道中膝栗毛
《道中膝栗毛初編》

それより六郷の渉をこへて。万年屋にて支度せんと。腰をかける 万年やのおんなおはようございやす 弥二郎兵へ二ぜんたのみます きた八コウ弥二さん見なせへ。 今の女の尻は去年までは。柳で居たつけが。もふ臼になつたア。どふでも杵にこづかれると見へる。そしてめんよふ。道中の茶屋では。床のまに。 ひからびたはなをいけておくの。あのかけものをみねへ。なんだ 弥二アリヤア鯉のたきのぼりよ おらア又。 鮒がそうめんをくふのかとおもつた 弥二コウむだをいはずとはやく喰はつし。汁がさめらア ヲヤいつの間にもつてきた。 ドレドレ トならちやをあり切さらさらとしてやり 弥二もふおはちが零落した 又さきへいつて。 うめへものをしてやろふ トそれよりふたりはぜにをはらひ。こゝをたちいでゝ行に。むかふよりお大名のぎやうれつ。さきばらひの男。一人は六十ぐらひのおやぢ。一人は十四五のやつこ。 いづれも宿の人足なり 先払したアにしたアに。かぶりものをとりませふぞ かけおちものは。 下座をしねへでもいゝと見へる 弥二なぜ ハテかぶりものは通りませふぞといふハ さきばらひ馬士。 馬のくちを取ませふぞ 馬の口もとりはづしができるかのハヽヽヽヽ 先ばらひあとの人。せいがたかいぞ 弥二おいらがことか。 高いはづだ。愛宕の坂で。九文龍とかたをならべたおとこだ しやれなさんな。とんだめにあはふぜ 弥二アレ見やれ。どれもいゝ奴だ。まきばしよりで。ごふせいに尻がならんだハ。 何のことはねへ。葭町じんみちの土用ぼしといふもんだ ヲヤヲヤ弓をかついでいる人の笠を見ねへ。あたまと延引していらア 弥二そしてアノ羽折のながさは。 暖簾から金玉がのぞひている とのさまはいゝ男だ。さぞ女中衆がこすりつけるだろふ 弥二べらぼふめ。いろいろなことにせはをやくハ。あなたがただとつて。 やたらそんなことをして。つまるものかへ ナゼそれだとつて。アレお道具を見ねへ。アノとふりにたちづめだハ。ハヽヽヽヽヽ。サアお駕がとをつたからいかふ トたつて行過ると。 しゆくはづれに 馬かたおや方かへり馬だが。乗つてくんなさい 弥二安くばのるべい 馬かたかさ手でいかふ。 じばでのつてくんなさい ト馬のねだんもそうだんができて。弥二郎もきた八もこゝより馬にのると。二ひきならべてひきいだす。鈴のおとしやんしやんしやん。 馬ヒインヒイン トむかふよりくる馬かたヘヱちくしやうめ。はやいな こちらの馬かたくそをくらへ さきの馬かたうぬ。けつでもしやぶれ トこれがこのてやいの行ちがひのあいさつ。 たがひにあくたいをいつて。ぎりをのべわかれる。や次郎兵へをのせたる馬かたコレ伊賀よ。きのふ手めへとのんでいたやろうは。 アリヤア上の宿の房州だな このてやいつねに名をいはず。みな。くにところのなをよぶ。きた八をのせたる馬かた大道にひよぐりなからせんどのばんげにな。 アノ房州めがかゝあがな。うらが親方の脊戸ぐちに。ばりをこいていたと思へ。あにがシヤアシヤアといふおとをきくと。うらも気がわるくなつたもんだんて。 こいつなアかまうこたアなへ。ぶつちめてやろふと思つて。打くらつたげんきで。いきなりにうぢよヲねぢやアげて。そこへぶつたをしたとおもへ。そふすると。かゝあめがきもをつぶしやアがつて。 コリヤアあにヲするとぬかしやアがつたから。ヱヽあによヲするも犬のくそもいるもんかへ。ぶつてしめるのだ。だまつてけつかれといふと。あにがアノづうたへだから。ひどへちからのある女よ。 コノ野郎みやアと。おりよヲつつこかしやアがつたんで。ヱヽどふしやアがると。よこつつらアひとつぶんなぐつて。厩の壁へおつたをして。のつかゝつたとおもへ。まだこゞとをぬかしやアがるから。 うらが親方の子に。やろふとおもつて。もちよヲ買つて来がけだから。そのもちよヲ二ツ三ツ。かゝあめがくちへねぢこんだら。むしやむしやとくらやアがるから。其内にぶつちめた。 そふすると。最つとくれろと。いやアがつたんで。うらもそこらア探廻して。馬の糞たアしらずに。あいつがくちへおしこんだら。むによヲわるがつて。はらアたちやアがるまいか。 うらもあんまり。可愛そふだんで。とふどふ焼杉の下駄アひとつ。おつたをれたはな。いまいましい 此はなしに。 二人りも大きに興をもよほし。はやかな川のぼうばなへつく 夫よりふたりとも。馬をおりてたどり行ほどに金川の臺に来る。 爰は片側に茶店軒をならべ。いづれも座敷二階造。欄干つきの廊下桟などわたして。浪うちぎはの景色いたつてよし ちややのおんなかどに立て おやすみなさいやアせ。 あつたかな冷飯もございやアす。煮たての肴のさめたのもございやアす。お休なさいやアせ 二人はこゝにていつぱい気をつけんとちややへはいりながら 弥二きた八見さつし。 美しい太へもんだ きた八ハヽアいかさま。いゝ娘だ。時になにがある トきた八そこらを見廻し。さかなをさしづして。さけをいゝつける。 むすめ前だれで手をふきふき。しをやきのあぢをあたゝめ。てうし盃をもち出 娘これはおまちどふさまでございやした 弥二おめへの焼た鯵なら味かろふ トむすめフヽンとわらひながら。 おもてのほうをむいてよびながらゆく。むすめお休なさいやアせ。奥がひろふございやす 北八おくがひろいはづだ。安房上総までつゞいている 弥二北八見さつし。此さかなはちと。ござつた目もとだ ト打かへし見て弥二郎兵へ
   ござつたと見ゆる目もとのおさかなはさてはむすめがやきくさつたか
きた八是をきゝて。おなじくこじつける
  味そふに見ゆるむすめに油断すなきやつが焼たるあぢのわるさに

《続膝栗毛八編下巻》

信州栗尾山満願寺は。大同二年田村将軍の開基にして。本道千手観音其外如意輪堂。焔魔堂。十三堂。すべて三十六堂。甍をならべて。 梁に彫ものし。柱に画き。其結構いふばかりなし。麓より十八町の坂をのぼりて。仁王門山門は雲に聳。 古松老杉森々と生茂りて。岩間をつたふ松のながれも滑なり。まづ本堂に参り。ふしをがみて。
  酒の名の満願寺とてみほとけの衆生済度も一本木なれ
かくて境内を見めぐりたるに。その日もはや暮ちかくなりければ。このお寺に一宿を願はばやと。かの医者を頼むに。 早速呑込。ふたりを臺所のかたへともなひ。医者わしさういつてしんぜませずに。 いつときこゝにまたつせへまし ト。だい所よりあがりて。おくのかたへ行しが。しばらくして出きたり。サアサアお宿ができたできた ト。此内としかましきばうさま。コリヤおくたびれであらず。 お国元は。弥次ハイ江戸でござりやすが。松本から此おかたとお連になりやして。御当山のことを承り。 参詣いたしやしに。どうぞ今晩は御役に預りたうござりやす おやすいこんだが。この普請中で方丈は取込。かまひ申す事ができぬくいで。 此むかうに隠居所がござるに。それでおとめ申ませず。のう盆徳様。あつちへつれさつせへてくれさいまし。 いんま御隠居もさうおつしやられた。 サアサア御案内しずに。こつちへござらせへまし ト。方丈をすこしはなれて。いんきよ所のある所へともなひてゆく。 こゝは見はらしのよき所にて。当山の隠寮なり。かけひの水にてあしをあらひ。ざしきへ打とほり見るに。小庵なれどもきれいにして。 庭などもよく。いんきよと見えて。六十あまりのをしやうさま出きたりて。隠居これはこれは。 只今承つたが。遠方からよく御参詣でござる。方丈は普請中ゆゑ。手せまなれどこゝでゆつくりとやすまつせへまし ハイハイかならずおかまひ下さりやすな。 コレハ思ひよらずおせわさま。ありがたうござりやす。 隠居コリヤ盆徳老。よくわせたの。 コレ小僧小僧。お茶を出さぬか。 北八モシどうぞわたくしには。お素湯があるならひとつおねがひ申やす。 コウ弥次さん。なんぞ丸薬でもあるならくんなせへ。どうしたか心もちが変になつた。 いかさま。 おまい顔つきがわるい。ドレお脈見てしんぜませず。ヤアヤアすつぺり脈がなくなつた。 ソリヤ脈のうつ所ぢやアねへもせぬものを。 ホンニここではなかつた。 コリヤどこらであつたか。イヤこゝにあるぞあるぞ。ハヽアこれはおまい虫でもかぶるか。頭痛がしるか。 腰がいたむか。足てもひつぱるか。大かた此うちであらず。 どうもなんだかぞくぞくしやす。 こんちうから疝気がはやるもんだんて。 おまいも疝気であらず。その証拠は金玉で。頭痛がしるずらア。それがつのると天窓へのぼつて。足痛といふになつて。 鼻がいがむか。眼がきこえないやうになるか。しかし死ぬまでは。命にはきづかひはなからず。わしこゝに薬は持合さないが。 馬のないらに奇妙なくすりをもつてゐる。それでも飲で見さつせへますか。 ソリヤアおくすりのおもちあはせがなくて仕合だ。 さつきのおなはしをきいては。おめへの薬はのまれやせぬ。 隠居ソレソレこの人の薬はよさつせへまし。 檀方の内の病人へ。世話してやることは格別。山内の病人へこの人をかけたことはござらない。 さういはつせるな。 わし薬もることこそ不得手だが。そんだいにやア。相撲をとらしると大名人。お望みならおまい一番いぢやござい。おそらく病人を相手にしちやア。 むづまけたことのない男。わしのとりえはこればつかでござらア。 イヤもうおはなしで。病が呆れたかして。 どうか心もちがよくなりやした

いつとき…傍書「シバラク」。

《続膝栗毛十一編下冊》

むかうより十二三の女の子どもくさかごをせおひ打つれて。 うたようべ見たくでもないすゞの木のしたで。サアヘがつさりがつさりおとがした。 うらがとのさか。だれきりやる。うらおこづられていくべいかヤヨヘさうだかへ。 ヤンヤヤンヤ。 ハヽヽヽどれもねつからいゝ声だ。 つらつきもまた。ろくそつぽうなつらがひとつもねへ。なんでも此国は女のいゝのがねへくにだ。 あき人アノおまへたちやおえどの衆だんべい。 おえどにやアえい女がいくらもあるづらか。こゝらにやアむずござんしない。しかし此さきの新田の酒屋に日本一といふえいとしまがございさア。 茶屋だからよつて見てござらしやいもし。 ソレハ耳よりな。としはいくつぐらゐだね。 あき人ハアなから廿七八にもなるづらア。 その女についておもひつけたはなしがござらア。みちみちはなしてきかせますべいか。 ソリヤきゝてへね。 あき人わしどもの村に。 高持の百姓の助平といふがござらア。このふとはあにコレことしで。なから七十べいにもなるべいといつきやアが。うちのせなアどんにいふにやア。うら年寄で女房話したのみしみがないとこいて。 追分や沓掛の女郎に藝もなくかねをつかひはねるもんだから。異見をすりやア。あにコレ。うらいつまでいきるもんだ。女郎を買ふも藝もないこんだとおもふなら。うらにとしの廿二三から四五ぐらゐの妾を二三人もおいてくれされ。 それでないと病ひがおこると。このくたびれものにこまりはて。せなアどんか肝がいれても。しべいこたアなし。親は三界のくびかせたアよくいつたものだア。いつこのことに勘当したがよかんべいと一家親類が談合はしたけれど。 親を勘当もなるまい。アニ子をうつちやる藪は有べいが。おやをすてる藪のないのもこまつたもんだと。一家の内に分別のあるふとのいふにやア。新田の酒屋の娘は今まで御亭を八人もつたが。みんなどれもどれも腎虚して死なゝいはふとりもない。 今後家でゐるが。さうさううちへ亭主をいれるも外聞がおぞい。どこへでもおつかたづけてしまひたいといふこんだから。わし此女をせわしべい。おやぢどのにもたせたら。あの女が血気ざかりで。 せがまれたら以下なおやぢもいきついてしまふべいこたア請合だが。それよかんべいかと談合がきまつて。 それからその女をおやぢに蹴合したとおもはつしやい。 ハヽヽヽ此角力おもしろへ。どつちらも互角の関とりだわへ。 あき人サアさうするとふとつきかひたつきたつうち。 おやぢがおぞい顔をして。なまけ出したから。コリヤ此女にやアどうでも負たんべいとおもふとさうぢやアない。おやぢのこくにやア。あにコレたつたふとりぢやアくひたらないから気持がおぞいといつたが。 とうどう女のはうから尻尾をまいて迯出したわ。ナント頭ないおやぢもあるものでございまさア。 そんならさきの酒屋の娘といふは。 その迯出したしろものだね。 あき人さうでございまさア。こつつも八人男をおやしてしまつたのだから。 ふとひずでいく女ぢやアござんしないが。そつつがまた。つらつきやアえいうへに男好だから。だれでもじつきに相談のできる調法な女でございまさア。 そりや面白へ。 ナントそこの内では宿はしやせぬか。 めつさうな。たとへ宿をするとつてもまだ。昼にもならねへにとまられるものか。 ハテサそのしろものが目あてだ。 昼でもあさつぱらでも頓着はねへ。ナントとめてくれようかね。 あき人イヤほんとうのはたご屋ぢやアないから。しらないふとはとめましない。 わしどものやうなしれた商人はとめまさアもし。 それぢやアたゞの旅人はとめねへといふものだね。おめへはそこのうちをしつてゐるだらうから。ナントおめへが。此衆をとめてやつてくだせへといつてくんなさつたら。とめるであらう。そのかはりおめへお嫌かしらねへが。 酒はわつちがおごりやせう。 あき人それよかんべい。わし酒はすきでございまさア。そんだらさかやへわしひこずつていきますへい ト。かれこれはなしながらゆくに。はやくもそのしんでん村といふにいたる。

なから…傍書「凡」。
せなア…傍書「兄」。
ふとひず…傍書「一筋」。

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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp