牛馬問
《牛馬問巻之四》

   ○宗祇が句
宗祇。石山にもふで蛍を見て。
    うき草に火を埋たるほたるかな
童子。かたはらに有て曰。死蛍なるやと。宗祇驚
    池水に火をうつなみのほたる哉
此童子何ものぞや。又伊豆の目代八牧の判官兼隆。頼朝に討れて後。彼一家として追善供養に文誦を上たり。 其文に法花経開八巻心成仏身と有。高座にて読かねたるに。聴衆のうちより五歳の小児の。其文誦よむべしと。高座の際へよりて。
    法のはなつねにひらくる八枚には心ほとけの身とぞなりぬる
又むかし。南殿の庭中に夜のまにまにすまふ草の生ける。是は曠野の草なれば。不吉の事なりとて。 公卿おのおの詠歌有べしと勅諚なりしに。紫式部とやらん。六載の時。我こそ此歌読べしとて。
    けふはかり負てもくれよすまふ草とる手もしらぬ六子なりけり
かく詠じたるに。消滅したりといふ。此類ひ和漢共多く伝ふる事なれども。古人は格別。当時幼才幼芸有もの。 必しも古人を以て比喩をなすべからず。是花に遅速有。稲に早晩あるがごとし。近代小児の大字などおかしくも賞すれども。 成長の後無筆とならん事覚束なし。凡人の幼才幼芸至れるにはあらねども。年の少きを以て。見る人ごとに賞美するを自是と心得。 智恵づくに随て。上手名人をも侮り。己れはもとの小児なり。故に成人の後。常人よりも劣れり。予。此事を心付しより以来。 諸国の幼才を見るに。大抵愚意に不違。まことや予が知る人。むかし名人の鷺仁右衛門に狂言を習しに。 仁右衛門が曰。其元は自然と拍子利なり。なれども拍子もと不拍子なるを。能練なる拍子ならずしては。 実の拍子をしらず。其元にも心がげ厚からずんば。拍子却て不拍とならんといひしとなり。此老人今に存命にて。 折々は此事を語ぬ。予。是を聞に感情有。あればこそ名人仁右衛門と今に伝ふ。万芸の妙も又こゝに有のみ。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp