京伝予誌
《京伝予誌》

  大 楽
意気狂句
 堅衆曰大楽功者之虚言而兎角入欲門也於隙可見通人為楽気質者独頼金銀之損而貧乏次之客者必由是而迷焉則庶乎気差矣
それ大楽のうへをいはゞ春は品川の汐干にあそびて身代のひかたとなるも思はれず恋の淵の深みにはまりてれん手くだといふ悪魚のゑじきとなつてはじめてをどろけどもをそまきなり或は上野御殿山飛鳥山の花見に幇間芸者を引連ては諸行無常の鐘よりもやたらむしやうに散したる紙花の下りを食ひ武家方の血気盛なるは春色に心うごきはじめはよいりやうけんにてすいふん銭のいらぬ楽と出かけ一日金一分の借馬に鞭うつて遠騎の游山もかへさには忽心の駒の手づなゆるみて大門口につなぐ中の町の家桜は寛保の昔にかはらねど人をなじからざる突出しの君が名びらきの蒸籠饅頭の山をなし桜もひよんな所へうえられて生た花に見らるゝ花のくるしきそかし目に青葉山時鳥初堅魚かつほかつほの声にはじめて心づきもう夏が来たそふな今日はいつかだと禿に聞くは居続に気ぬけのした客人と見ゆる其居続のるすはうへを下へかへしとゞのつまりは二ばん番頭かむかひに来てしかつへらしく左やうなお心てはこさりませなんたにといふにこちらは闇か雲にてをきやかれそんなましめをいはすとマア一ツ呑かよいイヱイヱ左様な気せんてはこさりませぬとはいへとしたしはすきはら御意は吉原一ツのみ二ツのみついには酒か人をのんて宿の事はヱヽまゝの川へ流してしまひ気違ひ水にをほれてともに碇をおろし木乃伊とりか蜜人になつて遊ふもあり夏は墨水に游船をうかめ江戸芸者のひつこぬきをつかみこみたんなひとりに神八人此人数舟なれはこそ涼哉と口すさむそはから三弦四てうてひきたてゝの大さはきさいせんより陸に此舟を見て居たる隠者と思しきか嗚呼愚なるかな花飛ひ蝶をとろけとも人不知と詩の意はうたへとも盛者必衰の道理をしらぬ其はつしや千住の悪臭をかいてさへ女は臭皮袋と云所に気かつかぬ俗物しやものあのやうにさはくもみな臭骸の戯れしやほんに凡夫てはあるそと憂世を悟顔なるも実は銭なし組のまけをしみ金持にはそんなめいつた思ひはなし物に感るも根か己か心の欲か所にしたかはす志を得ぬゆへの述懐そかし此隠者も銭かあらは生者必滅の場所へ気もつくまし陸から舟を評するも岡焼餅の謂なるべしむかしは日もくれぬはや舟にのれといひしが此舟は日もくれぬ早く舟からあがつて呑なをさんと神頭の何某が水室に下知して隅田堤の下にこぎよせ中田屋かむさしやかたゞしは舟をもつとのぼせて真崎の崎玉屋といふはらか涼といつぱこれも酒色の二ツに而已とゞまるなり文月は廓の灯籠五町を照しもし総角に棒があたるともなかなか闇夜とならん景色なし軒毎にともしつらぬるてうちんは客人の身よりあくがれ出し金玉かとうたがひ唯人の気をつりあぐるせんまいしかけには万客の目をおどろかせさらに内しやうのからくりと思はれず絹張の灯籠はすいて見ゆれど女郎の薄情なる胸のうちはすこしも見へず二のかはりの硝子細工は名君をさかさにつるしたるかと思はるこれもそのをこりは正徳の昔中万字屋の玉菊が追善のためにとぼしはじめしなれど今はそれにひきかえて衆人を迷はす煩悩のなかだちとはなれり近来附合の句に其意をいへるあり去るものはうとく灯籠のさいく過とまことにむべなり十五夜の月見には高も賤も今宵の月をめでて詩を作歌を詠し発句を按ず又此夜色里のにぎはひはことにさらなり此日深川八幡の祭礼にて土橋仲町三櫓新古の石場にいたるまで一年の大紋日月見と祭礼とを兼備したる游び千日にかつた茅も一夜にほろぼしてつけのぼせとなりもとの百姓となる店者あれば百日の説法も屁一ツに放て院をひらくお寺様ありこれぞ真如の月にあらでついには隠居の月見としられたり旅行の月も一風流と南駅の傀儡にうちこみ両松坂村田新叶己がさまざま介六の気位になり髪のはけの間から安房上総の月見て興し田毎より手事を考へて異見する伯母捨山あすが日業をさらしなまでも須磨ぬ顔してくらすは損と気はむしやうに高輪のまはりかぬる銭金散して遊ぶもあり其外端々のいさゝかなる色里まで月の光りのわかなくて夫相応の月は見る事ぞかし青楼の月は今さらいふも愚なり亦海安寺正灯寺の紅葉見にはふしきや今までありつる息子とりどり化粧の見えぼうしてはては鬼住里にこけてしまひ丹楓の錦より正真の紅閨の錦にくるまるゝ楽み又わすられず冬は雪見とて家根舟に居火燵うはきにあらぬしんの事晋の謝安にまけぬ気で馴染の妓を携雪見にころぶ所までといふ句によくかなひこじまが崎よりむかふ島のことゝ浮舟の心意気も見ゆるなり春秋の角力三ツの戯場杉田の梅見江の島の月見玉川の鮎狩真間の紅葉見金沢の雪見四季折々の楽はかぞえ尽し難し是天地と云細工人の大からくりにしてたのしみつくることなししかれども楽は月雪花の三ツにとゞむといひながらつまる所は女色ほどの楽みはなし月の清きとて女郎の胸の鏡にしかす雪の色白なりとて抱て寝たためしもなく花ものいはねはむなづくしとつて口舌もならずそれよりも眉は月をまかし肌は雪をあざむき姿は花をはぢさせ雨にいたまず嵐にちらぬ美人を見てたのしむほと如何外に楽のあらんや花より団子色気より喰気とは飢饉年に生れた人の言なるべしこれ無量の味ひある女色の極意しらぬ故ぞかしと衆人皆是に同心にて今時の楽を見るにつまる所みな女色へこけるなり昔も人情にかはる事なく夫子衛の君が女にのろきをみてわれいまだ徳をこのむもの色をこのむが如くするものをみずと曰しなり兎角捨がたきは此道の迷ひとしられたり然れども富乏のわかちありて艶なるたのしみしたくても難し花がうつくしいとて飛鳥山に居続もならず月の明なりとて引窓から見ては興もなし裸で雪も面白からずさればたのしみは女色にとゞむるとはいひながらつまる処金なり金さへ沢山なれば愚なるも奇才と思はれいやしきも貴見へ鶴にのり鯉に乗じ瓢から駒を出し石をうつて羊となす仙術よりもはるかをきをこぐ猪牙は天へのぼり四ツ手駕は中をとばすこれ金術の勢ひとしられたりしからば金なくては楽はならぬかと思へどけつして左にあらず顔淵は臂をまけて枕とし楽み其うちにありと大平楽をのへしがこゝを思へば楽みは又金にもあらす唯心なるべしその心の楽みといふは世の常の俗物には得事難しされば楽みは其身に応ずる処あり骨牌にくらす日もあれば酒にあかさぬ夜半とてもなしこれも己が好ゆへのたのしみなり又女と心中してあたらいのちすつるも楽みのこうじたるものなり又酒半買て鉢植の蕃椒見ながら女房とゝもに一盃のんで嗚呼てんとたまらぬ天徳寺ひきかぶりて寝てのくるもたのしみと思へば楽みぞかし金持とても楽みの極意をしらねば気鬱を散ずるために楽みをもとめて多くくるしみに至るなりしかれば大楽の楽の字にをゐて得事あらばあやまちあるべからず昔世の諺に親苦労する其子楽をする孫乞食すると一人の楽より孝と慈との二ツをうしなふいましめの言なりこれむべならずや昨日まで日本一の涼の場処ともてはやされ貴賤群集したる地も今日は忽一河の流れと変ずこれ清水ならぬ盛衰の世の中を天の然しむる処なりほんにそふじやナアと歎息するもをのれがをひこみのしるしか
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp