論文要旨 |
始新世は,温暖から寒冷な気候へという地球史における長期的な気候変動の転換期に位置した重要な期間であり,その変動を明らかにすることには大きな意義がある.本研究ではODP 第207次航海において Demerara Riseから採取されたコアサンプルに含まれる,始新世の浮遊性有孔虫化石の群集解析を行った.その結果,Hole 1258Aでは77種を同定し浮遊性有孔虫化石分帯のP5からP12に対比することができ,Hole 1259Aでは109種を同定しP7からP15に対比することができ,その地質年代は初期始新世から後期始新世に及ぶ.また,化石群集の組成から次の4つの区間に区分できることも明らかとなった.
1)約55〜51Ma(初期始新世前半)のMorozovella subbotinae, M. aequa, M. edgariを主とするMorozovella 属が群集の約50%を占める区間1.2)約51〜48Ma(初期始新世後半から中期始新世最初期)のPseudohastigerina wilcoxensisやPlanorotalites pseudoscitulaを主とするPseudohastogerina属とPlanorotalites属が群集の約40%を占める区間2.3)約48〜39Ma(中期始新世前半から後半)のSubbotina eocaenaやS. hagniを主とするSubbotina属が約30%,Acarinina rugosoaculeataやA. rotundimarginata,A. spinuloinflata,A. broedermanni,A. bullbrookiを主とするAcarinina属が群集の40%を占める区間3.4)約39〜38Ma(中期始新世最上部-後期始新世最下部)のSubbotina eocaenaやS. hagniを主とするSubbotina属,Globorotalia nana などのGloborotalia属,Globigerina praebulloidesなどのGlobigerina属が群集の50%を占める区間4.これらの化石群集の変動を考察するため,これまでに報告されている各地の浮遊性有孔虫化石の安定同位体比を用いて,各々種の深度による生息範囲を推定した.その結果,Morozovella属を主体とし表層に生息する Mixed Layer 1,Acarinina 属を主体とし表層に生息するがMixed Layer 1よりも広い生息深度を持つMixed Layer 2, Subbotina 属やGlobigerina属を主体とし深い深度に生息するThermocline,平巻きの種を主体としMixed Layer 2とThermoclineの生息範囲の間に生息するIntermediateという4つのグループへと区分できる.この区分に基づき,本研究の群集に関して各グループの相対頻度を検討した.その結果,全体を通じて段階的な寒冷化を示唆することが判明した.すなわちMixed Layer 1が多い表層が温暖であった区間1.Intermediateが増えて温度勾配が発達する区間2.Mixed Layer 2とThermoclineが増加し,表層の寒冷化が進行する区間3.そしてさらにThermoclineが増加し,深層の寒冷な水塊が表層付近にまで達するという区間4という変化を認めることができた.これらの知見は,中期始新世最下部と中期始新世上部において2段階の寒冷化が進行し,その寒冷化に伴って海洋構造が温暖な混合層と温度躍層の2層から,中間的な層を加えた3層になり,その後温暖な混合層が消失していったことを示唆している.この他,より細かいスケールの海洋環境の変化(寒冷化3回,温暖化5回)も明らかとなった.
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