雅俗随筆
《雅俗随筆》

   ○浄瑠璃双蝶々の本拠
先つとし難波楠里亭老人。反古堆中より出たりとて。享保十三年の京都勧進相撲の番附を贈与せられし時。 書簡の中に双蝶本拠也とて。かきしるされし考。微細く穿鑿したる説ならねど。余は耳新しくおぼえ。 且は物の本かきを愛する老婆心切のいと嬉しく。其古番附の端些ばかりに。其考と併出して。埋れたる桜木に再花を咲せんとす。
 長吉は大坂大宝寺町筋南米屋町草分。河内屋彦十郎といふ豪富の町人。 米穀を商ひ家号米屋と称ふ米屋町の名も此家より起れり。ものゝ男子にて。 相撲取濡髪亀松と喧嘩せし事有り。長吉姉は東裏町関町といふ所某に縁づきたれば。お関といふ名を設け。 近辺に山崎町あれば。山崎与次兵衛の古浄瑠璃を附会したるにて。放駒と云ふも当時高名の相撲のよし。 其番附は所蔵せず。以上持主老人筆談をかきとりたるなり。
東西二枚にて。行司は幕内と中取との間にしるす。
 絵写
    岩井団之助 
 行司 尺子 一学 
    青柳 伊平 
東西ともに同じ。
京難波尾張なども。近年まではかくの如く二枚続なりしを。いつしか大江戸のごとく。一枚になして重ねかけり。
享保十三年より安政六年にいたり。百三十二年になると。さのみ古くはあらざれど。体裁のかはれるを見るべし。
九月吉日より於島原口に七
条堀川橋為掛替勧進相撲仕
候御見物に御出可被下候。
 東方     相撲
大関遠江   二海渡浜右衛門
関脇遠江   放山 峰右衛門
小結遠江   早虎 竹右衛門
前頭遠江   淀川 岸右衛門
 是より末は略す。
江戸虎衣  軍平 大坂浪分  藤八
播州岩倉 磯四郎 同 ぬれ髪 亀松
大坂松根 与吉郎 播州間瀬垣龍之助
同 島川十郎兵衛 大坂早川 松之助
備前今藤 六三郎 京 八重垣亀之助
播州塩釜 進之助 同 唐松 喜兵衛
大坂荒分銅又五郎 同 六角 甚兵衛
明石早雲 追之助 同 小碇  十蔵
  頭 取    桜川 九兵衛
         桂川 善兵衛
相撲勧進本千ヶ浦沖右衛門
九月吉祥日千秋万歳 和泉や久兵衛
其楽老人云。此ぬれ髪と。大宝寺町堺筋米屋の子息長吉と喧嘩のことを。前のぬれ髪放駒にたとへて。 双蝶々を作り出せしなり。右の放駒。濡髪は。享保八年に有之。
この享保八年の番付。いまだ見ることを得ざるは。あかずくちをし。
此は西方の末なり。上を略す。
 大関肥後錦戸楯右衛門
 関脇備前熊山達右衛門
 小結肥前有乳山 大八
 前頭仙臺轟 音右衛門
等なり。

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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp