van der Pol 方程式に代表される緩和振動において、ごく狭いパラメーターの範 囲で振幅の小さいリミットサイクルが出現する。この周期解はカナール解と呼ばれ、
超準解析の手法を用いた解析により発見された(E.Benoitら(1981))。本論文では、
レイリー振動子において出現するカナール解を力学的な手法を用いて解析することを
目標としている。
レイリー振動子とは、前田・横森(1999)によって紹介されたスティック-スリップ
現象を表現する非線形振動子で、その名前はレイリー(1894)の導入した摩擦則が含ま
れていることに由来している。レイリーの摩擦則とは、一定方向の外力の下でも振動
が持続する運動を表現するために導入された動摩擦力で、速度の1次と3次の関数で
表される。本論文では、前田・横森(1999)の紹介する系の中で最もシンプルな単一の
レイリー振動子を解析する。この振動子自体はスティック-スリップのモデルで、複
数の振動子を連結させることにより地震現象の複雑な動きが表現される。前田・横森
(1999)によると、2つ以上の振動子を連結させた系ではカオス的な振る舞いが現れる
ことが確認されており、この振る舞いが地震現象を表現する重要な要素となっている。また、前田(2004)は、単一のレイリー振動子において特殊な軌道が現れることを
数値計算によって確認した。この周期軌道が、緩和振動におけるカナール解である。
しかし、カオス的振る舞いの要因は未だ明らかではなく、単一振動子の系における性
質を詳しく解析することが重要な課題である。
本論文では次の2つの方法によってカナール解を解析した。1つは、E.Reireら (1999)によって提案された特異摂動系における一次近似(First-order approximation)をレイリー振動子に応用し、カナールの出現するパラメータを特定す
る方法である。ここでは、特異摂動パラメータを導入して、系を特異摂動として扱っ
ている。そしてもう1つは、系を複雑にしている非線形部分を、振幅や振動数の安定
したリミットサイクルの存在を仮定して線形近似する方法である。この近似法では、
周期解としてのカナール解のほかに、周期解の中心に収束する(近似式における)一
般解が得られた。この2つの解を組み合わせることにより、限られたタイムステップ
内ではあるが、位相図上でリミットサイクルであるカナール解に収束していく様子を
再現することが出来た。どちらの方法も簡単な力学的手法を用いているにも関わらず、超準解析や数値計算で得られる結果と比べて良い近似が得られた。
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