本研究では海洋大循環モデルを用いて,海洋の記憶をより定量的に検証するため,記憶実験を行った.
近年の研究ではエルニーニョの変動を説明するための振動子理論がいくつか提唱されており,それら
の理論は海洋の記憶が重要であるとしている.そこで,記憶実験の結果を解析に用い,海洋の記憶と
いう面から振動子理論へアプローチを行った.
記憶実験は以下の手順で行った.数値モデルに時間変動する現実的な境界条件を外力として与えて駆
動した結果をControl runと呼ぶ.一方,これに対して,ある月から外力の値を気候値に置き換えて駆
動した結果をMemory runとした.Memory runは,外力を気候値へ置き換えた後の積分時間に応じて,
それぞれN mon memoryと呼ぶ(N;1―12).このようにして,1979年2月―2001年12月の1mon memory,
・・・1980年1月―2001年12月の12mon memoryまで,合計12本の時系列を作成し,解析に用いた.
まず赤道―亜熱帯の海洋の記憶に関する空間構造をMemory run毎に比較した.貯熱量,20℃等温面深
度(Z20),南北輸送量において,変動のパターン,振幅が共に熱帯中央部,北緯10―20度からアメ
リカ西海岸の領域で長期に渡って持続した.
Control runにおいて,亜表層水温偏差(Nino3平均)と風応力偏差(赤道平均),Z20偏差(赤道平
均)時系列の関係は過去のRecharge―Discharge Oscillator理論の研究結果と整合的な値を示した.
さらに赤道域における南北輸送量の収束・発散を調べた.その結果,Z20の赤道域の変動と南北輸送
量の収束・発散が概ね一致した.次に赤道域においてどの領域の輸送が重要なのかを調べるため,
三つの領域の南北輸送量の収束・発散を西岸付近(Bp),内部領域(Ip),全体領域(Tp)として
それぞれ比較した.その結果,Tpに対してIpの寄与が大きく,Bpは逆位相であることがわかった.
また,IpとBpが交わる時期にエルニーニョが多く発生し,エルニーニョ期は共に振幅が大きく,通常
時は振幅が小さいということが示唆された.
記憶実験の結果,Tp,IpにおいてControl runの地衡流輸送量の値と1ヶ月目のMemory runのZ20以浅
の輸送量が良く一致した.これは,数値モデルの外力である風応力を気候値に置き換えることで,
エクマン輸送が敏感に応答した結果であることがわかった.一方,BpはControl runのZ20以浅の輸送
量,地衡流輸送量,Memory runのZ20以浅の輸送量が概ね一致しており,エクマン輸送の寄与が小さ
いことがわかった.次にTp,Bp,IpのMemory runの時系列を比較した.Bpでは変動のパターンは長期
に渡って持続されるものの,振幅の減衰が大きく,2ヶ月程度しか記憶されない.Ipでは変動パター
ン,振幅ともに3―4ヶ月持続しており,内部領域ではより海洋の記憶が重要である領域であることが
示唆された.
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