風来六部集
《風来六部集上》放屁論
人参呑で縊る癡漢あれば。河豚汁喰ふて長寿する男もあり。一度で父なし子孕む下女あれば。毎晩夜鷹買ふて鼻の無事なる奴あり。
大そふなれど嗚呼天歟命歟。又。物の流行と不流行も時の仕合不仕合歟。又は趣向の善悪によるならんか。
栢莚が気どり。慶子が所作事。仲蔵が功者金作が愛敬。広治が調子三五郎がしこなし。梅幸浪花をひしげば。
富三東都に名を顕し。川口の参詣。浅草の群集。深川の角力。吉原の俄。砂洲は木挽町に河東節の根本を弘むれば。
住太夫は葺屋町に義太夫節の骨髄を語る。或は機関。子供狂言身ぶり声色辻談義。今にはじめぬお江戸の繁栄。
其品数へ尽がたき中に。さいつ頃より両国橋の辺りに。放屁男出たりとて。評儀とりどり町々の風説なり。
《風来六部集上》放屁論後編
或日去屋敷の儒官。石倉新五左衛門といへる人来りて。観る事良久して曰。天地人の三才に通達するを儒といふ。
我天下の書に眼をさらし。理を以て推す時は。森羅万象明かならざる事有べからずと思ひしが。今是を観て始て驚く。
それ燧と石扁柏と扁柏相激する歟。又は日輪の水精硝子を照し。或は鏡に映ずる時は火を生じ。時に臨では目からも出
からも出。
扨又貧なる家内へは。火の降事も有とは聞ども。かゝる事は思ひもよらず。いかなる理にて火出るや。後学の為承んと。
其時主人うち点頭。書を読計を学問と思ひ。紙上の空論を以て格物窮理と思ひより間違も出来るなり。
さらば火の出る根元をお目にかけんと。取出す小冊に。昔語花咲男放屁論と題号せり。主人笑て申けるは。
抑此放屁といつぱ。四年以前両国橋の辺にて。花咲男と号。見せものにて近年の大当リ。
諸の小戯場を撤潰せし趣は此放屁論に詳なり。今年また采女原に出で三国福平と名乗る。扨此者の身の上を尋るに。
父は大和の国吉野の郷の狩人。佐次兵衛といへる者なりしが。年来多の猪猿を殺せし罪亡しとや思ひけん。
近所の者両人といひ合せ四国順礼に出けるに。彼殺生の報にや。伊予の国に至りて。佐次兵衛生ながら猿と成て林の中へ逃入ければ。
二人の連はあきれ果。是非なく国に帰りけり。今童謡に。一ッ長屋の佐次兵衛殿。四国をめぐりて猿となるんの。
二人の連衆は帰れども。お猿の身なれば置て来たんのとは。此事因縁なり。さて両人は国に帰り。忰福平に此訳を語れば。
一ト方ならぬ歎なれども。なすべき様もあらざれば。せめては父が現世未来畜生道の苦患を免る為にとて。
一切経を供養せんと思ひ立。鳥が鳴東路を銭がなくなくたどり着。本銭の入らぬ金もうけを工夫して。いつとなく屁を比類なき。
親孝行の奇特にや。両国橋の屁撤と江戸中の大評判。夫よりも浪花津に咲や此花咲男。今を春屁と咲や此。
花の都に匂ひ渡り。再江戸へ帰り咲。三国福平と名乗て。采女原の春霞。立子這子もしらぬ者なし。
扨佐二兵衛と連になり四国をめぐりし両人も目前かゝる不思議を見。且は福平が志を感じ。佐二兵衛が追善供養。
共に力を合さん為。空也上人の鉢扣。茶筅売より思ひ付。哥念仏を趣向して。六字を飴にねりまぜ。うまひだ。うまい陀仏うまいだより様々の替唱哥。
扨当世の立者は仲蔵幸四良三五郎。また半道のきゝ者は。時に大谷友右衛門。贔屓市川団十郎は。木場についでの親父分。
其癖年は若いだ。若い陀仏若陀と売歩行。大評判に預りしも。皆福平が孝行のなす所。古今にまれなる屁柄者と語ければ。
新五左衛門一円に呑込ず。不思議の事を承るもの哉。いかにも彼撤
漢先年両国にては流行しかど。此度采女原へ出たれども。
其後は声もなく臭もなく今は世間に沙汰もなし。当時諸方にて評判の品々は。飛んだ霊宝珍しき物。十月の胎内千里の車。
鹿に両頭あれば猿に曲馬あり。穢銀杏が弁説には。蘇秦張儀も跣足で逃げ。友世綱世が力には。巴坂額干鱈持て礼に来る。
源水が独楽は魂ありて動がごとく鶴市が声色はその人そこに在が如し。新之助は一身に骨なく。どう突請身は五臓金鉄にや有ん。
大魚出れば大蛇骨出。硝子細工牽糸傀儡古を以て新しく田舎道者の目を悦しめ。鳥娘は名にてくろめ。
人魚は人をちやかすなり。子供角觝の取組は。河津股野が俤をうつし。鶤鶏相撲の勝負には。魯の季桓子拳を握る。
馬の立合狗の藝。仕込に馴教に順ふ。是を思へば人並に人別帳には付ながら。畜生に劣たる無藝の者は心にて。
己が恥を思ふべし。あるが中にも険竿の大当り。小桜松江が笑顔には。弘法大師筆を捨。韓退之涎を流す。
無三飛新蔵が体は龍骨車のめぐるがごとく。早飛梅之丞が一本綱は。五躰を天へ釣かと疑ふ。是等をして珍しともいふべけれ。
何ぞや古き屁撤を。ことごと敷長物語。拙者屁の講釈を聞には参らず。彼ゑれきてるより火の出る道理を聞んとこそ望みしに。
以の外の屁あいしらい。さては我らを屁の如く思ひ玉ふやと。真黒になつて立腹す。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp