古今著聞集
《古今著聞集巻第六》管絃歌舞第七 →
《古今著聞集巻第十》相撲強力第十五 →
《古今著聞集巻第十》相撲強力第十五 →
《古今著聞集巻第十》相撲強力第十五
宗平時弘相撲の事
相撲宗平。儀同三司の御もとへまいりたりけり。時弘は。その御弟隆家の帥の御方へ参たりけり。
帥の仰によりて。時弘しきりの宗平をてこひて。若まくる物ならば。時弘がくびをきられん。宗平負ば又宗平が頭をきらんなど申けるを。
宗平あながちに固辞せずして。則立まゝに時弘をかきだきて。地になげ伏たりければ。時弘しばしはうごかざりけり。
帥やすからずやおぼしけん。涕泣し給けるとぞ。おとゞ宗平に禄をたまはせけるとなむ。時弘出づとて。
いかりて門の関の木を折てけり。ある時。頼光朝臣。備前の守にてありけるとき。
時弘が家に行て見ければ。みづから犁を引物ありけり。頼光あやしみ見ければ。時弘にてぞありける。
勝岳重茂相撲の事
いづれの年にか相撲の節に。勝岳と重義とあひたりけるに。重義が尻を木にすらせけるを常世見て。
たゞいまに大事出きぬといひけるに。果して重義木を踏て。勝岳にかゝりければ。勝岳まろびにけり。
小野の宮の右府腹立て出給にけり。随身をして人をはらはせられける程に。
秦兼時が冠もうちおとされにけり。今年左の相撲おほく負けるを。右府あざけらるゝよしをきゝて。
左の方より夜のあひだに勝岳負べき由の祈をせさせられにけり。又この勝岳。常世にあひたりけるに。
勝岳を火焼屋になげ付たりけり。後のたびは。勝負を決せず。公保常時きゝて。奇異の事也。かくばかりの相撲。
声を出して勝負せざる事。いまだきかざる事也。世の人推する事の侍けるとかや。此事は。後一条院の御時の事にや。
久光常世に合ひて頭を抓められ悶絶の事
相撲の節に。久光といふ相撲爪をながくおほして敵をかきけるに。常世に合られたりけるに。常世一両度顔のほどをかゝれて後。
久光が頭をつめてせめたりけるに。久光悶絶しけり。あひはなれて。いまよりのちはかゝる事せじとぞいひける。
其後あへてちかづかざりけり。左大将しきりにちかづきて。勝負をすべきよしいはれけれども。なを近づかざりけり。
しからずは禁獄すべきよしを下知せられければ。久光いはく。禁獄は命うすべからず。常世に近付ては命あるべからずとぞ申ける。
重義…最初二つの義に傍書「茂イ」。
《古今著聞集巻第十》相撲強力第十五 →
《古今著聞集巻第十》相撲強力第十五
おこま権守馬の足を損ずるの事
尾張の国の住人おこまの権の守。わかゝりける時。京に宮仕して侍けるが。
ある時。彼主人。行幸供奉のために内裏へまいりける共に侍けり。すこし遅参したりけるに。陣頭に馬車ひしとたてたるをわけてまいるに。
或舎人。あやまちせさせたまふな。この御馬は人をふみ候ぞといふを。権の守すこしも事共せず。
主人よりさきにすゝみて。御馬引のけよ。馬のあし損ずなといひけり。舎人は馬をばなをさず。猶。あやまちせさせ給なとたびたびいひけり。
おこまはりうらの狩衣の。ことにさやめきたるをなんきて。馬の尻にわざとあたらむととをるを。案のごとく馬ふみてけり。
腰のほどにはあたりぬらむと見えつるに。おこまはすこしも事なし。馬はやがてあしを損じて。ひらみふしにけり。
その時おこま立帰て。さればこそいひつれ。その御馬は。損じぬる物をといひてとをりにけり。馬の足の損ずるほどにつよくあたりたるを。
事ともせでありける。つよさの程おそろしき事也。
佐伯氏長強力の女大井子に遇ふ事并びに大井子水論して力を顕す事
佐伯氏長。はじめて相撲の節にめされて。越前の国よりのぼりける時。近江の国高島郡石橋を過侍けるに。
きよげなる女の。河の水を汲て。みづかたいたゞきて行女ありけり。氏長きと見るに。心うごきて。たゞにうち過べき心ちせざりければ。
馬より下て。女の桶とらへたるかひなのもとへ。手をさしやりたりけるに。女うち咲て。すこしももてはなれたるけしきもなかりければ。
いといと。わりなく覚取て。かいなをひしとにぎりたりける時。桶をばはづして。氏長が手を脇にはさみてけり。
氏長興ありとおもふほどに。良久しくなれ共。いかにもこの手をはなたざりけり。ひきぬかんとすれば。いとゞつよくはさみて。
すこしも引はなつべくもなければ。力をよばずして。おめおめと女の行にしたがいてゆくに。女家に入ぬ。
水うちをきてのち。手をはづしてうちわらひて。さるにても。いかなる人にてかくはしたまへるぞといふ。
けしき事がらちかまさりして。たへがたく覚けり。われは越前の国の者也。相撲の節といふ事ありて。
力つよき物を国々よりめさるゝ中に入てまいるなりとかたらふを聞て。女うなづきて。あぶなき事にこそ侍なれ。王城はひろければ。
世にすぐれたらん大力も侍らん。御身もいたくのかひなしにてはなけれども。さ程の大事に逢べき器にはあらず。
かく見参しそむるも。可然事也。彼節の期。日はるかならば。こゝに三七日逗留し給へ。其程に。ちととりかひたてまつらむといへば。
日数もありけり。くるしからじとおもひて。心のとゞまるままに。いふにしたがひてとゞまりにけり。その夜より。
こはき飯をおほくしてくはせけり。女みづから其飯をにぎりてくはするに。すこしもくひわられざりけり。
はじめの七日は。すべてゑくひわらざりけるが。次の七日よりは。やうやうくひわられけり。第三七日よりぞ。うるはしうはくひける。
かく三七日が間。よくいたはりやしなひて。いまはとくのぼり給へ。此うけはさりともとこそおぼゆれといひて。のぼせけり。
いとめづらかなる事なりかし。件高島のおほゐ子は。田などおほくもちたりけり。田に水まかする比。村人水を論じて。
とかくあらそひて。おほゐ子が田にはあてつけざりける時。おほゐ子夜にかくれて。おもてのひろさ六七尺ばかりなる石の。
四方なるをもて来りて。彼水口にをきて。人の田へ行水をせきて。我田へゆくやうに。よこさまにをきてければ。
水おもふさまにせかれて。田うるおひにけり。其朝村人どもみて。驚あさむ事かぎりなし。石を引のけむとすれば。
百人ばかりしてもかなふべからず。させば田みなふみそむぜられぬべし。いかゞせむずるとて。村人おほゐ子に降をこいて。
今より後は。おぼしめさむ程水をばまかせ侍べし。此石のけ給へといひければ。さぞおぼゆるとて。又夜にかくれて引のけてけり。
其後は。ながく水論する事なくて。田やくる事なかりけり。これぞ大井子が力あらはしそむるはじめ成ける。
件石。おほゐこが水口石とて。かのこほりにいまだ侍り。私云。此大井子は何様なる物とも不見。可尋之。
宇治左府頼長の随身公春が強力の事
宇治の左府。随身公春を不便なる物に思食たる事。めだゝしきほどの事なり。ある時。如何なる事かありけむ。
みづから公春うたんとせさせ給けるに。公春。おとゞの御手をとりて。もしうたせ給はゞ。御手を折べし。君といふとも。
いかでかうたせ給べきと申ければ。おとゞ罪をこはせ給て。のがれたまひにけり。公春わらひて申けるは。
君十人といふとも。公春一人にあたり給べからず。今より後もかかる事なせさせ給そと申ければ。おとゞ承諾せさせ給けり。
それより御勘当なかりけり。公春は大力にてなむ侍けり。
中納言伊実相撲腹くじりに合ひて勝ち腹くじり逐電の事
中納言伊実卿。相撲競馬などをこのみて。学問なんどをばせられざりけるを。父のおとゞ伊通公。つねに勘発し給けれども。
なをしひられざりけり。其時。相撲なにがしとかやいふ上手ありけり。敵の腹へ頭を入て。かならずくじりまろばしければ。
これによりて。腹くじりとぞいひける。件の相撲を。しのびやかにめしよせて。
此中納言が相撲このむがにくきに。くじりまろばかせ。さらば纒頭すべし。しからずはなくなさんずるぞと仰含られにけり。
則中納言に。汝が相撲好に。此腹くじりとつがひて勝負を決すべし。勝たらば。われ制止する事あるべからず。
負たらむにおきては。ながく此事停止すべしとのたまひければ。中納言恐をなして畏ておはしけり。さる程に。
腹くじりめし出されて。やがて決せられけるほどに。中納言は。腹くじりが好まゝに。身をまかせられければ。
悦てくじり入てけり。其後。中納言はらくじりが四辻をとりて。前へつよくひかれたりければ。頸もおれぬばかりおぼえて。
やがてうつぶしにたふれにけり。おとゞ興醒給。腹くじりは逐電しにけり。其後。中納言の相撲制止の沙汰なかりけり。
畠山重忠力士長居と合ひて其肩の骨を折る事
鎌倉の前右大将家に。東八ヶ国うちすぐりたる大力の相撲出来て。申云。当時長居に手向ひすべき人おぼえ候はず。
畠山庄司次郎ばかりぞ心にくう候。それとても。ながゐをば。たやすくは。いかでかひきはたらかし侍らんと。
詞も憚からずいひけり。大将聞給て。いやましう思ひたまひたる折ふし。重忠出来たりけり。白水干に葛袴。黄なる衣をぞ着たりける。
侍に大名小名所もなく居なみたる中をわけて。座上にひしと居たりけり。大将なをちかく。それへそれへとありけれども。
かしこまりて侍けり。さて物がたりして。抑所望の事の候を。申出さむと思ふが。さだめて不許にぞ侍らむずらむとおもひたまひながら。
又たゞにやまむも忍がたくておもひわづらひたるとのたまはせければ。重忠とかく申事はなくて。畏て聞ゐたりけり。
此事たびたびになりける時。重忠ちと居なをりて。君の御大事何事にて候とも。いかでか子細を申候はんといひたりければ。
大将入興し給て。その庭にながゐめが候ぞ。貴殿と手合をして心見ばやと申候也。東八ヶ国打勝りたるよし自称仕まつる。
ねたましうおぼえ候へば。頼朝なりともいでゝ心見ばやと思給へども。とりわきそこをてこひ申ぞ。心み給へとのたまはせければ。
重忠存外げに思て。いよいよふかく畏て。いふ事なし。大将。さればこそ。是は身ながらもひあいの事にて候。
さりながらも我所望此事にありと侍ける時。重忠座をたちて。閑所へ行て。くゝりすべ。烏帽子かけなどしてけり。
長居は。庭に床子に尻かけて候ける。それもたちて。たうさぎかきてねり出でたり。まことにその体。
力士のごとくに見えければ。畠山もいかゞとぞおぼえける。さて。寄合たりけるに手合して。ながゐ。畠山がこくびをつよく打て。
袴の前腰をとらんとしけるを。畠山。左右の肩をひしとおさへてちかづけず。かくて程へければ。景時。
いまは事がら御覧候ぬ。さやうにてや候べかるらんと申けるを。大将。いかにさるやうはあらん。勝負あるべしとのたまはせはてねば。
長居をしり居にへしすゑてけり。やがて死入て。足をふみそらしければ。人々よりて。おしかゞめてかき出しにけり。
重忠は座に帰着事もなく。一言もいふ事なくて。やがて出にけり。ながゐは。それより肩の骨くだけて。
かたわ物になりて。すまゐとる事もなかりけり。骨をとりひしぎにけるにこそ。目おどろきたる事なり。
近江国遊女金が大力の事
近比。近江の国かいづに。金といふ遊女ありけり。その所の沙汰の物なりける法師の妻にて。
年比すみけるに。件の法師。又あらぬ君に心うつしてかよひけるを。金もれきゝて。
やすからずおもひけり。或夜合宿したりけるに。法師なに心なくて。れいのやうにかの事くわだてんとて。
またにはさまりたりけるを。其よは腰をつよくはさみてけり。しばしはたはぶれかとおもひて。はづせはづせといひければ。
なをはさみつめて。わ法師めが人あなづりして。人こそあらめ。おもてをならべたる物に心うつして。ねたきめ見するに。
物ならはかさんと云て。たゞしめにしめまさりければ。すでにあはをふきて。死なんとしけり。其時はづしぬ。
法師はくたくたと絶入て。わづかに息計ぞかよひける。水ふきなどして。一時ばかりありて。いきあがりにけり。
かゝりける程に。その比。東国の武士大従にて京上すとて。此かいづに日たかく宿しけり。馬ども湖に引入てひやしける。
其中に竹の棹さしたる馬のゆゝしげなるが。物に驚てはしりまいける。人あまた取付て引とゞめけれども。
物ともせず引かなぐりて走けるに。この遊女行あひぬ。すこしもおどろきたる事もなくて。たかき足太をはきたりけるに。
前をはしる馬のさし縄のさきを。むずとふまへてけり。ふまへられて。馬かひこづみて。やすやすととゞまりにけり。
人々目を驚かす事かぎりなし。其足太すなごにふかく入て。あしくびまでうづまれにけり。それより此金。
大力のきこえありて。人おぢあへりける。みづからいひけるは。童をばいかなる男といふとも五六人してはゑしたがへじとぞ自称しける。
ある時は。手をさしいだして。五の指ごとに弓をはらせけり。五張を一度にはらせける。ゆびばかりのちからかくのごとし。まことにおびたゝしかりける也。
小熊権守伊遠の息男伊成弘光と相撲の事
鳥羽院の御代。相撲の節の後。帥の中納言長実卿のもとへ。小熊の権の守伊遠ときこゆる相撲。
息男伊成をぐしてまいりたり。さるべき方へめし入て。酒などすゝめらるゝに。弘光といふ相撲又来けり。
おなじくめしくはへて。盃酌度々におよぶあひだ。弘光。酒狂のこと葉をいだすあまりに。亭主の卿にむかひて申。
近代の相撲は。せいなど大きになりぬれば。左右なくほてをもたまはり。そのわきにもまかりたつめり。
昔は雌雄を決して。藝能あらはるゝに付て。昇進をもつかうまつりしかば。傍輩口をふさぎ。世の人これをゆるしき。
近代はいさみなき世にも侍かなと申。伊遠すこし居直りて。これはひとへに。伊成が事を申也。不肖の身。
今度すでに最手の脇をゆるされぬ。誠に申さるゝ所のがれがたし。但ちと誠候へと申に。弘光ほゝゑみて。
たゞ道理のおす所を申ばかりなり。心みられんは又さいわゐ也とて。左手を出してこひけるを。伊成は袖をかきあはせて。畏て。なを父の気色をうかゞいけるを。
父。弘光かやうに申うへは。たゞ心み候へとたびたびいひければ。弘光がいだす所の左の手を。伊成が右手してひしととりてけり。
弘光ひきぬかんと身をうごかしけれども。たぢろかざりければ。たはぶれにもてなして。右手を腰の刀にかけて。
引ぬかんとする気色にて。ずちなげに見えければ。いまはさばかりにて候へと。伊遠申ければ。はなちてけり。
弘光。かやうの手合はさのみこそ侍れ。勝負これによるべきにあらず。ひとさしつかうまつるべしといひて。
かくれのかたへはしりよりて。ふたつの袖を引ちがへ。袴のくゝりたかくからみあげて。庭へあゆみ出て。
これへおり候へおり候へと申。伊成は目かけながら畏居たりけるを。父伊遠。いかに。か程に申うへは。
はやくまかりおりて。一さしつかうまつるべしと申に。伊成もかくれの方にて。腰からみて。庭におりて立むかひにけり。
形体抜群。勇力軼人。鬼王のかたちをあらはして。力士のたちまちに来るかとおぼえたり。弘光又敵対に恥ずと見えける。
凡亭主をはじめとして。諸人目をおどろかし。心をさはがして。さゞめきあへる程に。伊成すゝみよりて。
弘光が手をとりて。まへさまへつよく引たるに。うつぶしにまろびぬ。あへなき事かぎりもなし。弘光ほどなくたちあがりて。
これはあやまち也。いま一度さかうべしとて。あゆみよるに。伊成又父の気色をうかゞひてすゝまぬを。
伊遠。たゞせめよせて心み候へといひければ。又弘光が手をとりて。うしろざまにあらくつきたるに。
とゞこほりなくなげられて。此たびは。のけざまにつよくまろびぬ。とばかりありてをきあがり。烏帽子のおちたるをおし入て。
帥の前にひざまづきて。ほろほろと涙をこぼして。君の見参に入侍らんも。今日ばかりに侍とて。走出にけり。
其後やがて。本鳥おしきりて。法師になりにけるとぞ。法皇此事をきこしめして。甚穏便ならず。最手の脇などに昇進したる物をば。
公家なをたやすく雌雄を決せられず。如何に況哉。私の勝負に生涯をうしなはする。狼藉の至なりと仰られて。
長実卿御気色心よからざりけり。
大従…大番か。
《古今著聞集巻第十二》博奕第十八
後鳥羽院御時伊予国の博奕者天竺の冠者が事
後鳥羽院の御時。伊与の国をふてらの島といふ所に。天竺の冠者といふものありけり。
件島に山あり。その山のうへに。家をつくりてすみけり。かしこに又ほこらをかまへて。其内に母が死たるを。
腹のうちの物をとりすてゝほしかためて。うへをうるしにて塗て。いはひてをきたりけり。山のすそに八間の屋をつくりて。
拝殿と名付て。八乙女以下。かぐらおとこなどをすへたりけり。この天竺の冠者は。
そらをかけり水の面をはしるよしきこえければ。当国隣国より人のあつまりきほふ事をびたゝしかりけり。
かの冠者あかとりぞめの水干に。夏毛のむかばきをはきて。しげどうの弓に。のやをひて。竹笠をきたりけり。
月毛の馬のちいさきに乗て。毎日山のうへの家よりくだりければ。八間のかり屋の板敷のうへにのぼりて。
さまざまにめぐりおどりて。げにも目をおどろかしけり。まいりの人のそこらあつまれる中に。或は目しゐたるもあり。
或は腰ゐたるもあり。この輩天竺の冠者に財をあたへて。そのいたむ所をいのれば。
冠者馬よりおりて。さまざまの託宣して。腰おれたる物をば。足にてふみなどしければ。忽になをりけり。
目しゐたるものをば。なでなどしければ。みゆるよしいひけり。さるにつけて。ますますきをひあつまることはかりなし。
衣裳をぬぎ太刀をさゝげ。さならぬ資財いくらといふことなく。なげける事をびたゝしかりけり。
冠者みづから。我は親王なりと称して。鳥居をたてゝ。額を親王宮とかきてうちたりけり。此事を院きこしめされて。
からめとらせられけり。神泉に御幸なりて。件の冠者をめしすへて。汝。神通の物にて。空をとび水の面をはしるなるに。
この池の面走べしとて。池につけられたりけるに。あへて其儀なし。馬によく乗て。山のみねよりはしりくだすなるにとて。
あがり馬にのせられたるに。一たまりもせざりけり。大力のきこえありとて。賀茂の神主能久と相撲をとらせられけるに。
能久とりて池の面へ七八尺ばかりなげすてたりければ。水におぼれて浮あがりけるを。おほ引目にて。射させられけり。
二位法印。又かなこぼしにてうたれなどせられけり。かくせめられてのち。獄定せられけるとぞ。この男。
もと伊与の国の物なりけり。高名のふるばくちにて。うちほうけてすべてまけ。
博打八十余人同意して。諸国に分ゐて。天竺の冠者が。かく厳重なるよしを人にかたり。
或は人にもいはせてわたりたりけるが。あまりにことすぎて。都まできこえて。かゝる目にあひにけり。
《古今著聞集巻第十六》興言利口第廿五
近江法眼寛快供米の不法を諷する事并びに文覚と相撲の事
近江法眼寛快。いまだ凡僧にてありける時。六条殿の御懺法にめされたりけるに。供米のいまいましく不法なりけるに。
僧ども。沙汰の者を不当におもひあへりたりけれども。訴へ申べきにもあらですぎ侍けるに。
此寛快が宿たる所の軒に。箕をかけてをきたり。其比は。法皇毎日に御覧じめぐらせ給ければ。見ぐるしき物などは引かくし掃除するに。
寛快がもとに。かゝる見ぐるしき物をかけたるを。奉行の物見つけて。こはいかに。只今御幸なりて。御覧じまいらせ給はんずるに。
これとりかくし給へといへば。寛快すこしもおどろかず。何かはくるしう侍べき。おほかた奉行の人の御とが候まじ。
見ぐるしき事つかうまつりたるとて。あしざまなる御気色にならば。寛快こそはともかくもなり侍らんずらめ。
あまりに供米の不法にて。たゞぬかのみ多候へば。それを干させむとてをきたる物をば。いかでかとりすて候べき。
なじかはさらば不法の供米を下行せらるゝと。こと葉もはゞからずいひければ。奉公人。尤さいはれて候。
是は奉行の越度に候。雑掌が不当。不日に沙汰しなをさすべく候。是より後不法の時。いかなる御訴訟も候へ。
今度計はとりのけ給へと。ねん比にいひければ。さやうに候はんにはとて。とりのけてけり。其後は。げにも丁寧にぞ下行しける。
余僧ども。かしこう近江阿闍梨のまいりてとよろこびけるとぞ。同人たゞ力者二人にかゝれて。御室へまいりけるに。
たえがたげなりけるを見て。かはれやれかはれやれと輿のうちよりいひけるを。力者きゝて。たゞ二人が外又もなし。
いかにとかはり候はんぞと。にくにくと返事しければ。さもあらず。うしろは前に。まへは後にかはらぬかといひける。
さる事やは侍べき。比興の事也。或日又。腰車にひかれてまいりけるに。円宗寺の前にて。たけたかくおほきなる法師の。
かきのかたびら計に。袈裟かけたるが。同行とおぼしき僧四五人ぐしたるが行を見て。こしぐるまより飛おりて。
何といふ事もなく。しや小首をかきて。相撲をとりけり。たがひにひしひしと取くみて。此法師を打まろばかしてけり。
其後。をれはきこゆる文学かれといへば。そへにといらへて。をれは聞ゆる壇光かれといふ。又。そへにとこたふ。
いざゝらば。いま一度とらむとて。又よりあひて取に。此たびは壇光うてにけり。其後。いされ高雄へ。
かいもちゐくれうといへば。さらなりとて。そこよりやがて具して。たかをへ行にけり。それより得意になりけるとぞ。
此壇光房を。蓮花王院の供僧になされたりけるに。おほかたつとめをせざりければ。奉行の辨着到してをきたれけれども。
ふつとまいらざりければ。辨着到をとりよせて。寛快がつとめ日々に不参々々と書付てけり。寛快見て。
そばに。如供米如供米とかきてけり。比興の事にて。上奏にもをよばでやみにけり。
《古今著聞集巻第十七》変化第廿七
御湯殿の女官高倉が子あこ法師失踪の事
これも建保の比。御湯殿の女官高倉が子に。七歳になるあこ法師といふ小童ありけり。家は樋口高倉にてありければ。
ちかぢかに小童部あそびともなひて。小六条へ行にけり。かいくらみ時に。小六条にて相撲とらんとて。
ねりあひたるところに。うしろの築地のうへより。なにとはみえわかず。垂布のやうなるものゝうちおほふと見えける程に。
このあこ法師うせにけり。おそろしきことかぎりなし。かたへの童部みなにげぬ。恐をなして。人にもかくともいはず。
母さはぎかなしみて。いたらぬ所もなく求れどもみえず。三日といふ夜の夜半ばかりに。女官が門をことごとくたゝく物あり。
恐あやしみて左右なくあけずして。内より。たそと問に。うしなへる子とらせん。あけよといふ。猶おそろしくてあけず。
さる程に。家の軒にあまたこゑして。はあとわらひて。廊の方に物をなげたりけり。おそろしながら火をともしてみれば。
げにうしなへる子なりけり。なへなへとして。いける物にもあらず。物もいはず。たゞ目ばかりしばたゝきけり。
験者よりましなどすへていのるに。物多くつきたり。みれば馬のくそなりけり。三たらひばかりぞ有ける。
されどもなを物いふこともせず。よみ帰りのごとくにて。十四五ばかりまでは。いきてありし。其後いかゞ成侍けんと。
其時見たりける人のかたり侍し也。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp