元禄曾我物語
《元禄曾我物語一》目録
東海道敵討一目録
一 田舎にも釣灯籠の玉祭
今も篠田の森にすむ恋
《元禄曾我物語一》
一 田舎にも釣灯籠の玉まつり
上は錦の玉だれの中。下は鍛冶屋の三蔵まで
こふした紋は能ツく御存の事。
其源は伊東が邪水よりをこつて。河津が相撲の手に流れ。末は富士野ゝ雪ときえにし貧乏神のむかし語り。
一とせ五百年忌の追善をば。百日曾我と題号して。お江戸の土佐。京の加賀。大坂の義太夫。銘々に。
口三味線をもつてとふらひけれバ。ちハやふる紙札売は。鼠木戸を扣て目に汗をかき。あらかねの土百姓まで。
田舎土産に見物の愁歎実子をうしなふがごとし。重く濁れるがかたまりて地となりしより此かた。敵討の手柄自慢又此上も有じと。
我黒。来山。金長をゆるす所に。物は永ふミようもの。千年の秋の時津海。重波よする神風や。伊勢の国土山に於て。
辛巳五月九日の朝廿年来の恨をはれ。父兄の怨を報て日本の耳ををどろかす事。祐成が打太刀五郎が力瘤にもをとるべからす。
爰に延宝庚申の年に当て。摂州大坂上塩町に。岩井宇兵衛といふ浪人ありしが。白山氏御城代の時。此家中によき親類ありて身代を取持れ。
戸田流の兵法を申立に弐百五十石下し給り。其年遠州並松に下。居屋敷広仰付られ。首尾残所なく相済事武藝の厚ゆへなり。
惣領を兵助といひて廿三歳。二男源之丞四才。三男半次郎とて当春出生。母はその節難産にくるしミ。世をはやうせり。
いづれも器量不足なく。殊に兵助。親父の剱術ほしいまゝに練磨して。一家中に岩井の水を流し。主人一入調法に思はれ。
近習へ召て膝元さらぬ御気に入り。日に日に勤をこたらず。比は七月十三日玉祭とていそがしく。町々の釣灯籠。
家毎にかけならべ。涼ながらの見物。男女行違ふ雪踏の音。聖霊棚の夢を破り。仏にまかす有頂天の楽しひ。
罪のない処は一休和尚も跣。瓜や茄子をそのまゝにとよミ給へるも此夕暮なるべし。兵助今宵は非番を幸と悦。
城下はなれて半道程行ば。瀬見の小川にあらねども。流れ涼しき石川あり。西も東も山畠にて。粟穂稲穂の鳥をどし。
鳴子に馴る村雀。いもせ兎のはらむてふ。月にうつらふ萩の露。さはらば落ん女郎花。そよそよ風にミだれては。
袖もさながら花すり衣。すそ吹まくる秋の野ゝ。千草の詠にしく物あらじと独りごちたる所に。後より何気もなく。
ほんに気がはれたのと。完爾と笑ふ花かづら。雲のまゆずミ寂寞として。天人の生うつしかと。心も空に飛行さへ切たる月夜に。
帷子の模様まで残なくミへすき。引しごき帯しどけなく。二八の春に行渡る程の振袖只壱人。をちかたやしげりし野辺に利鎌を以て。
花をかるにや女郎花押分押分来りける。兵助此形勢をミて。あゝ心なき女中かな。殊に似合ぬ刃を持香をも色をもわきまへず。
田夫野人のふるまひ。きやうがる事ととがむれバいや御断さりながら。時斎をなさるゝ坊さまさへ。名にめでゝ折るばかりそをミなへし。
我落にきと人に語るなとよミ給しからは。ちつとも大事ない事と。小賢しきあいさつ。其物ごしのしほらしさに。兵助をもハずぞつとして。
かく人離し此所へ。女郎の身といひ唯壱人しかも夜中に来る事。思案に落ぬ所也。但しは此野の古狸身を家暮転とあなどつて。
はまらすべき焼手かや。よし何にもせよ此方から。ふすべてやらんと気を替て。実な顔していふやうは。
若是女中見るにあてなる姿にて。可畏そふな気色もなく。折から今は秋の風。ふくろう松桂の枝にわめき。
狐野菊の陰に寝る。かくをそろしき草むらへ。男さへ猶二の足ふむ。まして女子の身を持て。よふもよふも大胆な。
忍び歩行も所による。性の悪ひは嫁入の。いかひ疵じやぞたしなまんせ。して先そさまは。いづくいかなる御方ぞや。
かうした所て出合申も。一かたならぬ御縁なり。我は元より人間の種ならねども。やんごとなき御よそほひを見まいらせ。
そゞろに肝先がびくつきます。かへすがへすも爰迄はどふした事の御出ぞ。分をおしやれと尋れば。こはうちつけな問やうかな。
出てあそぶ世のありさまを人しらで。心かろしとおぼされん。そこらは粋の発明に。をしはかり給ふべし。
さてまた今の御つたへに。人間の種でない御身とは。さらに合点のいかぬ事。それはわらハを人でなしと思召て。
裏から当る御詞か。又神仏のをとし子が。兵助真似目に成て。いかにも不審御尤誠は我れ人にあらず。
此草に住む野狐なるが。やつす姿のをかしさに。しばらく人のまねをして。男に逢へば女となり。女中にあふてはこうした形。
何ンとよくうつるではないか。こんこんの盃を千秋楽ともうたひをさめた。こんこんといひけれバ。
聞とひとしく歯をくいつめ。びつくりとしてのつけにそる。兵助はつと寒汗を流し。南無三ひよんなたは言して。
をもはぬ難儀を見る事よ。是は先どう取をいた物ならんと。ほうど了簡にあぐミはて。腰をさぐれど印籠もなし。
鼻帋袋をさがせば香
散一服あり。我心ながら不嗜じやと思へど。鰯の頭も信心がらとおぼへ。
東方に向ひて。南無薬師を三度拝ミ。畠にありし芋の葉をとり。河水をすくひ面にそゝぎ。口を割て彼薬を吹込もしもしとよバへば。
うんといふ声に力を得て。たちまちいき出けるにぞ。むかし男の我が上に露置そふる。かいの雫をおもひ合され。背をなで手をさすり。
あゝよしなきむだ言申出し。御胸をつかせ申事。さりとは迷惑千万。先に野干と申せしは。大きな偽にて候。
実は君のありさまうたがハしさのまゝ。様子をためしミん為に。ひよと出まかせの作り馬鹿。ゆるしも請ぬこんくわいの所作。
これはこなたへ御免あれ。我が住家は御城の辰巳。名は兵助と申て。武士のまねをいたせども。心はとつとやはらかに。
こうした事もにくからずと。手を引よせて打もたれ。袖より入るゝ手先には。何なる恋かつもるらん。
女も今は臍下へ気を治め。とくより名乗給ハずして。わるごうな小面悪やと。涙まじりのわらひ顔。しやれ過たあいさつにて。
かゝるつたなき賤の女に。情ありげなかこち草。世をうき草とをもへども。実恋草にていつ迄も。忘れ草のなきならば。
いなにはあらぬいな舟の。つながれまし度思ふ也。ミづからか名は豊と申て。むかふの森の中に四間ならびし家続。瓦葺にてむね高く。
南に口の明た所。父は大島権右衛門とて庄屋の勤。我身は跡の六月末に。嫁入いたし候得ども。先の殿子が気に入らで。
十日程居て置去にして帰りました。それを親立腹立して。門へ入る事はさてをき。親類縁者の中をも。
堅く出入とめらるれば。せんかたなミのよるべなく。なまじゐ生て物をもはんより。渕川へも身をなげ。極楽浄土へ行て。
をれが思ふ様な男を持むと思ひ詰。今宵はことに魂祭仏に花を奉り。先の世の事頼ん為。此野に出て草をかる所に。
思はすも不可思議に。君の御げんに入まいらせ。御姿を見申に。油壷から出す様な男。あいそうらしき御詞に。
頭からほれまして亦ぞや此世に恋が残り。どふやら死とも御ざんせぬ。流れかれ木のうき身をさて。救ふて給かと恥らひて。
顔に火を焼袖をひねれバ。兵助わりなき心尽しを聞て。下しうはあらぬ物ごしに。下地は好物色はよし。
いかにもそふした所存からは。頼母しふおもはれよ。浜松枝に波越て。大井川の水は干るとも。弓矢八幡侍冥理女在はあらじ。
かくて夜も闌候へば。いざこなたへと誘引し。我が屋形の裏道より。人しれず寝間に引込。それから後の細言は。
天鳶兎の枕より外に知者なかりし。繻子の鼻緒のあしだにて。作れる笛には鹿も寄。中ばさミせし黒髪には。
車牛もつながるゝとハ偽でないぞや
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp