月の起源説

□制約条件

月の起源説を議論するには、その説が月の特徴を説明できるかどうかが重要である.月の特徴には、以下のものがあげられる.

地球−月系の物理的特徴
  -月は遠ざかっている( 1 年に 4 センチ程度)
  -月の密度は地球の上部マントルの密度に近い
  -全角運動量(月の公転+地球の自転)が非常に大きい.しかし地球を 分裂させるほどには大きくない
  -月の公転軌道面は地球の赤道面からも黄道面からもずれている (月と地球の軌道 参照)

化学組成の特徴
  -地球よりも鉄が非常に少ない
  -地球よりも揮発性物質が非常に少ない

酸素同位体比の特徴
  -地球の物質と同じ直線上にのる(起源物質は同じらしい)



□さまざまな起源説

月の起源説については、大きく分けて4つある.

分裂説 共成説 捕獲説 巨大衝突説

は、いつ、どこで、どのようにできたのか.月の起源に関する疑問は、長い間謎であった.

1609年にガリレオが初めて望遠鏡を月に向けてからは、月面の観測が急速に進み、クレーター、海等の月面地形の分類や月面図の作成がなされるようになった.

1879年、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの息子であるジョージ・ダーウィンが、月は地球が高速度の自転のために地球の一部が飛び出してできたとする「分裂説」を発表した.

1959年、シュミットによって集積しつつある地球周辺の岩石やガスの円盤から月が形成したとする「共成説」が提唱された.

1960 年代になると、月は地球とは別の離れた無関係の場所で誕生し、その後地球に捕まったとする「捕獲説」に人気がでた.

しかし、この時代にはこれらの説を確かめるだけの十分なデータは得られてなかった.

1969年、アポロ11号が人類初の月面着陸を成功させ、21.7kgの月の岩石や砂を持ち帰った. 以後、アポロ17号まで合計381Kgの月試料が回収され、地球の研究者達によって分析された. その結果、月の歴史や特徴が明らかにされたが、分裂説、共成説、捕獲説はいずれも十分に月の特徴を説明することができなかった.

1976年、CameronとWardが惑星形成の最終段階で火星サイズの天体が地球に衝突し、飛び散った破片が円盤を形成し、その円盤の中で月が形成したとする「巨大衝突説」を発表した.この説は月の性質をうまく説明することから、多くの研究者に受け入れられるようになった.

近年ではスーパーコンピューターによるシミュレーションが行われ、原始惑星が原始地球に適当な角度で衝突すると、砕けた原始惑星の岩石質から円盤が作られ、そこから月が集積する様子が再現されている.

以下では、これらの4つの説について詳しくみていく.

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分裂説


(1)(2)(3)
地球はかつて大変速く回転し
ていた.
地球の歴史のごく初期に、
月は地球から分裂し始める.
月は地球から分裂し、地球を
回るようになる.


特徴:
月が地球から遠ざかっている事実から、逆に考えて月は昔地球に近かったのではないか、もしかしたら月は地球から飛び出したのではないか、という考えからこの説が生まれた.

この説では、地球のコアとマントルが分化にともなって角運動量の保存則により地球の自転が速くなり、その結果地球の一部が遠心力によりちぎれて月になったと考える. この場合、月は地球の子どもであるとみなせるので、分裂説は「親子説」とも呼ばれる.

利点:
地球のマントル部分が飛び出して月となるので、月の平均密度(3.3g/cm3)が地球のマントル密度(上部マントル密度 3.3g/cm3)に近いこと、また 月が地球に比べ金属鉄が乏しい(核が小さいか存在しない)ことを一挙に説明できる.

月岩石の酸素同位体比が地球の物質と同じ直線上にのることも自然に説明できる.


問題点:
地球が回転不安定になるほど自転が早くなったかどうかが不明.
月と地球の角運動量を全部足しても、月が分裂する程の自転速度にならない.
また月の元素組成を詳しくみると、地球のマントル物質とは異なっている点も少なくない.
分裂したとするなら月は地球の赤道から飛び出し、その面上で公転するはずであるが、実際は月の軌道面は地球の赤道面に対して18°〜28°傾いている.公転面をずらす他の 過程を考えなくてはならない.

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共成説


(1)(2)(3)
地球形成時、月は地球近傍で
集積し始める.
原始の月が地球を回る軌道上
で誕生する.
月が地球の近くで、同じよう
に集積した.


特徴:
地球や惑星は、原始太陽系星雲と呼ばれるガスと塵からなる雲から、まず塵が集合して微惑星がうまれ、それらが衝突合体を繰り返して形成されたと考えられている. 共成説では成長途上の地球にすでに小さな月があり、これが地球と共に成長したと考える.
共に成長するという特徴から、別名「兄弟説」「双子説」とも呼ばれる.

利点:
実はあまりない.しかし月-地球系ができた後には、地球と月には同じような物質が集積したことは間違いない.


問題点:
この説では、月と地球の元素組成が同じになってしまうが、月の平均密度は地球の平均密度より小さく、地球と同じ材料物質から作られたとは考えにくい.月が地球よりも金属鉄に乏しいことも説明できない.

地球-月系の大きな角運動量を説明できない.
また共成長のシミュレーションによると、月の軌道面は黄道面と一致するはずであるが、それは実際の観測(月の軌道面は黄道面より5.15°ずれている)とは一致しない.


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捕獲説


(1)(2)(3)
月は地球とは無関係なところ
で作られた.

月の軌道が大きく乱され地球
に接近.

潮汐力による変形や地球大気
のガス抵抗によってブレーキが
かけられて地球に捕獲される.


特徴:
地球とは別の所、無関係なところで形成した月が、地球付近を通過するときになんらかの物理的出来事により、地球を周回する軌道へ移ったという説.

外惑星には逆行衛星(惑星の自転と逆向きに回転、例:トリトン)が存在する.このような衛星は、宇宙をさまよう天体が親惑星に捕獲されたものと考えられている.月ももともと宇宙をさまよっていた天体が地球に捕獲されたのではないかと考えたのがこの捕獲説である. 別名「他人説」とも呼ばれる.

利点:
月は地球とは無関係のところで形成しているので、月の化学組成が地球と似ていなくても不思議ではない.
月が地球の赤道面上にない事実をうまく説明できる.

問題点:
月ほどの大きな天体を捕獲するためには、よほど強い潮汐変形や原始大気のガス抵抗を考えなくてはならない.しかも、地球の重力圏に捕らえた後はそのブレーキがなくならないと結局は地球に落ちてしまう.

酸素同位体比は地球と月物質の近縁性を示しているので、月が遠く離れたところでつくられたとは考えにくい.


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巨大衝突説

(1)(2)(3)
火星程度もしくはそれ以上の
大きさの原始惑星が原始地球
に衝突する.
衝突により地球のまわりに月
の材料物質が供給され円盤を
形成する.
この円盤の粒子の集積により
月が形成される.



特徴:
地球が形成した初期、火星サイズの小惑星が衝突し、地球周辺に岩石やガスからなる円盤が形成し、その円盤物質から月が集積したという説である. いわば、捕獲説と集積説を足して発展させた説といえる.

現在、最も有力視されている.

利点:
地球-月系の大きな角運動量を巨大衝突により与えられる.
衝突時の著しい加熱により揮発性元素は散逸したと考えられ、月に揮発性元素が乏しいことが説明できる.
最近の数値シミュレーション結果では、主に原始惑星のマントルの破片から月が形成するので、月に金属鉄が乏しいことが説明できる.
問題点:
衝突が起こる確率やどのように衝突したかといった機構について不明な点が多い.
月岩石の酸素同位体比が地球のものと同じである理由が不明である.
衝突時の加熱によって月の揮発性元素の存在度が完全に説明できるのかについても不明な点が残されている.


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テーブル:制約条件に対する起源説の妥当性


評価は3段階で、◯がうまく説明できる、△は説明できる部分もあるが問題もある、×は問題あり。
   分裂説   共成説   捕獲説   巨大衝突説 
角運動量×××
揮発性元素の欠乏×
金属鉄の欠乏×
酸素同位体比×
物理的可能性(軌道・確率)× ×


この表が表すように、巨大衝突説が月の様々な制約条件をもっともうまく説明することができる.しかし、問題点も残されており、巨大衝突説が完全に月の起源を説明できるわけではない.一方、他の説はどうかというと、巨大衝突説ほどうまく説明でないが、完全に違うと言うわけでもない.
多くの研究者が今なお月の起源を解明しようとしている.日本でも、月の謎・起源を解明しようとプロジェクトがある.地震計と熱流量計を組み込んだぺネトレーターと呼ばれる槍型の観測機を打ち込んで、内部構造を探ろうとするLUNAR-A計画、様々なリモートセンシング観測装置を積んで月を周回し月の全球的な構造を明らかにするSELENE計画である.
ひょっとして近い将来、これらのプロジェクトから得られたデータをもとに新しい月の起源説が提唱されるかもしれない.人類の月への探求はつづくのである.



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参考文献
月と小惑星・・・・・・恒星社厚生閣
月の科学(1984)・・・・岩波書店
太陽系と惑星・・・・・東海大学出版会
月の科学・・・・・・・シュプリンガー・フェアラーク東京

参考HP
http://www.cosmo-oil.co.jp/inf/kankyo/dagian/37/02-03.html
http://ads.harvard.edu/books/ormo/
http://www.xtec.es/recursos/astronom/moon/camerone.htm
http://www.psi.edu/projects/moon/moon.html



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Last Updated 2002.Oct.30
鈴木悠介執筆、倉本 圭監修