小袖曾我
《小袖曾我》
てんぢくの事かとよ。せんならと申て。弓とり一人おはします。しかるに。せんなら。ふ女とちぎりをこめ給ひ。
二人のわかをまうけさせ給ふ。あにが名をばけんしやう。弟がなをばかうしやうばらもんとぞ申ける。
かれら。せいじん。程もなし。七月十四日にすまふのばへ出。事をしいだし。おほくの人をほろぼし。
あけにそふたるうち物を。弓手のかたになげかけ。わがやをさして引て入。父せんならは。御覧じて。
こは。そも兄弟にはものがつゐてくるはするか。二きのひがん。卯月の八日。七月十四日は。一年があひだの六さい日にさゝれたるに。
今日。人をがいする事いかゞ有べきと。大きにいからせ給ひければ。兄弟承はり。それをたがしらぬ事ぞ。
親きしよくして。かゝるけうげはむやくかな。手なみのほどを見せんとて。ちゝせんならの御くびを。水もたまらずうちおとす。
母のふ女は御覧じて。あら。あさましの事共や。くわこのしんもふかとく。げんざいのしむもふかとく。
みらいのしんもふかとく。三世ふかとくに。いづれのしんがおやとなり子の手にはかゝるぞや。
いづれのしんが子とむまれ父のくびをばきるやらん。いづれのしんが当母となり跡にてものを思ふぞや。
かやうに。ふかくなげかせ給ふ。兄弟の者承り。とても。ちゝせんなら。われらをよかれと思召るまじ。
いざや。父のけうように千人ぎりしてあそばんとて。爰のつぢ。かしこの門にてきる程に。九百九十九人切て。
今一人たらずして。ぜんぽうだうへぞ参りける。かのだうの庭に。はちすのいけあり。おりふし。万ごうをへたるかめが。
こうをほいてぞゐたりける。けんしやう申けるやうは。いかに。ばらもん。かめは。万ごうをへぬれば。
仏になると申。いざや。此かめをがいし。千人の行にたつせん。尤と同じて。此かめ引上。がいせんとせし時。かめも生ある物なれば。
もんを三度となふ。我八十三年。亀八万劫必生安楽国。亀成仏とゝなふる。母のふ女も。このたび。せんならにはなれ給ひ。
是も又。千のいき物の命をたすけてまはり給ひしが。九百九十九たすけ。今ひとつたらずして。ぜんぽうだうへぞ参り給ひしが。
かめの声を聞召。いかに。きやうだい。たゞ今のかめの声ばしちやうもんしけるか。いや。きかぬ也と申。
あふ。なんぢらが聞しらざるはだうり。いでいで。語てきかせん。がはちといふは。はらに七つの子をもつて。
わが身共にはやつなり。七つの子をきうせんにかけん事をかなしみ。となへたるもんにて有。き八万ごう必生安楽国。
亀成仏ととなふるは。亀は。万ごうをへぬれば。必仏になると申に。只いま。きうせんにかゝり。仏体をやぶらん事をかなしみ。
となへたる文にて有。されば。人のこのたいないにやどり。たねをおろすはかり事は。梵天よりもいとをおろし。
大かいのそこなるはりのみゝをとをすよりもうけがたふて。むまるゝなり。しろきほねは父のおん。ししむらは母のおん。
父のおんがいやしくは。しつくと名付け。なかなる骨をぬきすてよ。はゝのおんがいやしくは。八くと名付て。
あかきしゝむらをそぎすてよ。此ことはりにまかせて。其かめをたすけよ。兄弟承て。我ぎやうをばたつせんとや。
人のぎやうをばやぶらんとや。あふ。それは尤いはれなし。只がいせんといふまゝに。此かめを引あげて。がいせんとせし時。
はゝ。此よしを御覧じて。みづからがめの前にて。かめをがいする物ならば。九百九十九たすけたるいき物が無にならんと思召。
やあ。をのれらがぎやうには。みづからをがいせよ。みづからが行には。其かめをたすけん。きやうだいとこそ仰けれ。
兄弟承て。たれも。さこそは存ずれとて。かめをばいけにはなつて。打ものぬいてかゝりしに。いかゞはよかるべき。
ぬいたるたちが三つにおれてのきにけり。刀をぬいてかゝりしに。ふたつにおれてのきにけり。心得たりといふまゝに。
大手ひろげてかゝりしに。眼にきりふつて。はゝのすがたもみもわかず。大ちが。さうへさつとさけ。
きやうだいのもの共は。はや。ならくをさしてぞしづみける。母は。御覧じて。なをもおやの御ぢひに。
たすけんとおぼしめし。きやうだいの者どもがたぶさをつかんでひきあげむとし給へば。むなしきたぶさ。
手にとまり。きやう弟のもの共は。つゐにならくにしづみける。はゝは。御覧じて。此たぶさを。なににせんとの給ひて。
こくうをさしてなげ給ふ。我朝にとびきたり。大和国とかや。もとどり山と。これが成。のこるたぶさはろとうにとゞまり。
道しばとなつて。じんばのひづめにかゝると承て候ぞ。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp