2005 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2006 年 2 月 3 日

氏名 若佐 寛子
論文題目 北海道大雪火山、お鉢平カルデラ及び御蔵沢溶岩流に関する岩石学的研究
論文要旨  本研究では,大雪火山の御鉢平カルデラ及びミクラ沢溶岩流について岩石学的検討を行い,それぞれのマグマ供給系を明らかにした.さらに両 者のマグマ溜まりの構造と噴出プロセスを比較することで,マグマ混合が噴火様式に与える影響を考察している.

 御鉢平カルデラは,約3万年前に爆発的な噴火を起こし形成された.噴出した火砕流は,主にカルデラの北東と南西を主軸とし,山麓まで広く分 布している.噴出物の本質物質は白色軽石,黒色スコリア,縞状軽石よりなる.カルデラ近傍の北東側と,北東山麓の噴出物に含まれる斑晶鉱物 は,斜長石,単斜輝石,斜方輝石,角閃石,石英,Fe‐Ti酸化物で,スコリアには少量のかんらん石が含まれ,有色鉱物では両輝石の割合が多 い.南西山麓の噴出物には,斜長石,角閃石,単斜輝石,斜方輝石,石英,Fe‐Ti酸化物が含まれ,角閃石の割合が多い.全岩化学組成において は,北東側の噴出物と南西側の噴出物では異なる組成トレンドを描く.そこで本研究では,北東側噴出物(カルデラの北東近傍と北東山麓大函) と南西側噴出物(南西山麓大岩)に注目し,それぞれがどのようなマグマから噴出したのかを検討した.鉱物化学組成,希土類元素組成,放射性 元素同位体比は,北東側噴出物も南西側噴出物も類似している.しかし全岩化学組成では,北東側噴出物の苦鉄質組成は多様性があり,南西側噴 出物との組成ギャップが大きい.このことは,苦鉄質マグマが複数存在することを示唆している.一方珪長質組成は,北東側噴出物でSiO2<66.5 wt.%であるのに対し,南西側噴出物はSiO2<68 wt.%で,より珪長質である.北東側珪長質端成分組成からの結晶分別作用で,南西側珪長質組成 を作ることが可能なことから,この組成の差は,マグマの分化の程度や結晶集積などの違いによるものであると考えられる.これらを考慮する と,御鉢平カルデラ形成噴火では,結晶の分別や集積の程度に差がある珪長質マグマ溜まりの下に,複数の不均質な苦鉄質マグマが存在し,これ らの苦鉄質マグマの注入により噴火が起こったと考えられる.

 ミクラ沢溶岩流は御鉢平カルデラのポストカルデラで,穏やかな溶岩流出による噴火を行った.噴出物は玄武岩質安山岩質のHSr inclusion (HSr),安山岩質のHost lava(Host),デイサイト質のDacite lava(Dacite)の3タイプの溶岩と,玄武岩質安山岩質の苦鉄質包有物であるLSr inclusion(LSr)からなる.HostとDaciteは縞状溶岩を形成している.HSrとLSrは,Hostに含まれ産出する.二つは全岩SiO2量では重複している が,石基組織,全岩化学組成,希土類元素組成などで区別できる.このことから,ミクラ沢溶岩流では少なくとも二種類の苦鉄質端成分マグマが 存在していると考えられる.LSrの形成に関与した苦鉄質端成分マグマ(LSrマグマ)は,Daciteマグマ溜まり内で徐冷し,苦鉄質包有物を形成し た.またLSrマグマは無斑晶質で,相対的に少量であったと考えられる.HSrを生成した苦鉄質端成分マグマ(HSrマグマ)は相対的に大量で, Daciteマグマとの混合で大量のHostマグマを生成した.LSrがHost中に産出することからは,始めにLSrマグマがDaciteマグマ溜まりに注入し,包 有 物を形成した後,HSrマグマがDaciteマグマ溜まりに注入したことが考えられる.

 御鉢平カルデラとミクラ沢溶岩流は,爆発的なプリニー式噴火と穏やかな溶岩流出という,タイプの異なる噴火を起こしている.しかし両者 は,複数の苦鉄質マグマと珪長質マグマとの混合という点で共通しており,マグマの組成も類似している.御鉢平では,苦鉄質マグマの注入が比 較的短期間で起こり,高い噴出率を維持したまま,珪長質マグマ溜まりから複数の火口を通って噴出している.一方ミクラ沢では,苦鉄質マグマ の注入が,一つの珪長質マグマ溜まりに長期間にわたって起こり,一つの火道を通って噴出している.ミクラ沢は,揮発性成分の脱ガスが起こり やすい環境であったため,噴火が起こりにくく,また噴火しても穏やかであったのかもしれない.