2004 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2005 年 2 月 2 日

氏名 椎根 大
論文題目 珪藻バイオマーカーからみたカムチャツカ半島北東部の Eocene/Oligocene 境界期における古海洋環境変動
論文要旨  33.9Myr前のEocene/Oligocene境界(以下E/O境界)期に起きた環境変動は,新生代の地球史において最も重要なイベントの一つである.E/O境界期は,南極大陸氷床の 出現と拡大を促したタスマニアゲートウェイの発達が開始した時期とされており,全地球的な大気と海洋の急激な温度低下が起きていた.珪藻遺骸化石の研究では,北太 平洋高緯度域における珪藻種の多様化(進化)がE/O境界期に大きく進んでいる.しかし珪質殻の溶解度の高さから,堆積物中に残る遺骸化石がわずかなため,珪藻種多様 化の開始時期をはっきりと示した例はなかった.そこで当時の珪藻記録を解読し環境の変化を考察するために,バイオマーカーを分析する手法が有効であると考えた.

 本研究ではロシア,カムチャツカ半島北東部イルピンスキー地域の現地調査により得られた一連の堆積岩試料を用いて,E/O境界におけるカムチャツカ域の環境変動の解 明を目的に,試料に含まれるバイオマーカーや,堆積物の地化学的特徴を解析した.

 イルピンスキー地域には,ほぼ完全なEocene/Oligocene連続堆積層が存在する.しかし境界の判定基準はコンクリーション中に存在する貝化石だけであったので,不明 瞭であった.本研究では合計30個の泥岩をE/O境界部を中心に層厚約20m間隔でサンプリングし,粉末化した後,有機炭素・全窒素分析,元素分析,アルカン画分分析を 行った.

 分析結果から,試料はやや珪質であった.全有機炭素濃度(TOC)は0.5~0.9%であった.有機物はC/N比が比較的低い値(10未満)であったため,海洋起源のものであるこ とを示していた.堆積物の地化学的特徴からも,陸からの影響をほとんど受けていないと考えることができた.アルカン画分分析では, 20S/(20S+20R)-C29ステランの異 性体比が0.1未満であったので全体的に未熟成であった.E/O境界の前後においても熟成度の大きな変化はみられず,埋没深度による有機物の変化はほとんどないと考えら れた.さらに,特徴的にC25 HBIs が検出され,E/O境界と考えられていた層付近から上位にかけて,急激に増大する傾向を示していた.これは,以前の研究でOligocene 初期の珪藻化石層序にRhizosolenia oligocaenicaが設定されていること,バイオマーカーとしてC25 HBI (Highly branched isoprenoid) アルケン類が現世珪藻の Rhizosolenia属で検出されていることと調和していた.

 本研究で示されたC25 HBIs濃度の段階的な増加は,珪藻の生産速度が次第に増加したことを表しており,一部の珪藻種が,E/O境界を境に優占種となったことを示すと 考えられる.C25 HBIs濃度の著しい増加は,溶存珪酸を豊富に含む深層水が表層付近にまで辿り着いたことを示唆している.南極域温度の低下により,重くなって沈み込 んだ南極底層水 (proto AABW) が,北太平洋高緯度域まで到達していたことなど,E/O境界期に起きた一連のイベントの一部を表したものであると考えられる.本研究で は,以前に大型化石で考えられていたE/O境界層に近い層準からC25 HBIs濃度が増え始めていることが判明した.HBIsは北太平洋高緯度地域における,E/O境界期の層序を 確立する上で有用なバイオマーカーであると考えられる.