解題・カ行
《貝おほひ》かいおおい

 俳諧発句合。宗房(芭蕉)編・判。寛文12年(1672)序跋。宗房自身と伊賀上野の諸俳家による四季の発句60を左右30番に組んで判をしたもの。 全編にいわゆる奴言葉をも駆使しており、判詞も滑稽味に富んでいる。芭蕉の最初の著作でもある。引用元は「校本芭蕉全集」(藤女子大学図書館蔵)。
貝おほひ

《開巻驚奇侠客伝》かいかんきょうききょうかくでん

 読本。 5集25巻。 4集まで曲亭馬琴作。潤筆料や校合の問題で馬琴と書肆が衝突し中絶。 5集は蒜亭主人萩原広道の作。 ここで完全に中絶。天保 3年(1832)〜嘉永 2年(1849)刊。南朝の遺臣の子孫、館小六と姑摩姫とを中心とし、 この両者が各々話を進める。 7集で両者が邂逅するはずだった。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
開巻驚奇侠客伝

《開巻百笑》かいかんひゃくしょう

  2巻の噺本。天保10年(1839)刊。「無事志有意」を上下に分けた改題本。これに伴って 2話省略されている。→無事志有意

《槐記》かいき

→台記

《懐橘談》かいきつだん

 黒沢石斎著の地誌。 2巻。承応 2年(1653)成。同年出雲藩主松平直政について出雲に下った際、「出雲国風土記」に記された土地を訪れてそこで聞いた伝説や古書から引用をまとめたもの。 出雲の様子を記して土産とせよと母に命ぜられてものしたものという。引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
年表一野見宿禰

《晦朔画賦》かいさくがふ

 岡本蘭古編の俳諧撰集。 1巻。宝暦年中(1751〜64)の刊か。歳旦絵俳書で、ほぼ全てに絵が入る。 引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
晦朔画賦

《怪談御伽童》かいだんおとぎわらわ

 静観房好阿作の談義本。 5巻。安永元年(1772)刊。談義本の開祖とされる作者得意の怪談もので、 10篇を収める。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
怪談御伽童

《怪談春雨夜話》かいだんはるさめやわ

 竹葉屋金瓶作の読本怪談集。初篇 3巻。安政 3年(1856)序。「国書総目録」に合巻として出るが、そうではない。 引用元は「古典文庫」怪談百物語所収「怪談百物語」(藤女子大学図書館蔵)。
怪談春雨夜話

《怪談百物語》かいだんひゃくものがたり

→伽婢子

《街談文々集要》がいだんぶんぶんしゅうよう

 石塚豊芥子編の街談巷説集。「文々」は文化・文政を略したものであるが、残るのは稿本18冊で、文化元年(1804)〜13年の分である。 奇事のみを俗文にて綴ること382条に及び、「一話一言」などからの引用を交えながら記す。引用元は「近世庶民生活史料」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二街談文々集要

《街談録》がいだんろく

 大田南畝の随筆。もともとは明和 5年(1768)から文政 5年(1822)までに亙って書き継がれ、22巻あったというが、 原本は散逸し、全体を通して写したものもない。現在のところ伝わる自筆本は巻之五〜七のみ、内容としては寛政 5〜10年(1793〜98)の分だけである。 また東京大学史料編纂所蔵「半日閑話次」の巻五〜七は街談録の文政 2〜 3年の部分を写したと推定され、 「北叟遺言」第二十四冊に街談録の文政 4年の部分がある。逆に「半日閑話」には街談録を写した部分が存在する。 引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《海道狂歌合》かいどうきょうかあわせ

  2巻の狂歌集。上田秋成作、渡辺南岳(左)・河村文鳳(右)画。文化 2年(1805)成立、 8または 9年刊。東海道を行き来する人物を題として詠んだ狂歌を左右に配したものであるが、 18番左がないので35首。上巻が狂歌で、下巻はそれに対応する画となっている。作者名は左が楮道心、右は篁処士としてあるが、総て秋成の狂歌。 引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
海道狂歌合

《懐宝日札》かいほうにっさつ

 小宮山楓軒著の書留。文化 8年(1811)起筆、文政 4年(1821)まで全15冊。 書物から得た知識や友人との談話・文通によって得た知識を書き綴ったもので、大読書家たるところと筆まめさをよく示している。 引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
懐宝日札

《海録》かいろく

 20巻の随筆。山崎美成著。文政 3年(1820)から天保 8年(1837)までの間に読んだ書物から抜き出したものをもとに、 さらに選り抜いて編んだもの。故事から珍談まで幅広い話題を収め、約1,700項目に及ぶ。題名は「鶏肋」のもじりという。 引用元は国書刊行会叢書所収本(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《霞関掌録》かかんしょうろく

 頼春水の享和 2年(1802)から 3年の掌録。 4冊。京都・江戸に在った時の見聞を主とし、 柴野栗山を始めとする儒者との交流や奇人の逸事などに及ぶ。→春水掌録

《佳妓窺》かきのぞき

  1冊の洒落本。享和年中刊か。小金あつ丸作。客に金を工面するために遊女が他の客から金を騙し取ろうという筋。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
佳妓窺

《楽書補任》がくしょぶにん

 楽書の楽人の補任。 2巻。上巻は天永元年(1110)から保元 3年(1158)まで、下巻は平治元年(1159)から弘長 2年(1262)まで。 官職別に並べ、任ぜられた日や年齢、楽器名を簡単に記すのを基本とする。他に類書がない点で貴重である。 引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一

《廓中閨語》かくちゅうけいご

 「弁蒙通人講釈」の改題本。→弁蒙通人講釈

《隔記》かくめいき

 鳳林承章の日記。寛永12年(1635)から寛文 8年(1668)までの記録がある。記主は鹿苑寺住持で、鹿苑寺・相国寺・大徳寺関係の記録が多い。 また当時の芸術家との交友も幅広くあり、それに関する貴重な記録も数多い。引用元は鹿苑寺刊本(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《かくれさと》かくれざと

 作者未詳の異類合戦物。大黒と恵比須の合戦を唐からきていた布袋が仲裁し、祝宴で大黒と布袋が相撲を取る。 両者の相撲は「梅津長者物語」にも見られる。引用元は「室町時代物語集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
かくれさと

《華月一夜論》かげついちやろん

  1冊の俳論書。鏡花坊如達述。無住坊編。明和 2年(1765)刊。建部綾足の「片歌二夜問答」について池月坊が問い、 鏡花坊が答えたという体裁の駁論の書。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
華月一夜論

《佳気悲南多》かげひなた

 春朝・宜大編の俳諧撰集。文化元年(1804)刊か。春朝は五明の息子で、宜大は五明の孫。五明三回忌に際し、 五明の発句から春夏秋冬それぞれ50句ずつを選んだもの。門人による追悼歌仙 1巻を添える。 引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
佳気悲南多

《影法師》かげほうし

 晩鈴編の絵俳書。宝暦 4年(1754)刊。 3巻。発句に挿絵を配した上方の絵俳書で、出てくる俳人は216名、俳文 6篇、句数は345句を数える。 後に増補本や増補改刻本が出た。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
影法師

《蜻蛉日記》かげろうにっき

 藤原道綱母の手になる日記風回想録。上巻末に「あるかなきかの心ちするかげろふのにきといふべし」とあるところから名づけられ、 恐らく後人が名づけたものとみられる。天暦 8年(954)に求婚されたところに始まり、天延 2年(974)に終わる。 古写本がなく、新写本は誤脱が多く、元禄10年(1697)以来出た版本はますます錯乱甚だしく、従って本文を整定しないことには全く読めないが、 その整え方にも解釈者の立場が反映され、一字一句の解釈を繞る問題は尽きないという。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)としたが、 本文には適宜漢字が宛てられている。引用に際し、宛てられた漢字は仮名に戻した。
年表一

《嘉元記》かげんき

 法隆寺における行事・経営・周辺状況などを寺僧らが書き継いだ記録。嘉元 3年(1305)から貞治 3年(1364)に及ぶ。 鎌倉から南北朝の動乱期に至る重要な記録である。引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《風見草婦女節用》かざみぐさおんなせつよう

 曲亭馬琴作の黄表紙。 3冊。寛政11年(1799)刊。挿画は北尾重政。90篇ある馬琴の黄表紙の中でも好色物に属する。 引用元は「未刊江戸文学」(藤女子大学図書館蔵)。
風見草婦女節用

《飾抄》かざりしょう

  3巻 1冊の故実書。中院通方著。平安後期から鎌倉初期における行事の装束について、用例の典拠を列挙したもの。 疑問点には「通方案」として意見を載せる。引用された典拠は永承元年(1046)から嘉禎元年(1235)までに及ぶ。 引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一

《加佐里那止》かざりなし

 白雄編著の俳論・俳諧撰集。 1冊。明和 8年(1771)序。麦水・闌更・樗良らに強く批判を加えたものであるが、 その主張は、私を挟まず自然に句をつくることであるから、闌更のそれと似通う。白雄の野心が色濃く表れた書。 引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
加佐里那止

《鹿島宮年中行事》かしまぐうねんちゅうぎょうじ

 正月一日の大宮祭から十二月晦日に翌年元旦の準備をするところまで、鹿島神宮の恒例の神事を順に記したもの。 1巻。著者未詳。室町時代の成立か。祭によっては由来や式次第なども記してある。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一鹿島宮年中行事

《画証録》がしょうろく

 天保10年(1839)序。古いことを理解するために絵画史料を用いると一目瞭然であるという趣旨のもとに、 古い絵に見られる風俗を考証したもの。喜多村信節著。引用元は「続燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二画証録野見宿禰

《春日社家日記》かすがしゃけにっき

 春日社若宮神主家の日記で、初代の中臣祐房に始まり、祐重、祐明、祐定、祐賢、祐春に至る。 初代のは抄写本が残り、 2代以降の散逸部分が多いが分は寿永元年(1182)から正和 2年(1313)に亙る。 社頭行事や社務を中心とする記録で、先例集・文書纂として重んじられた。引用元は「増補続史料大成」所収「春日社記録」(藤女子大学図書館蔵)。 →中臣祐明記・中臣祐賢記・中臣祐定記・中臣祐春記
年表一年表二

《春日正預祐範記》かすがしょうのあずかりすけのりき

 中臣祐範の日記。 1巻。慶長 3年(1598)から元和 8年(1622)までの分が断続的に残る。著者は春日大社の正預であり、 能書家として名が通った。引用元は「続群書類従(慶長10年記のみ)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《可成記》かせいき

→南留別志

《可成三註》かせいさんちゅう

 「可成記」の注釈書。 3巻。篠崎維章・小林有之・岩井清則註。可成談に註をなしたるもの 8巻、頭書あるもの 3巻を合わせ写したもので、 朱の圏点をつけてあるものが頭書、黒の圏点が 3人の註を示している。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
可成三註

《雅俗随筆》がぞくずいひつ

 安政 6年(1859)の成立。柳亭仙果の作。古今の奇談を記して考証を加えたもので、計20条。 3巻。 引用元は「新燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
雅俗随筆

《かたこと》かたこと

  5巻の語学書。安原貞室著。慶安 3年(1650)刊。世に溢れる「かたこと」を是正し、もって純なる京言葉を守ることを意図したもので、 800条に達する。かたことの良し悪しを判定するにあたり、「よし」については 9種、「わろし」については44種もの評定を下す。 引用元は「日本古典全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
かたこと

《傍廂》かたびさし

 斎藤彦麻呂著。嘉永 6年(1853)序。 2編 6巻。制度・風俗・古歌などについて考証したもの。 江戸浜町の住居脇の小屋で閑をみて書き綴ったものという。但し、説が杜撰との評があり、岡本保孝著「傍廂糾繆」がつくられた。 引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二傍廂

《花鳥百談》かちょうひゃくだん

  5巻 5冊の浮世草子。静観堂好話(静観房好阿)作。延享 5年(1748)刊。怪談本とも談義本とも取れる不思議な作品で、 ここで引用したもののように「義残後覚」に材を得た話もあれば、現代ものの話もあるという、どっちつかずの書。 引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
年表一花鳥百談野見宿禰

《華頂要略》かちょうようりゃく

 青蓮院の寺誌。150巻、附録36巻、首巻 1巻。進藤為善編。享和 3年(1803)自序、その後弘化 3年(1846)頃まで追補。 京都粟田口青蓮院門跡の事跡を編纂し、庶務を処理する上での指針となし、もって門跡の発展を期するを目的とした書で、 「門葉記」と並ぶ青蓮院の一大史料集である。引用元は「大日本史料」(札幌大学図書館蔵・未完)。
年表二

《学海日録》がっかいにちろく

 依田学海の日記。安政 3年(1856)から明治34年に及ぶ。44冊と称するが、第 7冊が残っておらず、その代わりに第32冊は 2つに分かれ、 第15冊には「十五ノ二」と附番された詠詩集があるので、多く数えれば45冊となる。記主は漢学者であるが、 明治になって演劇改良を主唱してもおり、それゆえ文芸史料としても演劇史料としても豊富な内容を有する。 引用元は、岩波書店刊本(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二学海日録

《楽家録》がっかろく

 安倍季尚撰の楽書。元禄 3年(1690)成立。雅楽全般についてまとめられた解説書であり、現在にあっても典拠として用いられるという点で王座を占める楽書の中の楽書。 全50巻、及び目録 1巻。諸説を広く集成し体系づけてある楽書の基本資料であり、百科全書的大著である。 引用元は「日本古典全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一楽家録

《葛三句集》かつさんくしゅう

  2巻の俳諧句集。雉啄編。文政 2年(1819)刊。葛三の一周忌を記念した集で、葛三から鴫立庵主を継いだ雉啄が編集したもの。 四季類題別に1,000句余を配列し収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
葛三句集

《葛飾記》かつしかき

  2巻の地誌。青山某著。寛延 2年(1625)成。下総国葛飾郡の名所旧跡を録したもので、上巻に13項、下巻には33項を収める。 引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
葛飾記

《甲子夜話》かっしやわ

 松浦静山著の随筆。目録 3巻・正編100巻・続編100巻・三編78巻。文政 4年(1821)11月17日甲子に書き始められ、 天保12年(1841) 6月の著者歿まで続けられた。著者は平戸の大名で、九州から瀬戸内にかけての伝聞が多く記され、 また著者自身の見聞や側近からの聞書、奇事、故実などなど多種多様な話題で埋め尽くされている。 引用元は「平凡社東洋文庫」(石狩市民図書館蔵)。
年表一年表二甲子夜話野見宿禰

《桂川地蔵記》かつらがわじぞうき

 応永24年(1417)以降の成立。 2巻。桂川地蔵の縁起の形をとりながら語彙名目を列挙した節用集的・往来物的教訓書。 伊勢・源氏から遊仙窟まで幅広い和漢の諸書から引用している。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
桂川地蔵記

《門屋養安日記》かどやようあんにっき

 門屋養安の日記。天保 6年(1835)から明治 2年に至る(但し 3年分欠失)ほぼ毎日の日記が残る。記主は院内銀山のお抱え医師。 診療の件は勿論、銀山の経営、祭礼や芸能、広い交友まで、詳細に書き記したもの。梅津政景日記に並ぶ江戸時代秋田史の重要史料。 引用元は「近世庶民生活史料未刊日記集成」(札幌大学図書館蔵)。
年表二門屋養安日記

《香取社年中神事目録》かとりしゃねんちゅうしんじもくろく

 香取神宮の神事の所役に関する文書を 6通集めたものであるが、編集されたものであるかすら判然としない。 収載順に至徳 3年(1386)書写・嘉暦 3年(1328)注文至徳 3年書写・至徳元年注文・徳治 2年(1307)注文応永 4年(1397)書写。元徳 3年(1329)注文康暦元年書写・年次不詳となっている。 引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
香取社年中神事目録

《仮名写安土問答》かなうつしあづちもんどう

  5段の浄瑠璃。安永 9年(1780)正月 4日初演。近松半二・近松東南・近松能輔・若竹笛躬の合作。 足利将軍家を滅ぼさんとする主君春長(つまり織田信長)を諫められない明智光秀が主君を討ち、 また自らも破滅の道をゆく物語。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
仮名写安土問答

《仮名世説》かなせせつ

  2冊の随筆。大田南畝著。文政 7年(1824)序。南畝の随筆の中では最も著名なものであり、名高い文人の逸話を集め、27に分類しようとしたもの。 南畝自身が歿して未完に終わったため、文宝亭文宝と山崎美成が補足して出版したもの。補足の分には「補」と明記されており、 あわせて149条に達する。引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
仮名世説

《仮名手本忠臣蔵》かなでほんちゅうしんぐら

 時代物の浄瑠璃。11段。二世竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作。寛延元年(1748)初演。 赤穂浪士の討ち入りを元とし、時代を太平記の頃に変えて高師直が塩冶判官を死なしめた物語を縫い込んだもの。 「忠臣蔵」といえば通常本作をいう。引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
仮名手本忠臣蔵

《鐘筑波》かねつくば

  2巻の俳諧追善集。紫暁編。寛政元年(1789)成立。同年急逝した几董を追悼する俳諧・文章を編集したものである。 編者はのちに夜半亭四世となったという。引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
鐘筑波

《兼仲卿記》かねなかきょうき

→勘仲記

《金財布》かねのさいふ

  1冊の噺本。作者未詳。安永 8年(1779)刊か(寛政 3年(1791)とも取れる)。45話を収める。安永初年頃の小咄の再出が多い。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
金財布

《兼見卿記》かねみきょうき

 吉田兼見の日記。元亀元年(1570)から文禄元年(1592)まで(但し合わせて 3年分飛んでいる)と慶長15年(1610)の日次記、 及び 3つの別記から成る。記主は吉田神道の宗家で、神祇大副・従二位にまでなった人。神職に対する補任や、 神道の伝授に関して権勢を振るった。従って神事関係の記事は当然であり、また信長・秀吉らの動静、学芸関係の記録もあり、 安土桃山時代の重要な史料である。引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵・未完)。
年表二

《兼盛集》かねもりしゅう

 三十六歌仙の一人である平兼盛の私家集。 2系統あるが元来は祖を同じうする。だいたい200首を収録する。 引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
兼盛集

《叶福助略縁起》かのうふくすけりゃくえんぎ

 振鷺亭作の洒落本。文化 2年(1805)刊。画も作者のものか。前年より流行しだした福助人形の人気に便乗した作品で、 両国近辺の風俗をおもしろおかしく描く。引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
叶福助略縁起

《鹿の子餅》かのこもち

  1巻の噺本。木室卯雲作、勝川春章画。明和 9年(1772)刊。63話を収める。江戸言葉を駆使した簡潔な行文と、 小本 1冊という書型は新鮮なもので、江戸小咄の祖といわれる。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
鹿の子餅

《株番》かぶばん

 一茶の句文集。 3冊。文化 9年(1812)の発句・連句・随筆文を書き記したものであるが、 3冊目には文化11年の記録が載る。 題は自序末尾「よしよし汝はなんぢをせよ。我はもとの株番」による。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
株番

《歌品目》かぶひんもく

 小川守中撰の楽書。文政 5年(1822)までに成立。雅楽に関する用語を辞書的に配列して解説した書であり、 典拠や異説をも集めて注を記したものであるが、引用文の誤謬が間々見られる。引用元は「日本古典全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一品目

《果報冠者》かほうかじゃ

  1冊。閑鵞編。安永 4年(1775)成立。当年の初夢に白鵞の遊ぶを見た浙江が閑鵞と改名したのを記念した撰集。 存義一門の江戸座俳人をはじめとして蕪村や也有といった名家も顔を出す。 引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
果報冠者

《鎌倉三代記》かまくらさんだいき

 10段の浄瑠璃。天明元年(1781)初演。明和 7年(1770)初演の「太平頭飾」が大坂落城を内容に含んだために上演禁止となり、 それを改作したものがいくつか現れた。本作はその一つであり、代表作でもある。京方の源頼家(つまり豊臣秀頼)と鎌倉方の北条時政(つまり徳川家康)の対立抗争に、 三浦之助(木村長門守)と時姫(千姫)との悲恋をからめたもの。引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
鎌倉三代記

《紙蚕》かみかいこ

  3冊の俳諧句集。超波編。享保18年(1733)刊。貞佐の門人が自分の句を発句とした三五歌仙を収めたもので、連衆は59人に達する。 引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
紙蚕

《紙屑籠》かみくずかご

 天保15年(1844)刊。三升屋二三治著。歌舞伎芝居の故実や、俳優の逸事を記した書で、 思いつくままに書かれた様子が後序から窺われるように、雑纂の形態を取っている。 引用元は「続燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
紙屑籠

《神代余波》かみよのなごり

  3巻の随筆。斎藤彦麻呂著。弘化 4年(1847)自序。神代とは何も関係なく、当時の風俗の移ろいをまとめた作。 著者は国学者で考証随筆もあるが、本書は考証というよりは時代の観測者としての著述といえる。引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
神代余波

《亀山殿歌合》かめやまどのうたあわせ

→亀山殿五首歌合

《亀山殿五首(御)歌合》かめやまどののごしゅ(のおおん)うたあわせ

 文永 2年(1265) 9月13日に後嵯峨院が亀山殿桟敷殿にて催行した歌合で、50番。判は衆議判によってなされたが、 判詞の詳細さは他の歌合をはるかに凌ぐ。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
亀山殿五首歌合

《賀茂注進雑記》かもちゅうしんざっき

  1巻。天和元年(1681)成。寺社奉行の需に応じて神主維久季通らが撰したもので、 上賀茂神社の由緒を述べ、制札を集めたもの。引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
賀茂注進雑記

《鴨の騒立》かものさわぎたち(かものさわだち)

 天保 7年(1836)に三河国加茂郡で起こった百姓一揆の記録。 1冊。渡辺政香著。著者は寺津八幡宮の神官であり、 領主と村民との間に立ち、とかく軋轢を生ずる両者を取り持つ立場にあった。その立場の上で一揆の首謀者松平辰蔵を非難しているが、 その辰蔵の堂々たる答弁ぶりをもよく記している。「上がゆがむと下は猶ゆがみます」という弁はまさに象徴的である。 引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
鴨の騒立

《賀茂保憲女集》かものやすのりのむすめしゅう

 賀茂保憲女の私家集。伝本は 3系統に分かれるが、いずれも意味の通り難い部分がかなりあるという。 正暦 4年(993)の成立か。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
賀茂保憲女集

《賀茂本年中行事》かもぼんねんちゅうぎょうじ

 年中行事書。 1巻。年中行事のうち恒例のものについて、詳細な解説を附したもの。「賀茂本」とは、賀茂社氏人蔵本からの書写にかかるためであり、賀茂の年中行事を指すものではない。 臨時についての記述がないのが特徴である。引用元は「続群書類従」所収「年中行事」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
賀茂本年中行事

《かよふ神の講釈》かようかみのこうしゃく

  1冊の洒落本。通野意気作。天明元年(1781)刊。神道書のふりをしながら色道を論ったもの。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
かよふ神の講釈

《嘉良喜随筆》からきずいひつ

 山口幸充著。 5巻。遠碧軒随筆などから引いた雑録集であるが、断片的な上にあまりにも雑多なものである。 著者は垂加流の神道家であり、国学者でもある。成立ははっきりしないが、寛延頃か。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
嘉良喜随筆

《可楽はなし》からくばなし

  1冊の噺本。文化 8年(1811)刊。「噺の百千鳥」の本文を利用し、その前に 5話を足したもの。→噺の百千鳥

《花洛名勝図会》からくめいしょうずえ

 木村名啓・川喜多真彦著の名所図会。 8冊。文久 2年(1862)東山之部のみ成立。もともとは洛陽・東山・北山・西山・八幡宇治・拾遺の 6部構成を考えていたが、 東山の部しか出なかった。名所図会ならではの精細な風俗図を収めており、完結をみなかったのが惜しまれる。 引用元は「立命館大学図書館所蔵善本復刻叢書」(札幌大学図書館蔵)。
花洛名勝図会

《棠大門屋敷》からなしだいもんやしき

 錦文流作の浮世草子。 5巻 5冊。宝永 2年(1705)刊。宝の精たちは江戸屋の蔵に押し込められており、 その扱いに不満を持った彼らが主人与茂九郎に廓遊びを勧めるというもの。のちのち主人の息子初五郎が追放処分となり、 精たちの目的は達せられる。大坂の富豪淀屋の追放事件に材を取る。引用元は「近世文芸資料」(札幌大学図書館蔵)。
棠大門屋敷

《歌林四季物語》かりんしきものがたり

 12巻。桑門蓮胤つまり鴨長明の署名があるが、偽書とされる。成立未詳、貞享 3年(1686)刊。 年間の公事を随筆風に録したもので、雅語によって書き連ねてある。「四季物語」の一系統であるが、 別系統(為定本)とは内容がかなり異なる。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
歌林四季物語

《軽口あられ酒》かるくちあられざけ

  5巻 5冊の噺本。露の五郎兵衛作。宝永 2年(1705)刊。通称「露休はなし」の改題本とされるが、初版は現存しない。 82話を収める。元禄12〜13年(1699〜1700)の話が数話あることから、初版はその直後の刊か。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口あられ酒

《軽口機嫌嚢》かるくちきげんぶくろ

  5巻 5冊の噺本。松泉編。享保13年(1728)刊。巻一〜四に笑話を60話収める。 巻五は「判じ物」で、この部分については続篇の予告もある。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口機嫌嚢

《軽口五色帋》かるくちごしきがみ

  3巻 3冊の噺本。百尺亭竿頭序。安永 3年(1774)刊。41話を収める。笑話の変遷や分類を説き、その分類に従って笑話を配列する独特な噺本で、 この頃の上方笑話の様相を見ることができる。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口五色帋

《軽口御前男》かるくちごぜんおとこ

  5巻 5冊の噺本。米沢彦八作。元禄16年(1703)刊。全90話を収める初代米沢彦八の創作集。 作者は大坂生玉神社を中心に活躍した辻咄の名人で、歌舞伎役者の物真似芸もあったという。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口御前男

《軽口野鉄砲》かるくちのてっぽう

 「軽口福徳利」の元版。宝永 6年(1709)刊。→軽口福徳利

《軽口初売買》かるくちはつあきない

  5巻 5冊の噺本。其摘作。元文 4年(1739)刊。48話を収める笑話集。作者は或は江島其磧か。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口初売買

《軽口噺物種》かるくちはなしのものだね

 「軽口若夷」の改題本。寛政 5年(1793)刊。→軽口若夷

《軽口腹太鼓》かるくちはらだいこ

  5巻の噺本。矢木鰭輔作。宝暦 2年(1752)刊。各巻12話、計60話を収める。題は「腹の皮のよれによれてひつぱるほど」可笑しい話という意。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口腹太鼓

《軽口はるの山》かるくちはるのやま

  5巻 5冊の噺本。小幡宗左衛門作。明和 5年(1768)刊。46話を収める。大半が新作で傑作が多く、後の江戸小咄にも影響を与えた。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口はるの山

《軽口新歳袋》かるくちはるふくろ

  5巻 5冊の噺本。風之作。元文 6年(1741)刊。63話を収める。 2代目米沢彦八の噺本シリーズの 2作目。 2代彦八も辻噺を得意とし、祇園や北野で活躍したという。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口新歳袋

《軽口瓢金苗》かるくちひょうきんなえ

  3巻 3冊の噺本。如毫作。延享 4年(1748)刊。33話を収めるが、下巻にある「軽口勝相撲」は、目録にも題が掲げられているものの尻切れになっている。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口瓢金苗

《軽口俵金袋》かるくちひょうきんぶくろ

 「口合恵宝袋」の改題本。明和 8年(1771)刊。→口合恵宝袋

《軽口ひやう金房》かるくちひょうきんぼう

  5巻 5冊の噺本。作者不詳。元禄末年の刊か。但し元禄13〜14年(1700〜01)の話が多い。 収めるところ79話。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口ひやう金房

《軽口福おかし》かるくちふくおかし

  5巻 5冊の噺本。風之作。元文 5年(1740)刊。63話を収める。風之は 2代目米沢彦八で、彼の噺本シリーズの最初となった作品。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口福おかし

《軽口福徳利》かるくちふくとっくり

  5巻 5冊の噺本。故応斎玉花作。宝暦 3年(1753)刊。35話と話数は少なめ。「軽口野鉄砲」の改題本で、柱に「のてつほう」とあり、 各巻から数話を減らして改題再版したものらしい。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口福徳利

《軽口福蔵主》かるくちふくぞうす

 「百登瓢箪」の改題本。正徳 3年(1713)及び 6年刊。→百登瓢箪

《軽口星鉄炮》かるくちほしでっぽう

  5巻 5冊の噺本。作者不詳。正徳 4年(1714)刊。75話を収める笑話集。序跋はない。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口星鉄炮

《軽口桃の流》かるくちもものながれ

 「軽口初売買」の改題本。宝暦12年(1762)刊。→軽口初売買

《軽口もらいゑくぼ》かるくちもらいえくぼ

  5巻 5冊の噺本。作者不詳。享保頃の刊。話数は45と少なめ。元禄年間の「軽口へそおどり」及び「当世かる口男」などを取り集めて成ったものらしい。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口もらいゑくぼ

《軽口夢鉄砲》かるくちゆめでっぽう

 「軽口福徳利」の増補改題本。宝暦11年(1761)及び14年刊。→軽口福徳利

《軽口四方の春》かるくちよものはる

  5巻 5冊の噺本。作者不詳。寛政 6年(1794)刊。68話を収める。安永期の小咄の焼き直しが多く、 古い軽口本を改題の上再刊したものである可能性もある。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口四方の春

《軽口若夷》かるくちわかえびす

  5巻の噺本。作者不詳、梅岸序。寛保 2年(1742)刊。全45話を収める。寛保当時の役者の名が見られる。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口若夷

《軽口笑布袋》かるくちわらいほてい

  5巻 5冊の噺本。似嘯作。延享 4年(1748)刊。全44話を収める。「笑布袋」は腹を抱えて笑うところからきている。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽口笑布袋

《かれぎく集》かれぎくしゅう

 俳諧追善集。 1巻。嘉永 6年(1853)序。前年10月に歿した梅室の追善集で、息子の辰丸が編者となっているが、 当時まだ10歳であることから、実際の編者は淡節であると考えられる。為山が編集した年譜や嘉永 5年12月の追善百韻、諸家の追善発句を収めてある。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
かれぎく集

《川傍柳》かわぞいやなぎ

 牛込御納戸町蓬莱連の川柳撰集。安永 9年(1780)の初篇から天明 3年(1783)の五篇まで刊行。初代川柳評。 牛込蓬莱連は朱楽菅江を中心とした有力な団体だった。引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
川傍柳

《河内羽二重》かわちはぶたえ

 麻野幸賢編の俳諧撰集。 1冊。元禄 4年(1691)自序、翌年刊。編者自身の独吟歌仙や、編者が参加した三吟などのほか、地域別に発句を収める。 芭蕉や其角らの句も見られる。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
河内羽二重

《河社》かわやしろ

 契沖著。元禄 8年(1695)頃成立か。寛政 9年(1797)刊。自筆本は 2巻、刊本は 5巻。題名は冒頭の河社の考証による。 六国史などの古典籍に見られる古語の訓読や解釈、そして本文解釈や批判などの考証を行う。引用を主にして古典を明らかにする「文証」の手法が明確に示された著作である。 引用元は刊本が「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)、自筆本が「契沖全集(岩波書店版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
河社

《菅家御伝記》かんけごでんき

 菅家伝に次いで古い菅原道真伝。 1巻。菅原陳経著。嘉承元年(1106)12月18日成立と自記がある。 内容は道真以前の家系・道真自身の年譜・安楽寺及び北野社の由来・文書集に大別できる。 引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一野見宿禰

《間思随筆》かんしずいひつ

 加藤景範著の随筆。 1巻。成立年未詳。和歌や古人の逸事を載せる120余条の随筆であるが、考証というほどのことをしていない。 引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表一閑田耕筆

《寛政紀行》かんせいきこう

→西国紀行

《寛政己酉句録》かんせいきゆうくろく

 几董の句日記のうち最後のもの。寛政元年(1789)正月から 8月までを収める。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
年表二寛政己酉句録

《寛政句帖》かんせいくちょう

 一茶句日記のうち、寛政 4年(1792)〜 6年までのもの。現存する最も古い一茶の句帖で、西国行脚期の作品を収める。 折々のメモではなく整理の上浄書を経たものであり、発句だけが収まる。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。→一茶句日記
一茶句日記

《寛政七年紀行》かんせいしちねんきこう

→西国紀行

《勧善桜姫伝》かんぜんさくらひめでん

  5巻 5冊の長編仏教説話。大江文坡著。明和 2年(1765)刊。桜姫は三木之助伴善長を恋い慕っていたが、 そののち清水詣に赴いたところ、僧清源に見初められる。僧清源には、嘗て桜姫を掠奪せんとして殺された信太時元の霊が乗り移っており、 この妖怪清源から桜姫を救うことになるのが善長である。本書は古くから歌舞伎として行われた桜姫清玄伝説を取り入れた勧化本であるが、 山東京伝が読本「桜姫全伝曙草紙」に趣向から文章までを借りたことで、読本発展に大きな寄与をなした。引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
勧善桜姫伝

《閑談数刻》かんだんすうこく

  3巻 4冊。著者不詳。序には明治27年とあり、丙巻末には明治 9年の年号がある。文化〜天保年間の、吉原周辺における文人の逸話を集めたもの。 吉原全盛時代の文化のありようを窺える好史料。引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
閑談数刻

《寒暖寐言》かんだんびげん

  1冊の洒落本。盧橘庵素秀(田宮仲宣)作。天明 6年(1786)刊。前作「粋宇瑠璃」の大当たりに引き続き、 大坂の花街を主に世相を観察したもの。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
寒暖寐言

《勘仲記》かんちゅうき

 勘解由小路兼仲の日記。文永11年(1274)から正安 3年(1301)までの記録があるが、かなり散逸している。 記名は家名と名前から一字を取ったもので、後人が名づけた。蒙古襲来関係の記事、皇族将軍関係の記事、両統迭立関係の記事と、 鎌倉時代後期の注目すべき史料を多く含む。引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)が主であるが、 原本と比較してかなりの部分が脱落しており、相撲記事もそれを免れなかった。弘安 4年(1281) 6月15日条は国立歴史民俗博物館蔵の写真帳による。
年表二

《閑田耕筆》かんでんこうひつ

 伴蒿蹊著。寛政11年(1799)成、享和元年(1801)刊。 4巻。著者自身の見聞を、巻一「天地部」・巻二「人部」・巻三「物部」・巻四「事部」の順に編んだものであり、 この配列は「五雑俎」に倣う。著者は地下四天王と称された歌人であるが、特に文筆力で名をあげた人物であり、 それに相応しい流麗な文章で綴られている。続篇に「閑田次筆」がある。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表一閑田耕筆

《関東血気物語》かんとうけっきものがたり

 作者未詳の実録物。成立時期は享保期とも宝暦期ともいう。潤色は多分にあろうと考えられるが、 承応から元禄あたりにかけて江戸で活躍した侠客の活躍を載せており、後の講談や演劇の素材となったものも数多い。 項目や巻数は諸本によって異なる。引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
関東血気物語

《関東潔競伝》かんとうけっきょうでん

→関東血気物語

《閑度雑談》かんどざつだん

 中村新斎著。嘉永元年(1848)序。 3巻。近世の人物の善行を集め記したもので、前著「思斉漫録」の続編とも言える。 著者は京都の朱子学派の儒者である。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二閑度雑談

《関白家五十番当座歌合》かんぱくけごじゅうばんとうざうたあわせ

→年中行事歌合

《看病日記》かんびょうにっき

→父の終焉日記

《寛平御遺誡》かんぴょうのごゆいかい

 寛平 9年(897)に宇多天皇が醍醐天皇に譲位する際、醍醐天皇が幼少であったことから、心得を書き綴って与えたもの。 日常の政務に関する注意のみならず、人材登用については個人名を挙げてまで意見を記している。 引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
寛平御遺誡

《雁風呂》がんぶろ

 呂蛤編の俳諧撰集。 1冊。寛政 6年(1794)序。足を病んで旅のできない編者が文通によって集めた句を四季順に並べ、 居ながらにして諸国名家の句を知らんとしたもの。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
雁風呂

《寛保集成》かんぽうしゅうせい

→御触書

《看聞御記》かんもんぎょき

 後崇光院(伏見宮貞成親王)の日記。応永23年(1416)から文安 5年(1448)までの自筆日次記41巻と別記 2巻・附巻 1巻がある。 室町中期の古記録として第一等のものであり、また文化史料として極めて価値が高い。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《看聞日記》かんもんにっき

→看聞御記

《紀伊続風土記》きいぞく(しょく)ふどき

 195巻の地誌。仁井田好古編。天保10年(1839)成。幕命により、和歌山藩が編纂させたもので、文化 3年(1806)下命ののち、中断を経て天保 2年再開し成ったもの。 村を単位とした地誌であり、官撰地誌の傑作であると同時に、紀伊の地誌の中で最も詳細であるという。 引用元は、巌南堂刊本(札幌大学図書館蔵)。
紀伊続風土記

《義演准后日記》ぎえんじゅごうにっき

 醍醐寺第80代座主であった義演の日記。慶長元年(1596)から寛永 3年(1626)までの殆ど全てが残る。醍醐寺寺内の動静につき特に詳しく、 伽藍堂舎の復興などについては殊更記事が多い。また仏教界の動向、真言宗の内部事情に関しても詳細に記されている。 引用元は東京大学史料編纂所蔵の写本(明治30年頃写・請求番号2073-206)とし、読点は私に附した。
年表二

《祇園社記御神領部》ぎおんしゃきごしんりょうぶ

 第 1冊を欠き、現存14冊。享保期の祇園社務執行であった宝寿院行快の編。同じく行快が編んだ祇園社記25冊・祇園社記雑纂12冊・祇園社記続録13冊とともに、 祇園社伝来の古文書を筆録集成したもので、これほどの大部の古文書集を編纂したことは偉とするに足る。 引用元は「増補続史料大成」所収「八坂神社記録」(藤女子大学図書館蔵)。
年表一

《祇園女御九重錦》ぎおんにょうごここのえにしき

  5段の浄瑠璃。若竹笛躬・中邑阿契合作。宝暦10年(1769)初演。三十三間堂縁起を主とした霊験物語で、 横曾根平太郎の物語と平忠盛の物語とがからむ。引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
祇園女御九重錦

《其角十七回》きかくじゅうしちかい

 淡々編の俳諧追善集。 3冊。享保13年(1723)跋。其角の17回忌追善集で、上巻は其角年譜と淡々の随筆を、中巻は淡々派による連句や発句を、 下巻には各国から集まった追善句を収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
其角十七回

《きゝのまにまに》ききのまにまに

  4巻の随筆。喜多村信節著。天明元年(1781)から嘉永 6年(1853)までの世相風俗を年表体で記したもの。 記事は細かく、その内容も幅広く、貴重な資料である。なお「きゝのまにまに続篇」として、安政元年(1854)から 5年までの記事が収載されたもの( 4巻)があるが、 こちらは著者未詳。引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《季吟十会集》きぎんじっかいしゅう

  1巻の俳諧連句集。季吟編。寛文12年(1672)刊。季吟一座の百韻を10巻収録、寛文 5年から12年に及ぶ。 引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
季吟十会集

《季吟廿会集》きぎんにじっかいしゅう

  2巻の俳諧連句集。季吟編。延宝 4年(1676)刊。「季吟十会集」の続篇に当たり、季吟一座の百韻20巻と独吟百韻 2巻を収める。 古くは寛文 4年、新しいものは延宝 3年。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
季吟廿会集

《きくの宿》きくのやど

 半一・几董編の俳諧撰集。天明 7年(1787)刊。当年の几董門下の歌仙・発句を主として編んだもの。 巻頭の「松しまやにほひを爰にきくの宿」が書名の由来である。引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
きくの宿

《記原情語》きげんじょうご

  1冊の洒落本。行過作。天明元年(1781)序。日暮しの里なるところに住む洛水という人物が、行過という者に向けて風俗や通言を語るという、 こじつけ蘊蓄ばなし。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
記原情語

《義残後覚》ぎざんこうかく

 愚軒著の怪談集。識語によれば文禄 5年(1596)成立。著者については未詳ながら、豊臣秀次の側近に関わりのある伽の者ではないかと考えられている。 7巻。武将にまつわる挿話や戦陣における世間話が詰まっている。引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
義残後覚

《儀式》ぎしき

 10巻の儀式書。巻十「奉頒山陵幣儀」にある山陵墓の種類が貞観当時のものであることから、三代儀式の一である貞観儀式に当たるとされる。 平安時代前期の儀式を知る上で不可欠の史料。引用元は「神道大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
儀式

《其日庵歳旦》きじつあんさいたん

  4世其日庵こと野逸編の歳旦帖で、内容の上から寛政11年(1799)の元除遍覧とみられることから、ここでも元除遍覧に含めた。→元除遍覧

《規子内親王家歌合》きしないしんのうけうたあわせ

→女四宮歌合

《紀州船米国漂流記》きしゅうせんべいこくひょうりゅうき

 嘉永 3年(1850) 1月に紀伊国薗浦の「天寿丸」が伊豆沖で漂流、 3月にアメリカの捕鯨船に救助され、以後ハワイ・香港・上海と巡って12月に長崎に戻るまでをまとめた記録。 1巻。筆録者不明。彼らはハワイでジョン万次郎に会っている。またアヘン戦争後の香港の様子が記録されてもいる。 引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
紀州船米国漂流記

《喜春楽》きしゅんらく

 淡節編の俳諧撰集。 1巻。嘉永元年(1848)序。梅室の傘寿を祝った集で、京都東山での八十賀百韻を巻頭に載せ、 諸家の祝いの句を収めている。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
喜春楽

《北野社家日記》きたのしゃけにっき

 北野社家松梅院歴代の記録のうち、日次記。宝徳元年(1449)から寛永 4年(1627)に及ぶ。 北野天満宮の年中行事の記録、社領との関係、京の世相の記事が見られるが、分けても文学神たる北野天満宮は、 当時盛行の連歌の中心地であり、このことから連歌関係の史料が豊富である。 引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵・未完)。
年表二

《北南》きたみなみ

 建部綾足の紀行文は 3冊にまとめられて「紀行」という総題が与えられているが、その中巻に配されている。 延享 3年(1746)に金沢を出て伊勢に向かい、麦浪・海路と対面したときの文である。「紀行」は元文 4年(1739) 3月から宝暦 7年(1757) 4月までに及ぶ。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
北南

《吉御記》きちぎょき

→吉記

《吉続記》きちぞくき

 藤原経長の日記。文永 4年(1267)から乾元元年(1302)までのうち、14年間分が断続的に伝わっている。 朝儀・公家に関する内容が多いが、南北朝時代に至る前の両統迭立に関する記事が特に注目される。引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)。
年表二

《癸丑西上日程暦》きちゅうせいじょうにっていれき

 頼春水が寛政 5年(1793) 9月12日に江戸を出立してから10月15日に変えるまでの日程暦。→春水掌録

《吉記》きっき

 藤原経房の日記。少なくとも仁安元年(1166)から建久 9年(1198)までの33年間は記事が存在したはずである。 平家物語にまで登場する有能な官僚であったため、朝儀典礼に関する記事が極めて詳細で、また源平の動乱期における重要な記事も数多い。 引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)としたが、平成14年から新訂本(和泉書院刊)が刊行中であり、寿永元年(1182)までの分が刊行せられた後、直ちに引用元を変更する。
年表一年表二

《吉戸記》きっこき

→吉記

《橘窓自語》きっそうじご

 京都の故実家であった橋本経亮の著。 9巻。享和元年(1801)の成立。有職故実や公卿の逸話などに満ち、内容豊富な考証随筆である。 学者に限らず、様々な階層の人々から得た逸事を、誰に見せるためでもなくただ書き綴ったものであるらしい。 引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
橘窓自語野見宿禰

《几董初懐紙》きとうはつかいし

 安永 2年(1773)から寛政元年(1789)まで几董が春夜楼で開いた正月初会における句を集めて毎年出版したもの。 大火のあった天明 8年(1788)を除いて16回刊行されたが、現存するのは10回分である。書名は「初懐紙」(時により干支を冠する)であるが、 他の編者のものと区別するため仮に編者名を冠した。引用元は「蕪村全集」(天明 3年分まで)(藤女子大学図書館蔵・未完)。
几董初懐紙

《喜美談語》きびだんご

  1冊の噺本。美満寿連作。寛政 8年(1796)刊。談洲楼立川焉馬が主催する美満寿連が行った前年 4〜 7月の咄の会で集まった580話から精選されて成ったもので、 50話を収める。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
喜美談語

《吉備中山》きびのなかやま

  1巻の俳諧撰集。梅員編。元禄 5年(1692)序。編者は備中松山の人、京坂を旅行した際に当地の俳家と唱和した連句集などを収めた記念集。 引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
吉備中山

《きまん国物語》きまんこくものがたり

 仮題。作者不明。遠藤左衛門という人物がきまん国に漂着し、そこで鬼の八面大王の娘であるかうたい女と契りを結んだことで大王を怒らせたが、 大王と技を競って勝ち、婿となっただけでなく国の大王になったという物語。引用元は「室町時代物語大成」(藤女子大学図書館蔵)。
きまん国物語

《胆相撲》きもずもう

  1冊の洒落本。蘇生庵麦鱗作か。明和年中の刊とみられる。大坂島之内の呼屋の御内儀の評判記で、内容は類例のないものではあるが、 その体裁は遊女評判記の様式で、やや古い。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
胆相撲

《客者評判記》きゃくしゃひょうばんき

  3巻 3冊の洒落本。桃栗山人柿発斎(烏亭焉馬)作。安永 9年(1780)刊。役者評判記を内容だけでなく判形まで模した作品で、 遊客や女郎などを分類の上で並べ、「頭取」「ひいき」「わる口」という評価を与えたもの。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
客者評判記

《客衆一華表》きゃくしゅいちのとりい

  1冊の洒落本。関東米(振鷺亭)作。寛政11〜12年(1799〜1800)刊か。深川遊里のお妻とそれに心を寄せる八郎兵衛を中心とする話。 安永 3年(1774)所縁の浄瑠璃「桜鍔恨鮫鞘」の構想を持ち込んだものという。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
客衆一華表

《客野穴》きゃくのあな

 写本 3冊の洒落本。呵々庵乳桃作。天保11年(1840)成。大坂の遊所における客の癖を穿ったもので、 3冊という形態や文体から、粋談義本に似る。 詳細にして自在の文章で、洒落本後期の作として優れた作品という。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
客野穴

《笈埃随筆》きゅうあいずいひつ

 百井塘南著の随筆。12巻12冊。安永〜天明にかけて諸国を遍歴した際の見聞をまとめたもので、 各地の風聞や奇談をさほどの誇張もせずに書き記してある。友人橘南谿の「東遊記・西遊記」と比較すると、 その堅実ぶりが明らかになる。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
笈埃随筆

《久安百首》きゅうあんひゃくしゅ

 崇徳院の召によって行われた 2度目の百首和歌。康治 2年(1143)頃に題が下され、久安 6年(1150)年に成立した。 のちに切り継ぎを経て再度の部類が行われている。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
久安百首

《久安六年御百首》きゅうあんろくねんおおんひゃくしゅ

→久安百首

《宮駅珍話》きゅうえきちんわ

  3巻の浮世草子風読本。指峰堂稚笑(伊勢屋忠兵衛)作。安永 6年(1777)序及び跋。作者は名古屋の書肆。 この年に熱田三河屋の女郎尾上が惣兵衛なる者と心中した事件があり、これによって成った実話様の戯作。 引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
宮駅珍話

《鳩翁道話》きゅうおうどうわ

 柴田鳩翁の道話を息子の遊翁が筆記して編んだもの。正篇・続篇・続々篇まであり、計18冊。天保 6〜10年(1835〜39)刊。 冒頭に経書の文言を掲げて、それの解説に当たる道話を記したものであるが、巧みな語りで無学の者にも分かりやすく、 従って明治以降になっても数多くの版本が現れた。引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)であるが、これには正篇しかない。 続篇以降については「岩波文庫」(引用者蔵)で確認したが、相撲記事はなかった。
鳩翁道話

《及瓜漫筆》きゅうかまんぴつ

 二条城の大御番頭の家来であった原田光風の著。 3冊。安政 6年(1859)の序がある。序に曰く、筆者が京での務めを終えて帰京すると、 両親や弟らが京都の話を聞きたがるので、そこらに名所案内はあるから買って読めと言ったもののなおねだられ、 それならばと日記から選り抜いて 3冊に編んだものだという。引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
及瓜漫筆

《旧観帖》きゅうかんちょう

 中本 3冊の滑稽本。感和亭鬼武作( 2篇下巻のみ十返舎一九作)、歌川美丸画。文化 2〜 6年(1805〜09)年刊。 奥州人の江戸見物を浮世物真似の手法を借りて綴り、婆の偏屈な性格を滑稽に描いたもので、人気が高く再版本も出た。 引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
旧観帖

《九桂草堂随筆》きゅうけいそうどうずいひつ

 広瀬旭窓著の随筆。10巻。安政 2年(1855)成立。旭窓宅に寓居していた兄広瀬淡窓の門人である長三洲に毎夜口授して筆録させたものを主とする。 話柄は諸事百般に及び、まさに博覧強記の見本であり、内容まさに多彩である。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
九桂草堂随筆

《九皐亭除元集》きゅうこうていじょげんしゅう

 歳旦帖。舞巾編。明和 6年(1769)・ 8年・ 9年・天明 6年(1786)・ 7年の版が残り、毎年編集されたものと推測される。 伊丹を中心とし、京や大坂の俳人も入集する。引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
九皐亭除元集

《嬉遊笑覧》きゆうしょうらん

 喜多村信節著。12巻と附録 1巻。文政13年(1830)序。守貞謾稿とともに江戸風俗考証随筆の双璧をなす。こちらには挿図がない。 項目数4,256。日々書き抜いておいたことが散逸するのを恐れ、整頓して清書したものであり、この整頓ぶりに大きな意義がある。 即ち、徒然なるままに記したものではなく、体系化されているところに本書の特徴がある。引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
年表一年表二嬉遊笑覧野見宿禰

《牛馬問》ぎゅうばもん

  4巻 4冊の随筆。新井白蛾著。宝暦 5年(1755)序、翌年刊。人の問いに答えるために編んだものといい、 その内容は幅広いが、雑然としたきらいがある。全116条。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
牛馬問

《旧変段》きゅうへんだん

 洒落本。 1巻。明和元年(1764)刊。同年の大坂あみだが池における善光寺如来の開帳を当て込んだ作品と思われる。 著者は申後赤先生と名乗るが、如何なる人物か未詳。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
旧変段

《久夢日記》きゅうむにっき

 家綱・綱吉の時代における三都の風俗巷談につき、後人が諸書を材として編纂したもの。成立はいつか分からないが、文化 4年(1807)以降である。 編者は不明で、手がかりもない。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
久夢日記

《九暦》きゅうれき

 藤原師輔の日記。記主が九条に住んでいたことから「九」の字がつく。また、当時の日記は通常具注暦に記されていたので、 その意味で「暦」の字がついて「九暦」と呼ばれるようになった。現存範囲は延長 8年(930)から天徳 4年(960)まで。 極めて簡略な部分もあるが、年中行事に関する詳細な記事を含み、そのことから部類記がつくられ、先例集として重要視されていたことが窺われる。 引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一

《杏園詩集》きょうえんししゅう

 大田南畝の漢詩集。正編 2冊、続編 1冊。正編は文政 3年(1820)、続編は翌年の刊。長く漢詩を作り続けた南畝だが、 出版されたのはこれが初めてだった。但し内容は明和から天明期の作品で、文化 8年(1811)にはほぼ成立していたとみられる。 引用元は「大田南畝詩集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
杏園詩集

《狂歌生駒山》きょうかいこまやま

  2巻の狂歌集。栗柯亭木端編。宝暦12年(1762)序。計1,348首が部立されて収められている。編者は西本願寺派善行寺の住僧で、 西本願寺門主と思われる人物から「狂歌かゝみ山」の続篇を奉れと命ぜられて撰集したものという。 引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
狂歌生駒山

《経覚私要鈔》きょうがくしようしょう

 経覚の日記。記主は興福寺大乗院第18代門主。日次記と別記とがある。日次記は応永22年(1415)から文明 4年(1472)までが残る。 興福寺の寺務は勿論、大和及び京都の様子をも含む。「私要鈔」は表紙に記された題号である。 引用元は「史料纂集」(北海道大学附属図書館本館蔵・未完)。
年表二

《狂歌才蔵集》きょうかさいぞうしゅう

 推定天明 7年(1787)刊。15巻。四方赤良(大田南畝)編・自序。徳和歌後万載集に続く総合狂歌集であるが、 刊行直前に急な改訂があったらしく削除痕や乱丁などが見られる。寛政改革直前における田沼派色の払拭が目的と考えられる。 それがために伝存は極めて少ない。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
狂歌才蔵集野見宿禰

《狂歌題林集》きょうかだいりんしゅう

 文政元年(1818)刊。 6巻。遮莫・言輔・定彦・有耳・桂雄の撰。撰者はすべて大坂の狂歌人で、3,928首のうち大半を江戸期の上方狂歌が占める。 「狂歌才蔵集」同様に、伝存は稀である。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
狂歌題林集野見宿禰

《狂歌百鬼夜興》きょうかひゃっきやきょう

  1冊の百物語狂歌集。菊廼屋真恵美撰。天保元年(1830)刊か。ここでいう百物語とはもともと蔦屋重三郎が始めたもので、胆試しをしながら狂歌を詠むという趣向。 詠者は24人。「席則倣旧例」という百物語の法式(「狂歌百鬼夜狂(文政 3年(1820)刊)」では「百物語戯歌の式」という)を併載する。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
狂歌百鬼夜興

《狂歌文茂智登理》きょうかふみもちどり

  1冊の百物語狂歌集。尽語楼大人(天明老人)撰。安政 4年(1857)序。各ページに狂歌人 1人と狂歌 3首ずつを載せた撰集で、110人が選ばれている。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
狂歌文茂智登理

《教訓差出口》きょうくんさしでぐち

  5巻 5冊の談義本。伊藤単朴作。宝暦 7年(1757)成、11年刊。「教訓雑長持」同様の作品で、 序文には「差出」が繰り返される。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
教訓差出口

《教訓抄(鈔)》きょうくんしょう

 最古の雅楽口伝書。狛近真著。10巻。天福元年(1233)成立。前半は舞楽曲の解説、後半は故事口伝や楽器及び演奏に関する記事を集める。 「続教訓抄」をはじめとする後代の楽書に多大なる影響を及ぼした。引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一教訓抄

《教訓相撲取草》きょうくんすもうとりぐさ

  1冊の黄表紙風洒落本。文化元年(1804)刊。十返舎一九作。前年刊の一九作黄表紙「善悪角力勝負付」の続篇という位置づけで、 京伝作「傾城買四十八手」や振鷺亭作「取組手鑑」に倣う妓女と客との取組という趣向の作品。教訓と称しつつ猥雑な行文に一九らしさが窺える。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
教訓相撲取草

《教訓雑長持》きょうくんぞうながもち

  5巻 5冊の談義本。伊藤単朴作。宝暦 2年(1752)刊。「当世下手談義」に影響された教訓小説で、世間を描写しながら教訓を垂れる。 享保の改革当時からの保守的な内容ながら、「当世下手談義」と並んで当時評判が高く、談義本の祖の一つとしての位置を占めた。 引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
教訓雑長持

《仰景録》ぎょうけいろく

 山口安固著。明和 2年(1765)刊。 2巻。酒井忠勝の言行録。忠勝は讃岐守から老中、のちに大老となった人物で、 徳川秀忠・家光時代の幕政の中枢を担った人物である。引用元は「日本偉人言行資料」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
仰景録

《狂月坊》きょうげつぼう

 寛政元年(1789)刊。 1巻。紀定丸撰、喜多川歌麿画。撰者は大田南畝の甥、南畝の教えを受けて狂歌をよくした。 72首を収める。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
狂月坊

《狂言記》きょうげんき

 江戸期に版本として刊行された狂言台本。万治 3年(1660)刊の「狂言記」を嚆矢とし、元禄13年刊の「狂言記外五十番」「続狂言記」、 享保15年(1730)刊の「狂言記拾遺」まで続く。各 5巻で、計200曲に及び、舞台図もついている。 寛文 5年(1665)に「狂言記」から11曲を抜粋したものも出た。家元の台本は門外不出であるから、 家元の統制のない(京・奈良か)役者の台本によったものらしい。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
狂言記

《狂詩礎》きょうしそ

 大田南畝編。天明 4年(1784)跋。 1冊。韻ごとに漢語を分類して配列した一種の辞書で、30項に分類されている。 引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
狂詩礎

《暁台句集》きょうたいくしゅう

 臥央編の俳諧句集。 2冊。文化 6年(1809)成。暁台ら 3人の句を集めた「発句三傑集」に収められた暁台の句に誤りが多いため、 臥央が新たに暁台の句を集めて類題別に編んだもの。計1,147句で、「発句三傑集」の暁台の分と比べてほぼ倍増となった。 引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
暁台句集

《京伝予誌》きょうでんよし

  1冊の洒落本。山東京伝作。寛政 2年(1790)刊。「経典余師」を題名内容ともにもじったもの。 元ネタが四書の註釈書だけに、本書の各章も四書の名をもじってあり、冒頭に四書に似せた漢文体の戯文を出している。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
京伝予誌

《享保集成》きょうほうしゅうせい

 「寛保集成」に同じ。→御触書

《享保世話》きょうほうせわ

 現存するものは、享保 7年(1722)から10年までの江戸の市井における巷談を記したものである。 3巻。 しかし 4巻以降もあったらしく、従って享保11年以降にも続いていたようだ。編者は未詳。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二

《享保日記》きょうほうにっき

 西野清八郎正府著。 7冊。享保元年(1716)から17年(1732)までに及ぶ日記で、水戸藩士の日記としては現存最古のもの。 但し原本は残っていない。書名はもともとのものではなく、水戸の郷土史家であった前田香径が名づけたらしい。 内容としては、水戸における享保の新政時代の世相を主とした書留である。引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
享保日記

《峡陽来書》きょうようらいしょ

 天保 7年(1836) 8月に起こった郡内騒動(一揆の範囲が甲州全土に及ぶため、甲州騒動ともいう)に関する甲府在番からの報告書である。 1巻。 この騒動で打ち壊された家は少なくとも319軒、牢死した者は少なくとも117人に及ぶ。騒動に関する資料としては、該書の他に逃亡した兵助の旅日記や、江戸で出た瓦版がある。 引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《杏林内省録》きょうりんないせいろく

 緒方惟勝著の随筆。 6巻。天保 7年(1836)自序。 2巻ごとに官医・市医・里医に分け、心得るべきことどもを述べる。 医学書ではなく、医者としての処世術を述べたものである。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
杏林内省録

《技癢録》ぎようろく

 南部彝著。 2巻。享和 2年(1802)序、文化元年(1804)刊。漢文体の考証随筆。著者は皆川淇園に師事した儒家にして、蘭法を学んだ医者。 引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
技癢録

《享和句帖》きょうわくちょう

 一茶句日記のうち、享和 3年(1803)のもの。本所愛宕神社にいて俳諧修業を続けながら、房総方面に出かけては句作に励んでいた。 引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。→一茶句日記
年表二一茶句日記

《玉海》ぎょくかい

→玉葉

《玉拾集》ぎょくじゅうしゅう

  3冊の連歌寄合書。延宝 2年(1674)以前成。編者未詳。各種先行連歌寄合書を集成の上、従来多くみられた雑纂形式によらず、 いろは順に改編した書。引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
玉拾集

《曲亭伝奇花釵児》きょくていでんきはなかんざし

 曲亭馬琴作・画者未詳の中本型読本。 2巻 2冊。文化元年(1804)年刊。室町将軍家のお家騒動もので、足利義輝の放蕩と、 三好長慶や松永久秀らの陰謀を中心とし、大内義隆が陶晴賢に滅ぼされる事件を織り交ぜる。登場人物を中国の戯曲と日本の歌舞伎の役柄に当て嵌めている。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
曲亭伝奇花釵児

《曲亭馬琴日記》きょくていばきんにっき

→馬琴日記

《玉葉》ぎょくよう

 九条兼実の日記。長寛 2年(1164)から建仁 3年(1203)までの多くが残る。平家の最盛期から鎌倉幕府の執権政治期に及び、 公家方武家方の両方の情報が豊富で、詳細に記述して批判を加えている。該時期の公家方から見た政治資料としては一級のもの。 引用元は国書刊行会叢書所収本(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一年表二

《御慶三笑》ぎょけいのさんしょう

 1冊の噺本。無銘(伽藍堂)作。寛政 2年(1790)序。安永 6年(1777)刊「喜美賀楽寿」の本文の大半を利用し、その頭に序と 3話を新しくつけたもの。 計32話。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
御慶三笑

《許六集》きょりくしゅう

 仮題。 1冊。許六自筆の句文集稿本で、収められている文章はすべて元禄 6年(1693)のもの。 引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
許六集

《羇旅漫録》きりょまんろく

  3巻。曲亭馬琴著。享和 2年(1802) 5月から名古屋・京都・大坂・伊勢旅行に出た折の紀行文。 日記ではなく、見聞したところを解説評論する充実した内容である。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
羇旅漫録

《貴嶺記》きれいき

→山槐記

《禁腋(掖)秘抄》きんえきひしょう

  1巻の有職故実書。著者未詳で、鎌倉時代の成立か。紫宸殿と清涼殿の内部における設えを詳述したもので、 図を 4枚添えてある。禁秘抄と類似する部分が多く見られる。引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
禁腋秘抄

《禁現大福帳》きんげんだいふくちょう

  5巻 5冊の洒落本。牙琴作か。宝暦 5年(1755)刊。巻一を総論、巻二以下に吉原以外の遊廓の実態を語り、 もって吉原遊びを勧めるような書。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
禁現大福帳

《金氏苛政録》きんしかせいろく

 10巻の実録。宝暦 9年(1759)序。作者未詳。宝暦年中に美濃国郡上藩領で発生した百姓一揆と、白山中居神社領石徹白村の社人間で起こった抗争とを併せて「金森騒動」といい、 各種訴状・申渡をそのまま取り込みながら講釈様の口調で事件の経過を叙述したもの。引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
金氏苛政録

《吟社懐旧録書込》ぎんしゃかいきゅうろくかきこみ

 吾扇がつくった俳人の過去帳と成美がつくっていた著名人の過去帳とを成美が突き合わせ、語竹(吾扇の甥)が享和元年の序をつけて(跋は成美)「吟社懐旧録」の名で出板した。 それを所持していた一茶は、故人の命日をさらに追記していった。その下限は文化15年(1818)に及ぶ。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
年表二

《近世奇人伝》きんせいきじんでん

→閑談数刻

《近世奇跡考》きんせいきせきこう

 山東京伝著、喜多武清画、亀田鵬斎序。文化元年(1804)刊。 5巻。江戸時代初期の風俗に関して、諸書を博捜して考証した随筆。 英一蝶の記述につき、子孫と名乗る者が異議を唱え、そのため文化 2年に該箇所を削除した版が出て、明治まで続けられた。 戯作者京伝が寛政改革で罰せられた後に、随筆家へ転身を図って成った書である。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二近世奇跡考

《近世奇談要秘録》きんせいきだんようひろく

→当時珍説要秘録

《近代公実厳秘録》きんだいこうじつげんぴろく

 馬場文耕著の随筆。10巻。宝暦 4年(1754)の成立か。徳川吉宗の時代における武家の逸話集で、 特に「大岡越前守江戸町奉行と成事」は大岡越前関係の題材の宝庫として名高い。 「近世公実厳秘録」「当時珍説要秘録」と並んで講釈師馬場文耕が幕府の内情を暴露する。 引用元は「叢書江戸文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
近代公実厳秘録

《近代百物語》きんだいひゃくものがたり

  5巻の浮世草子。明和 7年(1770)刊。鳥飼酔雅作。15の怪談を並べた百物語風作品。 作者は版元吉文字屋市兵衛の三代目主人。引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
近代百物語

《禁中抄》きんちゅうしょう

→禁秘抄

《禁秘御抄》きんぴごしょう

→禁秘抄

《禁秘抄》きんぴしょう

 順徳天皇著の有職故実書。 2巻。承久 3年(1221)成立か。91項目の宮中における作法を漢文で記したものであるが、 執筆当時の作法を平安朝のそれと比較して批判するなど、故実書を越えた内容を持つ。引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
禁秘抄

《公衡公記》きんひらこうき

 西園寺公衡の日記。期間は弘安 6年(1283)から正和 4年(1315)までであり、別記が多いが、欠失も多い。 記主は左大臣まで昇った人で、関東申次となって権勢を振るった。従って公武間の交渉ごとに関する史料を含んでおり、 また有職故実を知ることができる史料でもある。原本は西園寺家の日記・記録の集成である(広義の)「管見記」に含まれている。 引用元は「史料纂集」(北海道大学附属図書館本館蔵・未完)。
年表二

《近目貫》きんめぬき

  1巻の噺本。稲穂序。安永 2年(1773)序。93話を収める。「楽牽頭」「坐笑産」に続く稲穂編の噺本シリーズ第 3作。 さらに第 4弾として「蝉の声」が予告されていたが刊行されず、このシリーズ最終作ともなった。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
近目貫

《金葉和歌集》きんようわかしゅう

 五番目の勅撰和歌集。全10巻。白河天皇が天治元年(1124)年に院宣を発し、翌々年まで作業が行われた。 撰者は源俊頼。 3度の奏覧があり、各々初奏本・二度本・三奏本と呼ぶ。万葉体の歌が多いが、その後の優雅な歌も混在する。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
金葉和歌集

《近来俳諧風躰抄》きんらいはいかいふうていしょう

 惟中著の俳論。 3巻。延宝 7年(1679)梅林逸人跋。著者が25年に亙って聞いた教えを、宗因のものを中心として収めたもので、 西鶴とは異なる談林俳諧の理論を築こうとした。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
近来俳諧風躰抄

《金龍山》きんりゅうざん

 東鷲編の俳諧撰集。 4冊。正徳 2年(1712)序。各巻に連句と発句を収める体裁を取る。編者が信濃善光寺に参詣し、さらに江戸に下ったことを記念した集。 引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
金龍山

《寓意草》ぐういそう

 岡村良通(林笠翁)著の随筆。 2巻。奇事奇談を伝える随筆集で、「仙台間語」と著者が同一とはとても思われないほどの異彩を放つ。 引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
寓意草

《公卿宣下抄》くぎょうせんげしょう

 上卿が宣旨を諸司に下す場合を列挙したもの。誰に下すものかを分類した上で並べてある。 後世になって行われることのなくなったものも含まれている。著者及び成立年次不詳。 引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
公卿宣下抄

《句兄弟》くきょうだい

 其角編の俳諧撰集。 3巻。元禄 7年(1694)自序。上巻は発句合39番、中巻は歌仙・独吟・連句、下巻は元禄 7年秋から冬の紀行句を収める。 引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
句兄弟

《愚雑俎》ぐざっそ

 田宮仲宣著。前集 2巻は文政 8年(1825)、後集 3巻は天保 4年(1833)刊。興のおもむくままに考証・見聞を筆録したもの。 短文であり、複雑な内容ではなく、読み易いために当時広く流布したという。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
愚雑俎

《愚山雑稿》ぐざんざっこう

 松本愚山作の狂詩文集 8編を集めたもので、仮題。「道地雑詠」「歳華百詠」「花春秋」「水族十客賛」「華胥国志叙」「楓菌集」「代庖」「百一諺」の諸編。 洒落に富んだ機智溢れる作品集である。引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
愚山雑稿野見宿禰

《旧事紀》くじき

→先代旧事本紀

《公事五十番歌合》くじごじゅうばんうたあわせ

→年中行事歌合

《公事根源》くじこんげん

  1巻。応永30年(1423)頃の成立。一条兼良の著とされる。宮中における年中行事を正月から十二月まで順番に和文で説明したもの。 建武年中行事や年中行事歌合の判詞に依拠したものといわれ、子息のためとも将軍足利義量の求めに応じたとも伝わる。 引用元は「新註皇学叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一公事根源野見宿禰

《旧事本紀》くじほんぎ

→先代旧事本紀

《孔雀楼筆記》くじゃくろうひっき

  4巻 4冊。清田叟著。明和 5年(1768)刊。 幅広い話題について、書物からの引用と自身の所感とを織り交ぜて平明に記述した格調高い名随筆。 引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
孔雀楼筆記

《九条年中行事》くじょうねんちゅうぎょうじ

  1巻。天暦 9年(955)12月の記事までがあり、記主藤原師輔が歿する天徳 4年(960)までの 4年余に成ったと考えられる。 年中行事の解説をしたものであるが、二月の始めまでは脱落している。夙に広まり、諸書に多く引かれており、 現在伝わっていない正月部分の逸文も拾える。九条流の典拠として小野宮流と対峙した。 引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一九条年中行事

《くせものかたり》くせものがたり

 上田秋成作の随筆的諷刺小説。便宜上、滑稽本に分類したが、純粋な滑稽本ではなく、浮世草子でもなく、 随筆的な段もあるとはいえ随筆とも言い切れない、極めて独創的な著作。寛政 3年(1791)成立、文政 5年(1822)刊。 一応は伊勢物語を模倣しているが、内容そのものは当時実在の様々な人々をモデルに使って世相を諷刺したもので、 初老に差しかかった秋成の癇癖が出放題に出ている。引用元は「上田秋成全集(中央公論社版)」(北海道大学附属図書館本館蔵・中絶)。
くせものかたり

《口合恵宝袋》くちあいえほうぶくろ

  5巻 5冊の噺本。春松子作。宝暦 5年(1755)刊。50話を収める。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
口合恵宝袋

《口拍子》くちびょうし

  1巻の噺本。軽口耳秡編、春重(司馬江漢)画。安永 2年(1773)跋。話数は諸本により異同があり、最も多いもので86話。 当時の噺本の中では地口が多く見られる。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
口拍子

《口学諺種》くちまねことわざぐさ

  1冊の洒落本。泥田坊夢成(鳴滝音人)作。安永 9年(1780)刊。作者は狂歌師、諺で説き起こして狂歌で締める体裁で、 色事の奥義とやらを書き連ねたもの。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
口学諺種

《国の花》くにのはな

 俳諧撰集。12巻 8冊。支考提唱、芦文ら編。宝永 2年(1705)刊。在美濃の俳家12人がその地方ごとに巻を編み、12巻に集成したもので、 「国の花」は「美濃の国の花」のこと。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
国の花

《愚昧記》ぐまいき

 三条実房の日記。仁安元年(1166)から建久 6年(1195)までの記録があるが、もともと記事が粗く、さらに欠失も多い。 記主は故実典礼に練達していたと伝わる。その故に公事朝儀に関する記事が、政治情勢と並んで多く含まれている。 引用元は、東京大学史料編纂所蔵自筆本写真帳(請求番号6173-329)で、読点は私に附した。
年表一

《熊野御幸記》くまのごこうき

 建仁元年(1201)10月に後鳥羽上皇が熊野へ行幸した時の記録で、明月記からの抄出。→明月記

《蜘蛛の糸巻》くものいとまき

 岩瀬京山、つまり山東京山の回想録。茶番・扇子売など37条に亙って世上の変遷・雑事が記される。 その叙述は、兄である山東京伝が著した「近世奇跡考」や「骨董集」に倣ったものである。 弘化 3年(1846)編。引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
蜘蛛の糸巻

《粋宇瑠璃》くろうるり

 盧橘庵素秀(田宮仲宣)の第一作である洒落本。天明 5年(1785)刊。禅師が偉人に「思見鏡」という世界を見通すことができるものを与えられ、 それを用いて世間の風俗流行を眺める。 5巻。題号は徒然草60段に出る「しろうるり」のもじり。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
粋宇瑠璃

《群籍一覧》ぐんせきいちらん

 編者未詳。宝永 7年(1710)刊か。和漢の古書から故事成語を引いて排列した書。 仏書からの引用が多い。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
群籍一覧

《薫風雑話》くんぷうざつわ

 渋川時英著。 2巻。宝暦 9年(1759)序。著者は江戸の柔術家で、武人関係の話が多い。 暑いさなかに友人と語った話を、勧められるままにまとめたものであり、題号は、涼をとりながら語ったということに因む。 引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
薫風雑話

《桂園一枝》けいえんいっし

 香川景樹の家集。文政11年(1828)成立。雪・月・花の 3巻。近世を代表する家集とされ、賛否両論を巻き起こした反響の大きさは特筆される。 歿後、嘉永 2年(1849)成立の「桂園一枝拾遺」もある。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
桂園一枝

《藝苑日渉》げいえんにっしょう

 村瀬栲亭著。12巻。文化 4年(1807)初刊。考証の百科事典とでもいうべきもので、対象の広さもさることながら、 考証も和漢の典籍を渉猟して詳細そのものである。引用元は「日本随筆全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
藝苑日渉

《藝界きくまゝの記》げいかいきくままのき

 矢島飛蝶著。 2冊。「きくまゝ」というのは、記事の根拠の所在による。 つまり、石塚豊芥子・劇神仙(寿阿弥長島五郎作)・枳園森立之の直話に多くを負っているのである。 江戸期の歌舞伎・浄瑠璃・相撲の記事で埋まっている。引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
藝界きくまゝの記

《傾城阿佐間曾我》けいせいあさまそが

 元禄16年(1703)初演。京都早雲長太夫座に出勤した中村七三郎が中心となって11年に京都で上演された「けいせい浅間嶽」の大当たりのあと、 江戸に戻った七三郎は13年に前記「浅間嶽」を「曾我物語」に取り入れて成った「傾城浅間嶽」を上演、 3年経って同様に「浅間嶽」と「曾我物語」を融合させたものが「傾城阿佐間曾我」である。この時期における七三郎の公演活動を契機として、 毎年正月に江戸三座が曾我狂言を出すことが吉例となった。五番目の曾我の夜討には前年の赤穂浪士の討ち入りが重ねられているらしい。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
傾城阿佐間曾我

《傾城買花角力》けいせいかいはなずもう

  1冊の洒落本。黄舎雲裡作。文化元年(1804)刊。妓女と客とを相撲の取組に擬えて描いた作品で、 直接には京伝作「傾城買四十八手」の模倣といえるが、大傑作の模倣作ゆえ彼我の差は歴然としているとされる。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
傾城買花角力

《傾城買四十八手》けいせいかいしじゅうはって

  1冊の洒落本。山東京伝作。寛政 2年(1790)刊。女郎と客とのさまざまな会話を描写して、傾城買の新手を述べるとするもので、 会話主体の洒落本としては最高傑作と評される。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
傾城買四十八手

《軽世界四十八手》けいせいかいしじゅうはって

 写本 1冊の洒落本。有雅亭光・満寿井豹恵・由賀翁斎・於仁茂十七・川東京伝・木下山人合作。寛政12年(1800)成。 大惣の貸本用写本。熱田における茶屋を舞台にした作品で、「傾城買四十八手」に倣って名古屋の戯作者連中がなしたもの。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
軽世界四十八手

《傾城諺種》けいせいことわざぐさ

 「口学諺種」の改題本。寛政 3年(1791)刊。→口学諺種

《傾城仕送大臣》けいせいしおくりだいじん

  6巻 6冊の浮世草子。作者未詳。元禄16年(1703)刊。各地の遊所を詳しく描きながら、傾城と大尽との虚実をとりまぜた駆け引きを主題に据えた作という。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
傾城仕送大臣

《けいせい新色三味線》けいせいしんいろじゃみせん

  6巻 6冊の浮世草子。作者未詳。享保 3年(1718)刊。「遊里様太鼓」を改題して序をつけ、挿絵を新しく入れて六之巻の最後を増補したもの。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。→遊里様太鼓
けいせい新色三味線

《傾城千尋之底》けいせいちひろのそこ

→好色姥桜

《傾城辻談議》けいせいつじだんぎ

  5巻 5冊の浮世草子。目黒露白作。元禄16年(1703)刊。京・大坂・江戸の各 6人による遊びを描く。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
傾城辻談議

《瓊浦紀行》けいほきこう

  1冊の紀行。大槻玄沢著。江戸から東海道、伊勢を経て京に入り、さらに西下して長崎に入り、帰りは博多から船に乗って京に入り、木曾山中経由で江戸に戻るまでを記した旅日記で、 天明 5年(1785)10月 7日から翌年 5月 7日に及ぶ。引用元は「近世紀行日記文学集成」(札幌大学図書館蔵)。
年表二

《瓊浦雑綴》けいほざってつ

 大田南畝著の書留。南畝が長崎奉行所に勤務していた文化元年(1804) 9月から翌年 9月までの間に「百舌の草茎」「瓊浦雑綴」「瓊浦又綴」の 3冊の書留をものした。 本書留は文化元年11月17日から翌年 5月28日までの書留である。引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
瓊浦雑綴

《劇場新話》げきじょうしんわ

  2巻 2冊。著者不詳。文化初年頃成立か。芝居に関する年中行事やしきたりなど、享和年中までのことについて細かく記載したもの。 引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
劇場新話

《戯作者小伝》げさくしゃしょうでん

 安政 3年(1856)成立。岩本活東子編。序によれば、編著者がある人から借りた「戯作者撰集」から抄出して編んだものであるという。 木村黙老の「戯作者考補遺」などをもとにしたものらしい。延宝から貞享の戯作者86人の伝記が記されている。 引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
戯作者小伝

《戯場粋言幕の外》けじょうすいげんまくのそと

 式亭三馬作、歌川国直画の滑稽本。 2巻 2冊。文化 3年(1806)刊。堺町の中村座と葺屋町の市村座の光景を描き、 中村座内の客の会話や物売りの様子などを、田舎者の江戸見物の体裁で描く。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
戯場粋言幕の外

《月堂見聞集》げつどうけんもんしゅう

 本島知辰編。29巻。元禄10年(1697)から享保19年(1734)までの朝儀・政治・天変地異・巷談を記したもの。 当時の世態を知るに絶好の史料である。著者については、梅子・月堂という別号があったという以外に知るところがない。 引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二

《気比のうみ》けひのうみ

  1巻の俳諧撰集。重次編。元禄 5年(1692)自序。敦賀の会所水江重次が発起人となって気比両社に奉納した前句集で、 句頭に出題句を載せ、発句には「句」という符号がつけられている。応募は10,000句を数えたといい、 勝句200には京の我黒が点している。巻末に我黒の独吟奉納歌仙 1巻が添えられている。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
気比のうみ

《蒹葭堂雑録》けんかどうざつろく

 四代目木村蒹葭堂が暁晴翁に委嘱して自分の蔵する所蔵品の図録をつくらせたもの。安政 3年(1856)成。 なお、それ以前に蔵書等の上納を幕府から命ぜられたことがあるので、所蔵品の量には変動があった。 絵は松川半山の手になる。 5巻、二編近刻の広告があるものの、出なかった。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二蒹葭堂雑録

《蒹葭堂日記》けんかどうにっき

 初代木村蒹葭堂の日記。安永 8年(1779)から享和 2年(1802)正月10日(歿の15日前)までを存する。 交遊録と称すべきもので、当時の蒹葭堂はサロンというべきものだったと想像されるところから、 当時の文人の動静記録として貴重な実証資料となる。引用元は、中尾松泉堂書店刊本(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《元亨釈書》げんこうしゃくしょ

 仏教史書。虎関師錬著。30巻。元亨 2年(1322)の成立。仏教伝来から成立時点までの事蹟や僧侶伝をまとめ、漢文で記したもの。 伝・表・志の三部構成をとる大著である。引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
元亨釈書

《元亨四年歳次甲子年中行事》げんこうよねんさいじかっしねんちゅうぎょうじ

 藤原貞幹が元亨 4年(1324)の具注歴頭書の年中行事を抜き出して 1巻にしたもの。寛政元年(1789)成。 貞幹編集による年中行事の部分と、頒暦の部分に分かれるが、後者は殆どの部分を欠いている。記されている行事全てが元亨当時に行われていたわけではないということ、言うまでもない。 引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
元亨四年歳次甲子年中行事

《源氏物語》げんじものがたり

 紫式部作の物語。54巻。11世紀初頭の成立。光源氏の誕生から王権の獲得、転落から出家、そして光源氏死後の世界までを描いた、日本最初の大長編小説。 光源氏が栄華を目指して直走り、これを掴み取る時代の華やかさだけでなく、上昇期・下降期を通ずる光源氏自身の苦悩、 及び子孫の懊悩の末に、現世ではなく来世に生きる価値を見出ださんという思想をも含む。 虚構のみによらず、典拠をもって展開される源氏物語の現実性には、成立以来高い評価が与えられ、今に至る。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
源氏物語

《元除春遊》げんじょしゅんゆう

 歳旦帖。徳布編。葛飾派の多くの俳人が出句した年刊歳旦帖で、開始ははっきりしないが、寛政 8年(1796)以降のものがある。 引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
元除春遊

《元除遍覧》げんじょへんらん

 歳旦帖。天明初年に 3世其日庵を襲った素丸以降の其日庵の歳旦帖を指す。少なくとも 9世其日庵の天保15年(1844)までは断続的に刊行されたらしい。 引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
元除遍覧

《拳角力》けんずもう

 角書「種風」「小野之助」。大田南畝作の黄表紙。天明 4年(1784)刊。前々年に谷風が小野川に負けたことに、伊達騒動ものの狂言や「小野道風青柳硯」を絡めた作品。 引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
拳角力

《玄同放言》げんどうほうげん

 曲亭馬琴著。 3巻 6冊。第 1集文政元年(1818)刊、第 2集文政 3年(1820)刊。天・地・人の諸事について、 諸書より引いて論証に努めた随筆。馬琴一流の博引傍証に満ち、自信に溢れる。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表一玄同放言

《建内記》けんないき

 万里小路時房の日記。応永21年(1414)から康正元年(1455)までのうち、欠年を除くと約19年分がある。 公家としての日常も当然書かれているが、武家伝奏という立場ゆえ、武家の動向も知ることができる。 引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《源平盛衰記》げんぺいじょうすいき

 平家物語の一異本。48巻。作者未詳。成立は鎌倉末期乃至室町初期と目されるがこれも未詳。 所謂読み本系平家物語の集大成的な本文を有するが、他の諸本も異なった発達と混淆とをしていることと、 諸本にない説話を源平盛衰記が含んでいるということを考えると、決定版というわけではない。→参考源平盛衰記・平家物語
平家物語・源平盛衰記・源平闘諍録

《源平盛衰記》げんぺいせいすいき

→源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)

《源平闘諍録》げんぺいとうじょうろく

 平家物語の一異本。巻一上下・五・八上下のみが存する。作者未詳。読み本系諸本の中で漢文表記の本文を有する特異なもの。→参考源平盛衰記・平家物語
平家物語・源平盛衰記・源平闘諍録

《原本信長記》げんぽんしんちょうき

→信長公記

《見聞談叢》けんもんだんそう

  6巻 6冊。伊藤梅宇著の随筆。元文 3年(1738)自序。主に元禄時代の人物に関する記述が多く、 巻三は「武将感状記」からの抜書となっている。漢学者の随筆として高い信頼を受けているが、 刊本はなく、写本のみである。西鶴の本名を平山藤五として記述した点、また赤穂浪士見聞記が載っている点、貴重である。 引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
年表一見聞談叢野見宿禰

《厳有院殿御実紀》げんゆういんどのごじっき

 徳川実紀のうちの家綱編。→徳川実紀

《建暦御記》けんりゃくぎょき

→禁秘抄

《元禄四翁家集細注》げんろくしおうかしゅうさいちゅう

 水魚庵句仏著。安政元年(1854)成。 3冊。芭蕉・去来・丈草・嵐雪を元禄四翁とし、その発句集について細註をなしたもので、 次男の駒船に求められたものという。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
元禄四翁家集細注

《元禄曾我物語》げんろくそがものがたり

 浮世草子。都の錦の第一作。 6巻 6冊。元禄15年(1702)刊。前年 5月 9日に伊勢亀山城内で起こった敵討を小説化したものであるが、 先行浮世草子のみならず種々の書からの引用を切り継いだ文章が殆どである。ただし都の錦独自の啓蒙小説的性質も見ることはできる。 引用元は「関西大学図書館影印叢書」(藤女子大学図書館蔵)。
元禄曾我物語

《元禄百人一句》げんろくひゃくにんいっく

 流木堂江水編。 1冊。百人一首にならって著名な俳人100人を選び発句を選んだものである。 正式名称は「百人一句」だけだが、谷口重以編のものと区別するために勝峰晋風が「元禄」を頭に附して以来、 この名称で呼ばれている。元禄 4年(1691)の成立。発句100句ののちに作者目録として250人が列挙されている。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
元禄百人一句

《鯉池全盛噺》こいのいけぜんせいばなし

  1冊の洒落本。雲楽山人(狂歌師の雲楽斎か)作。天明 2年(1782)刊。大坂の鴻池善左衛門が江戸吉原で遊んだ際に、金を恃んで無礼を働き、 扇屋主人三代花扇に冷たくあしらわれたという噂が当時種々の草双紙のネタとされたが、本作はその嚆矢。 引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
鯉池全盛噺

《甲寅紀略》こういんきりゃく

 安永元年(1854)の日記。鈴木黄軒の筆。米艦渡来よりその応接の様子を書簡・触書・落首等をはさんで詳細に記したもの。 水戸藩の出処進退をも評論している。記主は名を鐸、字を振道、通称を四郎右衛門といい、水戸藩士にして軍学者であった。 引用元は「近世文芸叢書(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二

《巷街贅説》こうがいぜいせつ

 塵哉翁著。 7巻。文政12年(1829)の自序がある。寛政 3年(1791)から安政元年(1857)までの江戸市中における巷談をしるしたもの。 最後はアメリカ使節の登場である。著者については一切不明で、時に出てくる知人の名にも、有名なものはごく少ない。 続編と思しき「巷街贅筆」もあったようだが、よく分からない。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表二

《江海風帆草》こうかいふうはんそう

  1冊の紀行。宝永元年(1704)成。立花重根序。長崎から平戸や福岡、そして若松までの地誌。 長崎や筑前の名所を記した案内書である。引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
江海風帆草

《黄華堂医話》こうかどういわ

 橘南谿著の随筆。 1巻。「橘氏医話」または「南谿医話」の後半部のみを抄出したもの。傷病にまつわる伝承の類が集録されている。 引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
黄華堂医話

《甲賀三郎窟物語》こうがさぶろういわやものがたり

  5段の浄瑠璃。享保20年(1735)初演。竹田出雲・文耕堂合作。甲賀三郎を主人公とし、甲賀家を乗っ取ろうとする伯父とそれを阻む忠臣とを描いた作品。 引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
甲賀三郎窟物語

《孝経楼漫筆》こうきょうろうまんぴつ

 山本北山の手稿を、孫の山本学半が整理し、嘉永 3年(1850)に刊行したもの。諸書からの抄出で、いわば備忘録であるが、 その収録範囲は幅広く、著者北山の博覧強記を窺い知るに足るものとなっている。 引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表一孝経楼漫筆

《江家次第》ごうけしだい

 大江匡房撰。21巻、但し現存19巻。平安末期の朝儀の次第について述べた書であり、記述が詳しく、 公事の指針ともいうべきものとされ、後世この書を講ずる研究者が多数現れた。成立年次は未詳。撰者歿(天永 2年(1111))以後の加筆もある。 引用元は「尊経閣善本影印集成」(藤女子大学図書館蔵)で、冊子本で本文を立てた。 また、校訂活字本の善本たる「神道大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)を参照した。
年表一江家次第野見宿禰

《好古小録》こうこしょうろく

 藤原貞幹著。 2巻。寛政 6年(1794)序。著者は金石考古に造詣深く、この博識を生かして182条に亙って記した書が好古小録である。 随筆というよりも資料集に近い。図が20余り加えられている。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
好古小録

《江次第》ごうしだい

→江家次第

《江抄》ごうしょう

→江家次第

《好色一代男》こうしょくいちだいおとこ

 西鶴小説の第一作のみならず、浮世草子の嚆矢。 8巻 8冊。天和 2年(1682)刊。画も井原西鶴。源氏物語にならって54章から成る世之介の一代記で、 7歳から始まって諸国遍歴の末、好色丸(よしいろまる)に乗って女護島へ船出し、行方不明となるまでの物語。 上方版と江戸版とあり、上方版の版下は水田西吟の筆。江戸版は貞享元年(1684)刊、絵は菱川師宣のものになり、 本文は仮名の分量が増し、誤脱が目立つ。引用元は「近世文学資料類従」(藤女子大学図書館蔵)。
好色一代男

《好色姥桜》こうしょくうばざくら

  5巻 5冊の浮世草子。元禄 5年(1692)刊。遊色軒作。遊客と遊女の体験を交互に問答体によって述べたもので、 序章を含めて14章から成る。題名は諸分姥桜とも(初刊の年に改題か)。また寛延 2年(1749)に傾城千尋之底と改題。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
好色姥桜

《好色産毛》こうしょくうぶげ

  5巻 5冊の浮世草子。元禄 6〜 8年(1693〜95)の間に刊。林鴻作。好色物の短篇集で、全24話から成る。 西鶴の諸作品からの流用痕が目立ち、剽窃と取れる部分さえある。引用元は「天理図書館善本叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)であるが、 一部かすれがあるので「評釈江戸文学叢書」(藤女子大学図書館蔵)を参照した。
好色産毛

《好色貝合》こうしょくかいあわせ

  2巻 2冊の浮世草子。貞享 4年(1687)刊。吉田半兵衛作・画とみられる。前年刊の「好色訓蒙図彙」の補遺と自序にあり、 両書を合わせて通俗好色百科とみることもできる。図と戯文調の解説から成っている。巻末に「好色乱体図」があり、滑稽味を交えて狂態ぶりを描く。 引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
好色貝合

《好色影倣子》こうしょくかげぼうし

  4巻 4冊の浮世草子。作者不詳。元禄11年(1698)刊。佞法師なる老人の遍歴見聞記という体裁ながら、それは一部でしかなく、 内容としても西鶴の模倣でありながら出来はかなり悪く、首尾一貫しない話すら存在する。話柄としては好色が過ぎて零落れる女の人生が多い。 引用元は「天理図書館善本叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
好色影倣子

《好色堪忍記》こうしょくかんにんき

 「浮世栄花一代男」の改題改竄本で、通算第 3版に相当する。但し、刊記は第 2版である「浮世栄花一代男」元禄11年(1698)再版のまま。→浮世栄花一代男

《好色十二人男》こうしょくじゅうににんおとこ

  6巻 6冊の浮世草子。元禄 8年(1695)刊。舎衣軒明昏作。全12篇の短篇好色小説から成る。 西鶴門の俳諧師と序文に記し、題号や表現も西鶴の模倣であり、特に目録の形態は「日本永代蔵」そっくりである。 改題改竄本に「遊色控柱」がある。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)であるが、引用に際しては「遊色控柱」によって本文を立てた。
好色十二人男

《好色兵揃》こうしょくつわものぞろえ

 元禄 9年(1696)刊。「色里三所世帯」の版木を流用し、さらに 5章追加して 5冊にしたもの。→色里三所世帯

《好色二代男》こうしょくにだいおとこ

→諸艶大鑑

《好色敗毒散》こうしょくはいどくさん

  5巻 5冊の浮世草子。元禄16年(1703)刊。夜食時分作。大坂新町を中心とする好色短編集で、主題は比較的深刻でありながら、 思いもよらぬ展開とふざけた落ちで軽妙に話を運ぶ。引用元は「新編日本古典文学全集」(石狩市民図書館蔵)。
好色敗毒散

《好色美人角力》こうしょくびじんずもう

  5巻 5冊の浮世草子。元禄 9年(1696)刊か。桃林堂(芭蕉門人の桃林か)作。色山七三郎なる者が主人公で、 10人の女性との恋愛遍歴を綴った連作短篇集という体裁を取るが、そのモデルは色男と謳われた歌舞伎役者中村七三郎ではないかと目されている。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
好色美人角力

《好色文伝受》こうしょくふみでんじゅ

  5巻 5冊の浮世草子。元禄12年(1699)刊か。由之軒政房作。三条寺町住人である橋本左七の好色遍歴を綴った小説で、 各巻 3章から成る書翰体の物語である。貞享 5年(1688)初版という説があるが、巻五の書簡の日付や挿絵から見て否定されている。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
好色文伝受

《庚申講》こうしんこう

  5巻 5冊の噺本。慶山等合作。寛政 9年(1797)刊。全71話で、当時の大坂における代表作家 7人による競作。 ただし噺ごとの作者は分からない。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
庚申講

《江帥次第》ごうそちしだい

→江家次第

《皇代記》こうだいき

 年代記の一であるが、実際「皇代記」の名を持つ書は多数あり、その内容も異なる。 ここで採った群書類従本は神代から後円融天皇の康暦 2年(1380)までを収める。 引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一野見宿禰

《皇代略記》こうだいりゃっき

→東寺王代記

《皇代暦》こうだいれき

 表記は皇代略とも。また読みは「こうだいりゃく」とも。 5巻の年代記(但し 5巻の分け方は種々あり、他に 6巻本・ 7巻本もある)。巻四途中までは洞院公賢が著し、 以降も書き継ぎが行われ、最後は甘露寺親長が現行形態にしたらしい。記事の最終は文明 9年(1477)。 引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)で、巻数もこれに従った。
年表一野見宿禰

《江談抄》ごうだんしょう

 説話集に分類したが、正確には言談の聞き書きである。大江匡房の言談を記したもので、書き手は藤原実兼といわれる。 古本系と類聚本系とに分けられ、古本系では匡房と書き手との問答が見られ、話自体は連想に継ぐ連想で、悪く言えばとりとめがない。 但し、残欠本であるため全貌は知られない。類聚本のほうは中世になってから改編されたと考えられ、談話の形態を解消し、 内容ごとに分類したもので、六部に分けられる。引用元は、古本系が「古本系江談抄注解」(藤女子大学図書館蔵)で、類聚本系は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
江談抄

《江中納言次第》ごうちゅうなごんしだい

→江家次第

《皇年代私記》こうねんだいしき

→皇年代略記

《皇年代略記》こうねんだいりゃっき

 著者未詳の年代記。諸本によって終末年代が異なるため、成立時期も未詳。天皇ごとに追号・諱・父母・在位年数・皇居・略歴・元号を記し、 重要事項は頭書の形で書き込まれる。引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一野見宿禰

《紅梅千句》こうばいせんく

 貞徳らの俳諧千句。承応 2年(1653)成立。貞徳最晩年のもので、友仙のたっての懇望で行われたものという。 貞徳が座した千句としては現存唯一のものである。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
紅梅千句

《黄白問答》こうはくもんどう

→新野問答

《航米日録》こうべいにちろく

 万延の遣米使節に参加した玉虫左太夫の見聞日誌。 8巻。万延元年(1860)正月18日に始まり、 9月閏28日に終わる。 観察の詳細さとそれを描写し得る筆力が素晴らしく、使節団員の中には自ら記録をつけず、この航米日録をあてにしていた者もあると伝わるほどである。 また、写本の多さという点も珍しい。引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
航米日録

《弘法大師弟子伝》こうぼうだいしでしでん

 智灯撰。 2巻。貞享年中(1684〜88)の成立。弘法大師空海の弟子20人の伝記で、人によっては「賛曰」「論曰」を続ける。 論の中には「元亨釈書」の記事を難ずるところもあり、まさに仮借がない。引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
弘法大師弟子伝

《黄門白石問答》こうもんはくせきもんどう

→新野問答

《高野薙髪刀》こうやかみそり

 小枝繁作の中本型読本。 2冊。文化 5年(1808)刊。画は葛飾北嵩。竹本三郎兵衛作の浄瑠璃「角額嫉蛇柳」を種とした作品。 零落した武士虚六平正秀は鍛冶となっており、息子に家の再興を託すが、約を果たすまでに妖剣の祟りに起因する様々な災厄に遭遇する。 引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
高野薙髪刀

《功用群鑑》こうようぐんかん

 俳論書。 2巻。松意編。刊年不詳、恐らく延宝 8〜 9年(1680〜81)刊か。題号及び「俳諧者心得」は「甲陽軍鑑」とその緒言をもじったもの。 天巻は連句の法を説いたあとに貞門作者の実作を示し、地巻で一門の者の作品を載せる。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
功用群鑑

《巷謡編》こうようへん

 鹿持雅澄編。 1巻。総論に天保 6年(1835)の自序がある。この総論は日本歌謡略史であり、 以下は編者の出身地である土佐の神事歌謡を主に載せる。祭礼歌のみならず小踊歌・茶摘歌・田植歌などもあり、 近世小歌の影響がみられない古風な歌謡が多く集められている。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
巷謡編

《講令備考》こうれいびこう

 10巻。文政年中(1818〜30)に稲葉通邦・河村秀根・石原正明・神村正鄰らが令義解の研究をしたときの記録。 引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
講令備考

《古御触書》こおふれがき

 「寛保集成」に同じ。→御触書

《国字小説通》こくじしょうせつつう

 嘉永 2年(1849)の序がある。馬琴崇拝家として知られる木村黙翁の著。稗史小説についての批評書である。 引用元は「続燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
国字小説通

《古今綾嚢》ここんあやぶくろ

 鷺白編の俳諧撰集。文化 6年(1809)刊。 1冊。交友のあった諸国の俳人の発句を編集したもの。 呂白は草津温泉の旅宿の主人で、十返舎一九なども泊まったことがある。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
古今綾嚢

《古今夷曲集》ここんいきょくしゅう

 寛文 6年(1666)刊。10巻。生白堂行風編。大部な撰集としては狂歌史上初めてのもの。 四季・賀・神祇・離別・羇旅・恋・雑・釈教の部立があり、釈教歌が多い。1,000余首に及び、作者総勢240人余という規模である。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
古今夷曲集

《古今犬著聞集》ここんいぬちょもんじゅう

 12巻の仮名草子。天和 4年(1684)序。椋梨一雪編。収めるところ391話、編者が若い頃から書き溜めた聞き書きを、 50歳を過ぎたことを機に清書した成ったものといい、所詮猿智慧にも及ばぬとて「犬著聞集」と名づけたという。 引用元は、京都大学本(旧大惣蔵本)を底本とした「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)とした。 東北大学狩野文庫本を底本とした「仮名草子集成」(札幌大学図書館蔵)になく、京都大学本にのみ存する部分については特に「京大本」と記して区別した。
古今犬著聞集

《古今侠客伝》ここんきょうかくでん

→関東血気物語

《古今題彙》ここんだいい

 本居宣長編。 3巻。明和 3年(1766)成。和歌の題目を集めて分類したもので、「類題和歌集」の目録をもとにして整理・増補の上で成ったもの。 詠歌や歌会における出題の際に用いた種本とみられる。引用元は「本居宣長全集」(石狩市民図書館蔵)。
古今題彙

《古今著聞集》ここんちょもんじゅう

 20巻30編。橘成季の編。建長 6年(1254)の成立。20巻は勅撰和歌集の体裁によるもので、 主題に応じて30に分類し、時代順に配した説話集であり、極めて整然とした構成を取っている。 説話集にしては日記・記録の体に近く、貴族の日記類を出典としたらしい様子が窺える。 引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一古今著聞集

《古今俄選》ここんにわかせん

  5巻。著者未詳。安永 4年(1775)刊。寸劇の一種である俄の概説書で、巻一に安永までの大坂俄の歴史を説き、 巻二に俄の概説を配し、巻三〜五に実例を挙げる。特に出所を掲げて集成したという点で価値が高い。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
古今俄選

《古今前句集》ここんまえくしゅう

 川柳風狂句集。10篇。寛政 8〜10年(1796〜98)刊。宝暦から天明にかけての川柳勝句を、古今和歌集の部立に倣って20巻に編成し、 その中で年代別に並べてある。初代川柳の七回忌に合わせようとしたもので、そのためか編集はやや雑。 編者は匿名であるが、恐らく朱楽菅江であろう。改題偽版の「誹風柳多留拾遺」の名で知られる。引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)所収「誹風柳多留拾遺」。
古今前句集

《古今役者論語魁》ここんやくしゃろんごさきがけ

 近仁斎薪翁著。明和 9年(1772)刊。 2巻。上は「評判」と題され、役者評判記の評判記というべきものであり、 下は「秘書」とあって芸談を収める。初代沢村宗十郎を中心とし、江戸を中心とした俳優論となっている。 京都を中心とする「役者論語」と対をなすものといえる。引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
古今役者論語魁

《小巵》こさかずき

  5巻 5冊の仮名草子。山岡元隣作。寛文12年(1672)刊。啓蒙書を意図したもので、随筆とも説話集ともいえる作品。 計51話を収めるが、中に動物による寓話が見られ、「伊曾保物語」の影響が窺われる。引用元は「近世文学資料類従」(藤女子大学図書館蔵)。
小巵

《腰折田》こしおれだ

 野見宿禰と当麻蹶速との相撲に取材した謡曲。拙い作品で、近世になってつくられたものと推測される。 引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一腰折田野見宿禰

《古事記》こじき

 神話・伝説・歌謡などを駆使し、建国の由来から推古朝までの歴史を記した現存最古の典籍。 序によれば、和銅 5年(712)正月28日に元明天皇に献上されたという。稗田阿礼の誦む旧辞(先代旧辞)と「帝紀」(帝皇日継)を、 太安万侶が撰録したもの。 3巻。引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
年表一

《古事記伝》こじきでん

 本居宣長著。44巻。寛政10年(1798)成。明和 4年(1767)に起稿され、安永 7年(1778)上巻部分17冊、寛政 5年中巻部分17冊、 寛政10年下巻部分16冊が完成し、同年 9月十三夜に慶賀会が鈴屋で行われたという。宣長一流の古語研究をもとに、 多くの資料を用いて実証主義を一貫した古事記の注釈書であり、早くも文献学的研究としては高すぎるほどの到達点に至ったとされる大著である。 引用元は「本居宣長全集」(石狩市民図書館蔵)。
年表一

《乞児奇伝》こじきでん

  1冊。西国順礼著、小寺玉晁画。天保 5年(1834)成。著者は小寺玉晁その人か。一種の奇人伝で、 8人についての人物画と詩、小伝を載せたもの。 なお本書には跋が 5つあるが、引用したのは 1・ 2・ 4番目である。引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
乞児奇伝

《古事談》こじだん

 鎌倉初期の説話集。源顕兼編。 6巻。成立年代は明らかでないが、編者は建保 3年(1215)の没である。 各巻「王道后宮」・「臣節」・「僧行」・「勇士」・「神社仏事」・「亭宅・諸道」に分類され、巻ごとに年代を追って配列されている。 出典は様々な文献に亙るが、推定できない場合も多い。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
古事談

《古史通》こしつう

  4巻の史論。新井白石著。享保元年(1716)成。「先代旧事本紀」「古事記」「日本書紀」などに載る神代からの伝承を考察した著。 将軍家宣の下問に応ずるために著された。引用元は「新井白石全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一

《古史通或問》こしつうわくもん

  3巻の史論。新井白石著。享保元年(1716)成。「古史通」に関する想定問答と称すべきものであるが、 中国・朝鮮・琉球・蝦夷にも目を配りながら古代史を論じており、別個の存在感を有している。 引用元は「新井白石全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
野見宿禰

《己之中集》こしなかしゅう

 真葛編の俳諧撰集。 1巻。天保 5年(1834)跋。同年に梅室が加賀金沢に帰郷する際、越中真葛が跋文を請うて刊行した書。 引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
己之中集

《五車反古》ごしゃほうぐ

 維駒編、病夜半(蕪村)序、春夜楼晋明(几董)跋。 2冊。天明 3年(1783)刊。もとは維駒の父春泥舎召波の十三回忌追悼集。 召波の知友の句が多く、実際は追悼集ではなく当時の趨勢が窺われる撰集である。「蕪村七部集」の第八とされた。 そもそも「蕪村七部集」は芭蕉の「俳諧七部集」の流行に便乗した書肆の手になるもので、誤脱が甚だしいばかりでなく、 八部もあるところからして企画そのものが破綻していた。引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
五車反古

《後松日記》ごしょうにっき

 松岡行義著。21巻。文政 5年(1822)から、歿年の嘉永元年(1848)までに亙って書き留めたもの。 日々見たもの聞いたものを書き綴ったもので、中には在京日記と旅行日記もある。著者は幕末の有職故実家として知られ、 当時まさに孤高の存在というべき者であった。従って内容も有職故実のあらゆる側面に亙る。 引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
年表一後松日記

《御所桜堀川夜討》ごしょざくらほりかわようち

  5段の浄瑠璃。文耕堂・三好松洛合作。元文 2年(1737)初演。土佐坊を中心にして伊勢三郎・静御前の伝説を絡めた名作。 弁慶の男泣きや藤弥太物語など見せ場が多く、人気の高い時代物。引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
御所桜堀川夜討

《後撰和歌集》ごせんわかしゅう

 二番目の勅撰和歌集。全20巻。天暦 5年(951)、村上天皇の命により、清原元輔・紀時文・大中臣能宣・源順・坂上望城(「梨壺の五人」)が撰者となった。 5年後あたりに成立したとも、未定稿であるとも考えられている。贈答歌が多く、従って権勢家や女性の歌が大いに増えた。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
後撰和歌集

《小袖曾我》こそでそが

 幸若舞。曾我兄弟が父の仇討に向かうに当たって、母と今生の別れを告げる物語で、曾我物語の「小袖乞の事」を原拠とする。 幸若舞では母が曾我五郎時致に小袖を与えるが、同材の謡曲には出てこない。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
小袖曾我

《小袖曾我薊色縫》こそでそがあざみのいろぬい

  7幕21場の歌舞伎。二世河竹新七(河竹黙阿弥)作。安政 6年(1859)初演。安政 2年に千代田城金蔵破り事件を盛り込んだ作ゆえ、 モデルこそ文化 2年(1805) 6月に処刑された盗賊鬼坊主清吉であるものの、当然ながら35日で中止を命ぜられた。引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
小袖曾我薊色縫

《胡蝶判官》こちょうはんがん

 信徳・重徳編の俳諧句集。 1冊。元禄 4年(1691)序、翌年刊。信徳一門の連句集で、 4年刊の「花見弁慶」に続くもの。 編者の吟には漢語などのもじりが目立つ。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
胡蝶判官

《滑稽雑談》こっけいぞうだん

 其諺著、丈石の補訂。24冊。正徳 3年(1713)自序、寛延 3年(1750)跋(丈石の手になる)。俳諧歳時記である。 月別に2,300項目ほどを配列、出典実に300余、詳細な解説を特徴とする。引用元は国書刊行会叢書(北海道大学附属図書館蔵)。
年表一滑稽雑談野見宿禰

《滑稽即興噺》こっけいそっきょうばなし

  5巻 5冊の噺本。寛政 6年(1794)刊。34話を収める。「山東京伝閲」とあるように、京伝が校閲して上方で刊行された珍しいもので、京伝の作品も含まれる。 「即興噺」とはいうものの、安永期の小噺を長い文章に仕立て直したものもある。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
滑稽即興噺

《滑稽冨士詣》こっけいふじもうで

 滑稽本。10編20冊。仮名垣魯文作。万延元年(1860)〜文久元年(1861)刊か。江戸から富士山頂へ登り、箱根七湯を巡って横浜見物のあと江戸に戻る。 主人公は固定されておらず、場面に応じて異なった登場人物が滑稽を演ずる形態をとっているが、趣向そのものは在来の膝栗毛物に見られるもので、特に新味はない。 引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
滑稽冨士詣

《滑稽臍磨毛》こっけいへそすりげ

 滑稽本。 3冊。文政 6年(1823)刊。嘴天狗百痴こと馬田昌調の作。与太郎と万八の浪速見物を描いたもので、 膝栗毛を模したものといえる。作者は大坂の医者であり、江戸人たる主人公を田舎者として笑う。 引用元は「未刊江戸文学」(藤女子大学図書館蔵)。
滑稽臍磨毛

《骨董集》こっとうしゅう

 山東京伝著の考証随筆。 3巻 4冊。文化10年(1813)序、上・中巻は文化11年刊、下巻は12年刊。計112条で、特に分類されてはいないが、 自筆の画を多用し、文芸作品から主に引用しながら考証を加える。著者は骨董集と討ち死にしたという噂さえ流れるほどの努力ぶりだったという。 日本最初の風俗史研究書でもある。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
骨董集

《今歳咄》ことしばなし

  1巻の噺本。書苑武子編。安永 2年(1773)序。69話を収める。「口拍子」の続篇で、さらに続篇が出てもいる。 引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
今歳咄

《詞葉新雅》ことばのしんが

  1巻 1冊の辞書。富士谷御杖著。寛政 4年(1792)刊。俗語から雅語を引く、珍しい形の辞書で、歌文を作る人のために編まれたもの。 上方における話し言葉を今に伝える書でもある。引用元は「新編富士谷御杖全集」(藤女子大学図書館蔵)。
詞葉新雅

《後二条師通記》ごにじょうもろみちき

 藤原師通の日記。現存範囲は永保 3年(1083)から康和元年(1099)まで。殆どが簡単な記事であるが、 典礼については多少詳しく書かれており、また学芸の記事の多さが特徴的である。 引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表一

《御摂勧進帳》ごひいきかんじんちょう

 初世桜田治助や奥野瑳助らの合作。安永 2年(1773)初演。義経が平泉へ下る「義経記」の内容を中心に据える。 市川海老蔵( 4世団十郎)を中心として江戸歌舞伎界きっての人気役者を揃えた豪華な興行で、46日に及ぶ大当たりを取った。 当時の顔見世狂言の傑作であり、治助の一代の傑作でもある。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
御摂勧進帳

《古物尋日扇香記》こぶつひろいせんこうき

 写本 1冊の洒落本。享和元年(1801)成。芝扇香作。そもそも刊行することを想定していない作で、 山東京伝の「錦之裏」を利用、改竄して成ったもの。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
古物尋日扇香記

《後法興院記》ごほうこういんき

 近衛政家の日記。文正元年(1466)から永正 2年(1505)までの記録がある。ちょうど応仁の乱の期間に当たり、 東西両軍の動向の記事が見られ、他に政界の記録や学芸に関する記載もある。引用元は「陽明叢書記録文書篇」(藤女子大学附属図書館蔵)であるが、 読点は「増補続史料大成」(札幌市中央図書館蔵)に従った。
年表二

《後法興院政家記》ごほうこういんまさいえき

→後法興院記

《薦獅子集》こもじししゅう

  1巻の俳諧撰集。巴水編。元禄 6年(1693)識。編者が住吉神社に句を奉納した際の記念集。奉納句のほか諸家の発句、七吟、三吟及び連句を収める。 引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
薦獅子集

《小紋新法》こもんしんぽう

 山東京伝作・画の絵本。 1巻。天明 6年(1835)刊。当時急速な発達を見せた小紋で遊んだ洒落本「小紋裁」の続篇。 恐らく内輪受けを想定したと思しき作品で、新吉原妓楼である扇屋の知識を要するという、現代の目からすれば難解な作品である。 引用元は「季刊江戸文学」(藤女子大学図書館蔵)。
小紋新法

《古来庵発句集前篇》こらいあんほっくしゅうぜんぺん

 図大編。 2冊。明和 3年(1766)刊。存義の還暦を祝って門人らが編集した発句集。まだ存義は在世中であったことから「前篇」とされている。 引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
古来庵発句集前篇

《古老茶話》ころうさわ

  3巻の随筆。柏崎永以著。寛保元年(1741)頃成立。信長から家康の時代を中心とし、新しいところでは吉宗の時代までの武将らの経歴や逸話を聞書または記録によってまとめたもの。 一つ書きの体裁で、時代順を必ずしも追ってはいない。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
古老茶話

《権記》ごんき

 藤原行成の日記。現存しているのは正暦 2年(991)から寛弘 8年(1011)まで。その後没する万寿 4年(1027)まで書き継いだらしいが、現存しない。 「参内」と「詣左府」が多く、従って一条天皇や道長の様子がよく分かる。また、典籍や経典の書写が多く、まさに三蹟の一人たるに相応しい。 引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵)。
年表一

《艮斎間話》こんさいかんわ

 安積艮斎著の随筆。正編 2巻続編 2巻。正編は天保11年(1840)の序で翌年刊、続編は嘉永 2年(1849)序で翌々年刊。 宋学の理論を説明した書で、仮名交じり文で古今の逸話を記している。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
年表二艮斎間話

《崑山集》こんざんしゅう

 14巻の俳諧撰集。良徳編。慶安 4年(1651)刊。貞徳門人を中心とした撰集で、8,000句ほどを収める。 「門流」がはっきりしてきた頃の作品で、難書も生み出した。貞徳自身が撰集の計画を持っていたものの病で進まず、 良徳にそれを委ねて成ったものであるが、当初の編集はかなり雑だった。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)で、巻数の表記は引用者の私意で統一した。
崑山集

《今昔物語集》こんじゃくものがたりしゅう

 日本説話文学史上最大にして最高の傑作。撰者については手がかりもなく、成立時期も保安元年(1120)年前後というよりなく、内容から見て保元の乱よりは古いと推定されているが、 本文の完備していないものや題目しかないものなども存するので、厳密には未完成品である。全31巻で、欠巻が 3巻ある。うち、巻一〜五が天竺部、巻六〜十が震旦部、残りが本朝部である。 特徴としては、巻ごとによく調えられた類聚形式をなしていることが最も目立つ。しかし、これほどの大作でありながら、 古写本は一本(計 9巻分)と残簡( 6葉)しかなく、室町時代初期までは他書に引用されたことがないという事実もある。 引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
今昔物語集

《権大夫記》ごんのだいぶき

→長秋記

《金毘羅会》こんぴらえ

 寸木編の俳諧撰集。 2巻。元禄13年(1700)序。上巻に才麿や芭蕉をはじめとする諸家の発句を収める。 下巻は寸木らが上方を歩いた折に興行した歌仙などを載せる。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
金毘羅会
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp