陰徳太平記
《陰徳太平記巻第八》
武田光和逝去付噂之事
武田判官光和は。重ねて軍兵を駈り催し。高松の城へ押寄せ。
会稽の恥を雪かんと。一門他家を語らひ。既に一千七百余にて。近日打立んと擬せられける所に。熊谷。毛利元就の手に属する故。
武田勢押よせば。毛利。平賀。後詰せんと勢を集めて相待たるゝ由聞えける間。武田の家臣共光和を諫めて曰く。惟ふに熊谷重ての合戦には。
勢を出して戦ふ事なく。唯城にのみ籠りて防き候なんず。究竟の名城なれは。縦ひ味方数万騎たり共力攻に乗り破らん事不可叶。
空しく遠攻して数日を送らん時。毛利平賀後詰せは。由々敷き大事にて候はん。今少し時節を待せ給へと衆口一同に申ける間。
実もとや思はれけん暫し延引せられけれ共。先日合戦を仕損し。今又毛利平賀に被妨止々と過き行く事無念也と
歯居られけるか。
其憤り胸裏に鬱しけるにや。仮初の風の心地とて。時々打ち伏なとせられしに。
次第に病重く成て。天文三年三月三日に卒死せられぬ。今年三十三とそ聞えし。
されば此人直人にあらざりけるにや。去ぬる文亀二年三月三日誕生せられけるに上下に歯三十三枚生ひて如編貝。
然れ共三日まて産泣きせられざりければ。父元繁是必定産屋の穢れたるにやとて。厳島の神主を請招して。
中臣の祓ひを以て清めらけれは。其儘産泣きせられにけり。漸生長て後。力気人に超え。
勇悍世に勝れ。太刀打ち早業凡人の及ふ所に非ず。いか様九郎義経の再来にやとぞ称じける。其長七尺余有て曹交。
子胥に斉し。眼逆に裂け髯左右に分かれて。紫髯将軍。桓伊共云つべし。弓は五人七人して張りけるも弱しとて。
哀れ鉄にて作れる弓もかなとそ云れける。力量驚目事多かりしが。中にも類ひ無りしは。居城銀山往来の道に。大磐石有て。馬蹄に有妨。人夫四五十口を加へなば。
曳き落すへかりけれ共。辺り嶮く道狭くして不自由二十人三十人なとにては。
可引除様無りしかは。其儘にて過行ける所に。光和是れ程の石をは礫にも可抛物を。昔より此随置きける事の不覚さよ。
請末代の吾が力標験にせんとて自ら唯一彼の石に手をかけ。曳やと被刎けれは。
さしも難動千引の石も。鵝毛より軽げに見えて。遥かの深谷へそ転落たりける。是を見る諸人。光和は数百人か力もぞ有へき。
昔し物語にこそかゝる事は聞伝へたれ。今目前に見る事の不思議さよ。力抜山と云し項羽なとこそ。かくは有けめと云あへりけり。
又一年大内義隆。銀山を被攻し時。日毎に足軽迫り合ひ有けるに。
光和吾勇に誇り。常に足軽の中に紛れ入て。下知せられける程に。味方毎度勝利を得て敵を射殺す事不知数後は敵も光和足軽の中に在りと云事を知たりけれは。
如何にもして討取らばやと擬しけるに。陶入道。光和は力人に迢心様至剛なれ共。兵の器に当たり。
将の法を不知。唯吾勇を頼み軽々しき働きのみあり。重ねて足軽迫り合有んずる時。
味方多勢を出し追立てなば。光和も一同に引るべし。其時味方大力量を撰ひ。追つ懸け光和に
りかけ。
詞を卑くせは。取て可被返を。四五人して。組み伏せ可討そとて。陶が若党に若杉四郎三郎とて。
好んて相撲を取けるに。中国には手に足る者なし。先年義興在洛の時。公方義稙公。角力御覧の事有しに。山名が童坊某と。此若杉と天下二人の相撲の上手にて有けるか。
後は二人の勝負に成けるに。若杉片手を放つて勝けれ共。贔屓の人々唯今の相撲は。少紛るゝ事有て。勝負不分明今一番と在けれは。若杉大きに腹を立。
今度は目より高く指し挙け。曳やつと云て抛ける程に。山名か童坊。黒血を吐いて死にけり。かゝる大力の者なれは。唯一人して組みたり共。
光和をは心易く可打取。増てや彼か兄弟二人有て。何れも不劣大力也。今一人は問田か家人に。大黒新の允とて。大力の有ける。是等四人に義隆の近習の中に。
何某とかや云る者。九郎義経鞍馬にて大天狗に伝授せられし。兵法の奥儀を吾物になしたる。打ち物の達者。究竟の早業あり。是れ等を差し添て。
右の四人組み合ふ所を手早く突殺さんとぞ工みける。
かくて又足軽迫合ひの有けるに。光和如例打出て下知せられけるを。大内勢方便て引退き。
取て返し。大勢にてかゝりしかは。光和も無力。一同に引退かれける時。若杉等唯今後陣に引給ふは正しく光和を見て候は如何に。
返させ急へと
りけれは。光和取て返されしに。若杉か舎弟一人一番に打てかゝりけるを。光和大太刀を以て冑をしたゝかに打れける間。
犬居にどうど被打居て死す。其隙に兄の四郎三郎つと寄つて組まんとするを。光和掻掴で中に差し挙げ抛られけるに。
後に続きたる大黒新の允に抛着られ。二人共に立所に死す。残る二人是を見て。少し猶予する所を。
馳寄て一太刀つゝに切伏せらる。此太刀は備前一文字の三尺余り有けるを于今刑部の少輔信実伝へて所持せり。
是のみに非す。此合戦に足軽に交り敵を打れける事卅三人。射殺されたる事は不知数。吉川興経の為めには姉聟也と雖。若力量争ひに成なは。
如何なる不思議もや出来なんとて。一族共。一代の間参会を不許けるとかや。
亦佐藤に古き文殊堂あり。此堂に化生の者有て。人を誑す由。挙世云あへり。光和何条さる事の可有ぞ。
唯古狸の化けたるにてこそあらめ。誰か彼狸捕へて可来と言れけれは。近習に在ける青木の某承候ぬとて彼堂に至りけるに。
散々に誑され。暫しは人心地も不付けり。
光和大きに腹を立。心の臆したれはこそ。古狸づれには誑されけめ。乞左有ば吾れ行て化け者を可退治と被言しを。
家の子郎等共。強て留めける故。無力被止しか。或る時。唯一人忍て彼堂に赴き。更け行く月に嘯き。
心を澄まして被居しに。何となく胸騒きして覚けるに。歳の比六七十許りなる座頭一人。杖突き袋負ふて来りたり。
光和すは化者よと思ひ。目をも不放被守たりしに。彼座頭人音のするは誰御坐すかと云ふ。光和座頭の御坊は何国の人ぞと被尋しかは。
是れは近き比此所へ参して候なる。生国は余所にても候はず。当国厳島の者にて候。頃の暑さは陋き賤か庵の中は難堪候間。
夜々は此堂に参り。暑さを凌ぎ昼は又此里人の家に入。今様諷ひ世を渡り候。未た武田家の武士衆には一人も知りたる方のなく候。
可然は御引き廻し有て給はり候へ。物宣ふ物越しの凡人ならず候間。期く申上るにて候とそ云たりける。
光和。座頭の袋に入れたるは琵琶也と見えて候。平家一句所望仕候はんと有けれは。承候とて。月見半句許り語りけるに。
さしもの光和も。余りの面白さに。化者ならんには。よも是程の妙をは不得。真の人にてや有るらん。され共人を誑す程の変化の者なれは。
斯くも可有。若し切たらんは実の座頭ならん時。我か武名の疵なるへし。不如卜殺してん。いかなる化生の者にてもあれ。
吾か力に任せて捕へなば。些も働かさじものをと思ひ。つと寄りて無手と抱かる。座頭こは如何にとて。とかく角力けれ共。
大力に押さへられて不得働所を。終に搦められにけり。夜明るを待れけるに。夜中は無疑座頭也ける間。
こは仕損したるにやと被思ける所に。座頭こは情なき御振舞ひ哉元来盲目の身なれは。命惜し共存し候はねど。
かく縲紲の責めを蒙る事。何の罪科候やと云ける程に。光和扨は真の座頭也ける物を。聊爾なる事をぞしつる。
されど迚も周章たりと云れんに唯しめ殺してん。殺して夜中に帰りなば。誰か可知と思はれけるに。
座頭穴賢聊爾したりと思召。吾ばし殺し給な。御情なき心哉と云けるにぞ。光和も偖は吾心中に在所を察するは是れ化生の験也と思ひ。
取て押へ喉と思はしき所を力に任せ撮まれけれは。化生は七顛八倒して。血を吐て死にけり。如何にと見るに。無疑古狸の。背に毛一つもなく。
二歳犢の大きさなる也。それよりして後は。此堂に化者来る事は無りけり。
此人被逝去し時。不思議の事共多かりける中にも。恐しかりしは。黒雲空中に棚引き。屋形の上へに掩ひけるか。
雲中に物の具の音。轡の音のしけるとかや。其後は彼銀山大魔所と成て。奇怪の事なと多かりけり。六七ヶ年経て後。毛利元就。山県筑後の守に下知して光和常に被居住し家を被堕。
山県力者三人召具して。彼家へ入けるに。筑後守あつと云て絶え入ぬ。力者も三人ながら同所に死にけり未た庭上に在ける者共走寄り抱き上けて種々養育したりけれは。
筑後の守は蘇生して。力者三人は其儘死にけり。人此有様を問けれ共。筑後守人誠と不可思とて。一生の間終に是を語らず。
其後念仏宗の僧一人銀山の麓を通りけるに。農夫樵翁なと。云々の由語りけるを聞て。さては光和最後の悪念に因りて永く修羅道に堕在し給たるこそ痛はしけれ。
弥陀接取不捨の誓ひには。縦ひ五逆十悪の罪人たりと雖。一年弥陀仏即滅無量罪の功力に因りて。
九品蓮台に至ん事。何の疑ひか可有とて。彼山頂に草庵を結び。常時不断の念仏を修しけるに。
光和或は老翁に現し。又は美女頑童と成て。夜々彼僧を悩まされけるが。上に可貴諸仏も無く。下に可渡衆生もなし。
正当恁麼の時念仏を修して何者をか済はんと云れけるに。此僧少し返答に泥みけれは。光和念仏無間と云り。
吾耳の汚るゝに早く山下へ下り候へと攻られける間。此僧無力山下へ下て。云々の由をは深く隠したりけれと。傍らに居たりし小僧の。後還俗したるか語りしなり。
其後復日蓮宗の僧一人彼山に登り。法華経一千部読誦し。彼の菩提を弔ひけるに。光和或時
なる馬に乗り。
空中より来り。彼僧に向ひ。一切の蔵経は拭糞故紙。三世の諸仏は屎中の虫と云り。其反古を読て何の益か有ん。御僧十二分教を離れて。一句示し給へと有けれは。
念珠さらさらと押し
み南無本師釈迦牟尼如来別しては法華守護の三十番神。吾れ経王読誦の功を積む事三十有余年也。
此功力不空は。魔焔の者退け給へと祈りけれは。其験にや化生の者は雲路をさして上りけり。
かゝりし後は。此処弥々大魔所と成て。樵夫炭翁も通う事を不得けるに。遥かに程経て後。
さる禅僧山路に行迷ひ立寄べき里は目路も及ざりけれは。彼山中の松陰に岩根を枕とし。
苔を筵に片敷きて。藤蘿の月の光り澗渓の水の声に坐禅観法して居たりし折節。
俄に空掻き曇り山雨一頻り降通り。松風木の葉を吹て物冷しきに。胸打騒く折りから。
山岳も崩れ出るかと覚しき大天狗倒しぞしたりける。
此僧いと恐しくや思けん。磨界仏界同一如と念して居たりけるに。年の比三十有余の大の男。鎧一縮して。鉄を覚しき弓腋に挟み。
同き矢負葦毛なる馬に乗りて翔け出る。同く四十許りなる男。
金最棒の八尺許なると。大斧斤を左右に持ちて扈従したり。二人ながら物言ふを見れは。
口裡より猛火迸り出づ。時に主と覚しき人小河内と呼はれけれは。承り候とて。大地より六十許の鬢髭霞
なる翁涌出せり。
主人の云く。是に御客僧の御坐す。何にても御饗応は無かとあれは。承り候とて。
湯玉の涌き返りたる。熱鉄を提子に入れ同しく鉄の盃を副へて持来れり。
主人此僧に向かひ。宗門に熱鉄丸呑了の句あり。御僧に一盃進め申され。先つ試みに某給はり候なんずとて。
三度傾け。いかに客僧。吾は此れ娑婆に在し時は。武田判官光和と云し者也。最後の一念に因りて。永く修羅道に入て。
魔軍八万四千を率して天下の争乱を起こし。仏法に仇をなし。瞋恚の猛火を以て欲飄蕩法城焚焼聖境達磨九年面壁すら。労して功なし。
況や末世の比丘に於てをや。形似沙門心は無懺愧。身には法衣を著て。思ひは俗塵に染み。
貪慾破戒にして。吾は是れ格外の道人なりとて。任口罵仏詈祖云く。仏は是太平の奸賊。祖は是乱世の英雄と。
亦は本来無一物なれは。何者か成仏し何者か堕地獄と。発無の見。熾盛にして横説堅説せり。かゝる我慢情識を以て。為什麼我を降伏せんと云も不敢。
鬼一口に食はんと飛てかゝる。此僧眼不見色耳不聴声鼻不嗅香舌不了味身不受触意不攀縁。一志向前として。拠坐良久しくしけるか。忽ち振威一喝して。
通心無影像と下語をなしけれは。其時光和合掌して。吹毛匣裡霊光冷。外道天魔皆拱手と誦へて。さしもいかめしかりつる亡霊も。霜雪の月影に消るか如く。痕形もなく失にけり。
此僧よに不思議に思ひ。此所に少時逗留して。彼菩提をぞ弔ひける。其後此形状武田旧好の人々に語りけれは。
当国の諸士は皆武田に好みの有ける故。頓て衆僧を供養し。千部の経を書写し。彼地に埋め。千本の卒都婆を造立し。追福とりとり也けれは。怨霊も聊静まりけるとそ聞えし。
佐藤…佐東。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp