北辺随筆
《北辺随筆巻之一》
○ひさこ花
崇峻紀云「是時厩戸皇子束髪於額云々。注云。「古俗。年少児。十五六間。束髪於額。
十七八間。分為角子。今亦然之。このひさこ花あけまきのふたつかうち。あけまきハ。其名。のちにも多くミゆるれと。
ひさこ花の事。たしかなる例をミす。あけまきは。催馬楽に。角総。「安介万支也止宇々々比呂波可利止宇々々左加利天祢太礼止毛云々。
神楽哥に。総角「総角乎和左田尓也里天也云々なとミゆるハ。いはゆる角子にて。
ミつらゆひたる童形の事なるへし。雅亮装束抄に。わらは殿上のくたりに次て。みつらのゆひやうあり「まつ。
とき櫛にてちこのかミをときまはして。ひらかうかいにて。わけめのすちより。うなしをわけくたして。まつ。右のかミを。
かミねにしてゆひて。左のかミをよくけつりて。あふらわたつけ。なてなとして。もとゝりをとるやうに。
けつりよせて云々。この詞。かの「分為角子とあるによくかなへるをおもふへし。
台記。天永四年正月朔日。主上御元服篇云「先取左方婆沙形并総角等入第三懸子云々山槐記治承四年四月廿二日甲辰。
今上皇帝。於紫宸殿即位。御礼服悉着御。或時奉取之御髪上所也。有付髪夾形総角云々。
下に出せる図ともをミあはすへし。源氏物語。総角巻に「あけまきになかき契をむすひこめ同し心によりもあはなむとあるは。
八宮の小祥忌に。名香のいとをむすへるをいふなり名香の裹様の事。予かもたる装束の事かきたる古本にくハしくみえたり「たゝしこのくみは。
やかてつゝみものゝかさなりたるかすに。いくすちもあるへきなり。なかくハ。さかりたる所。にな。かうなをむすふなり。とみゆ。
あけまきは。今いふ華縵結の事なり。同し心とよみたるは。古今集に「おなし心にいさむすひてんとよめるによられたるなるへし。
から国にて。同心結といふ。すなハちこれなるへし雅亮装束抄にも「からくミなるして。あけまきになどむすひさけて云々。
ともみえたり。これらミな。緒のむすひやうの事にのミあけまきといへり。また実方朝臣家集に「ある女にふミやりたるかへりことに。
あけなきをむすひておこせたれは「ひろはかりさかりてまろとまろねせむそのあけまきのしるしありやと。
とあるも緒の事なり。緒のむすひやうに似たるより。ミつからゆへるさまを。あけまきといふにや。
また髪か本にて。緒のむすひさまをハしかいふにや。先後はしらす。髪のゆひさまより。つひにはさる童をは。やかてあけまきといひなりにたり。
此角子をは。童形の髪のゆひさまなりとは人ミなしりて。その角子よりまへに。ひさこ花にしたりし事は。
はやくうせぬるにや。されと舎人皇子自注し給ひて。「今亦然之とかゝせたまへれは。その比は猶しかありしにこそ。
此下に出せる図の中に。聖徳太子の御像。ミつらゆひたるは。後の童形に同じけれは。疑なけれと。
それより猶わかくおはしましゝ御像の伝はらねは。ひさこ花のゆひさましりかたしよにも童とたにいへはあけまきなるはいかてひさこ花の伝ハらさりけんことにかの崇峻紀なるは即此太子の御事なるをや分の字をもてミるにひさこ花をひとつにゆひたりし事あきらかなるを世に伝はらぬはかへすかへすおほつかなき事なりおのれかゝるすちにくらけれはまつこのうたかひをのこしおくなりなほいうそくの人にとひあきらむへし今童形に唐輪といふはいにしへのあけまきの頭上にひきあかりたるなり
右舎人皇子の自注なる。分の字にあはせておもへは。この太子の御像。御成長ましましける御髪は。かへりてひとつにあけたるは。
先後たかへるこゝちす。万葉集巻十一に「肥人額髪結染木綿染心我忘哉とあるそ。すこし心にくゝおほゆる。肥人。
古点にハ。こまひとゝあり。しからは。狛の誤にや。千蔭ぬしか略解にハ。うまひとゝよまれたり。予おもふよしもあれと。
万葉集灯にゆつりてこゝに略すうつほ物語に「今ふたつにハ。おほんくしのてうとすゑ。ひたひよりはしめ。さいしもとゆひおほんくしともなと云々。
此ひたひとは。和名抄に「蔽髪釈名に云蔽髪和名比太飛蔽髪前為飾也とあるは。額につくるかさりにて。髪のゆひ様にはあらすしかるに。
宇都保物語内侍のかミに「みなすまひのしやうそくし。ひさこ花かさしなと。いとめつらかなることゝもしつゝ云々とあるのミ。
ひさこ花の名ハあれと。これは相撲の節のかさしにて。これとはこと也。江次第巻八相撲召仰「次一番。自注云。左先出。着葵華取剱衣置北円坐。
進立桜樹下。次。右出。着瓠華。次々番。負方先進之。云々「勝方。葵瓠等華並剱衣等。称肖物令具於次番葵瓠華等落時。
雖勝方風吹入於階下者不取之。不吹入時。相撲長一人。進取之。最手不依前番勝負付華並執剱衣云々。裏書云「葵瓠華造花也とあるこれなり。これ。何のゆゑありて葵瓠のはなをかさすらん。
葵はしらす。ひさこ花は。この束髪於額にもとつきてにやあらん。古事記上巻に「即解御髪纒御美豆羅而乃於左右御美豆羅於御鬘亦於左右御手各纒持八尺勾
之五百津之美須麻流之珠云々みつらの事ハ上にいへり鬘とはいかなるをいふにや和名抄云「釈名云
音被和名加都良髪少者所以被助其髪也俗用鬘字非也鬘者花鬘見伽藍具なと考ふへし
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp