2005 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2006 年 2 月 3 日

氏名 大森 裕
論文題目 北海道,大夕張地域におけるCenomanian/Turonian境界の環境変動 (Environmental Changes of the Cenomanian/Turonian boundary in the Oyubari Area, Hokkaido, Japan)
論文要旨 白亜紀Cenomanian/Turonian境界(C/T境界)には,Oceanic Anoxic Events2(OAE2)と呼ばれるイベントが発生したことが知られており,地球環境に大きな影響を与え,生物の大量絶滅を引き起こしている.本研究では,北海道中央部大夕張地域に広く分布する白亜系蝦夷層群佐久層(Cenomanian 〜 Turonian)を研究対象とし,この地域におけるC/T境界の環境変動について岩相観察,薄片観察,生痕化石観察,炭素同位体比および化学分析を用いて検討した.その結果以下のことが示された.

研究地域のC/T境界は,下位より佐久層主要部の暗灰色泥岩と白金泥質砂岩部層の灰緑色泥質砂岩からなる.暗灰色泥岩は塊状または弱い葉理がみられ,粘土鉱物の基質とシルトサイズの石英,斜長石の粒子からなる.灰緑色泥質砂岩は塊状で,粘土鉱物の基質と,淘汰・円磨度の悪いシルト〜極細粒の石英,斜長石,黒雲母,緑泥石などの粒子が不均質に混在する.本研究では,暗灰色泥岩と灰緑色泥質砂岩の境界を基準として,この地域の岩相を下位よりUnitT・U・Vの3つに区分した.UnitTは調査地域最下部から灰緑色泥質砂岩を挟む暗灰色泥岩までの部分,UnitUは暗灰色泥岩のみからなる部分,UnitVは岩相境界より上位の灰緑色泥質砂岩の部分である.各Unitでは厚さ数mm〜数10cmの灰色砂岩,酸性凝灰岩を頻繁に挟む.灰色砂岩は,極細粒〜細粒で淘汰・円磨度の悪い石英質〜石質ワッケ砂岩である.構成粒子は主に石英,斜長石,黒雲母,火山岩片で,基質部分は主に粘土鉱物・方解石からなる.灰色砂岩のモード組成は,下位から上位にかけて大きな変化は見られない.微化石は各Unitで球状の放散虫が確認され,特にUnitVで豊富である.またUnitTでは下部〜中部に浮遊性有孔虫・底生有孔虫が確認される.UnitUでは底生有孔虫が極わずかに確認される.

本研究ではC/T境界での環境変動を明らかにするために生痕化石の産状を観察し,その種類とサイズからレベル1(生痕化石が無い)〜6(生痕化石が多様)に区分した.その結果,主に灰緑色泥質砂岩で生痕化石が発達し,暗灰色泥岩では少ないことが確認された.特にUnitT上部(岩相境界より約16m下位)〜UnitUの暗灰色泥岩に見られる生痕化石は小型で観察される数が少ない.

また,本研究ではUnitU(岩相境界より約7m下位)の暗灰色泥岩において炭素同位体比曲線の明瞭な正のスパイクが確認された.また,UnitT(岩相境界より約18m下位)で浮遊性有孔虫Rotalipora cushmani の最終産出,同じUnit(岩相境界の約25m下位)でCenomanianの上部を示す石灰質ナノプランクトンAxopodorhabdus albianus の最終産出が確認された.したがって,本研究の正のスパイクは,C/T境界(OAE2)スパイクに対比することができる.

さらに,本研究では暗灰色泥岩と灰緑色泥質砂岩について全有機物(TOC),全硫黄(TS),全有機窒素(TON)の測定を行った.その結果,TOCは0.12〜0.98wt%の変動を示し,UnitU(岩相境界より約3.5m下位)においてピーク(0.98wt%)が確認された.TSは0.05から1.33wt%までの範囲で変動し,UnitT上部(岩相境界より約15m下位)とUnitU(岩相境界より約2m下位)に明瞭なピーク(UnitT上部:1.33wt%,UnitU:0.93 wt%)が確認された.C/S比(TOC/TS)は0.23〜6.38の値を示し,UnitU中部(岩相境界より約5m下位)で1.0前後の還元的な環境を示す値が得られた.TONは0〜0.07wt%の範囲で変動する.また有機物の起源を示すはC/N-org.比は,3.94から74.5まで変化し,UnitUからUnitVの下部(岩相境界より約10m上位)で相対的に低い値(3.94〜23.33)を示し,海洋プランクトン起源の有機物の割合が増加したことを示唆する.

以上のことから,本研究ではUnitUのC/T境界のスパイクに対比される炭素同位体比の正スパイクの層準とTOCのピークの層準はほぼ一致することが明らかになった.また生痕化石レベルとC/S比の結果は,ともにUnitT上部からUにかけての層準が貧酸素環境であったことを示し,これも正スパイクの層準とほぼ一致する.よって,北海道のこの地域でもOAE2の時期に貧酸素環境が広がっていたものと結論される.