御所桜堀川夜討
《御所桜堀川夜討第二》

フシ都の出口。来て見れば。地中愛宕参りや伊勢参宮。ヲクリ引も。ちぎらぬ往還もは旅行のハル跡絶へて。 人音まれに粟田口木々の梢も若草も。フシ名残の霜トルに照りそひて。地ハル姥が懐物すごく。 星の光に曇る夜のあやなき道をのつさのつさ。歩み来るは大津の町古き老舗の店をはり。みゝずも通る名も通るゆきゝもとふてハル池の端。 針右衛門とて遠目にも光る鬢付頭がち。強い事好く腕自慢覚もなりより力より。心計の浮気者京の得意を駆けハル廻り。 日暮て帰る道の辺のかたへに積だる稲村より。ヤイ待て待てとねだれの胴声地ウ聞て恟り飛び退しが。ムヽ合点合点。爰は名代の姥が懐。狐狸のわざでも有まい削めらに極た。 地ウ望む所とずつと寄。大津八町に隠れも無い。池の端の針右衛門知らぬかい。待とぬかすは何奴じや。ヲヽ針右衛門聞及だ。おりや見へた通の稲村。ヤこいつめつそうな。 橙子が物いふたは見せ物に有たれど。稲村が口利いた例がない。馬鹿つくさずと用が有ば出さつてぬかせ。ヲヽ出なと言ふても頬見みや置ぬと。地ハルによつと出たる大男力士のごとくつゝ立は。きよつとせしが。 ひるまぬ顔。コリヤヤイ我が用は聞に及ばぬ。酒手で有ふが。あたゝかに此男鼻紙一枚やりやせぬはい。退て通せばそつちの仕合。悪ふ働だてすると身内が金の針右衛門。 くつしやくつしや突て地ウくりよと力みかゝれど見向もせず。ハテやかましいあごたゝかずときりきり脱げやい。ヤア何じや脱げ。ハヽヽヽヽこいつこりや寝とぼけたか。相撲じやないぞよ。 裸にしたくば腕先でならばさあ取れ。地ハルサアはげと見構しても動かばこそ。ヤアおさめ過た泥棒め。此ぷつぷと吹き出る力こつちから見せ付ん。と。胸づくしをしつかと取。何ときついか。 どふも得せまい。所をずつとこふ差込引かづいて。コリヤいかぬは。めんよふ常はよふいくが。さあといふと場うてがする。ムヽ其筈勝手が違ふた。今度はこふ取うんと是でもやられぬ。やられぬ物は乞食の悪口。相手に成ていらぬ物。赦して地ウこまそと退て見てもむしやくり腹。 思へば無念と又取付ハル腕もぎはなしてそつ首弱腰ひつつかんで。深田の中どうど投れば。あいたゝたさつてもひどいコリヤむごいと。身内を撫て。 南無三宝。今の拍子に財布を落した。アヽまゝよ。そこらに有てもくしやせまい。ヱヽこんな事なら構はなんだが勝ちじや物。力だてして銭出して。痛い目するは盗人におい。地ウされど布子は助かつたと。フシほうほう逃て帰りける。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp