解題・マ行
《枕》まくら
→枕草子
《枕草子》まくら(の)そうし
清少納言作の随筆文学。もともとは「枕草子」は普通名詞(意味は詳らかでない)で、通例清少納言作の枕草子という意で「清少納言枕草子」と呼ばれていたらしいが、
類書がないため「枕草子」と呼ばれるようになったようだ。「草子」は「草紙」「双紙」「冊子」とも表記する。長徳 2年(996)までにある程度できていたものが徐々に増補されていったものの如くだが、
寛弘年中の内容と思われる部分もある。およそ300の文章からなり、その形態はさまざまで、類聚章段・日記的章段・随想(随筆的)章段に一般に大別されている。
配列が雑然としているため、それを整頓しようとした動きもあり、ゆえに大きく 4系統に分けられる伝本が存する。
相撲記事は最大で 4章段に存するが、伝本によっては欠けてもいるので、ここでは系統ごとに引用を試み、相撲記事が欠けている場合は省いた。
引用元は、能因本(能因が所持していたと伝えられる本)は三条西家旧蔵(実隆または公条の自筆という)学習院大学蔵本の影印たる「笠間影印叢刊」(藤女子大学図書館蔵)、
三巻本一類(二巻のものが四巻に分けられ、第一巻を欠いたと思われるもの)は、陽明文庫蔵甲本と呼ばれるものの影印たる「陽明叢書」(藤女子大学図書館蔵)、
三巻本二類(一類本に欠けている第一巻もあり、一類本でいう第一巻と第二巻は一巻になっている。堺本と混合した上に独自の改変もある)は、
弥富破摩雄旧蔵大東急記念文庫蔵本の影印たる日本古典文学刊行会刊原装影印本(藤女子大学図書館蔵)、
堺本(道巴という人から借りて書写したという本で、書写した人が堺に隠遁していたという)は高野辰之旧蔵斑山文庫本の縮小複写たる「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)、
前田本(前田家旧蔵尊経閣文庫蔵本で、新しくとも鎌倉中期書写とされ、他の伝本より遥かに古い伝本で、他に類がない本文のため、孤本でありながら一系統をなす)は、
尊経閣文庫蔵本の影印たる「尊経閣叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)とし、章段の切り方は「校本枕冊子」(藤女子大学図書館蔵)に拠った。
・枕草子
《真佐喜のかつら》まさきのかつら
序に「筆まめなるは誰もおよばず」とある青葱堂冬圃が著した随筆。現存は10巻であるが、全貌がどれほどのものか分からない。
成立は明治の前半らしい。記事の中心は嘉永・安政で、関心の範疇が極めて広く統一性がないが、幕府に対する批判が目立ち、
旧幕時代に出版されなかったとはいえ、反幕を鮮明にしている記録が湮滅しなかったのは奇跡に幾い。
引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二・真佐喜のかつら
《匡衡集》まさひらしゅう
赤染衛門の夫である大江匡衡の家集。113首を収める。伝本は多数あるが、系統としてはすべて同一である。
引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・匡衡集
《匡房卿次第》まさふさきょうしだい
→江家次第
《正夢後悔記》まさゆめこうかいき
「正夢後悔玉」の巻末に一章を追加したもので、明和 7年(1770)刊「曾古左賀志」の底本。→正夢後悔玉・曾古左賀志・粋の手習・水の行すえ
《正夢後悔玉》まさゆめこうかいだま
3巻 1冊の洒落本。宝暦11年(1761)成。若異軒蛙井(福隅軒蛙井)作。出板はされず、写本で行われた談義本風洒落本の名作で、
一部追加(「正夢後悔記」)を経て明和 7年(1770)に「曾古左賀志」として刊行された。→正夢後悔記・曾古左賀志・粋の手習・水の行すえ
《雑豆鼻糞軍談》まじりまめはなくそぐんだん
明和 6年(1769)刊。構造上は浮世草子だが、並みの浮世草子よりもその内容が珍妙且つハチャメチャである点で、極初期の滑稽本とみることができる。
作者は恐らく板元でもある小幡宗左衛門。藤原房前と大友真鳥の不和から説き起こし、序文にある如く、鼻糞餅のようなナンセンス軍談が続く。
5巻。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・雑豆鼻糞軍談
《交肴》まぜさかな
1巻の噺本。作者不詳、浜川砂水序。安永 8年(1779)刊。「坐笑産」の板木のうち、後半55話分を流用し、その前に序と「角力の札」をつけたもの。
従って「坐笑産」に乗っていた相撲関係の話は載っていない。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。→坐笑産
・交肴
《松の内》まつのうち
文化 5年(1808)刊。「高笑ひ」の嗣足改題本で、関係分では「浅草」が載る。→高笑ひ
《松の落葉》まつのおちば
藤井高尚著の随筆。 4巻と目録 1巻。文政11年(1828)成立、天保 3年(1832)刊。多方面に亙る考証随筆計221条から成る。
長年の古典研究の精華といえる名随筆である。著者の居宅を「松の屋」といったことに因む書名である。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・松の落葉
《松の花》まつのはな
仮題。 1冊。榎本星布編。寛政10年(1798)序、11年自跋。松島独吟歌仙、門人や交わりのあった俳人の句、そして星布発句の歌仙 1巻を収める。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・松の花
《松屋筆記》まつのやひっき
小山田与清が弘化 4年(1847)に歿するまでに書き溜めた見聞や、事物の考説をまとめたもの。
120巻。引用については出典を明示する。活字本の底本となった東大蔵写本は関東大震災で焼失した。
引用元は国書刊行会叢書(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・年表二・松屋筆記
《間似合早粋》まにあいはやずい
1冊の洒落本。史魯徳斎作。明和 6年(1769)刊か。作者名は「素人臭い」のもじり、題は明和 3年刊の「間合早学問」のもじり。
宝暦期から存在する「粋の何たるか」について滔々と述べる粋談義に属する作品。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・間似合早粋
《眉山》まゆやま
2巻の俳諧撰集。吟夕編。元禄 5年(1692)序跋。編者は阿波の人、京坂旅行の折に唱和した連句や阿波俳士との連句、諸家発句を収める。
引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・眉山
《まわし枕》まわしまくら
1冊の洒落本。山手山人作。寛政元年(1789)刊。妓女小春が 4人の客を相手にするもので、舞台は甲駅新宿の遊廓。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・まわし枕
《満済准后日記》まんさいじゅごうにっき
醍醐寺三宝院門跡・醍醐寺座主であった満済の日記。応永16年(1409)から永享 7年(1435)までが現存する。
記主は足利義持・義教の顧問としてあり、「黒衣の宰相」なる異名を取った。それゆえこの記は室町幕府の内情を知る上でまたとない史料である。
引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《満仲》まんじゅう
幸若舞の一。談義本を舞曲化したもの。仏道に帰依した多田満仲が末子美女御前を寺に入れたが、
この美女御前が濫行を尽くしたため、満仲は家来仲光に成敗を命じた。仲光は子の幸寿丸を身代わりにし、
美女御前を叡山に送った。美女御前は源信の弟子となって円覚と名乗り、天台宗の奥義を究めて父母に対面した。
満仲夫妻は仲光の忠誠を謝して所領の半分を与え、幸寿の菩提を弔った。「鹿苑日録」に載る明応 7年(1498)の上演記録が最も古い。
引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・満仲
《万八草紙》まんぱちそうし
行平鍋須磨酒宴の改題再刻本。→行平鍋須磨酒宴
《万葉集》まんようしゅう
奈良時代の和歌集(但し極く僅かに漢詩文が含まれる)。20巻に4,500首余りが収められる。編者は未詳で、その成立にも謎が多いが、
単独で一遍に編せられたものではない。古くは仁徳天皇の皇后の歌とされるものから、天平宝字 3年(759)作のものまで、
また東歌・防人歌をも含め、時間・空間的に幅広く採録された最大の歌集である。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・年表一
《万葉集略解》まんようしゅうりゃくげ
加藤千蔭著の万葉集註釈書。20巻30冊。寛政 3年(1791)から 8年にかけて執筆、さらに補正して12年の成立。 8年より刊行を始めて文化 9年(1812)に全巻の刊行を終えた。
賀茂真淵一門の註を基本とし、本居宣長にその見解を問うて成ったもので、簡潔なる記述によって広く流布し、万葉集そのものの普及にも与って力があった。
引用元は「日本古典全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《万葉集楢の杣》まんようしゅうならのそま
→楢の杣
《万葉代匠記》まんようだいしょうき
契沖著の万葉集註釈書。当初は下河辺長流に対し徳川光圀が万葉集の注解を依頼したが、長流は貞享 3年(1686)に歿した。
このため長流と交友があった契沖が継ぎ、初稿本を完成した。これは寛永版本を底本とした注釈であり、他本をあまり参照していないため、
諸書を参照校勘して元禄 2年(1689)に万葉集の校本をまとめ、翌年に精撰本を成立させた。20巻49冊。和漢の諸書や仏典約500種の典籍をもとに注釈を行い、
その緻密さにより万葉集注釈に一期を画した。引用元は「契沖全集(岩波書店版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・野見宿禰
《水鏡》みずかがみ
3巻の歴史物語。作者未詳なるも、中山忠親説と源雅頼とがある。大鏡の前の時代について、大和竜蓋寺(岡寺)に参った老尼が初瀬寺で修行者に会い、
その修行者が葛城の山で仙人から聞いた昔話を聞かせてもらって筆記した、という形をとっている。
引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)であり、《水鏡》として引いた方が流布本(原型と考えられる)、《水鏡異本》として引いた方が前田本(鎌倉時代に増補を加えられたもの)である。
・年表一・野見宿禰
《水の行すえ》みずのゆくすえ
5巻 5冊の洒落本。花王斎五草山人作。文化元年(1804)成。「曾古左賀志」の改稿本だが、省略過多で味の薄い作品に堕した。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。→正夢後悔玉・正夢後悔記・曾古左賀志・粋の手習
・水の行すえ
《見世物雑志》みせものざっし
文政元年(1818)から天保 7年(1836)までの名古屋における興行記録。小寺玉晁の著。 4巻。
能・浄瑠璃・相撲・物真似といった代表的な見世物から、ビードロ細工・水からくりといったものまで様々である。
引用元は「新燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二・見世物雑志
《道済集》みちなりしゅう
中古三十六歌仙の一人である源道済の家集。最大319首を収める。殆どの諸本には巻末に官歴を記した勘物が添えられている。
引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・道済集
《三千之紙屑》みちのかみくず
1冊の洒落本。うくひす谷白眼作。享和元年(1801)刊。前年 2月に全焼し、仮宅で営業していた吉原を舞台とした洒落本であるが、
三帖になると再建された吉原に舞台が変わる。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・三千之紙屑
《御堂関白記》みどうかんぱくき
藤原道長の日記。長徳 4年(998)から治安元年(1021)までの記事がある。御堂関白記という名称は江戸期以降の呼び名である。
記事はおおよそ簡略であるが、後一条天皇の誕生や次女・三女の入内・立后については極めて詳細である。
表記は奔放、粗雑ともいえるほどで、極めて難解である。引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《御堂御記抄》みどうぎょきしょう
御堂関白記からの抄出本で、 5種ある。引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《みとり日記》みとりにっき
→父の終焉日記
《虚栗》みなしぐり
2巻の俳諧撰集。其角編。天和 3年(1683)刊。いわゆる天和調または虚栗調といわれる作品群で、漢詩文を模したものまたはもじったものを中心とする。
発句431・歌仙 8・二十五句 1・漢句 3・三つ物 6を四季別に分け、発句の中にそれ以外のものを挟むような配列がなされている。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・虚栗
《蓑笠》みのがさ
舎羅編の俳諧撰集。 2冊。元禄12年(1699)自跋。芭蕉の句を立句とする脇起こし歌仙を巻頭に据え、
それに続けて四季発句と連句を収める。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
・蓑笠
《耳たむし》みみたむし
百池筆の俳諧書留。明和から寛政に至る諸家の句を録した備忘帳。前半は蕪村を中心とする人々の四季発句を載せ、
後半に明和 8年(1771)から寛政 2年(1790)に至る句会を記録している。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・耳たむし
《耳の垢》みみのあか
広島の町医にして藩医であった進藤寿伯が書き留めた草稿。原題は「耳の垢後編草稿」で、前編に当たるものもあったはずだが、残っていない。
内容は「無題筆記」抜粋 3巻・「武江年表」抜粋 1巻・「愚雑俎」抜粋 1巻・「牛馬問」抜粋 1巻・「梅の舎筆記」 2巻・「近世列女伝」抜粋 1巻である。
10巻になったら再編して「耳の垢後編」にするはずだったが、慶応 2年(1866)の著者歿により果たされなかった。
昭和47年、「無題筆記」抜粋と「梅の舎筆記」とを年代順に編し直したものが「近世風聞・耳の垢」と題されて刊行された。
引用元はその青蛙房刊本(北海道大学附属図書館本館蔵)である。「無題筆記」の著者は不明だが医師と見られ、慶長 8年(1603)から享和 2年(1802)までに及ぶ。
「梅の舎筆記」は承応 2年(1653)から慶応元年(1865)に及び、文政11年(1828)以降の分は進藤寿伯本人の見聞録である。
・年表二・耳の垢
《耳嚢》みみぶくろ
根岸鎮衛の聞書集。10巻。天明から書き始められて文化11年(1814)に至る。珍談奇談の集成で、およそ120人に及ぶ話者から得た話や、
名を出さぬ者から得た話、又聞きと断られている話を書き連ねてあり、事実であるなしを問わずそのまま収められている。
一種の噂話集ともいえる。引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
・耳嚢
《都曲》みやこぶり
→新撰都曲
《妙法院日次記》みょうほういんひなみき
妙法院の坊官らが書き継いだ日記。寛文12年(1672)から明治元年までに及ぶ厖大なもの。但し刊本は元禄 7年(1694)から。
期間も長ければ、年毎の枚数も多く、初期はさほど多くもないが享保ごろから増え始め、天保 9年には1,290枚を費やす有様である。
妙法院は蓮華王院と方広寺を管轄しており、方広寺大仏殿の復興に難渋する様子や、知行地における経済活動のあらまし、
文化史料に災害史料と多種多様の記事を拾える、量だけでなく質においても高度な日記である。
引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵・未完)。
・年表二
《三好家成立之事》みよしけせいりつのこと
阿波の三好家を中心とした合戦記。 1巻。清和天皇16代の孫細川頼春が足利尊氏によって四国大将軍に任ぜられてより300年、
三好家の内紛も絡んで遂に長曾我部元親が四国を統一するまでを描く。引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・三好家成立之事
《民経記》みんけいき
権中納言藤原経光の日記。嘉禄 2年(1226)から文永 9年(1272)までの記録があり、特に五位蔵人であった寛喜 3年(1231)から天福元年(1233)の記録が多く残る。
九条道家・教実父子が摂関を務めていた頃の朝政記録が豊富である。記手宛の書状を主とした紙背文書が多い。
引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《民経御記》みんけいぎょき
→民経記
《民部卿殿御記》みんぶきょうどのぎょき
→民経記
《昔敵討実録》むかしかたきうちじつろく
「元禄曾我物語」の改題本。→元禄曾我物語
《むかし語》むかしがたり
既白編の俳諧撰集。 2巻。明和 2年(1765)序。天巻に蕉門諸家の俳話などの俳論と、京・江戸への旅で得た発句・連句を載せ、
地巻に諸国名家の発句370を収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・むかし語
《むかしばなし》むかしばなし
只野真葛著の随筆。 6巻。文化 9年(1812)の成立。著者の父はオランダ趣味で名高い工藤平助。その父の名を残さんものと、
傾いた生家を思いながら記したもので、特に順序だててあるわけではないが、鋭い世相描写が光る。
引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
・むかしばなし
《むかしを今》むかしをいま
夜半亭蕪村の師匠である先代夜半亭巴人こと宋阿の33回忌追善集。蕪村編。 1冊。安永 3年(1774)刊。
巻頭に嵐雪・宋阿・蕪村の追悼句を置き、次いで蕪村門と几董一派の歌仙が収められる。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・むかしを今
《木工権頭為忠朝臣家百首》むくのごんのかみためただあそんけのひゃくしゅ
→為忠家後度百首
《無人島談話》むじんとうだんわ
寛政元年(1789)12月に漂流して翌年 1月に鳥島に漂着した日向国志布志浦の三右衛門船「住吉丸」の漂流記。
2巻と附録。寛政 9年跋。曾槃著。漂流民が 9年に江戸にて薩摩藩に引き渡され、その後に曾槃と本田親孚とが高輪なる薩摩藩邸で尋問したのをもとにして曾槃がまとめたものである。
引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
・無人島談話
《無題筆記》むだいひっき
→耳の垢
《むだ砂子》むだすなご
1冊の洒落本。天明 6年(1786)刊。多羅福孫左衛門作。地誌「江戸砂子」をもじり、江戸の年中行事や遊びなどをこじつけて記した洒落本。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・むだ砂子
《武玉川》むたまがわ
高点付句集。初篇寛延 3年(1750)〜18篇安永 5年(1776)刊。15篇まで初代慶紀逸撰、16篇以降は二世紀逸撰。
前句を省いた高点付句集は上方にはあったが江戸では最初のものであり、「誹諧童の的」など後続の江戸座高点付句界に甚大なる影響を与えた。
11〜15篇は「燕都枝折」の名で刊行。引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)であるが、13篇の草稿は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)から引いた。
・武玉川・燕都枝折
《陸奥鵆》むつちどり
桃隣編の俳諧撰集。 5巻。元禄10年(1697)跋。前年が芭蕉の三回忌に当たる。これを記念して陸奥を行脚したときの作品を中心としたもので、
その紀行文を巻五に載せる。残りの巻は江戸または旅先での連句や発句を収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・陸奥鵆
《宗忠公記》むねただこうき
→中右記
《村井随筆》むらいずいひつ
「諸家随筆集」のうちの一篇。筆者不詳。延享 3年(1746)から寛政11年(1799)までの見聞・奇事が載っている。
引用元は「鼠璞十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。→諸家随筆集
・村井随筆
《紫式部集》むらさきしきぶしゅう
紫式部の私家集。晩年期の自撰か。定家本・古本・別本(雑纂的性格)の 3系統に大別され、前二者は祖を同じうするとみられ、120首前後を収める。
引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・紫式部集
《名歌徳三舛玉垣》めいかのとくみますのたまがき
初世桜田治助作の歌舞伎。 4幕。享和元年(1801)初演。平家物語で有名な惟喬・惟仁親王の位争いに、
小野小町の話題を組み込んだ狂言である。引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・名歌徳三舛玉垣
《明訓一斑抄》めいくんいっぱんしょう
徳川斉昭による家訓。 2巻。弘化 2年(1845)成。家康や吉宗といった名君の「明訓」を解説する形で記したもので、
阿部正弘が読んで感銘を受け、徳川12代将軍家慶やのちの13代将軍家定も読んだという。引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・明訓一斑抄
《明月記》めいげつき
冷泉家では「めいげっき」という。藤原定家の日記。現存するのは治承 4年(1180)から嘉禎元年(1235)までである。このうち、建久 3年(1192)から天福元年(1233)までについては、
冷泉家時雨亭文庫に自筆本がある。源平動乱期から承久の乱に及ぶ期間において、宮廷の故実から庶民の動向まで幅広く記されている。
また古典の書写活動についても記述がある。引用元は国書刊行会刊本(北海道大学附属図書館本館蔵)であるが、建暦 2年(1212) 7月 3日条後半のみ「明月記研究提要」(札幌大学図書館蔵)。
・年表二
《迷処邪正按内拾穂抄》めいしょあんないしゅうほしょう
1冊の洒落本。志道軒作。宝暦 8年(1758)刊。人間の一生における好色の戒めを述べたもので、前々年以来流行していた名所案内風の構想を踏襲している。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・迷処邪正按内拾穂抄
《明文抄》めいぶんしょう
藤原孝則編の故事金言集。鎌倉初期成。 5巻。故事金言を和漢の諸書から採録し、12部に分類したもの。
取られた句は2,100に上り、太平記をはじめとする中世文学に引かれている。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・明文抄・野見宿禰
《伽羅先代萩》めいぼくせんだいはぎ
9段の浄瑠璃。松貫四・高橋武兵衛・吉田角丸合作。天明 5年(1785)初演。万治 3年(1660)に幕府は乱行のため伊達綱宗を隠居させ、その跡を 2歳の亀千代(綱村)に襲がせたが、
その後見役らと保守派との間で抗争となった。この伊達騒動をモデルとし正徳 3年(1713)の「泰平女今川」以来様々な歌舞伎・浄瑠璃がつくられたが、
本作は、鎌倉時代の奥州鎮守府源家のお家騒動物に仕組んだ安永 6年(1777)初演の奈河亀助・五十五十輔等作「伽羅先代萩」に、
安永 7年初演の「伊達競阿国戯場」の豆腐屋の場を加えて改作したものである。引用元は、「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・伽羅先代萩
《明良洪範》めいりょうこうはん
真田増誉著。正篇25巻、後篇15巻。慶長から正徳頃の徳川家及びそれに関連する武将・家臣の言行録が主で、
武士の心構えを説くものが多い。正篇24・25巻は婦人伝で、他に学者の言行も含まれる。引用元は、国書刊行会叢書所収本(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・明良洪範
《明和誌》めいわし
青山徳平が「予が養父白峰院様御著述御直筆なり」としている。文政 5年(1822)の序である。
著者が明和から文政までのことを思い起こして書いたもので、100話集めたと序にはある。
引用元は「ビブリア」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《明和辛卯春》めいわしんぼうのはる
明和 7年(1770) 3月に夜半亭の号を継いだ蕪村が、門下の力量を示さんがために編集した春興帖。 1冊。
明和 8年の編。三つ物・歌仙・旦暮吟を収め、門人だけでなく太祇や嵐山らも加わり、俳優の句も含まれる豪華なもの。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・明和辛卯春
《面々硯》めんめんすずり
1巻の俳諧撰集。調和編。元禄11年(1698)刊。当時の俳諧諸家の歳旦発句と調和一座の歌仙とを納める。
引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・面々硯
《藻塩草》もしおぐさ
行平鍋須磨酒宴の改題再刻本。→行平鍋須磨酒宴
《藻塩草須磨書替》もしおぐさすまのかきかえ
行平鍋須磨酒宴の改題再刻本。→行平鍋須磨酒宴
《尤之双紙》もっとものそうし
2巻 2冊の仮名草子。斎藤徳元著。寛永 9年(1632)刊。枕草子における「物は尽くし」の模倣作の一つで、
「尤」は「もっとも」の意だけでなく、「枕」の旁の草体にもよる。上下各40項目から成る。
「物は尽くし」の特質である連想の巧みさは認められるが、大きな飛躍はない。
引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・尤之双紙
《本居宣長随筆》もとおりのりながずいひつ
本居宣長が書き溜めた抄録・聞書。後の「玉勝間」の取材源としても知られる。宣長の学究の軌跡を窺いうる資料である。
引用元は「本居宣長全集」(石狩市民図書館蔵)。
・年表一・本居宣長随筆
《本居宣長日録》もとおりのりながにちろく
本居宣長の日記のうち、「日録」のみ題された部分。「本居宣長日録」は引用者が仮に附した題である。
「在京日記」に続くもので、宝暦 7年(1757)10月 6日から12年 2月28日までの日記。 1冊。引用元は「本居宣長全集」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二
《本居宣長日記》もとおりのりながにっき
本居宣長の日記のうち、「日記」のみ題された部分。「日録」同様、「本居宣長日記」は引用者が仮に附した題である。
「日録」に続くもので、宝暦12年(1762)年頭から享和元年(1801) 9月14日までの日記。 5冊。引用元は「本居宣長全集」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二
《元親記》もとちかき
長曾我部元親の合戦記。寛永 8年(1631)、元親三十三回忌記念の作。 1巻または 3巻。
土佐を平定してから朝鮮出陣に至るまでを順を追って記したものである。サン・フェリペ号漂着の次第も下巻に詳しく記され、
また元親個人の趣味など人となりをも知ることができる。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・元親記
《もとの清水》もとのしみず
梨一著の俳論書。 2巻。明和 4年(1767)自序。蕉風への回帰を説いた俳論で、上巻が本論、下巻は作例集。
自筆稿のほかに数種の写本があり、異同が多い。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・もとの清水
《物草太郎》ものくさたろう
10巻10冊の読本。文化 5年(1808)刊。西洲散人(片山敬斎)作。御伽草子の「物くさ太郎」や浄瑠璃「物ぐさ太郎」を踏まえ、
「水滸伝」に大きく依拠した稗史もので、仁明天皇の時代に侫臣宇治左府が権力を掌中にするが、雄武丸が物草太郎を名乗って同志を集め宇治左府一派を倒すという内容である。
引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・物草太郎
《物種集》ものだねしゅう
1巻の俳諧付合集。西鶴編。延宝 6年(1678)刊。宗因・西鶴一派の付合500を採録したもので、
西鶴が 5年間に目にした「よき当流の付合」を収めたものである。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・物種集
《ものゝ親》もののおや
2冊。天明 3年(1783)刊。葛人編。葛人の兄である葛才の13回忌追善集。上巻には師匠吏登に乞うて得た俳論を掲げ、
下巻に歌仙を収める。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・ものゝ親
《物の名》もののな
武曰編。文化 7年(1810)刊。 1冊。編者は常世田長翠の弟子で、同年春に師を訪問した際に冬の日庵を贈られた。
そして信州に帰って後、善光寺呉鳥村 5月に開庵した。その披露の集が本書。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・物の名
《ものはくさ》ものはぐさ
5巻 5冊の洒落本。明和 8年(1771)刊。作者未詳。巻一「いやみ十二段」は宝暦 9年(1759)刊「十二段弥味草紙」の改竄で、
巻二からは徒然草などの類聚的章段に似せた行文で当世の遊びなどを穿ったものである。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・ものはくさ
《百草》ももくさ
著者未詳の随筆。 6巻。殆ど全てが抄出であり、その内容も幅が広いというよりはバラバラという感じを与える。
逸事異聞を多く載せる。巻六は足代弘訓「伊勢の家苞」に充てられている。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・百草
《百草露》ももくさつゆ
含弘堂偶斎著の随筆。11巻。考証随筆であり、その内容は多岐に亙るが、各章は比較的短く、断章というに幾い。
著者の何人なるか、全く知られない。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・年表一・野見宿禰
《百の種》もものたね
1冊の噺本。三笑亭可楽作。文政 7年(1824)刊。もともとは10話、翌年の再板本で11話になった。
巻末に倅の咄も載せているのが珍しい。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・百の種
《守貞謾稿》もりさだまんこう
喜田川守貞著の風俗考証書。30巻(うち 2巻を欠く)・後集 5巻(うち 1巻を欠く)。天保 8年(1837)起筆、慶応 3年(1867)最終加筆。
自ら見聞した風俗を分類の上、自分の見解を述べてから考証にかかる慎重な態度を特徴とする。
江戸と京坂との違いを述べて絵入りで詳説し、さまざまな書・画を参照しながら考証を進め、さながら幕末風俗百科全書となっている。
引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
・守貞謾稿
《守武千句》もりたけせんく
守武の連歌千句。 1冊。天文 9年(1540)成立か。日常の諸相や古典の題材を詠み、これに機知に富んだ奇抜な付句を続ける表現手法で、
のちの談林俳諧に受け継がれた。綿屋文庫に草案が存する。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)であるが、
草案については「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)から引いた。
・守武千句
《師郷記》もろさとき
中原師郷の日記。応永27年(1420)から長禄 2年(1458)までに亙り、欠失は少ない。記主は大外記で、
従って朝儀・公事の記事が豊富なのは勿論であるが、庶民の動静にも筆が及び、地方の動乱についても記されている。
引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《師遠年中行事》もろとおねんちゅうぎょうじ
1巻の年中行事書。中原師遠本からの伝写にかかる。年中行事御障子文の一本であるが、若干の異同が認められる。
なお、師遠作ともされるが、確たる証拠はない。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・師遠年中行事
《師時記》もろときき
→長秋記
《師光年中行事》もろみつねんちゅうぎょうじ
2巻(もと 1巻か)の年中行事書。亀山天皇に奉献したものらしい。年中行事について古書を引きながら解説したもの。
朝儀でないものも目立つが、説明そのものは割に簡単である。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・師光年中行事・野見宿禰
《師元年中行事》もろもとねんちゅうぎょうじ
1巻の年中行事書。年中行事御障子文の中原師元本で、異本と比較すると異同が認められる。
特に朝儀以外の歳事も目立つ。よって後人の追記も考えられる。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・師元年中行事・野見宿禰
《師守記》もろもりき
中原師守の日記。大少外記を世襲する明経道の博士家という家柄であることから、北朝の朝儀や公事を中心とした記録となっている。
期間は暦応 2年(1339)から応安 7年(1374)までに及ぶが、欠失が多く、また貞和 5年(1349)以外は一年分完備した年がない。
南北朝時代に関する最重要史料とされる。引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《文選臥坐》もんぜんござ
1冊の洒落本作品集。佐保川狂示・蒼竜闕湖舟・梅暮里谷我作、山東京伝編。寛政 2年(1790)刊。 3編の短編洒落本を集めたもので、
京伝が「文選」にこじつけた題をつけたものか。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・文選臥坐
《文徳実録》もんとくじつろく
→日本文徳天皇実録
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp