この研究の目的は昭和基地周辺の局地風を理解し、周辺の循環場を明らかにすることである。南極大陸は氷の大陸であり、特に冬
季は日射がなく非常に低温になる。沿岸は急勾配であり断崖絶壁状態になっている。この地形が南極の気候や局地循環を大まかに決
定している。南極大陸は斜面下降風であるカタバ風や、低気圧の影響を受けて壁となっている山脈に沿って吹くバリア風などの局地
風が顕著で、低気圧との相互作用もあるであろうことが知られている。日本の昭和基地は沿岸にあるため、昭和基地で吹いているカ
タバ風は、内陸で定常的に強く吹き続ける典型的なカタバ風とは異なる挙動を示すであろうことも予想される。しかしながら身近な
気象現象である基地周辺の局地風の研究はあまりなされていない。
そこでまず昭和基地の地上と高層の観測データから、昭和基地周辺の下層強風帯の動態を調べた。守田(1968)の条件を用いてカタ
バ風抽出を行った結果、放射冷却の効果が大きいと考えられる冬季だけでなく夏季にもカタバ風は多く抽出されていた。本研究から
夏季のカタバ風は日変化し、高さ100〜200mの逆転層の生成と解消を繰り返す時間スケールの小さな風であった。夏季に抽出された
カタバ風の風向は北東〜東北東が多かった。一方冬季は大気が夏季よりも安定しており、カタバ風が数日間持続している場合もあっ
た。冬季に抽出されたカタバ風は北東〜東の風が多く、下層の強風層が3kmにまでなる場合もあった。
極域では総観気象場を理解する為には中緯度で用いる天気図がないので客観解析データが有用である。しかし観測点が少ない南極
域での客観解析データの精度はあまり良くないとされてきたので、解析を行う前に日本の気象庁(GANAL)とアメリカ環境予測セン
ター(NCEP)の全球客観解析データと昭和基地観測データを比較し、データセットの精度を調べる必要がある。その結果、地上風速に
ついてはその時間的に細かな変動を掴み切れずやや誤差が大きかったが、気圧や気温、高層風については両データセット共に誤差は
比較的少なかった。更に地上を除きNCEPの方がより誤差が少ないことが分かった。このような客観解析データの特性を理解した上で
データを使用する。次に客観解析データを用いてカタバ風事例を調べた。その結果、夏季のカタバ風事例は、全層に渡って風が弱
く、ごく下層で風の強弱の日変化が見られた。また低気圧がそれ程接近していない時にもカタバ風が吹いていたことが分かった。一
方冬季においては上空(高度7km以上)では西風のジェットが強いが、それとは別に下層(高度500m〜3km)で強風帯が出来ていた。この
下層の強風は地上よりもやや上側(高度500m〜3km程度)で極大値を持っていた。この下層強風は冬季大陸斜面上で定常的に吹き出
している冷気流(カタバ風)により出来たものと考えられる。また低気圧が接近した時に昭和基地周辺では斜面上でしばしば東風の
強風も解析されていた。これは低気圧による循環が沿岸で大陸地形により強化されたバリア風ではないかと考えられる。
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