2004 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2005 年 2 月 2 日

氏名  高橋 香織
論文題目 木星電離圏の形成過程に関する研究
論文要旨 1970 年代以降,惑星探査機による直接観測や地上あるいは宇宙空間か らの高性能な望遠鏡によって,木星という太陽系最大の惑星にも,地球 と同程度の数密度からなる電離圏が形成されていることが明らかになっ た.Pioneer10, 11,Voyager1, 2,Galileoによる電波掩蔽観測から, 木星熱圏大気および電離圏プラズマ大気の密度・温度分布の情報が得ら れている.しかし,3次元的な木星熱圏・電離圏の観測データは十分に 存在していない.理論的な考察も限られており,熱圏・電離圏の本質と もいえる大気・プラズマ結合過程や,それに伴う運動については,未だ 解明されていない.

本研究は,木星電離圏下部から上部までを取り扱うモデルを世界に先駆 けて構築し,木星電離圏プラズマの構造と運動を再現し,その物理・光 化学過程を考察した.H,H2,He,CH4 で構成される木星熱圏大気 と,H+,H+2,H+3,He+,CH+5,C3H+7に関する光化学反応と磁力線に沿 った粒子の運動方程式をモデルは取り入れている.また,オーロラを引 き起こす磁気圏からのエネルギー流入に対する応答についても調べた.

モデリングの結果は,高度800km(1mbarを0kmとする) 以下での木星電離圏 の主成分はH+3 ,それ以上ではH+ が主成分であり,下層には炭化水素 イオン層が形成されることを示している.

H+ はH2 の電離によって主に生成され,H+3 より軽いH+ はH+3 の上層 に分布する.この領域ではH+ と電子の再結合係数が小さいため,電離 圏上部に多量のH+ が存在し,明瞭な日変化を示さない.一方,H+3 は, H+2 からの光化学過程で生成され,H+2 に追随した日変化を示す.電離 圏下部では,H+3 とCH4 の光化学過程によりCH+5 が生成されるために, CH+5 はH+3 の変動に伴って日変化する.C3H+7はHe+を基本として生成 される.したがって,C3H+7はHe+と同様の変化を示す.

電離圏上部では,木星の高速自転による遠心力のため,H+は数km/sで磁 気圏に向かって流れ出す.これは,木星風の生成機構の一つとして考え られる.磁気圏に向かう流れは,オーロラに伴うエネルギー注入によっ ても発生する.木星熱圏・電離圏にエネルギーが注入されると,H2 が 電離しH+2とH+ が生成される.H+2 は即座にH+3 に変化するため,エネ ルギー注入域ではH+3 ,その下部にはCH+5とC3H+7 が生成される.これ らのイオンの生成領域は高度幅2000km以上に広がる.また,エネルギー 注入後,電離圏下部では,CH+5,C3H+7 の反応が1時間以上も持続する ことが明らかとなった.エネルギー注入による電離圏プラズマの応答は, ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したイオフットプリントオーロラの構造と似 ている.電離圏下部に生成されたCH+5やC3H+7 のような炭化水素イオン が電離圏とイオ衛星間の電流系を維持している可能性がある.

本研究で構築した木星熱圏・電離圏モデルは,電離圏・磁気圏結合を扱 うことができるモデルでもある.木星内部磁気圏が共回転からずれてい るという問題に対しても,電気伝導度やプラズマ輸送・散逸を考 慮することによって解明の糸口を見出すことが可能である.