安達原
《安達原上》

文月は相撲もれいのやうにてきこしめしつ。内のうへのいまめかしう。されはみ給へる御心おはしまして。すまひなとことさらにおかしきことにけうしさせ給ふまゝに。 うへ人達にさるかたまねはせて御らんせんと思召れて。うちうち御けしきあり。人々はしめはいと思ひよらすとて。侘しけなりけるに。殿の中将きゝて。 いとようありなん。まろこそほてならめ。まさらん人あらんやはといふを。人々ねたかりて。またきにしたりかほなるこそおこかましけれ。 まけ給はゝいみしきはちにこそあれと。口々いひしろいて。頭中将そのほかの君達。みな心入給へは。いくはくもなくことなりてよういするを。 上も御心ゆかせ給ひ。いそかせ給ふ。さはいへと。音きゝのやさしからぬにつゝまれて。上も人々も大臣達になきかれそ。いみしき事さましにこそあらめと。 かたみにしのひ給へり。うへさすかにけそうならんはかたはらいたく思召れて。よるとさためさせ給ひ。八月十日のほとなり。 仁寿殿の儀式をまねはせ給ふとあれと。ことひろくならんをはゝからせ給ひ。いたう忍ひさせ給へは。なにこともけしきはかりにて。 すこしもうとき人はめさす。蔵人事共おきてつかふまつる。たちあひのけはひを。上も人々もせちに心入て思すことにて。 さてのことは見入る人もなし。女房なとの物いひさかなしとて。御かたかたに御せうそこもなし。きさいの宮のみまうのほらせ給へは。 そなたの後達。うへの女房達は。めつらしき見ものにて。いみしと思へり。小舎人わらはなとすまひ人にて出たり。 ことはしまりては。童より次第にめさる。いとはへはへしうけうありて。かちまけのいとみもおかしうことことしけにとよみたり。 つきつき出てひたりみきの衛門佐。兵衛佐なとみなかちまけあり。殿の侍従も出給ひ。かた手は権中将なりしに。 侍従まされり。弁の御子の少将のまけぬるを。女房達いとおしかる。うへ笑はせ給ひ。かたちこそ人よりことなりけれ。 ちからなんたらさりけると仰らる。きさいの宮は。侍従のなよひかにをんなしうなまめいたるさまに。につかはしからぬふるまひを。 ものくるはしうもいとおしうも御らんす。はてつかたには。中将ほてとて出給ふ。右は頭の弁なり。頭の中将と四位少将かたかたの腋手にや。 ねんする人はかたかたによりて。まめやかにこゝろ入ぬるもおかしう。女房達さへかたひくはかりなり。うへも中将は左なれは。御方人と思召るゝまゝに。 ねんせさせおはします。中将さのみちからいるゝともなく。とみにかち給へは。人々とよみてほめきこゆ。さるはかきりなうなよひかにたをやきて。 かゝるわさはゆめ堪ゆへくもあらしと。女房達いとおしかり。こゝろくるしけにものしつるに。思ひのほかにかひかひしきを。 うへもあさみきこえさせ給ひ。女房達はあさましきまてに。おとろきさはきたり。左かちかたにて。楽の声はなやかなるに。 右も立つきて奏しつ。人々みなろく給はり。まかて給ふ程は明はてぬ。藤壺の女房の中より。中将の出給ふにおひて。
   たちまさるいろとし見れはすまひ草かたひく人もうれしかりけり
中将。
   かきひきてあはれとも見よ白慈草化にうつらぬ露のこゝろを
弘徽殿の人々もきゝて。見さりしことを口おしう思ひけるか。又の日。中将の殿上におはするに。
   めつらしき光うつらふ月をさへ見さりし宿は秋もしられす
と聞えたり。君達うちより見かはして。頭中将此かへしは我せんとの給ふ。大弁の御子の少将。たゝにも中将のゆかしう思ひてあるわたりなり。 あいなきさかしらなし給ひそといふに。人々けにとてかき給へとゆつるを。中将あまへてかゝす。侍従に聞えつけ給ふを。人々おくしつとわらふ。侍従。
   おもはすよなへて秋なる雲の上に月見ぬ人のあらんものとは
とうち捨かきたるを。ことなしひなりと。人々笑ひ給ふ。春宮もきこしめして。いみしうけうありとおほして。御らんせぬを口おしからせ給へり。 院。殿なとにさへいつしかものゝ聞えあるに。院いみしうむつからせ給ひ。うへのなをわらはけ給ひ。つきせすあやなきすさみ。 このませ給へるこそことやうなれ。世かたりにもしつへきすまひ人かなと。ねたけに仰られけるか。内に御使ありて。この後かゝるみたれことなせさせ給ひそと。 いさめ聞えさせ給ふ。うへもあいなうもおかしうも思召れて。さのみ人々のいひさはき侍るはかり。おとろおとろしきさまには侍らす。わらはへともにけしきまねはせて見侍るなり。 おのこともいかておりたち侍らんなと。つきつきしう聞えなさせ給へり。殿もいとめつらかなりと思しけるか。こと人はうへのせさせ給ふことなれは。 せんかたなしとて。君達二所なからいとおしけにあはめ聞え給ひ。ことに中将日比もむくつけきわさのみこのみ給ふを。殿。 心ゆかすとせいし聞え給ひけるに。みくしけとのゝさはかれののち。思しくつしにけるかいとおしく。御心なくさみ給ふへくてゆるし聞え給ひけるに。 みくしけとのゝさはかれののち。思しくつしにけるかいとおしく。御心なくさみ給ふへくてゆるし聞え給ひしより。 又心やすくなりて。かゝるまさなことをさへし給ふことゝおほいて。今はもののふたちたるふるまい。かけてもせさせしとあなかちにいましめ給ひ。 難波にゆき給ふこともあるましうとゝめ給へり。侍従にも兄きみの心になたくひそ。いとうしろめたきことなりときひしうおきて給ふ。 君達からしと思すものから。うちかしこまりて。ともかくもきこえんやうなくて居給ふ。うへはいつれをもあへかにのみおほせは。 殿の御気色あしきを。心くるしういとおしくて。なみたくみつゝ見やり給ふ。中将。まかつるまゝに。御簾の外にて。いとおそろしかりけり。 いみしき夢をこそ見つれとの給ふ。侍従。まろも汗あへておほえつといふを。殿もほの聞給ひ。いふかひなのさまやとおほすも。 さすかにらうたくてほゝゑまれ給ふ。中将。今から小弓をたにひかしとなん思ふ。さてつれつれならん折は。垣間見を心にかけて。 目につきたらんには。内にまれ。宮にまれまいりてんとの給ふ。侍従。いとおほけなかりけりな。さらは殿よしとの給ふへきかは。 かんとうも大かたならしといへは。いな御心いれ給ふことなれは。かひありとこそ見給はめ。なそのかうしかあらんするとの給ふ。 侍従。むへなり。いとおかしかりなん。されと承香殿にまいらせんことは。よに只にはとうちわらひ給へるもみそかなれと。 内にはいとようきゝとり給ひ。うへはかたはらいたく苦しと思す。殿もなにとなうまはゆく隠れなかりけりと。 所せうものこりしておほえ給ふ。君達はむかしのこときゝ置ての給ふなれと。殿はこゝろのおにゝわつらはしう。 上にさへ忍ひ給ふことの。いつのまに世にはあらはなりけるにやと。むねつふれ給へは。まめたちて居給ふ。 心のうちにはうしろめたきわさは。ゆめあるましきことゝ。そらおそろしうはつかしくおほへ給ふめり
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp