大師めくり
《大師めくり下》

五重の塔の大師に参詣し。それより生玉さしてたどる道に。鍵屋といへる酒店によりて足休す。がかたはらに下戸と上戸と見へたるふたり連のせりあふを聞は上戸ナントまあ。 わだれは餅好おりや上戸しやが。こないにいつまても酒呑でおるを。さだめしそちの心には。なんの別て美味ふもないもの。 銭出して最前から。ゑらふくらうてけつかる。あほうなやつじやとおもふておるじやあろが。おりや又。 こないにうまいものよふ呑ずに。人の呑むねきに眼張て。ましくしとしておるそちが。どゑらいあほうじやとおもふておるが。 どふいふもんじやい下戸イヤモあほうくらべしたら。 そちがやつとあほうじやあろぞい。こちやこないに大師めぐりに出ても。田楽飯くふて腹こやしさへすりやよいのにそちや休むたびごとに酒呑くさつて。 それでめしは跡くはんかとおもや。めしもあとでくひくさる。こちよりは酒だけで余計銭遣ふてじや。 ゑらいあほうじやないかいな上戸ナニぬかしくさるやら。 けふこそはそちがしらみの皮じやさかい。めんめんばらひにしてこますが。割合て見い。呑んものも呑むものも。 二進がさつちん。あたまわりに割て見ると。上戸のほうがゑらい徳しや。そのうへいひたいこといふて人に機嫌をとらせる。 のまぬやつのかなしさは。おなし割合出してけつかりながら。酔ふたものを介抱してもどりくさるが。 あほうらしいじやないかい。人が見おると。酔ふたやつが旦那で。下戸めらはしつかい久三のよふにおもはれるものじやぞや下戸へゝあんだらつくせ。 なんの人がそないにおもはふぞい。アリヤ酔どれを。引すつてもとるのじやと。 おもふまでのこつちやわい上戸そしたら最ひとつ。酒呑の徳いふてきかそか。 酒は愁の玉箒と云て。たとへ百万貫目の借銭かあつても。石できゆつとひとくちやりかけるやいなや。鬼にかなほう。 かけ取がどないにむつかしういふて来たてゝ。こちや柳にうけてじやれちよんうたうたいふていなしてしもふは酒のみの徳。 下戸じやとんと出けんこつちや下戸ハヽヽヽソリヤそちか借銭へたろうとおもふておる了簡じやさかい。 そないにおもふじやあろが。こちや又。掛とる気しやもの。酒のまんほうが徳しやわい。酔ていたら得意衆の気請がわるふて。 そのうへどないに間違も出けまいもんじやないさかい。銀はらはん気じや上戸のほうがよかろけれど。 銀とるにや。下戸がやつとましじやわいの上戸ソリヤそふでも茶屋へいた時は又。 酒のまんやつはすみのほうにちよゝこなつて。しゆんでけつかるに。こちや酒の元気で遠慮会釈もなふ。うたふたり舞ふたり。 仲居や藝子どもとらへて。ほたへまはるそのおもしろさは。しつかいめんめんばかりが。銀つかふやうに見へて下戸めらは弁慶とほか見やせんわい下戸ナニその踊つたりはねたり。 さはぎおるやつが辨慶じやわい。こちや判官じやさかい。酔どれどもに踊りさはがして見ておるほうが。 やつと旦那めくじやないかい上戸ヱヽまけおしみばかりぬかしおる。まだまだ下戸の叶はぬ上戸の徳には。 ちつとばかり間違ふたことがあつても。アリヤ酒のうへしやさかいと。人か了簡してゆるすとは。 きよといもんじやないかい下戸ソリヤ下戸も同じこつちやわい。 ゆるしてやらんせ。あのわろも酒のまんのがまだしもとりゑじやと。人がいふてくれおるわい。なんぼそちが自慢したてゝ。酒のむやつらは根性ぎたなふて。 もふ盃と見ると。咽ぐひぐひしくさつて。かんの出けるを待かね。ぬるふてもよいわいマアひとつやるまいかと。そないにのみたいものかいな。味いものかとおもや。 熱湯でものむよふに頬しかめさらして。目ふさいで。さもいやそうにのみくさつて。もふいかん。とつといやじやと。 迯出す客をむりにとらへてもふひとつ。イヤそないにのむと。持病にさはるといふをも聞入れす。 ハテよいわいなとしゐつける。亭主も亭主。客も客。持病の害になることなら。 はしめからのみくさらんかよいじやないかい。呑たいほどのみおつて。今おもひ出したよふに。持病にさはるとことはりをいふを。 それでもよいわいなといふ。亭主の挨拶。どつちやもねからつまらんじやないかい。それに又。ゑらう呑すこしおつた翌日なぞは。 もふもふ酒は見るもいやしやと。ぬかす口のしたから。同し気違仲間のかほ見ると。ナントゑらあつかんで一ッはいどふじやと又のみかけ。 もふ肉はとつといかん。あつさりとしたものかほしいと。なんじややら素湯に塩ほだておつたよふな。吸ものくらひさらしてコリヤ美味は。 きよといもんじやと。頤かゝへてよろこびくさるが。どこにそれがうまいものかいな。ホンニ外から見ておると。 あほらしうてあほらしうて。はらすじがよれるわい。それにアノ拳とやらいふもの。 なんじややら。チヤアチヤアハアハアいひくさつて。こちや勝たほうが。 酒のむかとおもや。まけたやつがのむとは。どしたもんじやいな。茶やなそでめんめんも銭出してじやその酒。 人にやつとのまれてわしや拳がつよい。勝た勝たとうれしがりくさるは。なんのこつちやいな。こつとらが酒のみじやと。 いつしくわさと負て酒やつとのむのに。ゑらいあほうなことしたもんじやわい。それにしゆみな茶やなぞは。 酒の小買するもんじやさかい。ソリヤ又拳がはじまつた。酒とりにやれと。亭主がにがにがしい顔しおるけなそないなおもひやりもなふて。 後にやたはこ盆ひつくりかへし。戸障子ふみこぼち。きくのきかんのと。喧嘩はじめるやら。いつこやくたい。 酒をくらひくさるやつは。こちや風上にもいやじやわい。尤下戸の野暮なことは。客よんで珎らしうもない。 めししゐつけると。魚島の時分鯛見ても。是でいつはいのみたいとはおもはす。からりと煮付てぬくいめしに。そへてくたらよかろとおもふばかり。 それと酒盛の座敷へ出ても。肴くひたいばかりに。いやな酒ちつとづゝのむなぞは。ちと意地ぎたないよふじやけれど。 下戸のはらには限りがある。酒のむやつらはいつまても。跡ひきくさつてはてしがつかんじやないかい。 とかく人は。ゑいかげんといふことをしらにやあかんわい。上戸にやそこがない大かい。此角力こちが勝じや。 おなじことなら呑んほうが徳。のむやつらが徳じやとぬかすは。みな手前勝手の了簡。ふるいこつちやがよふ人のいふてじや。 はじめは人酒をのむ。なかほどは酒さけをのみ。はては酒人をのむとは。とつとちがひないことじやと。いふうち上戸はよだれたらして。ゴウゴウと鼾かいてたをれぬ。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp