好色美人角力
《好色美人角力》序
序
市川が荒気公平。中村が奴僕朝比奈。十目に明廉。谷島が窈窕ハ当時の貴妃。荻野が最媚は現在の小町と。
老若浮
として。男にほるゝ男の心。涙雫て堀貫のお井に。丼と
る濡の世界。
厂々と産れて色悪忌ハ。可盃の干
し気味と。冷咲したる酒友達。
より此文章を披顕かす。
曲に下上ば。四十八体の早業夫。あつはれ濡の関取と。予が禿筆に行事させて。十番打の品定して。美人角力と名乗侍る
桃の林序 印
印…紋は「麿蝶」。
《好色美人角力》目録
美人角力目録
第一 初春おこま千契の蛙掛
第二 時鳥おなつ相恋の胴組
第三 白雨おふり出逢の車反
第四 玉笹おつゆ諸寐の腰捻
第五 松枝おつた得手の内搦
第六 夜嵐おはぎ連理の違手
第七 入江おふね比翼の双頭
第八 初雪おまつ床入の爪取
第九 尾上おかね恋慕の膝痿
第十 沖津おいわ妹背の腹櫓
目録終
《好色美人角力初巻》
第一 千契の蛙がけ
陽天の丸頭巾。陰地の雪駄。西しろ小袖に。中央の黄むく。北よしおかに。南の赤うらふかせ。東あさぎの丸くけ帯して。
あだ名を無極軒。鶏卵といふ雨露法師。万物に交合をなかだち初てより。有情非精いづれか色のミちにそむかなん。
こゝにむさしの浅草のかたハらに。色山七三郎と云美男有けり。もとハ武功の名高き方なりけるが。空楽一己ののぞみ斗に。
らう人の身となり。浅草の市中を楽のかくれ家にして。よわい三十のつやすがた。かほる大将有原のまめをにも。
まさらんほどの色このミにて。花の下とにさまよふてハ。女下履の蹄をいたゞき。月のまへのひとり居にハ。
うき世絵の酒のまぬを誣て。ともなふものにハむらさきがふミ。伊勢ものかたりまくら草紙。見ぬ世の美女をとぎになして月日をおくりける。
またその比角田川のあなた。石原の里に名もたかく。富士屋幽松と云て楽隠者あり。としハ五十八文字を踏て。
未来の旅立とをからぬ身なれど。生れ付てぢん精つよく。しまふた屋のくせにわびものずき。かやぶきの軒つきつきしく。
たんと有て見よき物ハ。土蔵の金箱。おしこみのぬぐいがミと。吉田氏とハうつてかハりし物ずき。てかけ一人下女六人。
なとりのはでものをかゝへおきて。魚鳥のあつものを山にかざらせ。鴻のいけの甘きながれに。命のせんたくして明しくらされける。
此お手かけはハおこまと云て。つもるよわひ。廿二になられしが。海棠のゑがほ。柳のすかた。こゝろばへ迄いとしほらしく。
とのをのせていさむゆへ。初春のおこまと名に立て。思ふまゝな男ほしく。まどしからねど妾のいとなミ。
三とせつとむる内に。くつきやうな旦那を三人迄。すいころし。今の幽松ハ四人目の。鞍おき合ぬおこまのはだかせ。
日々夜々の長馬場に。いしのやうな幽松も。そろりそろりとよハり付ていつとなくこゝろおもく。茶のわく音も耳かしましく。
となりの婆のしわぶきするにも。使たてする気に成て。日々にほそる四大のたのミなさ。木火土水のあつてこそのかねとあな蔵のかけごをはつしあるとあらゆるれう治すれとそんりやうにならぬ五ツのかり物五十八年をなしくつしの限として。
あだし野にちらす露の玉のを。むすびとめぬこそうき世なれ。おこまハなミだにうちしめる床に。三月あとにまふけおきし。
富太郎をわすれかたミに。きのふけふとおくる月日。はや百ヶ日の精進もすぐれど。したしみとふへき一るいもなければ。
あとのたからハおこまのしよむとなりて。こゝろにくいわか後家となりて。つミがみにむらさきぼうし。
けくしこなしてうつくしいかほたち。かゞみにむかふもわれながらものうく。身ハならハしのたつたひとりねおとこくさい夜衣にこゝろをうごかし。
ひたすらゆびにて玉門をせゝり。あかしかね給ふハことハりにそ有ける。ころハきさらぎ十日あまり。
さへかゑる庭のあわゆき。おこまハいとゞ男ゆかしくそらだきのこたつにたゞひとり。つま恋しがる男ねこを。
とぎにしておわしける折から。色山七三はいさゝかのことにて。このそともをとをりけるが。下駄の歯にたまる雪おもたく。
炉路の地覆をほとほととならせば。おこまハひと音いぶかしく。萩かきのひまよりのぞきミれは清気なる若き人のくろ小袖に雪をはをりて。
おこまと見あふたるけわひ。ゆきよりしろきおもさし。おこまハ見るより恋風に。もれてうき名ハたとふともまゝと。そゞろに炉路の戸をおしあけて。
いつれ様かハしらゆきの。おやどかしまいらせんと。七三の袖とりて引入れば。七三ハ夢か明むつか。
ときときとうつむなさハぎ。ふるへふるへざしきに居なをりて。思ひよらぬ御こゝろ入と。いろにされにしたかひのこと葉。
おもはゆながらむつかたりし内に。はやもて出るおさかつき。おこまとりあげひとつほして。はつかしげに七三にさしぬれは。
七三ハ十たびほどおしいたゝき。ほしてハさし。さハりてハおさへ。たがひにかほもほぎほぎと成けりおこまも今ハこゝろ打とけ。
暮てハひとしほゆきのさむさや。いざこたつへともろともに。こたつの内に足入しより。手をしむるやらさぐるやらすれば。おこまハこらへかたくなりて。
口をひづめ目くわせすれど。七三はさすがこしもとの。まじまじつもるもきのとくに。思わず時をうつしいたるを。おこまハ足をさしのべて。
七三があしをかハづがけにからミ。引よせらるゝ七三がこゝろ。こしより下ハとくるこゝちして。しだいよりににじりより。
かほとかほはとをのけおきて。あたゝまりたる内またへ両のあしをさしこみ。いらち立たるかり高なるものを。
かのほとりへとゞかせけるに。ほつかりとしてあたゝかく。わき出るうるほひにうちもゝまてぬれわたり。
手間いらずに半分程おしこめたるふうミのよさ。おこまハはやいきつきあらく。うちしかめらるゝかほつきに。
こしもとのちよもそばねたしく。かほをわきへして居たる間に七三はおこまにのりかゝり。思ふまゝにわり込て。
ねもと迄やりかくれは。下より両手をさしのはして。七三かせなかをしめつけ。ひたすゝるにむつかりけるを。
七三もなにあふぬれの手たれ。いろいろとひきよくをつくしけるに。おこまもゑてしすきのミち。ひけばもちかけ。
おせはのり出。たがいの勝負いくつともしらず。つゞけつゞけのこたつすまふ。おこまハ声もふるへふるへ。
土俵ほどのくゝりまくらの。よつほど外までおし出されしハ。おれがまけじやに。とてものことに。今一ばんもらい分と。
しめつけてのむりしよまふに。八ばん打して。たがひにまたをぬぐいければ。ゑかう院の暁鐘のひゞき。
雪にあくるをしばいやぶり。またのしゆびまでけいやくして。すいあかぬ口とくち。いゝつきせぬさらばさらばに。夜はほのほのとぞ成にける
第二 相恋の胴組
鷺にまじれと鴾ハ赤く。紅花ハ麦畠にうへても。そのかくれなきことハり。つゝむとすれどももるゝハ色さた。
されバ色山七三郎ハ。すぎにし雪におこまとなれそめ。しのびしのびにちぎりをかさね。ふかひこゝろハすミ田川の水。
まつちの山をつなミこすとも。かハるまいとの云あわせ。おこまハうき名もいとわぬ気に成て。ゆきのやうなるかいなに。
色山が定紋。ふたつくぎぬきを入ぼくろにしてミせらるゝハ。かたしけないわけとやいわん。こゝにまた。
うき世せうじのかたほとりに。松村似水といふ。ゆう民有けり。ひとりむすめにおなつとて。ならびなきやさ女にて。
去年の春よりさる御かたにつかへて。いみしき侍女郎のことわざに。よハひ十八の。花のよそほひなまめかしく。
わたくしならぬ殿の御はだを。ふれそめしよりいく夜もいく夜も。むつかり明すぬれのひとくせ。ほとゝきすおなつとあだ名を付て。
あまたの女中ハ花のそばの松の木。すねあいてまじハるミやつかへに。おなつハつねつねこゝろおもくなりて。
気わづらいの申たてに。父母のかたへ宿下して。気なぐさめのしばいけんぶつ。あるいハかめ井戸めぐろまいり。
こゝかしこのゆさんあるきに。いつとなく気かろく成て。ひと日ふた日とすぐせるまゝに。やよひもはつの五日あまり。
霞の空ものどかなるに。おなつハいつよりよそほひをつくろい。下女のお竹おいさ二人。忍ひやかにめしつれて。
あさくさ。くわん世をんへまふでして。御どうのうしろへおりたちて。木のめもあをみし木かげちや屋に。
ためらいておわしける折ふし。色山七三もくわん音へまふで。うしろ堂へまハり行て。かたハらをミれば。
ふじいろの大ふり袖に。すみ絵の八けいありありと。島しゆすのはゞひろを。しつかとしめたこしつき。
ミればミるほどおくゆかしく。見とれてしばし立いたるに。おなつも名にあふいろこのミ。見るより名をバたてがミの。
きハうつくしき花のかほはせ。ひハ色の身せば小袖に。黒ちりめんのかふむり羽織。ふたつならべしくぎぬきの。
紋ところ迄皮束らしく。うつくしい男ふりやと。持たきせるをとりおとすほど。おなつハ見とれておハしけるに。
七三も今ハつゝむにあまり。おはるのやすらい給へる。そばちかく立よりて。ちや屋のおのこにきせるからんと云へば。
おなつはたよりよしとうちゑミ。りよぐわいながらもちあいましたに。このきせるをまいらせんと。すふておわせしまきゑのきせるを。
手つから七三におくられしを。七三ハとるてもいとゆらく。有かたい御こゝろさしと。二三ふくくゆらするうちに。
行かふ人目もしげくなれば。おなつも七三もちや屋を立さり。つれだつともなく。跡さきになりてたどり行まゝに。
雷師門を跡になして。なみ木ちや屋の。ゑにし屋が座敷かりさせ下女のお竹を使にして。七三をひそかによび入ければ。
七三もかねていなぶねの。やがて座敷にいかりをおろせば。とりもあへずさゝごとに成てむしそば切の。
すいものゝと。ふたりの下女のたちさハく内におなつハ七三のそばちかくいよりて。小したゝるいめくハせに。
下女のお竹気を通し六まい屏風をたてまハして。次の間へしりぞきける。七三もすハや時分よしと。おなつのこしへしがミつけば。
ひがしまくらにあをむかれしを。すきまもなくのりかゝりて。ひぢりめんのふたのものを。手はしかくかいまくり。
やハやハとしてる御ほがミへ。したゝか物をおしあてけれは。せきあへぬさそふ水。内もゝまでぬれわたり。
にちやにちやするきミのよさ。おなつハしたよりしたゝかものをにぎりて。ひと口にくゝめ入れ給へば。
あまりむまさに。くいしむるやうなるを。七三ハ痛さにひきすかせば。ひなさきの舌打。ぴつちやりと鳴こゝちよさ。
又おし付て によろりと入れば。おなつハ左右のきびすにて。七三がこしをしめつけ。うつくしいかほをしかめ。
つゝむにあまるすゝりなき。ひたもちかけにもちかけ給ふひやうしに。ねもと迄ミよろミよろと。とゞかすれば。
あんまりよふてこらへられませぬと。ふり袖を口にくわへ。ひとよぎりの律のやうに。なき出し給ふふるへこゑ。
幾度ともなく。気をやり給ふ水せい。玉ぐきの先にあたゝかくこたへて。うめきながらのり出給ふを。
ひたつきにつきたてゝ。五ばん打してぬかんとすれば。おなつハ下より胴ぐミにしめつけて。いま一ばんともらわるゝに。
又おしこみて。上を下へとせりあふ内に。おすい物をもち来るあし音に。七ばんめをばわれにして。勝負ハのちに付ませふと。
又さかづきをはじめられしハ。たがひにぬれの手とりにぞありける
初巻之終
《好色美人角力二巻》
第三 出逢の車反
恋といふ曲者にハ。阿字の一刀も鈍安しと。生れぬさきの父のねごと。さりとてハめい言成べし。そのころ深川のほとりに。
石屋の山右衛門と云て。有徳人有しが。無常のめぐることハりハ。牛車の軋るよりはやく。大鳶口にちからかりても。
引とめられぬハ人のいのち。四十二を一期として。もちあいの石火と身をちらし。手前の物とてぎんたりの五輪を。
旦那寺の北
に残しぬ。彼が内義ハおふりと云て。ミめかたちのうつくしさ。直にミせなば大師も角をなやし。
不動も涎に火煙をしめすべしと。さたしてをいたぬれ者なるが。山右衛門むなしく成しより。ひとすしにぼたいにもとづき。
百ヶ日過ぬると。嬋娟の髪をそりこぼして。養子の甚六に世帯をわたし。その身ハつねに持仏にむかひて。
ねん仏をともにして。二とせあまりおくられけるが。いまだ盛のびくにすがた。つもる年さへ二十七にて。
わきたまる腎水を。くミすてさせんたよりなければ。いつともなしにこゝろゆるみ。夜々にましくる夫ゆかしさ。
ひとりねのゆぐをしぼり給ふぞいたわしき。此屋の手代に四郎次とて。色くろけれど鼻大きく。不断皰の吹出し若もの有しを。
おふりことなくかわゆがり給ひ。いつのほどにか。はだをおかさせ。まい夜まい夜の御なぐさミに。血気さかんの四郎次。
したゝかものゝつゞくにまかせ。思ふさま。たんのふさせまいらすれば。何がおふりハ二とせあまり。ためをかれし腎水を。
まいよまいよ出しかけ給ふに。四郎次ハさんとめのあわせ。こしより下ハとる手なきほとぬれたる。ほうばいの若男ともおしかはるにもこゝろにくゝ。
思ひよらぬ所までぬらし給ふことやと。ゆうだちおふりとあた名付しハ。ことハりとやいわん。折しもあれミな月の。扇の風ももどかハしき。
あつさをしのぐためにとて。おふりハ手代ともにいゝ付て。風市丸をかりさせ。料理しなしなしつらわせ。
その身ハあさぎの花のぼうしに。薄化粧のミやびをふくミ。下女三人に。手代の四郎次斗ともなひ。すミだ川へと舟をさゝせし折から。
色山七三ハ小舟に打のり。これも時しの夕すゞみ。しくミのつやいち。只一人いざなひて。まつち山のかげに舟をよせて。
夕ばゑのなミのおもに。つやいち三線のてうしとれば。七三はあふぎの拍子とりて。なりひらのあづま下りを。
壱越にかたりけるに。おふりに乗し風市丸も。此ほとりにかけおきければあやをなしたる声色の。手にとるやうに聞へたるに。
おふりハ耳をそばだて。誰とハ知らねどいとしらしの声や。そつじなから御こゑをしたい。おそれなからさゝひとつ。
すゝめたしとのあらましを。下女のさゆりを。台所ふねにうつして云おくれば。七三もつやいちもじするハ野暮らしと。
やがてやかたにのりうつり。ひとつふたつのことのはの内に。おふりさかづきはしめ給ひ。七三にさし給ふより。
しだいしだいに数つもりて。うたいかなてゝさハぐ内にも。七三ハおふりのびくにがほ。いのちのほどもおしからず。
しけじけとまかりいれば。おふりも見しより恋くさの。しげき人目を酒にねむらせ。あのかたとさしむかいに。
こしのおるゝほどしてミたやと。思ひそめたる下こゝろに。四郎次をはじめ女とも迄。めつたすゝめにさかつきさして。
いやといわれぬねぢふくさのさかなに。おふりのこゝろをおしはかりて。引請引請下さるゝほとこそあれ。
四郎次も女ともも。皆あしもともたゞちならず。よひかくれどもいびきにあどうちて。前後なくぞふしける。
いまハ七三とおふりばかり。さしむかふてのひそひそはなし。つやいちがねむるハ。見たばかりに知られずと。
たばこのけふりで鼻ふすぶれといかなことくさめでもせず。もはや心にかゝることなしと。やがておふりにだきつきければ。
むりなお人やとのたまいながら。さかつき台をまくらにして。あふのけにまろひ給ふを。七三手はやくのりかゝり。
あさぎむくをまくりあげて。まわたのやうなる。うちまたへわりこみければ。待かねられしうるほひに。
ゆとりもなし。ミよろりと入しきミのよさ。ひたおしにをしこめば。おふりハ惣身をひきちゝめ。やるせなくはりかけ給ふたびに。
わき出る水おとくちくちと鳴ハたり。あゝよやよやとわめきながら。七三が肩へかみつき給ふハ。よくよくの御よろこびと。
七三もいとゞこゝちよく。時々わざとくつろがせて。ほがミのもとへつきぬめらせば。あゝしんきやとむつかりながら。
手つから七三がものをとらへて。おしこみ給ふとひとしく。歯をくいしはりかほをしかめ。十たびまで気をやり給ふに。
七三も六ばんぬきもあへずつゝけて。のかんとすれどはなし給ハねば。またおしはめてくわだてけれど。
さしもの七三も腰なへて。しとろもどろにあしらいけるを。もとかしくや有けん。車そりにはねかへして。
七三が上にまたがり給ひ。ミつからこしをつかわれける内に。酔さめの大あくびして。ミなミなおきなをれバ。
残おほきはだとはだを引はなれて。何気もなく。また盃をとりかハす内に。ミじかよのしのゝめほからかに。
まつち山の松のあらしのさハさハと云て別れたりける
第四 諸寐の腰捻
ハ小形けれとも。鯨を貫く勢そなハり女の子ハおさなきも男を抱て重しとせず。こゝにまた橘町のほとりに古手屋の筆右衛門とて。
貧ハ孫晨か蛍を灯心に頼伯夷か木桃ひろふよりせわしく。智とくは直にして物やさしく。世の垢付し古衣を繕ひて。
予かいとなミのたすけとなし。わび敷うら屋にすまいして。何くわぬもまゝのふうふの中に。ひとりの娘あり。
生れつきあく迄きれいに。玉のことくと自讃して。その名をお露と呼そたて。ことし十三になりてかほかたちひとしほなまめき。
とし比より物ことにりはつなれば。いか成御かたへも。奉公させてミまほしく。何かに付て。つたなからずやういくなしける。
されば色山七三ハ。此ていしゆとおなし国のよしみにて常に事訪中成しある日筆右衛門ハ。いさゝかの願有て。
しのぶのおかの大師へ。お露をともなひまふてけるかかへるさに七三かもとへ立よりしばしばやすらいてかたり居けるか。
本庄へ行事有とて。酒も半ならす立ける。おつゆハ終日とめおきて。あそはせてたふへよなと。しかしか云たわむれて立出ける。
七三ももとよりふかきよしミ。ことさらおつゆもおさなけれは。何こゝろなくいらへして。手せんしのちやの相手になして。
流言のミうち物かたりしにおつゆハとしよりおとなめきて。小したゝるいされこと云に。七三ハこゝろいなものになりて。ミつしりとたき付てほうすりなとすれと。
はつかしきけしきもミへねは あわれ水上して見まほしく やがて男をもとめたらは 此ことくなよいめにあやらうと まねことのやうにいたきふせて 小袖のすそをひきまくり したゝかものをつはきねやして 玉門におし付けるに おつゆハわやわやはかりとしりめにてにらむ おとなしき七三ハいよいよこゝちよく。
そろりそろりとおしはめけるに。したいしたいにうるほいわき出。によろによろと半入れは。おつゆハ七三にたき付て。こなさまになら。
とうからしましたふ思ふていました。こゝろまゝにして下さんせと。いふ声もうちふるへ。ひたもちかけにもちかけし。腰びねりのきようさ。
二はんめよりきミよくやありけん。いきつきあらくすゝりなきして。のり出のり出するまゝに。しとけなき玉水。ゆぐも小袖も打ぬらして。
とてものけいこに今一ツ。ねまで入ての。つよくついてのとさまさまののぞミに。七三もひきよくをつくして。
九番迄つゞけければ。その日も入あひの比に成て おつゆがもと迄おくり行ける。お露ハこれをなさけのいろはにして。さわればおつる玉さゝの。
お露とぬれの名をたてぬるも。七さまゆへとうらやむものばかり
二巻之終
《好色美人角力三巻》
第五 得手の内搦
花も嵐のさそふかたになひき。月も雲には横きらするならひ 女ハかならずうつくしき程。男のかけがへこしらゑおくこと。
かならずにくしともきわめがたし。その比伝馬町のほとりに。くじやく屋の杉右衛門とて。ふと布をいとなミて。
世をおくるおのこ有けり。此内義ハおつたとて。かくれなき風流もの。かほかたちのうつくしきくせにひといろの好なること。
入つめにしてもあくことをしらず。しめ付てはなさぬゆゑ。いかなるものや云出しけん。松がへおつたと云ならわしけり。
されば夫の杉右衛門ハ。五十にあまるみのあぶらを。三十にたらぬ若女房に。夜ことにすいとられ。
次第によハる気のおもさ。石うすのひゞきも頭にこたへ。裏町のからうすも。かしましくなやミ付て。
夜のちぎりハ春の比より。打たへてとをとをしく。紙子夜衣をかぶりつめにして。なやましき月日をおくられける。
されバ色山七三郎ハ。浅草の借宅物ことに自由ならねば。ちかき比すミ所を替て。杉右衛門店どなり。
てせんじのわびすまいに。はやふた月をかさねければ。あたりの人もしたしたしく。あさ夕のちやことにも。
よふづ。よばれてむつましかりし中にも。杉右衛門内義おつたハ。ちらとみしよりれんほの縄。すゑハわざくれ此人ゆへに。
小塚原の露となるとも。ねんりきの矢ハ壁ひとへ。いつそハと こゝろにこめて。うわへにハ何となく。
おとなりさまハおいとしほや若いお方のひとり竈。さそ物ごとに御こゝろうくまさんと。茶の煮花まで手づからもちゆき。
衣のほころび迄人手にかけず。おつたのうけ取にしてぬふてやらるゝハ。美男のめうもんにぞ有ける。
ある夜雨ふりしづかなるに。杉右衛門ハいとゞしく。雨気におもる高うなり。日くれより閨にこもり。
まだ宵のまのゆめむすふに。おつたもそはによりそひて。かいしやくせしこゝろの内にも。となりのお人ハいかゞしておわすやらと。
炭ふきたゝく音のする迄。琴さミせんよりなつかしく。夜ふくるにしたがひて。杉右衛門ハつかれにや。
とろりとろりといびきかきて。前後なくいねしを。おつたハかゝるおりならでハと。忍ひやかにねやをぬけ出。
となりの扉口へ立しのび。さしのぞきミれば。七三ハひとりともし火のもとに。有しむかしを忍ぶかほ。
ほうづえしておわすよそほひ。飛つく程にこゝろさハぎ。戸をほとほととうかゞひければ。ぬれになれし七三。
いらへもせずに立出。かぎかねをおしはづして。内義をミるより何の御用で。御いでかやと云もきかせず。
口をおさへて内義ハ七三に。しつはりとだきつき。耳にあてゝのくどきことに。おこりやすきハまどひの一ツ。
うつくしき内義のこれほど迄のこゝろつくし。七三も今ハさきの手ミへず。一寸さきをくら闇に。ともし火まで吹けして。
帯もとかずに。かいだきふせて。やるせなくすそたくりあげ。すさまじくをへ出たる。したゝかものをつばきにてぬりたて。
ほかほかとしたる。玉門へおしあてけるに。もれしたゞるうるほひに。ミよろミよろとはまるといなや。
おつたハ七三に手あしを打かけ。ふいごのやうにいきつきあらく。めそりめそりとむつかりいだし。
あるとあらゆる身もだゑに。わき出る水音すつほすつほとねばりあいて。しばしがほどのせめあいに。
内義八たび迄気をやらるれば。七三もつゞけて五ばんしまい。をきなをるを内義ハうちからみにしめつけて。
とてものことに今しばし。たんのふさせて下されいと。まただきのせてくわだてける間に。八こゑの鳥いとせわしく。
またちかい内折こそあらめ。かならずかならずかハらじと。口すいかハすをいとま乞にして。立わかれけるそめてたしと云む。またあやうきとや申さん
第六 連理の違手
神なし月の誓文ハ。手作の蕎麦より喰せやすく。たが虚よりのしぐれふるを。ぬれの師匠さまと見たてしハ。
随分すきな人のすさみ成へし。こゝにひとつの目出たいことハ。色山七三が大屋どのハ。大こく屋の徳之丞と云て。
紙問屋の商売いミしく。にぎにぎしくくらされける此おふくろハおはぎと云て。としハ四十にふたつ過れとミめかたちうるハしくほちやほちやとしゝ付て。
紬しまの身せばの小袖。立居にもるゝ内もゝのしろさ。とこもかしこもむまそうに斎に来る旦那寺も。
膳の出ぬさきに。唾をひかるゝぞことハりなる。あやにくと此おふくろ。彼一いろの好物成こと。折さへあれば下夫のくどくにも。
一もくづゝとらせらるゝゆへに。夜あらしお萩とあだ名立しハ。人しらぬまに。なびくこゝろ成へし。
時しも十月廿日。おし並てのゑひすかうにおはきハいつより献立ゆゝ敷。店の衆不残まねき。終日の大さかもり。
しかもおはきハ酒さへつよく。大勢の客衆も。御ゆうさいてくたハれと。舌もまハらずしい付られ。わきさしをおきミやけにして。ミな宿々へにけかへりし。
中にも七三ハ新店衆と。とりわけてしい付られ。表の二階へにけ上りて。上下をもぬきあへす。すころくはんを枕にかたしき。
せんこもしらずふしいたる。かくて日もくれ茶も初れと。客衆ハ。酒につかれてにけかくれ残ものハ女ともはかり。
おはきハこゝろの底うれしく。ミせへ出て手代どもを見れは。たて横にたをれかさなり。帳箱を枕にして。
さいゝのはのねこと云もおかしく。おはきハいよいよ心うれしく。やかて二階へあかりてミれは。七三ハ上下をもぬかて。
こゝろよく打ふし居たる。おはきハこゝろしよきしよきして。かねてしくみし夜のものを下女のさこにひそかにあけさせ。
心しつかにとこをとらせて。下女のさこをはおろしやりて。七三をやかてたきおこすに。七三ハゆめさめきつと見れは。
おふくろのおはきとの。これはなにといわせもはてす。むりやりに夜着の内へ。たき入れらるゝ七三かこゝろ。
此ほとこいわひ居たるお萩。こよひならてハかふしたことまた有へきしゆひならすと思ひ。かミ下をもかなくりすて。
たかいに帯のとくまもせかれ。酒きけんにはだかに成て。四違にむすと組あひ。七三ハ上になるといなや。
ふつくりとせしほかミもとへ。かり高くいかりたる。したゝかものをおしつくれは。お萩ハはないきあらけなく成て。
むごいお人やつミつくりに。はやふいれてくたされと。下よりはりかけ給ふひやうしに。かりのもと迄。
によろりと入しあたゝかさ。わき出し水の。くちやくちやとぬるめきて。ねもと迄やりこめは。おはきハはやすゝりなきして。
手をしめ足をひきかゞめて。あゝしにますと。声打あけてむつかりながら。玉門を引すほめ給ふたひに。
玉ぐきのさきを。つまむやうなるきミのよさ。夜明迄ぬかぬはつに云あわせ。七三よハればおはぎ上に成て。
くむづほぐれつ。やすむまもなく。十一ばん物しければ。おはぎハ十四たび気をやりて。たがひに少こしをやすめんと。
はめたまゝぬきもやらず。とろとろとせし内に。しのゝめを告る鵲の声。庇の上におく霜の。しろきをミれば夜そ明にける
三之終
《好色美人角力四巻》
第七 比翼の双頭
六合に賊家に鼠。女にハ密夫ありて。兎角口話の種つきせぬも。ひろき世の中なればなり。その比芝のほとりに。
蜈屋の一暮と云て。おあしのたんと有。から物屋ありけり。ひとり子に九太郎とて。聡明ゑいちハ。おふくろの胎内にあづけ。
箸もつてものくふことバかりを。世間なミに生れつき。うかりひよんとつもるとし。廿八になりける。
男ぶりあく迄色黒く疱跡のくせにやぶにらみ。ひとつもとりゑなき身なれど。親仁の土蔵に思ひ付て。
彼九太郎へ縁くみ。云こむもの多かりし中に。行徳のほとりに。万兵衛と云へる大百姓のむすめに。
おふねと云て十八の花よめ。きりやうハ小町も見ねばしられず。当世のやさ女と。さたせしほどの生れつき。
本阿弥にミせても。在郷そだちとミへず。こゝろばへまでいとやさしかりしを。一暮も嫁にしてふそくなしと。
跡の月よびむかへて。九太郎にめあわせける。おふねハ日にそいなじむほど。九太郎が男ふりこゝろうるさく。
毎夜毎夜の床の内。無夫のくせにしたゝるく。明六ツを限りのやりくりに。こゝろならず気をやられけるにや。
ふらりふらりと気わづらいして。下町の入闇のれう治すれど。いかなつんぼほどもきくことなく次第次第にやせもミへて。
床につかれたらあぶなものと。一門衆まゆをひそめ。とかくかうしたわずらいにハ。ゆさんあるきにきわまつたものと。
こゝかしこの神ほとけへ。姥かゝの案内にて。日々のなくさミあるきに。すこし気かろになられける。
ある日おふねハめぐろまふてに。夙よりびゞしく出たち。ひとりふたり下女ばかりうちつれ。めぐろ原をひろわれしおりから。
いろ山七三郎も。不動へまふで。行ちがふ袖のうつり香に。おふねは七三を見そむるより。そゝろにこかるゝうき舟の。
よるべはちや屋のかりまくら成とも。かハさんたとりあらまほしく。めかれなくまもり居れば。七三も得手のぬれころも。
わかつまならぬつましながら。にくからぬしほのめに。たがひにあとやさきへ成て行しが。ゆかりもふかきむらさきの。
春日屋と云ちや屋のこしかけに。七三ハしばしやすらへば。おふねも此ちや屋のざしきをかりて。下女のおさくをつかひにして。
七三を座しきへまねきけるに。七三もねがふにさゆわゐの。おふねのおなさけかたじけなしと。たかひのことはもおわらぬまに。
もち出るさかつき。おふねとり上七三にさすより。三人の下女までさすのもどすのと数つもりて。ふたりのこゝろをすもじして。
三人の下女ハかつてへこかせば。おふねもいまハやるせなく。つかつかとよりそひて。七三にむつちりと。
だき付給ふかたじけなさ。七三ハもとより色なれたる。手たれものゝはやわざ。おふねかしこへとつておしふせ。
やおら御またへわりこむといなや。きざし出たるしたゝかものを。玉門へおしあてければ。まちもだへしうるほひに。
なにのくもぬらぬらと。半分ほとこミいれけるに。おふねハ手あしをひきちゞめ。はないきあらくむつかり出けるを。
七三ハまもなくたゝミかけ。ねもと迄とゞかせけれは。おふねハ惣身を引ちゝめ。あゝしにますいきますと。
座しき内をのりあるき。身をもだへ給ふたびに。わき出る水のおと。こほこほとなりわたり。ひる時より八ツ過る迄。
のりつめのざしき内ハうきに成て。いり江のおふねとうき名とりしも。おもひあわせておびたゝし。七三も名にあふ色上戸。
つゞけつゞけ七番ものして。しばしやすまはやと云へば。おふねハいとゝかほうちふりて。またのゑにしハいつであらふもしらず。
とてものことにいまひとつと。七三がちりけもとへだきつきて。かほとかほを入ちがへ。またひとつ終ければ。
日も夕ばへの障子まばゆく。亦のあふせハ耳にあてゝのそうだん。なづハさらバとしのびやかに。立わかれけるぞ心にくけれ
第八 床入の爪取
男に生れば色しろく。目はな立しほらしく。玉くきのふときこそ。あらまほしけれと。赤染のゑよう物かたりに。秘伝いわれしも。
にくふなくものすき成へし。こゝに牛込の辺に。うら島屋四方右衛門と云て。まどしき莨屋ありけり。ひとり娘におまつとて。
ことし十九のみめかたち。他にすくれてうつくしく。物ことにさかさかしく。琴さみせんのひきよくにハ。
久米の仙人も。内もゝをミぬさきに通をうしなひ。よしなの思ひの一ふしにハ。雷帥上人も倚子をすべらなん。
されば四方右衛門いとなミまどしきたすけにと。伝馬町のほとりに。三太夫と云奉公人有て。女の奉公をとりもつもの有しを。
おまつをかれにたのミて。三太夫かもとにあづけおき。三とせあとより。女中のつとめしたりけるが。
此程ハらう人にて。三太夫かもとに。日をかさねける折から。女浪人五六人。おものしのおたん。こしもとのおはつ。
おちやのまかせぐおしほ。てかけ帥のおかんなど。打よりてのものかたりに。おものしのおたんのいわれしハ。
さてもさてもひろひはうき世で御ざる。むかふの大黒屋のうら屋におわする。七三郎さまと云浪人しゆを御らふしたか。しらぬが。
あのやうなうつくしい男ハ。おれハミたかはつことじや。しかもきけばひとりくらし。ゆふべゆふべもおさびしからふに。
此ひまで居るわれわれが。一夜かハりにとまりにゆきて。お伽してしんじたいことじやとかたれは。おまつハよこ手たゝいて。
さてハあのくぎぬきつけとしのハ。むかふにかり店しておわすことよ。いつくのかたよりきたる人かと。
今迄ハ思ふた。きのふのひるもちらとばかりミたが。今のうき世のなりひらとハ。おれでもゑぼしおやに成気と。
おもひおもひの男ひはん。あげくにハねつかれぬ夜衣の中に。ゆびをあいてに玉門をせゝり。明しくらすそあたらものといやいわん。
ある日雨ふりしつかなるに。おまつハ去屋しきへ。目ミへしてかゑりけるが。かゝる時ならでハと。たそかれちかきくらまぎれに。
七三郎かうら屋へたづね。使にきたる風ぞくにて。思ひそめし一筆の文を。七三が手にわたしければ。七三ハこゝろへかたき内にも。
御使のうつくしき。かほばせにこゝろうかれ。そゞろに文をおしひろけてミれは。見そめしよりの思ひくさ。しげき人めをしのばん為につかいとハいつわりまいりぬ。
いろをも香をも御くみわけ。あるそならはとよみもきらせずに。おまつハ七三がつまさきとりて引まろはし。思わせふりのにくいお人やと。
のりかゝりて口をすふこそせわしなけれ。七三ももとよりこのむところさほど迄の御しんからハ。床をとりてしつほりと。
御こゝろまゝにしませうと。手はしかくふとん打しき。やがておまつを夜着の内へだき入れ。たがひに帯をとく程こそあれ。
やハやハとしたるはだゑに。ミつしりとだきついたるきミのよさに。れいのしたゝかものハ。おるゝハかりにきざしたるをゆぐひきまくりてほかミもとへむやむやとおしあてければ。
おまつハしきりに身をもだへ。はやうはやうと。もちかけらるゝこしづかいに。らちもなくぬれわたりたる玉門。くちもとへのぞかすると思へば。
何のくもなく。ひよろひよろとはまるあたゝかさ。はやおまつは無性になりて。やるせなきすゝりなき。
ひたもたげにもたげらるゝたびに。わき出る水のをと。つほつほとひゞきて。ふとんのそと迄のり出のり出せらるゝを。
七三ハさまさまあいしらいて。やすむまもなくつきたつれハ。今ハおまつもしのぶことをわすれ。あゝよいきミやとてものことに。
ながうして下さんせとしどもないよまいごと。となりの内義も聞耳たてゝ。相手なしにゆぐをしぼらるゝも。
にくふなくぞ有ける。もとよりおまつもわか竹の。ふしたちたるしたゝかものにて。つゞけつゞけ六番打すれは。
さしもの七三もくたびれ付て。ぐにやぐにやとはみ出されしを。たがいのなごりにおきなをり。またちかい内かならずと。
人しらぬまに立われしハ。あやかりたいわけにそありける
四之終
《好色美人角力五巻》
第九 恋慕の膝痿
あだし野ゝ露たくわへの白銀。いづれか終につなぎとむべき。富のうらハまどしく。貧の末に財あつまるならひ。
こゝに四ツ谷のかたハらに。八十右衛門と云おのこ有けり。正じきをもとでにして。車力をわざとなし。ひとつ竈のけふりほそほそと。
世をあぢきなくおくりけるが。もと正じきの果によりてや。次第次第に有徳の身と成。若いもの五六人つかひて。
ミせにハ天秤の音をひゞかせ。しち屋の御亭さまとあがめられしが。無常のあらし時をまたず。過にし十月末の十日の夜。
ふぐ汁にいのちをかへて。めいどのたび人となられける。此内義ハおかねと云て。よハひすでに三十いつもじなれど。
花のかほばせうつくしく。むつちりとせししゝつきのきミよさ。かのミちのおすきさハ。一からかぞへて人さしゆびまで。
さがらぬほどのわやくさた。つくたびになりわたるゆへ。をのへおかねとうき人の口。戸のたてられぬひとりねの。
後家たてゝはやうつる日数。したいしたいに男ゆかしく。水牛のまだらにてあつらへにさせしはりかたを。
夕べ夕べのともになして。あかしくらされける。さればにや色山七三ハ。伝馬町のかりたなも。こゝろにまかせぬ子細有て。
かなたこなたとたのみ行。折から此おかねのかしたなへ。とりもつ人有て。うつり。きのふけふと過る内に。
はやふた月のなじみをかさねければ。おなし店の姥かゝ迄。こゝろやすく出入て。若い人じやか御しんびやうに。
けつかうな御気しつと。いとしがらるゝ七三が身のうへ。ちやのミながらのうハさはなしを。いわぬものもなかりし中にも。
大屋のおかねハ七三を見しより。いつぞハとこゝろにこめて。時をうかゝひおわしける折ふし。ある時のたそかれころに。
七三ハ火入を手にもちて。大屋のちやのまへ行てミれば。おりふし何の用有しにや。女とも一人もミへす。おかねひとりいられける。
何たばこの火がいりますかと。手つからおかねハ。火をいれてわたしなから。七三か手をじつくりとにぎりけるに。
七三もこのむところなれ。手ばしかくだき付て。ひとしめしめて立のかんとするを。おかねハ中々はなしもやらず。
とくよりの思いを。はらさせて下されと。おくのまへつれたちゆきて。緞子のふとんしきもあへす。黒しゆすのおびをひきほどき。
あふのけにふしたまふ上へ。七三ハやがてのりかゝり。しろむくのもすそをまくり上れば。はやれいのしたゝかものは。下帯をつきぬくほとにおへたちたるを。
玉門へおしつくれば。まちうけの水うるほひハたり。によろりによろりとこみいれけるに。おかねハはやいきせわしく。
下よりはりあげらるゝひやうしに。終ねもと迄こぢ入れば。おかねつゝむに思ひあまり。なふなふと身をもだへ。
ひたすらこしをひねり給ふたびに。わきあまる玉水。またもほがみもぬれくさりて。びちやびちやとなりわたり。しばし時をうつしけるまに。
ふたつまてつゝけければ。おかねも四よひことして。人しらぬまのいとまごひ。ちかい内にしつほりと。夜すがらなど。
やく束なして。火いれをさけてかへりけるハ。くわほうもの共はやわざとも。筆をすてしバかりにぞ有ける
第十 妹背の腹櫓
高き山もちりひちよりおこり。海ハ一滴の露ひろごるとなん。ものこと此理にことなるわけなし。されば七三ハ大屋のわか後家。
おかねに。ふしぎのまくらをかハせしよりも。はじめのほどハしのひしのひに。かりそめぶしのちきりなりしが。
しられぬものハ我身のいたつら。人ハしらぬとおしはれて。おかねは七三をとまりかけによびて。宵のうちハさしむかひのさかもり。
夜がふくるとひとつねやに入て。たがいにさかんのけつきまかせに。ひたすらちぎりをかさねければ。
いつしかおかねハくわいたいして。雪ふりに青梅をくいたがり。しのぶとすれどかさなる月日。いきつきまでも物くるしく。
女とものさゝやきばなし。子ども童部も此さたを聞しり。七三を道に見かけてハ。大屋とのゝむこどのと。
わるくちいわるゝこゝろうさに。此所のすまいうるさくなりて。四ツ谷のたなを夜にげにして。駒込のほとりに。
水瓢寺と云浄土宗有しを。もとより七三だんな寺なれば。此ぢうじをたのミて。しばらく寺に身をかくれてぞすぎける。
その比ゆしまのかたハらに。若松屋と云へる。大酒屋有けり。此ていしゆハ三とせさきに。身をなミ酒のあわときへて。
内義はよハい廿五にして花のかたち。後室となりて思ふまゝの男あらば。若松屋の家を土蔵ともにゆづりて。
二世迄のとのとあがめたやと。あなたこなたとたのミおきしが。むすふの神も二人めのゑんくミハ。あまり御念がいらぬことやら。
思わしき男もなく。ひと日ひと日と過るねやに。うちもゝのかハくまもなく。しほひに見えぬおきのいしと。
若人のわるくちに。おきつおいわとあだな立しハ。よくよく好な後室と。思ひやられてこゝろにくふ有ける。
むめにうぐいす。寺に若後家。かならす好のひとつくせ。ある日雨ふりいとしつかなるに。おいわハ。下女ひとりふたりつれて。
すいへう寺へまいられしが。もとよりしたしきだんな寺なれば。ぢうじも頭巾を。こしにはさミあハせず。いざこなたへと座しきへしやうじいれ。
すいものゝ水あへのと。かつてハ盆の来たこゝち。立さハく程こそあれ。すでにさかつきはじまりけるに。おかね寺中のとをり違に。
七三がかほを見あわせけるより。はやこいそむるこゝろの内。つゝむにあまる思ひの色。ぢうじにむかひて。
さき御寺中にてめなれぬ御かたのミへ給ふが。いづかたの御きやくさまにやと。なにとなくとハれけるを。
一はいなるくちのぢうじ。あのものハいろ山七三郎と申て。わたくしのがれぬらう人もの。雨ふりと申。ひとしほの御なくさみに。
よびいだし御しる人になしまいらせんと。いちもくさにかつてへかけ入。七三をつれたちざしきへ出れば。おいわハひたすらこゝろうれ敷。
しる人となることばの内に。はやさしかハせるさかづきの。かずもめぐればぢうじを始め。七三もおいわもいろづきて。
しつほりとしたるうき世はなしに。おいわハ七三にむかひ。その御かたハ御内義さまも。いまだおわしまさずやと。
気のついたうらきゝに。七三ハ少うちゑミて。われらていのつまとならん者。なにのつきに御ざりませうと。
けんねもないしりめつかいに。おいわハしきりにこゝろうき立。かさぬるさゝのゑいまぎれ。ぢうじにひたと目まじすれば。
ぢうじももとよりとをりもの。いざ女ぼうしゆかつてへ御ざれ。たいせつな名号を。一まいつゝしんじませう。こなたへとうづらだちに。
ふたりの下女を引つれて。かつ手へはづし行ければ。あとにハ七三とおいわとばかり。まじまじしておわしけるが。
おいわハ思ひほかにあらハれ。いんぎんすぎた御人さまや。いざよこに成てといゝながら。雪のことくのうちもゝを。
小そではしよりミせかけ給へば。七三もいまハこらへかたく。つかつかとにぢりより。ミつしりとだきつけば。
おいわハ七三がかたねをしめつけ。はらやぐらにあげて。あふのきにすべり給ふを。すきまもなくすそをまくり。
したゝかなるものをおやしたてゝ。玉門へおしあてければ。おいわはそゞろに身をもだき。はやふいれてと身をちゞめ。
はないきあらくもだへ給ふに。七三すこしゑしやくして。ふか入せずにあしらいければ。あゝしんきやと。下より手をまわして。
したゝかものをにぎり。ひといきにおしこみ給ひ。両あしのきびすにて。ほそこしをしめつけ。すゝりなきにむつかりいで。
こしをよじ給ふたびに。三とせこのかたのたまり水。よどみなくわき出て。ねばりあふたる内もゝの。
出いるうちにくちやくちやと。ゑしれぬひゞきなりわたり。つゞけつゞけ三ばんしまいて。たがいにまたをおしぬぐい。
なにげもない。かほつきして居たる所へ。ぢうじもきのついた。蕷まきのすい物。またそれよりさゝに成て。
ぢうじとおいわハ耳にあてゝのそうだん。けふハいつよりおてらさまの御ちそう。御礼ハあとから申ませうと。
すでに七三とふうふのことぶき。なかうどハぢうじさまと。其日のくれかたに七三を引とり。金すくめのしつらいに。
所の人に名ひらきして。今ひとしほのいろをましたる。わか松屋のていしゆとあふがれ。ひるハ帳箱をけふそくにして。
はなうたにもそろばんをしらべ。夜るハおいわとふたりねの床に。しなさまさまのいもせすまふ。たがいにあかぬあいほれの中。
水もらさじハうらはらの。どんすのふとんのかハくまもなく。しみあいかたる若まつ屋の。千代のちぎりそめてたきわけなれ
(中略)
五巻終
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp