燧袋
《燧袋》
梅年亭の田植見
小林梅としが家は。百歩ばかり村里を離れて右に松山をひかへ。小諸へかよふ道を見渡し。月遅れ卯花の遠里。
あやめのくさ垣露にさびたり。遥に眼のおよぶかたがたの糠塚山は姥すての俤に似かよひ。千曲川帯を引たる如し。
沢辺に妻さそふ水鶏。子規の杜におろす声。田をつくればから鳴なめり。さてけふは田植祝ふ日也とて。
てゝらに縄の襷しかとむすび。あるは赤裸に成てやがて植んと云田に飛こみ飛こみ。主なる人達にとり付。
引組。うへになり。下になり右往左往に追駈ありくさま。いかなる水練の上手も泥の底はみえがたし。
さしものすまひの手だれなりとも。泥の中には足とゞめがたく。まことにおかしかりし泥うち也。はては芽出たし々々など引分れぬる。
これを俵ゆひと申て。田うゑを祝する此筋のならはしなりとぞ。やがて早乙女どもの打揃ひて玉苗うゑわたし。
枝も栄える葉も茂るとうたひたるぞめでたき。
風呂焚にひとりはもどる田うゑかな 護物
早乙女の出てくる合歓の雫哉 梅年
植そろふ門田や月のあるじぶり 秋菜
鹿垣もつくりて植る山田かな 桐堂
さなぶりや宿は嘉例の水料理 千積
玉苗の母田はなれし月夜哉 露谷
太郎女のせり立られし田植かな 葛古
《燧袋》五月廿八日 水篶家興行
笹苞につゝむ豆腐の露寒く 雨孔
粟とり込で角力もくろむ 随郎
いつとても神主殿のひとゑ帯 物
物…護物。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp