御摂勧進帳
《御摂勧進帳第一番目三建目》

雄次郎ほんにマア。あられもない。今やうを幸に。爰まで来ごとはきたれども。 お顔を見れば今さらに。言たひ事もヱヽいわず。ほんにしんきな事ではあるわいナア。申。行平さま。たつた一こと。 女夫じやとおつしやつて下さんせいナア。
   ト此内。うしろへ吉次出て。是を見てまん中へはいる
吉次ちつとおじやまになりやんしやう。
   トいふ。雄次郎。びつくりして
雄次郎ヲヽ。こわ。コリヤお前は村雨さん。何しにこゝへはきやしやんしたヱ。
吉次わたしじやとて。爰へはこぬものかいな。もし行平さま。いつぞや都へおのぼりなされしより。 ひよつと見そめしそのお姿。忘るひまはないわいな。どふぞ色よいお返事を。
雄次郎ヱヽつんともふ。何じやいな。お前へ返事させまして。よいものかいナア。サア。みづからにお返事を。
   ト取つく
吉次イヽエ。わたしへお返じを。
   ト両方より。取りつくを。門之助。ふりきつて
門之助いかにおなごなればとて。聞わけのなき此ありさま。それがしとても岩木にあらぬ身なれども。 兼て噂にも聞給ふらん。此度。九郎おんぞうし。御むほんのよし。らいてう公の御耳に達し。先だつて土佐坊昌俊。堀川の御所へ押寄せしより。 御行方もしれ給はず。御いたわしく存るゆえ。何卒。御在り家を尋奉り。御兄弟の御中を日月の如く成し奉らんと。ちゞに心をくだく下河部の庄司行平。 夫に何ぞや。不義ほうらつに身をゆだね。鎌倉どのゝ御前へ対し。何と申分けのあるべきぞや。にくふは思はぬ。 松風殿。村雨殿。あわぬ昔しとあきらめて。思ひ切て下されや。
雄次郎なる程。今。おつしやつたお言葉を無理とは。さらさら思はねども。今言て。今爰で。女夫に成ふといふではなし。 みらいでそわふとおつしやつても。嬉しふなふて。なんとしやう。お前の口から女夫じやと。ひと口言て下さんせ。それきかぬうちは。なんぼでも。 爰放しやせぬ。はなさぬわいナア。
吉次そふでござんす。どのやうにいわんしても。此お返事のないうちは。うごかす事じやないわいナア。
門之助それ程迄の心ざし。返事せいではなけれども。いづれを見てもにくからぬ。源三位にはあらねども。ひきぞわずらふ花あやめ。いづれへ返事を。
   トしあんする
雄次郎そりや御しあんにはおよばぬ事。わたしが千束の文玉章。よもお忘れはあるまいがな。
吉次そりや。わたしとても同じ事。通ひ車の文の数々。此お返事はみづからに。
雄次郎何じやいな。いやらしい。年はもゆかいで。あたしつこい。なんぼそのやうにいわんしても。ほれてはわたしが先じやわいナア。
吉次いへいへ。そりやお前。みんな。うそじや。わたしが先にほれたわいナア。
雄次郎またかいナア。だまらんせ。
吉次おまへ。だまらんせ。
雄次郎こなさん。だまらんせ。
吉次そなた。だまりや。
雄次郎わが身。だまりや。
両人ヱヽ。ほんに。あほふらしい。
門之助扨こそ。りんき嫉妬は女の常。そふなふてかなわぬ事。ハテどふしたら。よかろふナア。
   トあたりを見
門之助それ。
   ト是より。相方になり。門之助。両方の梅の枝を切て。雄次郎。吉次が前におき
両人是は。
門之助その二枝が。行平が返事。
両人此梅がへを。お返事とは。
門之助サア。こちらへ誠の返事せば。こちらがうらみん此場のしぎ。夫ゆへ手折。此梅がへ。時に取ての花軍。 勝色見せしそのかたへ。いかにも返事をしやうわいのふ。
両人そんなら。わたしらふたりして。
門之助花の軍の。勝負しや。
雄次郎コリヤほんとにおもしろいわいナ。此松風と村雨さん。夫をあらそふ花いくさ。
吉次わたしがとのごといふものか。
雄次郎わたしが殿ごといふものか。
吉次わたしや。ちつとも用捨はせぬぞへ。
雄次郎わたしも。おまへに用捨はないぞへ。
門之助サア。立上つて。せうぶせうぶ。
雄次郎いざ。
吉次いざ。
両人いざ。
   ト是より。三味線入たいこ。にぎやかなる相かたになり。雄次郎吉次。花軍のたて。門之助。行司のやうなる事。 色々あり。取組。いろいろあるべし。とゞ雄次郎。吉次にさんざんたゝかれ。くやしきこなしにて。とゞしやくをおこし。気絶する。 吉次。大きにうれしきこなし。いろいろ有べし。門之助。おどろき。かいほうする。吉次。腹を立て。ふり放す事あるべし。 いろいろにしても気がつかぬゆへ。とゞ門之助。池のそばへ来て。水を汲ふとして。池をきつと見て。思いれして。 見へになる。本かぐらに成り

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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp