承久記・承久軍物語
《承久記慈光寺本上》
爰ニ。太上天皇叡慮動キマシマス事アリ。源氏ハ日本国ヲ乱リシ平家ヲ打平ラゲシカバ。勲功ニ地頭職ヲモ被下シナリ。
義時ガ仕出タル事モ無テ。日本国ヲ心ノ儘ニ執行シテ。動スレバ勅定ヲ違背スルコソ奇怪ナレト。思食ルヽ叡慮積リニケリ。
凡。御心操コソ世間ニ傾ブキ申ケレ。伏物。越内。水練。早態。相撲。笠懸ノミナラズ。朝夕武芸ヲ事トシテ。
昼夜ニ兵具ヲ整ヘテ。兵乱ヲ巧マシマシケリ。御腹悪テ。少モ御気色ニ違者ヲバ。親リ乱罪ニ行ハル。
大臣公卿ノ宿所山荘ヲ御覧ジテハ。御目留ル所ヲバ召シテ。御所ト号セラル。都ノ中ニモ六所アリ。
片井中ニモアマタアリ。御遊ノ余ニハ。四方ノ白拍子ヲ召集。結番。寵愛ノ族ヲバ。十二殿ノ上。
錦ノ茵ニ召上セテ。蹈汚サセラレケルコソ。王法王威モ傾キマシマス覧ト覚テ浅猿ケレ。月卿雲客相伝ノ所領ヲバ優ゼラレテ。
神田講田倒サレテ。歎ク思ヤ積ケン。十善君忽ニ兵乱ヲ起給ヒ。終ニ流罪セラレ玉ヒケルコソ浅増ケレ。
《承久記前田本上》
人皇八十二代の御門をば。隠岐法皇とも申し。後鳥羽院とも申けり。高倉院の第四の御子。後白河院の御孫なり。
寿永二年八月廿日。御とし四歳にて御即位。御在位十五年が間。藝能二を学びまします。建久九年正月十一日。
御位をおりさせ給ひて。第一の御子に譲り給ふ。土御門院是なり。其より以来。あやしの民に御肩をならべ。
いやしき下女を近づけ給ふ御事もあり。賢皇聖主の道をも御学ありけり。又弓取てよき兵をも召つかはばやと叡慮をめぐらし。
武勇の者を御たづね有しかば。国々よりすゝみ参る。白河院の御宇に。北面と云ふものをはじめさせ給て。
侍を玉体に近づけさせ給ふ御ことありき。此御時より西面と云ことを始めらる。はやざわ水練に至まで淵源をきはめまします。
弓取てよからん勇士十人まいらせよと。関東に仰ければ。常陸筑後六郎遠江弥三郎一家に。天野次郎左衛門尉時運を始めとして。
六人を進せらる。相撲の上手同進上せよと仰られければ。其比岡部鬼助五郎大嶽小太郎家光二人参るを。
鬼助をば秘蔵して関東にとゞめ。大嶽小太郎を進せられけり。
はやざわ…はやわざ。
《承久記慶長古活字本上》
又。京方ヨリ大竹小太郎家任トテ喚テ出来タリ。信濃国住人岩手三郎親子。向様ニ歩マセケルガ。
如何ニ大竹殿カ。哀レ。モノヲバアシク計ヒ給フモノカナ。ワ殿ハ元ハ武蔵国ノ住人ゾカシ。今コソ京方ヘモ参給タレ。
其モ関東ヨリコソ進ラセタリ。侍ハワタリ者。草ノ靡ニコソヨレ。今日アル間モナキ物ヲ。能計ヒ給ハデトイヘバ。
真ニモトヤ思ケン。扣テ案ズル所ヲ。岩手父子押双ベテ。組取テ引ハリ。太トハ云ヘ共。指殺シテ首ヲ取。
此大竹小太郎ト申ハ。関東ヘ。侍ノ相撲取テシタヽカナラン者ヲ進ラセヨト院ヨリ被召シカバ。岳部右馬允五郎ト此大竹トヲ並ベテ。
何レ共有ナン。サレ共。力ハ猶大竹ニテコソアラメトテ。進ラセラレタリ。元ハ家光ト名乗ケルヲ。
西面ニ被召テ。院ノ家任トハ付サセ給タリケリ。
《承久軍物語巻第三》
抑御所やきと申たちは。上くはう。いへまさといふかぢをめしてつくらせ。君御てづからやかせ給ふたちなりけり。
くぎやうてん上人をはじめて。ほくめん西めんのともがらにいたるまで。御きしよくよきほどのものには。みなみな給はりけるが。
ちくごさゑもんも。こんど都を出けるとき。給はりけるとかや。たけだの七郎は。むまはきられぬ。
のりかへはなし。いかゞせんと。四方をきつとみまはしければ。てきみかたのり捨たるはなれ馬。いくらもある中に。
あしげの馬のたくましきが出きたりけるを。下人引てのせたりける。こゝにまた京がたより。大竹小太郎いへたうとてかけ出たり。
よせがたよりしなのゝくにの住人いはて三郎ふし二人。むかふざまにあゆませより。いかに大竹殿。御へんはもとは。
むさしのくにの住人。くはんとう御をんの人ならずや。侍は草のなびきとはいへども。後代の名こそおしけれ。
あしくも見え給ふ物かなとはぢしめられ。すこしためらふ所に。いはてふしをしならべてくんでおち。やがておさへてくびをとる。
この大竹小太郎と申は。上くはうくはんとうへ。侍のすまふとつてしたゝかならんものを。まいらせよとめされしかば。
をかべのむまのぜうと。この大竹とをならべて。ちからはなを大竹こそすぐれめとて。参らせられけり。
もとは家光と名のりけるを。院の西めんの衆にめされて。家任とはあらためけり。京がたやぶれければ。
大妻太郎中三郎小島四郎。三きつれておち行けるが。大妻太郎。二きの人々に申やう。吾はいたでをふたれば。
おつるともおちえじ。こゝにてじがいをすべしと思ふ也。わとのばらは手もをひ給はねば。おちのびていくさのやうをもひろうし給へ。
もし君の御代めでたくば。都にある二さいのなんしに。ぐんこうを申あたへて給へとて。山のかたへ入けるが。ししやう終にしれざりけり。
平九郎はんぐはんたねよしは。大井戸のわたりやぶるゝことこそやすからね。いざ行むかつて一いくさせんとて。
しもふさのぜんじあきの宗内さゑもんいとうさゑもんをはじめとして五百よき。大井のわたりへはせむかふ。
のとのかみひでやす。大井のわたりはすでにやぶれて。かたき大ぜいうち入たれば。かたきにをしへだてられては。
ゆゝしき大事也。君よりの御ぢやうにも。もしおはり河やぶれば。引しりぞきて。うぢせたにてふせげとこそ仰つれ。
ひでやすにおゐては。まかりのぼる也といひければ。平はんぐはんくちおしくはおもへども。むねとのみかたがかくいふなれば。
力およばず。引つれておちゆきけり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp