2005 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2006 年 2 月 3 日

氏名 岡野 和貴
論文題目 中期白亜紀海洋無酸素事変時に堆積した黒色頁岩の有機・生物地球化学的研究
論文要旨  白亜紀の地球環境は、高い海洋地殻生産を原因とするCO2の放出により、大気中のCO2濃度が現在に比べかなり高く、温暖環境で あったと言われている。このような環境下において有機物に富み、葉理構造の発達した黒色頁岩の堆積から、海洋中に無酸素環境が広 がる海洋無酸素事変 (OAE) が起こったことが推測され、OAE層準は生物の絶滅とも関連していることからも注目されている。本研究で はこのOAE時の古海洋環境や生物地球化学プロセスを解析・復元するために、黒色頁岩層とその前後の地層についてバイオマーカー 分析を体系的に行った。

 まず白亜紀OAE層準の堆積物および第三紀堆積物を用いてOAEの無酸素環境の指標となるバイオマーカーの有用性についての検 討を行った。分析試料からは、ジベンゾチオフェン、メチルジベンゾチオフェン、ジメチルジベンゾチオフェン、C2アルキルジベンゾチオ フェン、ベンゾナフトチオフェンの5種類の有機硫黄化合物が検出された。これらの化合物は無酸素環境下において、海洋中の硫化物 濃度が高くなることによって、続成作用の際に硫黄が付加されることから、無酸素環境の指標として有効であると考えられる。また、一般 的に酸化還元指標として用いられるプリスタン/ファイタン比 (Pr/Ph比) の還元的条件を示す値とよく対応することからも、無酸素環境の 指標としての有効性が確認された。特にベンゾナフトチオフェンは、強い無酸素環境の指標となることが示唆された。一方、Pr/Ph比とと もに酸化還元環境の指標として用いられるホモホパン指標は、Pr/Ph比とは良い相関を示さなかった。この結果は、ホパノイド化合物の組 成は環境の酸化還元だけでなく、海洋底層の微生物群集の変化によって影響を受けることが指摘される。

 次に、以上の結果を踏まえたうえで白亜紀OAE層準であるゴグエル (Goguel;OAE1a) とキリアン (Kilian;OAE1b) において無酸素環 境の年代変化および海洋古生物生産の変動の詳細な復元を行った。ゴグエルとキリアンでのPr/Ph比による無酸素環境レベルの比較で は、キリアン層準の方がより還元的である値を示した。一方で有機硫黄化合物はゴグエル層準で多く含まれ、Pr/Ph比とは逆の結果が得 られた。しかし、無酸素環境指標化合物の検討において、その有用性は有機硫黄化合物の方が高いと考えられたことから、OAE1aの方 が無酸素環境が強いと推論した。また、メタン生成アーキア由来のバイオマーカーがキリアン層準でのみ検出され、とくに黒色頁岩層に おいて高濃度であった。エネルギー効率の点から、ゴグエル層準では硫酸イオン濃度が高く硫酸還元バクテリアが繁栄しやすかった環 境であったことが考えられ、逆にキリアンでは硫酸イオン濃度が低く、硫酸還元バクテリアよりもメタン生成アーキアが繁栄しやすい環境 であった可能性が考えられる。これらの種の膜脂質を構成する化合物としてファイタンの先駆体となるビファイタンが知られており、キリア ンでのメタン生成菌の繁栄が、低いPr/Ph比にも影響していると考えられる。