向に抜けるまで日高地方から北海道中部に停滞し、多くの降水を引き起こしていた。さらに、この場所は日高山脈の南西斜 面側にあたっていて、南から流れ込んでくる空気が地形により上昇させられて山岳性強制上昇が起こる場所でもあった。

 これらの解析やシミュレーション結果をまとめると、豪雨が起こるためには水分を多く含んだ空気が下層に輸送されるだけでな く、その空気が凝結高度、あるいは自由対流高度まで持ち上げられる必要がある。今回の場合、日高地方において下層では台風によ り輸送された南からの水分を多く含んだ空気が侵入し、上層では西から接近してくる上層トラフに付随した乾燥空気の進入によって 大気が潜在不安定化し、対流が発達しやすい状況のもと、日高山脈の南西斜面側での地形性の強制上昇が引き金となって強い対流雲 が発生して豪雨をもたらしたものと考えられる。この現象を数値モデルで再現するには惑星・総観スケールの環境場と同時に温帯低 気圧へと変遷してゆく台風の位置や構造も正しく再現されなくてはならない。予報には非常な困難を伴う豪雨であった。