亜寒帯地域の河川流域は、永久凍土帯や氷河流域を含むという点で、極めて特徴的な流域と言える。融氷期の亜寒帯河川流域では永久凍土が雨水の降下浸透を妨げ、氷食作用によって生産された大量の土砂が流域河川に流れ込む。また、氷河域では表面で大量の融解水が生産され、植生のある地域と比べてアルベドが高いといった特徴を持つ。本研究では、亜寒帯地域における河川の流出特性を調べることを目的として、アラスカ・タナナ川流域を対象に水と土砂の流出について現地観測を行い、得られたデータに対し解析を行った。
タナナ川の流域面積は64800kuで、流域の源頭部に氷河が存在する。調査の期間は2002年6月1日〜9月19日、2003年6月24日〜9月19日で、永久凍土と氷河の融解期に当たる。データセットとして、著者が現地観測を行って入手した河川濁度のデータと、15ヶ所の気象観測ステーションから入手した気温、流量、降水量のデータを用いた。そして流域全体の水収支を
Q(流量)=W(降水量)+M(融解量)-E(蒸発散量)
と考え、入手したデータセットをもとに流出解析を行った。その際、流域内の全氷河被覆面積を求め、流域を氷河流域と永久凍土流域の二つに分け、非氷河域の蒸発散量および氷河融解量を求めた。流域全体の降水量と蒸発散量は、ティーセン法を用いて流域を分割し、各流域ごとの値を求めた後で重みがけ平均をすることで求めた。蒸発散量の算出はHamon法を用い、氷河融解量の算出にはPDD法を用いた。どちらも気温をもとにして値を求める半経験式で、流域内の植生の種類や地形効果は考慮していない。流出解析の方法としてはタンクモデルを適用し、氷河流域・永久凍土流域それぞれの流出を合わせてタナナ川全体の流量を再現した。
その結果、2002年はタンクモデルによる再現流量と実測値との相関係数r=0.676で、一方、2003年はr= 0.932となりかなり良い相関を得ることができた。氷河流域からの流出は、融解量と蒸発散量が6月から徐々に増えていき、7月にピークを迎え、8月から徐々に減少することがわかった。永久凍土流域からの流出は、融解期すべてにおいて、無降雨時は基底流量分のみの流出があり、降雨の起きた時だけ流出が卓越することがわかった。
このことから、以下のような流出特性の季節変化が明らかになった。
@亜寒帯河川流域では融解期初期〜中期(6月〜8月初旬)は氷河融解や融雪の寄与率が大きいが、同時に蒸発散による損失割合も大きい。
A融解期中期にピークを迎えた氷河の融解量は気温の低下とともに徐々に減少し、融解期後期(8月中旬〜9月)にはほとんど0になる。蒸発散量の値も気温の低下とともに減少する。これにより、流量は降雨による寄与が大きくなる。
結果として、氷河流域は永久凍土流域の10分の1の面積にも関わらず、流域全体の河川水流出に大きな影響を与えていることがわかった。さらに、氷河融解量が大きい期間があると、数日後には濁度が大きく増加するということもわかり、氷河土砂が流域に大きな影響を与えることが明らかになった。
しかし対象流域が大きいため、特定の場所で涵養があった場合、流域末端部での流出への影響が変わってくるということも明らかになった。今後、末端部までの距離を考慮して流域を分割する方法を考える必要がある。また、不連続凍土地帯に対する凍土の分布を考慮していなかったり、蒸発散量や降水量に対する地形効果を考慮していなかった。このため、より精度の高い流量の再現を試みるには流域の特性をより厳密に考慮する必要がある。
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