芭蕉翁二十五箇条夜話
《芭蕉翁二十五箇条夜話地》

   四句目軽き事
四句目ハ決前生後の句なれば。殊更大事の場也。只軽く軽くといふハ。発句脇第三までに骨折たる故と知るべし。 只やり句するやうに云なしたれど。一巻の変化ハ此句よりはじまる故に万物一合とハ註したる也。
  発句脇と合躰して脇に発句の余情を尽し。決定すれば第三に一転して。一物を又生ず。 是を四句目よりして平句の附を初むれば。此句より一巻の変化の初めとなりて。爰に至て起請転合の合に当れば。 万物一合とはあり。尤。合ハ万物の合とあれば。広くいはゞ名残の裏を合とも流ともいふべし。発句脇第三を天地人に比し。 句の骨折も重き故其続の跡なれば軽く付れば変化する也。依て変化の初めとなる事也。 是則前にいへる甘淡酸辛の如しとあるところ也。四句目ハ第三よりうつりて。いまだ位の場なれば軽きにも次第ありて。 昔より四句目ぶりといふものありて。古人の句を塩梅し覚ゆべき也。
     猿 蓑
   灰汁桶の雫やミけりきりぎりす       凡兆
    あぶらかすりて宵寐する秋        翁
   新畳敷ならしたる月かげに         野水
    ならべて嬉し十のさかづき        去来
     炭 俵
   兼好も莚織けり花ざかり          嵐雪
    あざみや苣に雀鮓もる          利牛
   片道ハ春の小坂のかたまりて        野坡
    外をさまさまに囲ふ角力場        嵐雪
     おなじく
   秋の空尾上の杉に離れたり         其角
    おくれて一羽海ワたる鷹         孤屋
   朝霧に日傭揃る貝吹て           仝
    月の隠るゝ四扉の門           其角
     夕の哥
   月見する座にうつくしき顔もなし      翁
    庭の柿の葉ミの虫になれ         尚白
   火桶ぬる窓の手際を身にしめて       仝
    別当殿の古き扶持米           翁
      未来記
   両の手に桃と桜や草の餅          翁
    翁に馴し蝶鳥の児            嵐雪
   野屋敷の火縄もゆるす陽炎に        其角
    山のあなたの鐘聞ゆ也          翁
都て発句より四句目迄にかぎらず。あるひハ重く。或ハ軽く。或は安く。あるひハ六ヶ敷。 其句。其時の変化を知べし。この掟ハ中品以下のためにして。中品以上の人とても此掟の所以をしらざれば。 自己の俳諧のくらき人といふべし。
或ハ安く。或ハおもくとハ。前にもあるごとく前後の変化を見渡して。文に質に軽重厚薄と変化し。 酸く甘く辛と新古を以して転変をこゝろにわするべからずとなり。一座に臨ミてハ人の句も我句なり。 我句も人の句也。只一巻を大切に思ひて自己の手柄のミせんとすべからず。然る時はおのづから前後の変化も明らかに見ゆることなりとぞ。

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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp