解題・サ行
《在臆話記》ざいおくわき
岡鹿門述。幕末から明治初頭にかけての自らの体験を息子の希望によって語ったもの。明治40年から大正 2年にかけての口述。
朴訥に過ぎるほどの生硬な行文ながら、それが却って精彩を放つ結果を生み、また談話に当たって諸書に当たって正確を期することにより、
幕末維新の一史料として価値を高からしめている。引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二・在臆話記・野見宿禰
《西鶴あと逐当流たがみの上》さいかくあとおいとうりゅうたがみのうえ
「飛鳥川当流男」の改竄本。宝永 7年(1710)刊。→飛鳥川当流男
《西鶴諸国はなし》さいかくしょこくばなし
井原西鶴作浮世草子の第 3作。 5巻 5冊。貞享 2年(1685)刊。各巻に 7話ずつ、諸国の奇談を集めた書である。
内題に「大下馬」とあるが、読む人皆を下馬させるほどの面白さであることを意味する。なお、「西鶴」を冠する作品のなかで、
生前に刊行されたものはこれが唯一である。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・西鶴諸国はなし
《歳華詩料》さいかしりょう
河村益根撰。 2巻。天明元年(1781)刊。和漢の風習について説明したもので、俳諧歳時記の漢詩版といえようか。
和漢の「漢」について彼の巻に、「和」について此の巻に収める。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・歳華詩料
《歳華百詠》さいかひゃくえい
松本愚山作。 2巻。京の年中行事を七絶竹枝体で詠んだもので、101首に及ぶ。→愚山雑稿
《西宮(日)記》さいきゅう(にっ)き
→西宮記(せいきゅうき)
《西宮抄》さいきゅうしょう
→西宮記(せいきゅうき)
《在京日記》ざいきょうにっき
本居宣長の日記のうち、宝暦 2年(1752) 3月 5日に松坂を出立してから、 7年10月 6日に松坂に帰郷するまでを記したもの。
3冊。この京都遊学中に堀景山に師事して漢学を学び、堀元厚・武川幸順に医学を学んだ。景山が国学にも通じていた影響から宣長も契沖の著書を読破し、
国学開眼の基となった。引用元は「本居宣長全集」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二
《西宮(日)記》さいぐう(にっ)き
→西宮記(せいきゅうき)
《西宮鈔》さいぐうしょう
→西宮鈔(せいきゅうしょう)
《西国紀行》さいごくきこう
仮題。一茶の俳諧紀行文。 1冊。寛政 7年(1795)讃岐観音寺から伊予・岡山・姫路・大坂・堺を経由して高師までを歩いたときのもの。
引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・西国紀行
《細推物理》さいすいぶつり
大田南畝著の日記。享和 3年(1803)一年間を記すもので、前年 3月に大坂での勤務を終えて江戸に戻り、
行楽を楽しんだ記録で、漢詩文の会やら狂歌の会やらに積極的に出、花見や船遊びも活発である。
引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《斎藤月岑日記》さいとうげっしんにっき
斎藤月岑の日記。文政13年(1830)から明治 8年までの分がある。記述は簡潔であり、草創名主としての職務に関する事項や、
江戸市中の様子を知ることができ、時に挿図を交える。特に勧進能興行時に名主として出勤したことや、
黒船来航時における御用伺の記事などが目立つ。引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵・未完)。
・年表二
《在阪漫録》ざいはんまんろく
4巻 4冊の随筆。久須美祐雋著。 3巻までは安政 4年(1857) 4月20日から文久元年(1861)正月までに亙って、
折々に書き留めたもので、いわば見聞メモという趣。 4巻は大坂の風俗を江戸のそれと対比したもので、
安政 6年(1859)の記事もある。引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・在阪漫録
《再遊紀行》さいゆうきこう
1冊の紀行。山崎闇斎著。万治 2年(1659) 3月に東武へ向かい、11月に東海道を経由して京に戻るまでを漢詩で記した紀行文。
引用元は「近世紀行日記文学集成」(札幌大学図書館蔵)。
・再遊紀行
《幸蔵》さいわいぐら
→宝蔵
《境海草》さかいぐさ
2巻の俳諧撰集。顕成編。万治 2年(1659)自序、 3年刊。もともとは那賀盛之が手がけたものであるが急逝したため、
周囲の勧めにより顕成が完成させたものである。上巻が春と夏の発句、下巻は秋と冬の発句に付句を加える。
堺の俳壇から生まれた最初の撰集でもある。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・境海草
《榊葉集》さかきばしゅう
石清水八幡宮における恒例の行事を記したものだが、春と夏については伝わらない。現存は秋と冬の 2巻。
室町時代末の成立とみられるが、記事の大部分は鎌倉時代のものであり、下限も一つを除いて後醍醐天皇治世にとどまる。
引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・榊葉集
《桜のかざし》さくらのかざし
1冊の紀行。遠山伯龍著。寛政12年(1800)成。同年 3月に江戸から川崎、金沢、鎌倉、江ノ島と巡って江戸に戻った際の紀行をまとめた作。
引用元は「近世紀行日記文学集成」(札幌大学図書館蔵)。
・桜のかざし
《桜の林》さくらのはやし
千家尊澄が師匠千家俊信の百日祭を行った際、師を同じうする岩政信比古に教えを乞うた問答録。
2巻。安政 2年(1855)自序。本居宣長の流れを汲むために徂徠学を難じている。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・野見宿禰
《左経記》さけいき
源経頼の日記。記録期間は少なくとも寛弘 6年(1009)から長暦 3年(1039)に及ぶが、
日次記として残っているのは長和 5年(1016)から長久 8年(1035)までである。記主の関心から儀礼関係について詳細であり、
また昇進は不如意ながら能吏として聞こえ、中央・地方ともに状況をよく知る実務家であった。
凶事関連の記事を集めた「類聚雑例」は、後人が編んだもので、長久 2〜 9年までである。
記名は「左大辨経頼記」の略。引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)。
・年表一
《狭衣物語》さごろもものがたり
4巻 4冊の物語。成立年未詳。六条斎院宣旨(源頼国女)作。悲恋を引きずる主人公狭衣と、五人の女君との恋物語。
文体は歌語や和歌の引用を巧みに織り交ぜた絢爛たるもので源氏物語と並称せられ、また藤原定家は狭衣物語の歌を高く評価した。
諸本の本文異同は甚だ多様であり、巻毎に系統が入り乱れる。ここでの引用元は、元和 9年(1623)心也開版古活字本を影印した「古典資料類従」(札幌大学図書館蔵)とした。
・狭衣物語
《さゝ竹》ささだけ
8巻及び系図と引歌 1巻、計 9冊。荒木田麗女作の擬古物語。安永 3年(1774)成。左大臣の息子(中将)と 2人の夫人、そしてその子らによる恋愛物語。
引用元は「荒木田麗女物語集成」(藤女子大学図書館蔵)。
・さゝ竹
《筱舎漫筆》ささのやまんぴつ
西田直養著の随筆。15巻。和漢にまたがる幅広い内容を含む、浩瀚なる書。天保年間の学者連と交わり、
意見消息を残している。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・筱舎随筆・野見宿禰
《さゝめごと》ささめごと
連歌論書。題名は「私語」とも表記される。心敬著。写本 2巻。寛正 4年(1463)成立。問答体を用いて心敬の理論が展開される。
仏教を基本に据えたもので、中性の文学理論の中では最重要のものとされる。上巻のみの系統、上下二巻本の系統、改編本系統に大別される。
引用元は、上下二巻本系統が「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)、改編本系統が「中世の文学」(藤女子大学図書館蔵)。
・さゝめごと
《囁千里新語》ささやきせんりしんご
5巻の浮世草子。作者未詳。宝暦12年(1762)刊。各巻 4話ずつ、「世上一ぱいの風説ももとを改して聞バ根無草の生茂りしを生次第茂したひに書あつめ」たという書。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・囁千里新語
《細少石》さざれいし
梅盛編の俳諧撰集。 5巻。寛文 8年(1668)刊。梅盛 7番目の撰集で、諸国の俳士による句を3,715収める。
引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・細少石
《指面草》さしもぐさ
滑稽本。 1冊。山東京伝作、北尾政演(山東京伝)画。天明 6年(1786)刊。
子安観音が昼寝中に子胤を入れた箱をひっくり返してしまい、世間の子胤と混じり合って世の中大混乱に陥るという筋で、
世間子息気質の趣向も借り、文章も似せている。また登場人物にはモデルがあり、実際にあった情死事件をも取り入れ、
現実味を加えている。引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
・指面草
《茶杓竹》さしゃくだけ
→茶杓竹(ちゃしゃくだけ)
《左丞抄》さじょうしょう
→類聚符宣抄
《坐笑産》ざしょうみやげ
1巻の噺本。作者不詳、稲穂序。安永 2年(1773)刊。「楽牽頭」「近目貫」に続く当時の「はなしの会」の傑作集。
全84話を収める。板木を一部組み替えて利用した改題本が数多く存在する。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・坐笑産
《沙石集》させきしゅう
→沙石集(しゃせきしゅう)
《撮壌集》さつじょうしゅう
飯尾永祥編の部門別辞書。 3巻。享徳 3年(1454)成立。42項に亙る辞書で、幼児向けの手引書として編まれたものといえる。
題名は抱朴子によるもので、一撮みの壌つまりつまらぬ書物の意。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・榊葉集
《雑説嚢話》ざっせつのうわ
林自見著。 2巻。明和元年(1764)刊。著者の日頃の読書で目に触れた興味ある事柄(名所・名産・霊異・怪談など)について抄記し、
僅かに意見を附して成ったもの。収載範囲が広い代わりに、著者の独自性が見られない書物ではある。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・年表一・雑説嚢話・野見宿禰
《雑文穿袋》ざつもんせんてい
1冊の洒落本。安永 8年(1779)刊。朱楽館主人(朱楽管江)作。書名は荻生徂徠の「訳文筌蹄」のもじりで雑文の手引きを意味し、
遊里に関する語などを訳するという形を取る。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・雑文穿袋
《仏兄七久留万》さとえななくるま
鬼貫が自身の発句をまとめようとしたもので、享保 5年(1720)までのもの・享保12年の序をもち翌年の句までを収めてあるもの・享保17年の句を収めたものの断片が伝わる。
このことから、鬼貫自身が編集作業を続けたものの完成しなかったことが窺われる。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・仏兄七久留万
《里のをたまき評》さとのおだまきひょう
1冊の洒落本。風来山人(平賀源内)著。安永 3年(1774)刊。「里の緒環」なる吉原細見一枚摺に、深川から吉原に下された売女が出世していることが記されてあることから、
その是非を論ったもの。のちに「風来六部集」さらに「風来六々部集」に編入され、「風来六部集」の版木を流用した単行本も出た。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。→風来六部集
・里のをたまき評
《廓の癖》さとのくせ
1冊の洒落本。梅暮里谷峨作。寛政11年(1799)刊。前年刊「傾城買二筋道」の続篇で、さらに翌年刊の「宵之程」につながる。
落魄れる文里と遊女一重の恋物語で、もはや穿ちの要素は殆どなく、人情本への橋渡しとなった。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・廓の癖
《柳巷晴着薊色縫》さとのはれぎあざみのいろぬい
→小袖曾我薊色縫
《花街模様薊色縫》さともようあざみのいろぬい
→小袖曾我薊色縫
《実方集》さねかたしゅう
藤原実方の私家集。 4類あり、自撰本をもととしたものから歌物語風に編まれたものまで存在し、歌数は28首から348首と大きく開きがある。
引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・実方集
《実隆公記》さねたかこうき
三条西実隆の日記。文明 6年(1474)から天文 5年(1536)までに及ぶ厖大なもの。
その内容は極めて多彩、朝儀から古典の書写・連歌師の様子、皇室経済から荒れた京都市中の状況、そして三条西家の収入の変動が記録されている。
裏文書も豊富である。引用元は続群書類従完成会刊本(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《亮々草紙》さやさやそうし
木下幸文著の考証随筆。 3巻。書名は著者の屋号「亮々舎(さやさやのや)」による。
普段読んでいた古書についての考証を日頃書き留めたもので、48項目から成る。文政 4年(1821)刊。
自序は前年 7月。引用元は「随筆文学選集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・亮々草紙
《猿著聞集》さるちょもんじゅう
八島定岡著の随筆。 5巻 5冊。文政10年(1827)序、翌年刊。狂歌師の逸話を中心として90話弱を集めたもの。
古今著聞集に模して及ばず、雅文まさに猿真似の如くなるゆえ、かく題した。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・猿著聞集
《猿蓑》さるみの
芭蕉七部集の第五。 6巻 2冊。去来・凡兆編。元禄 4年(1691)刊。乾坤 2冊のうち前者は 4巻、冬・秋・夏・春の順の発句集442句である。
後者は 2巻、連句集と俳文集となっている。発句集の首尾に芭蕉の句を配し、他派を一切入れない蕉門のみの撰集であり、
蕉門初心者の模範とされた。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・猿蓑
《猿蓑後集》さるみのこうしゅう
→続猿蓑
《猿利口》さるりこう
嵐山編の俳諧撰集。 1冊。安永 4年(1775)刊か。嵐山が知己より集めた句を編したもので、彼等の挿話も併せ収める。
嵐山は安永 2年 9月に歿したが、その三回忌を期して刊行されたものらしい。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・猿利口
《山槐記》さんかいき
藤原忠親の日記。仁平元年(1151)から文治元年(1185)までの日記と、その後建久 5年(1194)までの逸文とがある。
平家没落から鎌倉時代初期までを覆う変転記の好史料として、玉葉・吉記などとともに注目すべき記録である。
引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)。
・年表一・年表二
《三韓人》さんかんじん
一茶編の俳諧撰集。 1巻。文化11年(1814)刊。一茶の江戸俳壇引退記念集。親交のあった諸国の俳人の句を集めたもので、
19ヶ国にまたがる。一茶の江戸引退は郷里柏原定住が決まったためで、俳壇から身を引いたわけではない。
後篇として「一韓人」出板の予告があるが、刊行されなかったようだ。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・三韓人
《参議要抄》さんぎようしょう
著者未詳。 2巻。平安時代末の成立か。朝廷公事における参議の作法をまとめたもの。
先行諸書を引いて先例を示しながら参議の作法を説く。引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・参議要抄
《参軍要略抄》さんぐんようりゃくしょう
著者未詳。下巻のみ現存。建保 4年(1216)成立。北面の武士が勤めた公事について記録したものらしい。
「親父説」などの語も見られ、二台に亙る経歴を述べているようだ。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・参軍要略抄
《参考源平盛衰記》さんこうげんぺいじょうすいき
源平盛衰記を史書として捉え、平家物語諸本や他の史書を引用して註釈を施したもの。徳川光圀の下命で、
今川弘済及び継承者内藤貞顕が編纂し、元禄 3年(1690)に成立した。→源平盛衰記・平家物語
・平家物語・源平盛衰記・源平闘諍録
《参考源平盛衰記》さんこうげんぺいせいすいき
→参考源平盛衰記(さんこうげんぺいじょうすいき)
《三国伝記》さんごくでんき
玄棟編の説話集。12巻。15世紀前半、応永14年(1407)から文安 3年(1446)までの間に成立か。インド・中国・日本の説話を360編集め、各巻に30話ずつ配したもの。
話題は多岐にわたり、冒頭に釈迦・孔子・聖徳太子の話を置き、最後を霊峰富士の話で締めるところに説話集としての恰好を整えようという意図が見受けられ、
修辞にも凝ったところを見せているものの、配列にはこれといった意味が見出だされない。応永14年 8月十七夜に梵語坊・漢字郎・和阿弥の 3人が清水寺で出会って物語をし合ったという形をとる。
引用元は「古典資料」(藤女子大学図書館蔵)。
・三国伝記
《三四考》さんしこう
2巻の俳論書。鴎里編。天保 9年(1838)刊。編者は阿波の俳人で、文政初年に北陸行脚に出た折、途中加賀は金沢なる北枝の家で伝書を得て、
これと家蔵の書と合わせて出版したものという。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・三四考
《三十二番職人歌合》さんじゅうにばんしょくにんうたあわせ
明応 3年(1494)成立とみられる歌合。芸能者や行商人など、序文にいう「いやしき身」という者による珍しい歌合で、
「農人」までもが現れる。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・三十二番職人歌合
《三春行楽記》さんしゅんこうらくき
大田南畝著の日記。天明 2年(1782)成。同年初夏、疥癬で病臥した際に、この年の正月から 4月 1日までの行楽を思い起こして漢文体の日記に仕上げたもの。
文人として名が高くなっていた南畝の華やかな生活ぶりが現れている。引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《三条右大臣集》さんじょううだいじんしゅう
藤原定方の他撰による私家集。書陵部伝来のものが唯一である。35首のうち定方本人の歌は22首で、四季・恋・哀傷の順に配列されている。
引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・三条右大臣集
《三省録》さんせいろく
考証随筆。正編は 5巻、志賀理斎著で、天保14年(1843)刊。後篇も 5巻、原徳斎(理斎の嫡男)著、文久 3年(1863)刊。
江戸時代初期の風俗について文献記事から考証したもので、幕末の風俗が奢侈に流れることを戒むべく「衣食住の三者を省減す」の意を込め、
論語の「吾日に吾身を三省す」から書名を取った。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・三省録
《卅三間堂棟由来》さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい
「祇園女御九重錦」の三段目のみを文政 8年(1825)に初めて上演したもので、その後は専らこの題名で上演されているという。→祇園女御九重錦
《三十三番無陀所》さんじゅうさんばんむだしょ
1冊の洒落本。安永 9年(1780)刊。作者未詳。江戸の岡場所について、西国三十三番の札所に擬えて33ヶ所選び、
順礼案内風に作った案内書。本尊に似せた売女の像や、御詠歌をもじった狂歌を出して趣向を凝らす。引用元は「新編稀書複製会叢書」(札幌大学図書館蔵)。
・三部集
《三条逍遥院装束鈔》さんじょうしょうよういんしょうぞくしょう
→装束抄
《三躰誌》さんたいし
1冊の洒落本。享和 2年(1802)刊。塩谷艶二作。「三体詩」のパロディで、漢詩・狂歌・俳諧の遊びを描いたもの。
従来型の洒落本に反発してものした作品。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・三躰誌
《三代実録》さんだいじつろく
→日本三代実録
《三代制符》さんだいせいふ
建久 2年(1191) 3月22日・同28日・寛喜 3年(1231)11月 3日・文永10年(1273) 9月27日の宣旨を集録したもの。
「三代」とは後鳥羽・後堀河・亀山三代を指す。引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《三長記》さんちょうき
藤原長兼の日記。建久 6年(1195)から承元 5年(1211)までの記録が残るが、欠失が極めて多く伝存状況が悪い。
朝儀について詳細に記す他、当時勢力を拡大してきた浄土宗に関する記事が豊富にある。引用元は「増補史料大系」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二
《三疋猿》さんびきざる
支考編の俳諧撰集。 1巻。宝永元年(1704)刊。同年伊勢山田に赴いた支考が、当地の俳人と真行草三体百韻を行って集としたもの。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・三疋猿
《参幅対紫曾我》さんぶくついむらさきそが
3巻の黄表紙。恋川春町画、作者も春町か。安永 7年(1778)刊。「参幅対」とは畠山重忠・曾我祐成・工藤祐経を指す。
曾我物をひねった作品であるが、最後には作者本人が現れて「敵討ちが成っては曾我物草双紙のネタが尽きてしまう」という理由で敵討ちを中止させてしまう。
引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・参幅対紫曾我
《三部集》さんぶしゅう
3巻の俳諧撰集。蕉下庵連中の編。宝暦11年(1761)跋。天地人の 3巻に分かれ、天は宝暦10〜11年の心祇の発句58句を収め、併せて門人が注釈を施す。
地と人は連句と発句を収め、人には風塵の仮名詩 1編も収められている。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・三部集
《山礼記》さんらいき
→山科家礼記
《椎の葉》しいのは
才麿の紀行文。 1冊。元禄 5年(1692) 8月25日に大坂を出立し、須磨・明石の秋の夕を賞でてのち、
姫路に移動して20日ほど滞在したときのもの。このあと才麿は岡山に入って10月に「後しゐの葉」を刊行した。
引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二・椎の葉
《椎の実筆》しいのみふで
蜂屋茂橘著の随筆。首 1巻、本巻94巻(うち 2巻を欠く)、附録23巻。天保12年(1841)頃の起筆で、明治に及ぶ。
1,500項目以上から成り、各地の事件や巷談を書き留めたものである。書名は最初の手習いに用いる太筆のこと。
引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)であるが、抄録である。
・年表二・椎の実筆
《柿園詠草》しえんえいそう
加納諸平の家集。嘉永 6年(1853)自跋、翌年刊。加納諸平は紀伊国名所図会等の編纂を行い、紀州藩国学所総裁を務めながら、
柿園派を興して活発な歌業を行った。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・柿園詠草
《塩尻》しおじり
史上稀なる大部な随筆であったとされる。天野信景著。元禄10年(1697)頃の起筆。享保18年(1733)の歿年まで書き継がれたと見られる。
神道・国学が中心であるが、分野を問わずに記された考証随筆である。現存は170巻程度であり、様々な規模の写本で伝わるが、
もとは1,000巻あったともいわれる。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・塩尻
《自覚談》じかくだん
村山太白著の随筆。 2巻。天保 2年(1831)自序。自身の見聞考察をまとめ、広瀬淡窓ら 5人の評を附したもの。
およそ130条から成り、およそ実学的な傾きを持ち、平易な表現で記してある。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・自覚談
《仕形噺》しかたばなし
1冊の噺本。書苑武子編。安永 2年(1773)刊。本来「しかたばなし」とは、ジェスチャーを交えて話すことであるが、
これを武子が文中に絵を交えることによって表現した新機軸の書で、シリーズ化された。また「口拍子」シリーズの第 3作という位置づけでもある。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・仕形噺
《児戯笑談》じぎしょうだん
中村三近子著の教訓的随想。 4巻 4冊。寛延 2年(1749)刊。口語を多く交えた平易な文体で、
諺の解説や世事百般に亙る教訓を綴る。著者は山崎闇斎の弟子ゆえか、比較的仏教には批判的であるが、
その思想には必ずしも凝り固まらない。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・児戯笑談
《式亭雑記》しきていざっき
式亭三馬の文化 7〜 8年(1810〜11)の日記体随筆。本当はそれ以前の日記も沢山あったらしいのだが、
文化 3年 3月 4日芝高輪から火が起こり、三馬宅も全焼してしまい蔵書は烏有に帰した。
その後暫く日記もつけずにいたが、心を改めて再出発したのがこの式亭雑記であるという。
引用元は「続燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・式亭雑記
《色道大鏡》しきどうおおかがみ
藤本箕山作の風俗書。延宝 6年(1678)初撰本、元禄年間再撰本成。遊女遊郭の起源から格式までを網羅する百科全書である。
18巻あり、遊女の列伝では著名な遊女の伝記を通して格式の高さを賛美し、また粋な客への成長過程についても記される。
作者は30年余に亙り調査のために全国を歩き廻ったという。引用元は「完本色道大鏡」(藤女子大学図書館蔵)。
・色道大鏡
《色道後日男》しきどうごじつおとこ
「女男色遊」の復刻改題本。→女男色遊
《四季発句集》しきほっくしゅう
1冊。成立年次不詳の稿本 4冊。星布を中心として交友のある俳人の発句を集めたもので、全4,519句と大部である。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・四季発句集
《式目秘抄》しきもくひしょう
紹巴著の連歌式目。天正15年(1587)成立。「連歌新式」の解説書で、下間少進宛や毛利元康宛などの諸本が残る。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表一・式目秘抄
《四季物語》しきものがたり
1冊の噺本。刊年未詳。初代三笑亭可楽作。擬鴨長明著の随筆「四季物語」を踏まえたもので、遊び仲間 4人が越後屋の売り子に四季の衣装を考えさせるという趣向。
引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
・四季物語
《二休咄》じきゅうばなし
5巻 5冊の浮世草子。作者未詳。貞享 5年(1688)刊。一休に似た二休という法師を主人公とする短篇集。
題名から「一休咄」のパロディに見えるがそうでもなく、滑稽を主眼とする噺本というよりも好色本に近い。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・二休咄
《次戸記》じこき
→春記
《糸光記》しこうき
→民経記
《四国猿》しこくざる
「坐笑産」の板木のうち68話分を流用し、佐次兵衛の序と 1話を加えた改題本。安永 7(1778)〜 8年頃刊。→坐笑産
《四条記》しじょうき
→北山抄
《治相記》じしょうき
→台記
《四条大納言記》しじょうだいなごんき
→北山抄
《慈性日記》じしょうにっき
尊勝院慈性の日記。慶長19年(1614)から寛永20年(1643)までがある。尊勝院は天台宗寺院で、
京都青蓮院の院家。また多賀大社の別当不動院を兼帯していた。記事には秀忠・家光らとの交渉や、
多賀大社再興の記事などがある。引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《事々録》じじろく
著者は分からないが、大御番の職にあった人とみられる。天保 2年(1831)〜嘉永 2年(1849)までの風聞雑説を集録したもの。
3冊。序跋はない。引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《賤のをた巻》しずのおだまき
享和 2年(1802)の序がある。森山孝盛著。江戸市中の風俗を記した随筆で、全59条。
役者評や武術の話やら女の帽子やらと、延享から安永あたりの江戸市中の状況が活写されている。
引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・賤のをた巻
《糸束記》しそくき
→左経記
《順集》したごうしゅう
三十六歌仙の一人である源順の私家集。 2類 5系統の本文があるが、ここで引いた「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)所収本文の底本は西本願寺三十六人集系統に属する。
ほぼ年代順に並んでいるが、一見雑然とした形態である。
・順集
《志多良》しだら
一茶の句文集。 3冊。文化10年(1813)の発句・連句・随筆文などを書き記したもの。題は巻頭「人並の正月もせぬしだら哉」によるもので、自ら題した。
引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・志多良
《七十一番職人歌合》しちじゅういちばんそくにんうたあわせ
作者未詳。 3巻。明応 9年(1500)の成立か。「月」と「恋」を歌題とする。左右の歌と判詞、及び職人の姿絵を描く。
室町時代における職種の実態をよく示す。特に絵に示された服装や職人の会話は具体的で、特徴をよく示しているものとして風俗史料としても貴重である。
引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・七十一番職人歌合
《七種宝納記》しちしゅほうのうき
香西頼山の遺著といわれる。元禄 9年(1696)の跋文がある。娘に対する遺訓と称して、実は我が半生の悲憤慷慨を述べたもの。
武家の嗜み一般に通じ、さらに学芸にも造詣深く、当時の儒家を罵倒する件など痛快なほどである。
引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・七種宝納記
《七番日記》しちばんにっき
一茶句日記のうち、文化 7年(1810)〜文政元年(1818)のもので、自ら題をつけた唯一のもの。
一茶の句帖・句日記のなかで分量最も多く、本文を二段に組み、上段に動静を、下段に発句や俳諧歌を収める。稀に段を抜いて記事を書くこともある。
初期には俳文も多く含まれたが、後には独立した書に俳文を収め、七番日記には句のみを収めるようになった。
引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。→一茶句日記
・年表二・一茶句日記
《十訓抄》じっきんしょう
→十訓抄(じっくんしょう)
《十訓抄》じっくんしょう
説話集。 3巻。著者未詳。序によれば建長 4年(1252)成立。主に古今和漢の諸書から引いて成った、年少者向けの実際的かつ具体的な啓蒙説話集。
特に王朝時代への回顧または憧憬の情が見られる。諸本は大きく一類と二類に分けられ、引用元は一類を「古典資料」、二塁を「古典文庫」(何れも藤女子大学図書館蔵)とした。
・十訓抄
《しのだつま》しのだつま
元禄12年(1699)京都早雲座にて興行の歌舞伎。 2巻。古浄瑠璃「しのだつま」に想を得た作品で、信太の森の葛葉伝説を主に据え、
料理人の喜助をめぐる恋争い嫉妬争いなどが見せ場。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・しのだつま
《荵摺》しのぶずり
2巻の俳諧撰集。等躬編。元禄 2年(1689)成。四季類題発句集と連句のほかに、芭蕉の須賀川滞在中の三吟歌仙や芭蕉・曾良の句文といった貴重な資料が載る。
引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・荵摺
《芝居絵落噺貼込帳》しばいえおとしばなしはりこみちょう
仮題。 1冊。役者絵に落咄を添える趣向は文政年中から見られて盛行したようで、大半は一枚刷の錦絵であるが、
本書は短冊形の小品という珍しいものである。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・芝居絵落噺貼込帳
《島原天草日記》しまばらあまくさにっき
松平甲斐守輝綱が島原の乱征討に出た際の従軍日記。 1巻。寛文 3年(1663)序。輝綱は老中信綱の子。
寛永14年(1637)10月の蜂起から説き起こし、12月 3日に信綱らと江戸を出て翌年正月 4日に有馬に着陣、
2月27・28日に総攻撃を仕掛けて一揆軍を壊滅させ、 3月 9日に有馬を出発して 5月11日江戸帰着、翌年に加増を受けるまでで終わっている。
引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《蠧集》しみしゅう
1巻の俳諧撰集。其角編。貞享元年(1684)序。この年に其角が上京した際に京都の俳家と一座して成った連句集。
五吟五歌仙と八吟世吉とを収める。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・蠧集
《紙魚室雑記》しみむろざっき
城戸千楯著。 2巻。天保13年(1842)以降の成立。著者は書肆で本居宣長らの門人、同士と鐸舎(ぬでのや)を経営した。
自らが読んだ書物からの摘録が多く、また、塙保己一や本居大平の物語を鐸舎で聞いた折の話を抄記した条もある。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・紙魚室雑記
《下掛問答七色坐ぜん豆》しもがかりもんどうなないろざぜんまめ
江戸時代末期に現れた禅問答風の言葉遊びの一種。 4丁。合計49の下がかり問答を収めたもの。
引用元は「未刊江戸文学」(藤女子大学図書館蔵)。
・下掛問答七色坐ぜん豆
《積善堂随筆》しゃくぜんどうずいひつ
→技癢録
《沙石集》しゃせきしゅう
無住道暁著の説話集。10巻。弘安 2年(1279)起稿、 6年(1283)成立。その後も推敲が続けられた。
これがため、伝本の異同が甚だしい。仏教の要諦を説く啓蒙説話集であり、説話の最後に経典などの引用を載せる。
引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・沙石集
《秋顔子》しゅうがんし
寛政 2年(1790)刊。素丸編。 1冊。素丸の連句論書で、巻尾に秋冬の発句と歌仙を添える。発句論を収めた「夏孟子論」の続篇というべき書。
一茶連句作品が見られる最も早い資料でもある。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・秋顔子
《拾玉集》しゅうぎょくしゅう
慈円の私家集。もと 5巻、流布本は 7巻。貞和 2年(1346)成。約5,800首を収め、慈円の全歌集に近いといえる。
自筆歌稿をもとにして編纂したらしく、その過程でいくつかの異本ができている。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵・青蓮院蔵 5巻本が底本)。
・拾玉集
《秋月
詩歌集》しゅうげつあんしいかしゅう
鈴木牧之の詩歌集。「周月
追善集・宇多女追善集」の後半に収められている。漢詩(含発句)・筆鑑跋・再び漢詩(含発句)・俳諧歌の順で鈴木牧之の詩業が集成されている。
引用元は「鈴木牧之全集」(札幌大学図書館蔵)。
・秋月
詩歌集
《周月
発句集》しゅうげつあんほっくしゅう
鈴木牧水の句集。 1巻。牧水は鈴木牧之の父。文化 4年(1807)牧水歿後に牧之が父の俳句を集め、文政 4年(1821)に冊子を作った。
1,400句ほどを収め、末尾に安永 4年(1775)の「湯殿山紀行」をも収める。引用元は「鈴木牧之全集」(札幌大学図書館蔵)。
・周月
発句集
《秋月
発句集》しゅうげつあんほっくしゅう
鈴木牧之の句集・俳諧紀行集。 2巻。牧之自身が一度文政13年(1830)頃にまとめたが、天保10年(1839)ごろまでの追記もある。
引用元は「鈴木牧之全集」(札幌大学図書館蔵)。
・秋月
発句集
《十三代要略》じゅうさんだいようりゃく
村上天皇から崇徳天皇までの年代記。 2巻。江戸時代末期まで書名はなかったらしく、続群書類従に収めるに当たって塙保己一は「皇年代記残欠」と称している。
それが真なりとすればもっと大部の年代記だったはずである。おまけに収載されているのが14代に及ぶことも謎である。
引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《十住心論》じゅうじゅうしんろん
→秘密曼荼羅十住心論
《十二時》じゅうにじ
写本 1冊の洒落本。百蟾老人作。嘉永元年(1848)悠々亭主人序。伊勢長峰の遊廓を舞台として、夜明けから翌日の夜明けまでを一時ごとに描写した作品。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・十二時
《拾烈集》じゅうれつしゅう
12の題に関する面白い内容を各々 4字ずつ10句並べた雑文。江戸時代初期の成立か。枕草子以来の類聚的章段の趣に、
穿ちの味を施して全て漢字で表現したものということになろう。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・拾烈集
《春記》しゅんき
藤原資房の日記。万寿 3年(1026)から天喜 2年(1054)までの記事があるが、散逸が甚だしい。
記名は「春宮権大夫資房卿記」を略したもの。当時としては非常に珍しい激情型の文面で、頼通一派の公家に対する批評は鋭いことこの上ない。
主流派ではない立場から見た摂関政治全盛期の記録として貴重なものである。引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)。
・年表一
《春慶引》しゅんけいのいん
武然の歳旦帖。明和 2年(1765)から安永 4年(1775)(明和 3年を除く)のものが現存する。編者の師匠である宋屋は宋阿の弟子であるから、
宋阿に連なる蕪村や太祇らの門人の句も多く含まれる。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・春慶引
《春秋洒子伝》しゅんじゅうしゃしでん
2巻の洒落本。椒芽田楽作。寛政 5年(1793)成。東山の花見における舟遊びを舞台とする作品で、遊里ではないが洒落本とみられよう。
引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・春秋洒子伝
《春色恋白波》しゅんしょくこいのしらなみ
2編 6冊の人情本。為永春水作、渓斎英泉画。天保10年(1839)〜12年刊。元寇の時代を舞台として読本のような展開を見せようとしたが、中断した作品。
引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・春色恋白波
《春色三題噺》しゅんしょくさんだいばなし
3巻の噺本。春廼家幾久輯。初編元治元年(1864)、二編慶応 2年(1866)刊。幕末になって再び流行した三題噺を集めた作品集。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・春色三題噺
《春色袖の梅》しゅんしょくそでのうめ
4編12冊の人情本。為永春水作、渓斎英泉画。天保 8年(1837)〜12年刊。従来の人情本の要素に伝奇性をも盛り込もうとした大衆小説的なもの。
仲の町の茶屋色香屋の芸者であるお梅とその妹のお峰を繞る物語で、複雑な人間関係が絡むが、まとまらぬうちに未完で終わってしまった。
春水は講釈師でもあり、その立場から婦女子以外の読者をも獲ようとした野心作。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・春色袖の梅
《春色辰巳園》しゅんしょくたつみのその
4編12冊の人情本。為永春水作、歌川国直画。天保 4年(1833)〜 6年刊。春色梅児誉美の続編。
婦多川(深川のもじり)の芸者である仇吉と米八が、情人丹次郎を繞って張り合う物語で、最後はみな揃って仲良く暮らす。
春水の作品の中で最も流れが良く評価が高い。引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・春色辰巳園
《春水掌録》しゅんすいしょうろく
為永春水ではなく、儒学者頼春水の掌録。寛政 4年(1792)から文化12年(1815)に及ぶ掌録及び紀行25冊と 1巻が「随筆百花苑」に翻刻されるに当たってつけられた仮称。
掌録はいわばメモというほどの意味であるが、さながら和文随筆の如く、事々を簡潔な文章で記している。
引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二・春水掌録
《春湊浪話》しゅんそうろうわ
土肥経平著の随筆。 3巻 3冊。安永 3(1774)冬〜 4年春の起草、 4年跋。古記録や物語などを用いて有職故実から言語・器物に関する説に至るまでのものごとを述べたもので、
全98条から成る。ごくごく真面目な記述ぶりで、書物の精読ぶりが窺われる。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・春湊浪話
《春泥句集》しゅんでいくしゅう
維駒編の俳諧句集。 2冊。安永 6年(1777)蕪村序。召波の七回忌に合わせて息子の維駒が父の句を四季別に配列したものであるが、なぜか太祇の句も混入している。
また、実質的には蕪村が撰したという説も出ている。全905句。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・春泥句集
《順徳院御抄》じゅんとくいんごしょう
→禁秘抄
《浚明院殿御実紀》しゅんめいいんどのごじっき
徳川実紀のうちの家治編。→徳川実紀
《曙庵句集》しょあんくしゅう
1冊の俳諧句集。東雅・宜彦編。弘化 4年(1847)序。秋挙23回忌を記念して280句を集めた集。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・曙庵句集
《松翁道話》しょうおうどうわ
5編15冊の心学書。初編から五編までそれぞれ文化11年(1814)、文化14年、天保11年(1840)、弘化 3年(1846)、同じく弘化 3年の刊。
布施松翁述。庶民の実生活上における教訓を譬え話によって述べたもので、松翁は天明 4年(1784)年に歿していることから、
本書には他の心学者の道話も入り混じっているが、松翁心学を知る第一の資料である。
引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
・松翁道話
《貞観儀式》じょうがんぎしき
→儀式
《消閑雑記》しょうかんざっき
岡西惟中著の随筆。 1巻。成立年未詳。文政 8年(1825)刊。歌に関する記事を中心とした55条から成るもので、
連歌俳諧はもとより読みよう書きようにも及ぶ。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・消閑雑記
《小記目録》しょうきもくろく
小右記の天元元年(978)から長元 5年(1032)までの部分をもとにつくられた、部類立ての詳細な目録。
もとは20巻あったとみられ、現在は17巻余が現存する。恐らく日記の成立からさほど時間を経ないうちにできたものと思われ、
目録にしかない史実も大いにあるので価値が高い。引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《承久軍物語》じょうきゅういくさものがたり
→承久記
《承久記》じょうきゅうき
承久の乱を描いた軍記物語。大きく分けて、慈光寺本・前田本・流布本・承久軍物語という諸本に分けられる。
2巻。承久軍物語のみ 6巻 2冊。作者不明。寛喜 2年(1230)以降の成立。保元・平治・平家の各物語と併せて「四部之合戦書」とよばれたらしい。
引用元は慈光寺本と流布本(慶長古活字本)を「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)、前田本と承久軍物語を「国史叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)とした。
・承久記・承久軍物語
《常憲院殿御実紀》じょうけんいんどのごじっき
徳川実紀のうちの綱吉編。→徳川実紀
《照光記》しょうこうき
→明月記
《蕉斎筆記》しょうさいひっき
嘉永元年(1848)の序がある。広島の人である小山白山が自身の見聞を何ということもなく書きつけた漫筆集が元の形態。
期間は寛政 5年(1793)から11年までである。その後、波多野寛柔が抜粋して現形態となった。序には 3巻となっているが、実際は 4巻ある。
引用元は「百家随筆」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・蕉斎筆記
《常山楼筆余》じょうざんろうひつよ
湯浅常山の著。 3巻。天明 5年(1785)の刊。著者は武士にして儒者、備前岡山藩の世臣である。その内容は国史に関する条が多く、
殊に武事については一際多い。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。同書には異本があり、
引用した記事については用字に若干の差異があるが、同内容ゆえ採らなかった。
・常山楼筆余
《正治後度百首》しょうじこうどひゃくしゅ
後鳥羽院が正治 2年(1200)冬に詠進させた百首歌。題ごとに 5首で、20題。有職故実や公事にかかわる題が目立つ。
引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・正治後度百首
《正治二年第二度百首和歌》しょうじにねんだいにどひゃくしゅわか
→正治後度百首
《正治二年第二百首》しょうじにねんだいにひゃくしゅ
→正治後度百首
《二えふ集》じようしゅう
惟然編の俳諧撰集。 2巻。天巻は元禄15年(1702)、地巻はその翌年の刊。天巻は編者が中国へ旅したことを記念するもので、
地巻は京や大津での作品をまとめる。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・二えふ集
《成仙玉一口玄談》じょうせんだまひとくちげんだん
談義本系列の最後に位置する作品。大江文坡作。天明 5年(1785)刊。 5巻 5冊。大雑把に言えば神仙経宣伝の書といえる。
遊び人良助が奪い返された女房の忘れ物である羽衣をまとって吹き飛ばされる羽衣伝説パロディから始まり、
西洋紀聞あたりを模した西洋知識を用いた遍歴を遂げる強引な物語。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・成仙玉一口玄談
《小柑子》しょうこうじ
2巻の俳諧撰集。野紅編。元禄16年(1703)自跋。野坡が豊後国日田の編者宅を訪れた際の記念集。
野坡の挨拶句「三つ七つななつは赤し小柑子」から取られた題号で、この句を立句とする三吟歌仙を巻頭に置き、
次いで歌仙 3巻と諸家の発句を上巻に収める。下巻は蕉門俳家と九州諸家の四季発句集である。
引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・小柑子
《松窓乙二発句集》しょうそうおつにほっくしゅう
一具・古翠編の俳諧句集。文政 8年(1825)刊。もともとは前々年に「をのゝえ草稿」がさよ女・十竹編で刊行されていたが、
これは句の配列に規則性がなく不便であったので、乙二三回忌を記念して「をのゝえ草稿」を整理増補し、季題順としたもの。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・松窓乙二発句集
《蕉窓漫筆》しょうそうまんぴつ
義海著の随筆。 3巻。明和 4年(1767)刊。著者は釈家ゆえに仏教に関する内容が多い。
漢文体の随筆で、書物からの引用もあり、その際は書名を以て題としている。
引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・蕉窓漫筆
《装束抄》しょうぞくしょう
装束書。 1巻。三条西実隆の編。装束関係の語50ほどを抜き出し、仮名文によって起源や意味を説明したもので、
実隆は他にも武家の需によって故実の抄物をものしていることから、これも武家用の通俗な説明書であろうと考えられる。
引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《装束色彙》しょうぞくしきい
装束書。 2冊、但し伊勢貞丈註のものは 4冊。荷田在満編著。成立年次未詳。装束の色名や染料名について考察した書で、
25の装束書から引用して装束の種類別に並べてある。 2冊本では477品、 4冊本では481品を収める。
同一名でも時代により異同があるのだが、本書では顧られていない様子なので注意を要する。引用元は「続々群書類従」(藤女子大学図書館蔵)。
・装束色彙
《装束抄》しょうぞくしょう
→桃華蘂葉
《松竹問答》しょうちくもんどう
有職故実に関する問答。松岡辰方問、竹屋光棣答、松岡辰方撰。文政 9年(1826)成立。撰者は久留米藩士、
礼法「松岡流」の祖であり、また故実については文献から実際の運用に至るまで幅広く通暁し、資料蒐集に財を惜しまず投じた。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・松竹問答
《商売百物語》しょうばいひゃくものがたり
1冊の噺本。文政 3年(1820)刊。春日舎復古作。29種の商売を題材にした話を30(本屋のみ 2話ある)収め、
他に商売とは関係のないものが 6話加わる。先行作や後の落語につながるものは見当たらず、作為的な話が多い。
引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
・商売百物語
《焦尾琴》しょうびきん
3巻の俳諧撰集。其角編。元禄14年(1701)刊。 5巻の連句と俳士諸家の発句、「古麻恋句合」などを収める。
其角晩年の作風を窺える資料。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・焦尾琴
《正風彦根躰》しょうふうひこねてい
許六編の俳諧撰集。 1巻。正徳 2年(1712)自序。彦根の蕉風俳家による四季発句を、10の題のもとに集成したもの。
題号は蕉風を正しく伝えた彦根の俳風のことをいう。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・正風彦根躰
《浄明珠院(装束)抄》じょうみょうじゅいん(しょうぞく)しょう
→装束抄
《小右記》しょうゆうき
藤原実資の日記。現存は天元 5年(982)から長元 5年(1032)までであるが、目録から見ると天元元年(978)以前から長久元年(1040)以降まで書き継がれたと考えられる。
「小」は記主の称号「小野宮」、「右」は治安元年(1021)に就いた「右大臣」からきている。
記事は精細を極め、朝廷中央における政局の動向をよく知ることができる。また小野宮家の代表者として、
道長をはじめとする九条家に対してはこと批判的であるから、御堂関白記との対照も興味深い。
引用元は「大日本古記録」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《逍遥院殿装束抄》しょうよういんどのしょうぞくしょう
→装束抄
《掌録》しょうろく
頼春水の掌録。「掌録○○」の「○○」には干支が当て嵌まる場合と数字が当て嵌まる場合がある。
干支のほうは寛政 6年(1794)から享和元年(1801)までの分 2冊、数字(五から十六)の方は享和 3年(1803)から文化12年(1815)までの分13冊。→春水掌録
《笑話集》しょうわしゅう
仮題。 1冊の噺本。編者未詳。内容から天明 8年(1788)の成立か。上方における噺会の草稿らしい。
169話のうちには先行話の焼き直しもあるが、概ね新作が占めている。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・笑話集
《諸艶大鑑》しょえんおおかがみ
井原西鶴作の浮世草子。 8巻 8冊。貞享元年(1684)刊。主に三都の遊廓における逸話や人間関係について様々な話に仕立て上げ、
遊びの中に浮かび上がる人間の姿を浮かび上がらせる。一代男の主人公であった世之介の遺児である世伝を最初と最後に登場させることにより、
一代男の続編という形をも示し、それによって読者の興を惹かんとした節もある。引用元は「近世文学資料類従」(藤女子大学図書館蔵)。
・諸艶大鑑
《続詞花和歌集》しょくしかわかしゅう
永万元年(1165)頃成立の私撰和歌集。20巻。藤原清輔撰。二条天皇天覧に備えて編纂し、補訂を重ねていたところ、
二条天皇が崩御してしまい、そのため勅撰集になり損ねたというものらしい。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・続詞花和歌集
《続日本紀》しょくにほんぎ
日本書紀に続く勅撰正史。前半は菅野真道ら、後半は藤原継縄らの編。文武天皇元年(697)から延暦10年(791)までをほぼ編年体で記述したもの。40巻。
前半後半各20巻が別に奏上された。最終完成は延暦16年(797)。日本書紀と異なり潤色は少ない。
引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
・年表一・野見宿禰
《続日本紀考証》しょくにほんぎこうしょう
村尾元融著。12巻。嘉永 2年(1849)脱稿、明治 3年(1870)刊。中国・日本の古文献から、江戸期の学者による諸説までを幅広く引用し、
続日本紀全巻に亙り、主要語句を取り上げて注釈を加えた書。明暦 3年(1657)刊本を底本として、六種の写本との対校(訂正)をも試みる。
引用元は、国書刊行会昭和46年刊本(北海道大学附属図書館本館蔵)で、読点は私に附した。
・年表一・野見宿禰
《続日本後紀》しょくにほんこうき
日本後紀に次ぐ 4番目の勅撰正史。藤原良房・春澄善縄ら編。天長10年(833) 2月から嘉祥 3年(850) 3月までの記事を収める。
この期間は仁明天皇一代である。比較的宮中行事の記事が多めである。現行版本は天文 2年(1533)から 4年に三条西公条が書写したものを源とするが、
本文に錯乱があって完全ではない。引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
・年表一
《諸家々業記》しょけかぎょうき
諸家の家業について、神祇道・陰陽道・紀伝道・明経道・和歌・筆道・神楽郢曲・蹴鞠・鷹等の部に分け記したもの。
跋文によれば、興田吉従の録したものという。文化11年(1814)成か。引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・諸家々業記・野見宿禰
《諸家深秘録》しょけしんぴろく
著者・成立年未詳で、序跋もない。24巻。全160条に及ぶ大名の逸話を集めたもの。最も新しい話は貞享 3年(1686)で、
信長・秀吉の時代から、徳川時代に入って綱吉の代に及ぶ。全てが善行というわけではない。大名だけでなく春日局や林羅山なども出てくる。
落首が多くあり、明暦の大火を批判した問答も含まれている。引用元は国立公文書館旧内閣文庫所蔵写本(請求番号211-74)。
・諸家深秘録
《諸家随筆集》しょけずいひつしゅう
名古屋の高力種信が収集した随筆 9編(白峰亭日記・水谷随筆・沙汰無草・茶町子随筆・村井随筆・尾陽見聞事記・蔵鋒軒随筆・居家鞭石録・年号記)の総称。
→村井随筆
《除元吟》じょげんぎん
安永 8年(1779)の歳旦帖。茶裡編。 1冊。「除元集」とは俳諧用語で歳旦帖や春興帖のことをさす語の一つ。
他に「除元詠」「除元各詠」などの集も存在する。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・除元吟
《諸国案内旅雀》しょこくあんないたびすずめ
7巻の紀行文。作者未詳。日本全国各街道の名所を「京より大津迄三里」などという区間ごとに記したもので、
「のりかけ」「から尻」「人足」の値段も載せられている。初版は貞享 4年(1688)で、元禄14年(1701)版と享保 5年(1720)版もある。
各版で前記値段の記載が改訂されており、物価資料にもなり得る。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・諸国案内旅雀
《諸国廻歴日録》しょこくかいれきにちろく
牟田文之助高惇著。 3巻 3冊。嘉永 6年 8月 7日藩命によって 2年間の剣術修行をした際の日録。
黒船見物をはじめとして廻国中の出来事を種々記録してあり、面白いことに旅籠賃を漏れなく記録してある。
引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《諸国独吟集》しょこくどくぎんしゅう
2巻の俳諧連句集。元隣・元恕編。重徳刊の独吟集シリーズ第 5作。寛文12年(1672)序。20巻の独吟と元隣の独吟百韻 2巻を載せる。
元隣が刊行準備中に歿したため、息子の元恕が継いで成ったもの。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・諸国独吟集
《諸国年中行事》しょこくねんちゅうぎょうじ
操巵子著。 4巻。各巻を季節ごとに対応させ、都鄙の祭礼・法事について網羅した年中行事書。
享保 2年(1717)刊。著者については、京都の人で、生涯を旅に暮らしたという以外に知るところがない。
引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・諸国年中行事
《諸国百物語》しょこくひゃくものがたり
5巻 5冊の仮名草子。編者未詳。延宝 5年(1677)刊。諸国咄形式を取った説話教である。怪談を100話集めたもので、
比較的世に知られた話が多いが、中には「沙石集」などに拠ったものや、「牡丹灯籠」の翻案のようなものもあり、
舞台を刊行当時に移した話も含まれている。引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
・諸国百物語
《諸国落首咄》しょこくらくしゅばなし
5巻 5冊の噺本。作者未詳。元禄11年(1698)刊。狂歌咄88話を収めるが、大半は京の物語。狂歌にその作者を記したものもあり、
その多くが貝田露程作であることから、彼が本書の作者であるとも考えられる。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・諸国落首咄
《諸宣旨事》しょせんじのこと
→公卿宣下抄
《諸道聴耳世間狙》しょどうききみみせけんざる
5巻 5冊の浮世草子。和訳太郎こと上田秋成作。明和 3年(1766)刊。15話から成り、主人公の極端すぎる性癖を揶揄する。
先行する八文字屋の気質物の影響を明確に受けながら、世間を鋭く観察して諷刺する秋成独自の作風も認めることができる。
引用元は「上田秋成全集(中央公論社版)」(北海道大学附属図書館本館蔵・中絶)。
・諸道聴耳世間狙
《助無智秘抄》じょむちひしょう
装束書。 2巻。著者未詳。永万 2年(1166)成立か。年中行事に出仕する人々の服飾につき、
恒例の部と臨時の部とに分けて仮名文にて説明をした書であるが、中には行事の名だけしかないものや、
行事の説明はあるのに服飾の説明がないものがある。引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・助無智秘抄
《諸分姥桜》しょわけうばざくら
→好色姥桜
《しら雄句集》しらおくしゅう
碩布編の俳諧句集。 4巻 2冊。寛政 5年(1793)版下。白雄の句を門人の碩布が四季類題別に編んだもの。
全1,094句。弘化 4年(1847)に再刊された。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・しら雄句集
《しらぬ翁》しらぬおきな
1巻の俳諧撰集。遠舟編。元禄 6年(1693)刊。談林俳家の発句・独吟歌仙・世吉を収める。遠舟最後の撰集。
引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・しらぬ翁
《皺筥物語》しわばこものがたり
東藤編の俳諧撰集。 1巻。元禄 8年(1695)跋。芭蕉の命日に熱田神宮近くで芭蕉像に香華を手向けている折、
乞食僧が現れて芭蕉と熱田との関係を語るという説き起こしから、芭蕉の遺詠や熱田の連衆による歌仙などを収める。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・皺筥物語
《新儀式》しんぎしき
村上天皇の時につくられたと考えられる儀式書。応和 3年(963)以後の成立。もとは 6巻で、
現在は第四・第五の 2巻のみ残る。先行儀式書である「内裏式」「儀式」と比較すると、細かい事柄を多く取り上げており、
旧例を多く引くようになっている点で、後の「西宮記」などの先鞭をつけた形になっている。
引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新儀式
《塵荊抄》じんけいしょう
作者未詳の説話集。11巻。文明14年(1482)頃成。仏教から文学、武事、遊芸に至るまで内容は幅広く、百科全書のようでもある。
小座頭が筆者の庵で語ったという体裁をとる。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・塵荊抄
《新口花笑顔》しんこうはなえがお
1冊の噺本。龍耳斎聞取序。安永 4年(1775)刊。前々年に刊行された「新口吟咄川」の50話の前に29話を足したもの。
画の湖龍斎は美人画の大家として知られた人物。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新口花笑顔
《新古茶話雑談軽口噺》しんこさわざつだんかるくちばなし
2冊の噺本。編者未詳。253話を収めるが、上巻だけで214話もある。文化年中後半頃のものとみられるが、成立の経緯はまるでわからない。
市井の一好事家が書き留めたものかもしれない。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・新古茶話雑談軽口噺
《新作徳盛噺》しんさくとくせいばなし
2巻 2冊の黄表紙様噺本。ホコ長作。寛政 2年(1790)刊。黄表紙仕立の噺本には珍しく、全編新作である。20話を収める。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新作徳盛噺
《新猿楽記》しんさるがっき
平安後期の芸能往来物。藤原明衡著か。都における猿楽の演戯について列挙し、それから名人の名を挙げて批評を加え、
さらに例として見物人の一人である右衛門尉一家に関する事項を挙げる。演戯の記述についての価値とともに、類書としての性質から往来物の祖としての価値も有する。
引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新猿楽記
《深山記》しんざんき
→山槐記
《人車記》じんしゃき
→兵範記
《仁寿鏡》じんじゅかがみ
和漢対照年表。 1巻 2冊。一旦延慶元年(1308)までに成立したようだが、その後も書き継がれて伏見院崩御(文保元年(1317))に及ぶ。
漢朝は盤古王から元朝成宗の大徳 8年(1304)までが記される。釈家関係の記事が目立って多く、故に著者は僧家の者か。
引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一
《壬申紀行》じんしんきこう
貝原益軒著の紀行文。元禄 5年(1692)、益軒63歳の 4月27日、筑前荒津の浜を出航し、 5月 1日播磨に上陸、
姫路・加古川・大坂・奈良・伊勢を経由し、次いで東海道を東上、興津から甲州に向かい身延山に登り、
箱根を越えて江の島・鎌倉を経て26日に江戸に着いた。紀行文成立は 6月11日。
引用元は「叢書江戸文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・壬申紀行
《壬申掌記》じんしんしょうき
大田南畝の日記。 2冊。文化 9年(1812)刊。外出先で書き留めたメモで、内容は実に雑多だが、同年11月に起こった大地震や吉原全焼の記録が目を惹く。
引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《壬申日誌》じんしんにっし
4部に及ぶ浪化日記の第 1部。元禄 5年(1692)10月 9日から 8年12月19日までを収める。芭蕉歿( 7年)前後の記述が主となる。
「壬申」は元禄 5年のこと。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
・壬申日誌
《新製欣々雅話》しんせいきんきんばなし
5巻 1冊の噺本。魯道序。寛政11年(1799)刊。全60話は安永期の小咄を焼き直したものが多い。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新製欣々雅話
《新説百物語》しんせつひゃくものがたり
高古堂主人作の浮世草子。明和 4年(1767)刊。 5巻。百物語の先行作がたくさんあるが、
さらに新たな百物語集があり、題するにそのまま「新」を冠したものという。全53話。
引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
・新説百物語
《新撰勧進話》しんせんかんじんばなし
5巻 5冊の噺本。百川堂灌河編。享和 2年(1802)刊。57話を収める。編者は京都の書肆で咄会の主催者。
従って本書は同人集であり、尾州や伊勢の作者も登場する。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新撰勧進話
《新撰都曲》しんせんみやこぶり
池西言水編の第 3撰集。 2冊。元禄 3年(1690)刊とみられる。同年跋。諸家の四季吟が大部分で、
多くは一作者の春夏秋冬の発句 4句を半丁に配する。主に京の言水門下や知己の俳人が入集している。
他に言水の独吟歌仙が 4巻。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・新撰都曲
《新増犬筑波集》しんぞういぬつくばしゅう
貞徳著の俳論書。 2冊。寛永20年(1643)刊。上巻は「あぶらかす」、下巻は「淀川」という題がついており、
「新増犬筑波集」の名は本来下巻のみの称。上巻は「犬筑波集」の前句を借りた前句付集で、下巻は「犬筑波集」の付合を批判している。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新増犬筑波集
《新雑談集》しんぞうたんしゅう
2冊。几董著。天明 5年(1765)奥。其角に傾倒していた著者が「雑談集」を模して編んだ俳諧句文集。巻首は中興期の著名な俳人の逸話を記し、
巻尾は連句集と発句集が収められる。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・新雑談集
《新続独吟集》しんぞくどくぎんしゅう
2巻の俳諧撰集。重徳編。重徳刊の独吟集シリーズ第 6作にして最終作。延宝 3年(1675)刊。
21巻の独吟百韻を収める。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・新続独吟集
《尋尊大僧正記》じんそんだいそうじょうき
大乗院第27代門跡尋尊の日記。興福寺別当に任ぜられた康正 2年(1456)から始まり、別当を退いたあとも書き継ぎ、
永正 5年(1508)まで続けた、合計224帖の大部な日記である。応仁の乱に関わる朝廷外からの史料としてはほぼ唯一のものであり、
他に荘園支配の諸相や芸能に関する記録などに及ぶが、法会については準備段階の諸問題を細かく記しているが、儀式次第については殆ど書かれていない。
引用元は「増補続史料大成」所収「大乗院寺社雑事記」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《新竹斎》しんちくさい
5巻 5冊の浮世草子。西村市郎右衛門作。貞享 4年(1687)刊。「竹斎」の主人公だった竹斎の息子である筍斎は親同様の貧乏藪医者。
竹斎の下僕だったにらみの介の息子ねめ介とともに名所巡りや治療を行う滑稽談・失敗談と、江戸に下って立身出世する物語。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新竹斎
《信長記》しんちょうき
小瀬甫庵作の軍記。15巻 8冊。元和 8年(1622)刊。「信長公記」を原拠とし、信長伝を語ることによって政治を語り、
もって当代政治を批判せんする意図があったものと察せられる。そのために年代記であった「信長公記」を改変し、
ある部分では華々しく書き改めたところもある代わりに、削除や短縮も厭わない。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《信長記》しんちょうき
→信長公記
《信長公記》しんちょうこうき
太田牛一作。16巻で、首巻 1巻と本記15巻。慶長 3年(1598)までには成立していたらしい。一年一冊形式の年代記で、信長関連の記録として最も信憑性が高く、
当然史料価値の高い軍記である。引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《仁智要録》じんちようろく
楽書。藤原師長著。琵琶の「三五要録」と並ぶ筝曲の譜集である。12巻。抄出本として「仁智要略」がある。
著者は類稀なる琵琶と筝の名手として著名で、後に平清盛によって尾張に流され出家、妙音院と号した。
引用元は「大日本史料」(北海道大学附属図書館本館蔵・未完)。
・年表一
《慎徳院殿御実紀》しんとくいんどのごじっき
続徳川実紀のうちの家慶編。→続徳川実紀
《新独吟集》しんどくぎんしゅう
2巻の俳諧句集。重徳編。重徳による独吟集シリーズ第 3作で、寛文11年(1671)刊。「誹諧独吟集」以降の好評を受けて、
これまた20名による独吟百韻を収める。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・新独吟集
《信徳十百韻》しんとくとっぴゃくいん
1冊の俳諧撰集。信徳初の個人撰集。延宝 3年(1675)刊。寛文12年(1672)から延宝 3年にかけての独吟百韻10巻を収めたもの。
引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
・信徳十百韻
《新板へひり話》しんぱんへひりばなし
笠亭仙果作の噺本。天保初年の作か。全 6丁、現在の名古屋市内で小屋がけ興行を行っていた屁こき男に取材したものか。
引用元は「未刊江戸文学別冊」(藤女子大学図書館蔵)。
・新板へひり話
《新編纂図本朝尊卑分脉系譜雑類要集》しんぺんさんずほんちょうそんぴぶんみゃくけいふざつるいようしゅう
→尊卑分脉
《神明鏡》しんめいきょう
神武天皇から後花園天皇に至る年代記。 2巻。南北朝末期に一度成立し、さらに書き継がれた。
記事の下限は永享 6年(1434)正月。上巻が高倉天皇まで、下巻は次の安徳天皇から。史実よりも伝説の類への関心が強いようで、
記事に誇張が見られ、系統立ってもいない。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・野見宿禰
《晋明集第五稿》しんめいしゅうだいごこう
几董の行実記録。 1冊。寛政元年(1789)の分を収めてあり、几董最後の記録となった。
同年に大坂・吉野・大和を巡った「よし野紀行」の初稿を収める。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
・晋明集第五稿
《晋明集第四稿》しんめいしゅうだいよんこう
晋明集二稿及び三稿は句稿であったが、第四稿以降は行実記録である。几董稿。 1冊。天明 7年(1787) 7月から 8年末までの分を収めるが、筆録は寛政元年(1789)。
8年の畿内紀行「遊子行」と重なる。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
・晋明集第四稿
《晋明集二稿》しんめいしゅうにこう
几董の句稿。散佚した初稿に続き、佳句を選んで四季別に配列したもので、全791句。安永から天明 3年(1783)の作まで含まれている。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・晋明集二稿
《新野問答》しんやもんどう
2巻の問答。「白石叢書」に収まる。新井白石が問うて野宮定基が答えたもので、「黄門白石問答」「黄白問答」などとも称す。
最も重点が置かれているのは装束に関するもので、なべて故実に関する問いを収める。引用元は「新井白石全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・新野問答
《水言抄》すいげんしょう
→江談抄
《粋行弁》すいこうべん
3巻 3冊の洒落本。浪花散人猿笑作。天明 3年(1783)成。粋を陰と陽とに分け、上巻で陽、下巻で陰の粋について語る。
附録は三都・唐・陸奥の言葉に関する説明。未刊洒落本の中では稀に見る傑作のようで、のちに「客野穴」の本文に流用されている。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。→客野穴
・粋行弁
《随斎筆記》ずいさいひっき
一茶の俳諧書留。 2冊。もとは夏目成美が文化 8年(1811)に諸国俳人の句を集めたもので、それを一茶が抄写し、
余白にどんどん句を追加していったもので、一茶歿年の文政10年(1827)まで続けられた。登場する俳人は1,150人にも達し、
さながら化政期俳句百科の観を呈している。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・随斎筆記
《水左記》すいさき
源俊房の日記。自筆本が残る日記としては、御堂関白記に次いで古い。康平 5年(1062)から嘉承 3年(1108)までの記事がある。
詩才があり、書道に通じ、九条流の故実にも詳しく、頼通の養子となって摂関家同様の出世を遂げて左大臣に到った。
前九年の役に関する記事が特に有名で、その他外交関係の記事もみられる。
引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)。
・年表一
《酔桃庵随筆》すいとうあんずいひつ
鈴木桃野著。 2巻。やや長文といえる 9章から成る随筆で、自らの見聞によって得たところを淡々と記してある。
引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・酔桃庵雑筆
《水日記》すいにちき
→長秋記
《粋のたもと》すいのたもと
1冊の洒落本。くだかけのまだき作。安永 9年(1780)序。浪速江南に遊ぶ客向けのパンフレットのような洒落本。
「初編」とされているが、続編の刊行は不明。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・粋のたもと
《粋の手習》すいのてならい
「曾古左賀志」の改題本。→正夢後悔玉・正夢後悔記・曾古左賀志・水の行すえ
《粋庖丁》すいぼうちょう
5巻 5冊の洒落本。狼狽山人(富土卵)作。寛政 7年(1796)刊。枕草子の類聚的章段に倣った形で当世を穿った作品。
作者は京都の俳人、本名を下毛野敦光といい、従五位下近衛将監である。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・粋庖丁
《酔迷余録》すいめいよろく
中根香亭著の随筆。 3巻。大正 2年の著者歿後に新保磐次が編纂した「香亭遺文」に収められている。
諸事百般に関する考証随筆で、晩年の在興津時代に著されたもの。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・酔迷余録
《随葉集》ずいようしゅう
10巻の連歌学書。慶長 8年(1603)までの成立。如睡編か。四季や恋など部に分けて、5,000に及ぶ歌詞とその寄合の語を挙げ、証歌を併載する。
増補改訂したものが「随葉集大全」。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・随葉集・随葉集大全
《随葉集大全》ずいようしゅうたいぜん
10巻の連歌学書。寛文10年(1670)刊。元隣著。「随葉集」寛永古活字版の本文を元に改訂増補を施したもの。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・随葉集・随葉集大全
《睡余小録》すいよしょうろく
2巻と附録 1巻。河津吉迪著。文化 4年(1807)の刊。著者は京都の書画鑑定人。古書画・芝居番附・書簡などを模写して、
簡単に注記を加えた図録というべきものである。刊年に齢38で早世した著者の形見として刊行されたものとみられる。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・睡余小録
《菅のかぜ》すがのかぜ
夕静編の俳諧撰集。 2冊。宝暦 3年(1753)跋。夕静は讃岐丸亀の人。菅公歿後850年忌にちなみ、諸国俳家による吟を集めて編んだもの。
上巻は讃岐・阿波の国、いわば夕静に近い人の句を集め、下巻に遠方の人々の句を収める。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・菅のかぜ
《菅原氏系図》すがわらしけいず
菅原氏の系図。野見宿禰から出た出雲氏族である菅原氏の家系を記したもので、種々ある。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)である。
群書類従に 1種、続群書類従に 5種掲げられており、諸本の区別は「群書解題」(30巻本・北海道大学附属図書館本館蔵)によった。
・野見宿禰
《菅原伝授手習鑑》すがわらでんじゅてならいかがみ
5段の浄瑠璃。竹田出雲・並木千柳・三好松洛・竹田小出雲合作。延享 3年(1746)初演。「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」と並ぶ時代物浄瑠璃の大傑作。
丞相菅原道真が無実の罪をもって筑紫に流されてから天満大自在天神として崇められるまでの菅公・天神伝説を中心とし、
梅王丸・松王丸・桜丸の三つ子が話を主に進めていく。引用元は「日本古典文学全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・菅原伝授手習鑑
《資房卿記》すけふさきょうき
→春記
《助六所縁江戸桜》すけろくゆかりのえどざくら
津打治兵衛作と推定される歌舞伎狂言。正徳 3年(1713)初演。曾我五郎が助六と名乗り、
親の敵討ちに必要な名刀友切丸を探すために吉原で毎夜毎夜喧嘩を吹っかけ、刀を抜かせて家宝の刀を探し続け、
恋人である傾城揚巻の助力を得て恋敵の意休を斬って友切丸を奪い返すという筋。今でも強い人気を誇る名作。
引用元は「日本古典文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・助六所縁江戸桜
《鈴木三右衛門日記》すずきさんえもんにっき
深川材木町居住の鈴木家七代目当主による日記。安政 4年(1857)分のみ現存する。鈴木家における行事や、知人との交友等の備忘録とみられる。
引用元は、東京都刊本(北海道立図書館蔵)。
・年表二
《鈴木修理日記》すずきしゅりにっき
主に鈴木長常・長頼父子による日記。寛文10年(1670)から宝永 3年(1706)までの日記が現存し、途中には長常・長頼両者の日記が共存する部分がある。
また最後は長頼歿の翌年に及ぶ。「修理」は父子二代に用いられた役称であり、江戸城や東照宮をはじめとする幕府直轄の寺社を造営修理した。
引用元は「近世庶民生活史料未刊日記集成」(札幌大学図書館蔵)。
・年表二
《雀さうし》すずめそうし
作者不明。「すゝめ殿」の娘である「あいちよ」に求婚する者が多くいたが、「あいちよ」はその悉くに失望し、
とうとう出家して修行に出てしまう物語。書き出しが唐突な印象を与えることから、脱落がある可能性もある。
引用元は「室町時代物語大成」(藤女子大学図書館蔵)。
・雀さうし
《崇徳院御百首》すとくいんおおんひゃくしゅ
→久安百首
《砂川》すながわ
2巻の俳諧撰集。諷竹編。元禄11年(1698)自序。「淡路島」に続く撰集。上巻は六歌仙と冬・春の諸家発句集、
下巻は脇起こし歌仙と夏・秋の諸家発句集。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・砂川
《墨染桜》すみぞめざくら
作者不詳の異類合戦物。草と木が鴨川で合戦、楠木正成まで現れる擬軍記物様の物語で、美文調で描かれる。
年号も「草木元年」という。引用元は「室町時代物語大成」(藤女子大学図書館蔵)。
・墨染桜
《炭俵》すみだわら
芭蕉七部集の第六。 2冊。野坡・孤屋・利牛編。元禄 7年(1694)刊。歌仙 3巻・百韻 1巻・春夏の発句が上巻、
秋冬の発句・歌仙 4巻( 1巻は未完)が下巻。書名は「炭だはらといへるは誹也けり」という芭蕉の独語による。
芭蕉の求めた「かるみ」を明らかに示したものとして高く評価されている。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・炭俵
《住吉太神宮諸神事之次第記録》すみよしだいじんぐうしょじんじのしだいきろく
住吉大神宮の年中行事記。 1巻。南北朝時代の成立か。著者未詳。恒例の年中行事を月日の順に並べ、
式次第などを記したもので、住吉社祠官の著とは考えられるが、詳細は分からない。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・住吉太神宮諸神事之次第記録
《菫艸》すみれぐさ
春甫編の俳諧撰集。 1冊。文化 7年(1810)刊。芭蕉の「山路来て何やらゆかし菫草」にちなんで自分の庵を「菫庵」と名づけたのを記念したもの。
編者は画が巧みで、現存する一茶の肖像画は春甫の手になる。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・菫艸
《すまふ評林》すもうひょうりん
作者不明、宝暦 6年刊、 1巻。当時の力士を将棋の駒に例え、俳句を交えて批評した一種の評判記。
後段は、当時の相撲ぶりが古態といかに異なったかを述べる尚古趣味風の論評である。
引用元は「徳川文芸類聚」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・すまふ評林
《角力め組鳶人足一条》すもうめぐみとびにんそくいちじょう
文化 2年(1805) 2月16日に起こった通称「め組の喧嘩」についての判決が 9月に下った際の諸記録であるが、
編者はおろか今や底本すら分からない。巷間「半鐘が島流しになった」とかいう噂が立つなど笑うに笑えない話があるが、
これによって幕府の裁きを正しく見ることができる。なお平成13年夏にこの事件などに関する音羽山の書簡が見つかって話題となった。
引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《駿河土産》するがみやげ
大道寺友山著。徳川家康の言行録。 5巻本と10巻本とがある。題号に駿河とあるのは、逸話の多くが家康隠居後のものであるためであろう。
約50項に亙って主題ごとに家康の行状が記される。引用元は「新訂増補史籍集覧」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・駿河土産
《諏方大明神画詞》すわだいみょうじんえことば
上下 2帙の縁起絵詞。諏訪社の執行法師円忠の発願にかかる。もとは10巻の絵巻物だった。延文元年(1356)に一度完成し、その後に増補か。
絵巻物は天正15年(1587)まで存在していたが、その後失われて詞書だけが残った。内容は縁起と祭礼に大別でき、霊験・霊異譚が前半に並び、後半に年中祭礼のおおよそを叙述している。
引用元は「新編信濃史料叢書」(稚内市立図書館蔵)。
・諏方大明神画詞
《寸錦雑綴》すんきんざってつ
刊年不明、寛政 7年(1795)以降であり、文化初年と思われる。風俗史史料というべきもので、勧進能番組から翁瓢米櫃まで29条の項目が収載されている。
例えば、嗽石香報状を載せて平賀先生作(源内のこと)などと説明を加えている。編者は二代目森島中良とみられている。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・年表二・寸錦雑綴
《晴霞句集》せいかくしゅう
多代女の句集。嘉永 6年(1853)序跋。 2巻。同年花見の折に老懐の句を得、これに長年詠んできた句を自撰して成った集。
多代女は31歳で夫を亡くし、その後兄の勧めで俳諧の道に入り、文政 6年(1823)の江戸行以後は多くの俳家と交流を持った。
引用元は「女流文学全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・晴霞句集
《政覚大僧正記》せいかくだいそうじょうき
大乗院政覚大僧正の日記。文明15年(1483)から明応 3年(1494)までの「寺務方記」を主とし、別記や引付を合わせ、全32巻にわたる。
また紙背文書もある。応仁の乱後の機内の様相や、寺内の支配関係の記事が見られる。記主は文明15年から興福寺別当を務めた人物。
引用元は「史料纂集」(藤女子大学図書館蔵・未完)。
・年表二
《井華集》せいかしゅう
几董自選の俳諧句集。寛政元年(1789)跋。蕪村門に入ってから天明 7年(1787)までの句稿から823句を選び、 2巻にまとめたもの。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・井華集
《西宮記》せいきゅうき
源高明撰の有職故実書。冊数不定。一度成立したものにさらに加筆が続けられたために、様々な構成のものが残っている。
ただし原撰本は残っていない。本文のほかに勘物が数多くあり、佚書からの引用が貴重である。ここでは尊経閣文庫蔵の古写本と大永鈔本を掲げる。
引用元はいずれも「尊経閣善本影印集成」(藤女子大学図書館蔵)。年表への引用は原則として古写本から行うが、古写本にない部分は大永鈔本から採る。
但し、上記二本にもない記事が「改定史籍集覧」所収本にある。これについては刊本と称して年表に引用する。
・年表一・西宮記(古写本)・西宮記(大永本)・野見宿禰
《西宮鈔》せいきゅうしょう
九月までの年中行事について記述された西宮記の新写本で、分本たるもの。 4冊。ここでは西宮記古写本と大永鈔本にない記事のみを引く。
引用元は「大日本史料」(北海道大学附属図書館本館蔵・未完)。→西宮記
・年表一
《西宮日記》せいきゅうにっき
→西宮記
《静軒痴談》せいけんちだん
寺門静軒著。 2巻。「江戸繁昌記」で名を馳せた著者の唯一の和文随筆である。計48項に及び、
最後の「読古事記伝」において駁論を展開するあたり、民間儒者の面目躍如たるものがある。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・静軒痴談
《正章千句》せいしょうせんく
正章の俳諧千句。正保 4年(1647)成立。同年に正章が貞徳に点を乞うた独吟千句であり、貞徳門の作法を世に示したものでもある。
この書の内容について「茶杓竹」と「蝿打」という二書で論争が行われた。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・正章千句
《清少納言》せいしょうなごん
→枕草子
《清少納言記》せいしょうなごんき
→枕草子
《清少納言抄》せいしょうなごんしょう
→枕草子
《清少納言枕草子》せいしょうなごんまくら(の)そうし
→枕草子
《姓序考》せいじょこう
1巻。細井貞雄著。文化11年(1814)序。姓、すなわち真人・朝臣・宿禰・忌寸・臣・連・公・首・国造・伴造・県主・直・村主・史について解説したもので、
ほかに氏上・部曲・道師・稲置・国司・郡司についても記してある。引用元は「新註皇学叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
野見宿禰
《醒睡笑》せいすいしょう
安楽庵策伝作の仮名草子。 8巻 8冊。元和 9年(1623)成。約1,030の笑話を42項目に分類して収める。
京都所司代板倉重宗の勧めにより、寛永 5年(1628)浄書の上で献呈され、これから転写されて伝わるのが広本である。
略本は話数が300ほどに絞られ、整版されている。引用元は、広本系が「噺本大系」、略本系が「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
醒睡笑
《青々処句集》せいせいしょくしゅう
塞馬編の俳諧発句集。嘉永 4年(1851)跋。卓池の発句集。もともとは、卓池が門人の水竹と塞馬に句集の編纂を頼んでいたが、卓池ばかりか水竹も亡くなったので、
塞馬が単独で編して成ったもので、七回忌追福撰集となっている。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
青々処句集
《成美家集》せいびかしゅう
2巻の俳諧撰集。文化13年(1816)刊。巻頭に「代舌」と題して息子らの編としているが、実態は自選集らしく、
いくつかの句稿をもとにした家集の原稿を基礎にして成ったものらしい。「続成美家集」稿本が伝わる。季題別で、計624句と 3首。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
成美家集
《星布尼句集》せいふにくしゅう
寛政 5年(1793)序。喚之編。 2冊。榎本星布の発句522句を四季類題別に並べ、白雄との歌仙を併せ掲げる。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
星布尼句集
《青蘿発句集》せいらほっくしゅう
玉屑編の俳諧句集。 3冊。寛政 9年(1797)刊。青蘿の発句集で、門人の玉屑が600句ほどを集めて編集したもの。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・青蘿発句集
《説鈴》ぜいりん
2巻。足代弘道著。寛延 2年(1749)序。「鶏肋」と並び立つ仮名交じり文による漫筆。
その内容は和漢に及ぶもので、特に順序があるとは思われない。引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
説鈴
《青楼女庭訓》せいろうおんなていきん
2冊の洒落本。鼻山人作。文政 6年(1823)刊。享和 2年(1802)刊の十返舎一九作「竅学問」の続篇にあたるもので、
又三郎の遊びばかりか、その女房の語りまで加わり、合巻寄りの作品になっているが、それゆえか完結していない。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
青楼女庭訓
《青楼籬の花》せいろうまがきのはな
1冊の洒落本。鼻山人作。文化14年(1817)刊。作者による洒落本第一作にあたる。遊客忠兵衛に対する遊女梅川の真情を描いたもので、
起承転結のうち本作で前半、後篇「廓宇久為寿」を後半に充てている。洒落本というよりは人情本に近く、事実作者は後に人情本の代表的作家となった。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
青楼籬の花
《青楼吉原咄》せいろうよしわらばなし
4巻 2冊の黄表紙様噺本。安永 7年(1778)墨蝶亭可立序。全編吉原に取材した作品で、23話を収める。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
青楼吉原咄
《碩鼠漫筆》せきそまんぴつ
黒川春村著。15巻。安政 6年(1859)高橋広道の序がある。語義語源に関する考説が多い。春村が折々書きつけていたものを広道などが見出しを入れ、
五十音順に編集したものであったが、「き」の始めで中絶。碩鼠とは「螻蛄」のこと。春村の謙遜である。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・年表一・碩鼠漫筆
《石亭画談》せきていがだん
竹本石亭著の随筆。初編 2巻。明治17年刊。 2編以下 4巻の草稿成るも刊行はされなかった。古今の画家の事跡を俗文で記したもので、
58条66家が収められ、特に著者が親しくした人または同時代の人については、この書によって初めて知られる事実もある。
引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・石亭画談
《世間妾形気》せけんてかけかたぎ
和訳太郎こと上田秋成作の浮世草子。 4巻 4冊。明和 4年(1767)刊。八文字屋が出していた気質ものの連なる作品で、妾を主人公とする全10話。
先行諸作品の影響があり、特に西鶴や其磧の作品を利用しているところも見られる。引用元は「上田秋成全集(中央公論社版)」(北海道大学附属図書館本館蔵・中絶)。
・世間妾形気
《世説新語茶》せせつしんござ
1冊の洒落本。山の手の馬鹿人(大田南畝)作。安永 5〜 6年(1776〜77)刊。山下・深川・いろは茶屋・音羽の各岡場所を描き出した作品。
書名は「世説新語補」をもじったもので、章名は「世説新語」の言語・政事・文学・賞誉をもじってそれぞれ変語・粋事・坊客・笑止としてある。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・世説新語茶
《世俗浅深秘抄》せぞくせんしんひしょう
2巻の有職故実書。後鳥羽天皇著。建暦年間(1211〜13)の成立か。奈良・平安朝の日記や貞観式・延喜式を引用して朝儀・公事における故実を285条に亙って論じたもの。
巻末には菩提院入道関白基房の説を載せてあるが、そのために基房著という説も流れた。引用元は「群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・世俗浅深秘抄
《拙古先生筆記》せっこせんせいひっき
奥田尚斎晩年の談話を筆録した随筆で、編者は未詳。 1冊。主に書物に関する話題を載せるが、文人の逸事なども含み、滋味に富む。
嘉永 7年(1854)の写本のみが伝わる。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・拙古先生筆記
《摂州渡辺橋供養》せっしゅうわたなべはしくよう
5段の浄瑠璃。寛延元年(1748)初演。豊丈助(並木丈輔)・安田蛙桂・浅田一鳥の合作。平宗盛や建礼門院を取り巻く忠臣や家族を描く。
身代わりとして討たれる場面や、家族が犠牲となってゆく場面が次々と現れる。
引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
・摂州渡辺橋供養
《摂津名所図会大成》せっつめいしょずえたいせい
暁鐘成著。13巻15冊。寛政の「摂津名所図会」を上回る内容を盛らんという目標のもとに安政 2年(1855)以降に着手され、原稿は出来上がったものの挿図の完成をみる前に著者が歿したため、
未刊に終わった幻の大坂地誌である。引用元は「浪速叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二・摂津名所図会大成
《摂陽落穂集》せつようおちぼしゅう
浜松歌国著、文化 5年(1808)の序、10巻(他に附録 1巻)。元和から文化元年(1804)までの大坂における市井の出来事152条を記したもの。
但し、この書の記事の全ては摂陽奇観にも収められている。引用元は「新燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《摂陽奇観》せつようきかん
浜松歌国著、天保 4年(1833)成立、60巻。但し歌国自身の手になるのは51巻まで。 9巻までは大坂近辺の地誌のようになっており、
10巻以降「摂陽年鑑」として大坂城落城以降の記事を編年体で記す。記事の範囲は百般に亙るが、さして考究的ではない。
引用元は「浪速叢書」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二・摂陽奇観
《摂陽見聞筆拍子》せつようけんぶんふでびょうし
「摂陽落穂続集」ともいう。浜松歌国著、10巻。成立年代は不明だが、文化 8年(1811)の記事が最も新しい。
一応は摂陽落穂集の続編であるが、こちらは珍説奇談が多く、毛色が異なる。引用元は「新燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・摂陽見聞筆拍子
《善庵随筆》ぜんあんずいひつ
朝川善庵著。 2巻附録 1巻。嘉永 3年(1850)刊。著者が晩年に持病が再発した折、仮名交じりで綴った随筆で、
将棋の王将を考証するところから始まるなど話題が豊富である。著者は在世中に刊行を許さなかった。
引用元は「影印日本随筆集成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・善庵随筆
《前々太平記》ぜんぜんたいへいき
21巻22冊。橘
著。正徳 5年(1715)自序・刊。聖武天皇から醍醐天皇までの歴史を記したもの。
政治の本流のみならず寺社縁起や伝説の類まで幅広く取り上げている。前太平記への接続を意図しているが、
前太平記のような軍記というよりは雑史といえる。引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
・年表一・前々太平記・野見宿禰
《潜蔵子》せんぞうし
3巻の談義本。享保16年(1731)夷節山人序、元文 5年(1740)刊。全15編を収める。談義本としてはくだけた行文で、
浮世草子風とも評される。のち天明 5年(1785)に「百銅五舛安心」と改題され、無理矢理 5巻に分冊された。
引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)所収「百銅五舛安心」。→百銅五舛安心
・潜蔵子・百銅五舛安心
《仙台間語》せんだいかんご
正編 4巻、続編 3巻の随筆。林笠翁著。著者は林子平の父である。明和元年(1764)自跋。172項目に及ぶ考証随筆で、
有職故実・古典研究(歌論)・軍学に関する内容で全てを占める。殊に賀茂真淵や契沖への批判は鋭く、自信と博覧強記ぶりを遺憾なく示す。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・野見宿禰
《先代旧事本紀》せんだいくじほんぎ
神代から聖徳太子の逝去までを記した史書。10巻。編者・成立年次不詳。序文には聖徳太子・蘇我馬子らが撰録したとあるがこれは仮託。
物部氏の記事が多く、編者も物部氏関係者と見られている。引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
・年表一
《前太平記》ぜんたいへいき
41巻(目録 1巻を含む)41冊の軍記。著者は藤元元であるが、略歴不明。成立も刊年も不明。
延喜 7年(908)の六孫王経基元服・源氏賜姓から清和源氏七代の武勇を綴った物語。特に承平・天慶の乱が全体の四分の一を占める。
引用元は「叢書江戸文庫」(北海道大学大学院文学研究科冨田教授蔵)。
・前太平記
《千題発句集》せんだいほっくしゅう
→梅室家集
《先哲像伝》せんてつぞうでん
4巻 4冊の伝記。原徳斎著。儒者20人の肖像・筆跡等を掲げ、仮名交じり文の伝記を添えたもの。
肖像は二世柳川重信の画と伝わる。引用元は「近世文芸者伝記叢書」(北海道立図書館蔵)。
・先哲像伝
《仙洞歌合》せんとううたあわせ
→亀山殿五首歌合
《銭湯新話》せんとうしんわ
5巻 5冊の談義本。伊藤単朴作。宝暦 4年(1754)刊。中国の怪談小説本「剪灯新話」のもじりで、
銭湯に集まった人々により諸国の奇談を集めてある。これを通して教訓を説こうとする談義本。
全15話。会話にみられる江戸言葉の巧みさは、のちの「浮世風呂」にまで影響を及ぼした。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・銭湯新話
《沾徳随筆》せんとくずいひつ
沾徳の俳諧随筆。 2冊。享保 3年(1718)稿。沾徳による芭蕉評や其角評、交友の記録や伝聞などを、
一つ書きの体裁で記す雑纂随筆である。引用元は「俳書叢刊」(藤女子大学図書館蔵)。
・沾徳随筆
《宗因七百韵》そういんしちひゃくいん
1巻の俳諧撰集。宗因著。延宝 5年(1677)刊か。宗因一座の百韻 6巻と宗因が判者となった百韻 1巻などを収めているが、
内容が統一されておらず、宗因の名声に書肆が便乗して編集したものと目されている。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・宗因七百韵
《総見記》そうけんき
→織田軍記
《喪志編》そうしへん
楫取魚彦著の随筆。寛延 2年(1748)の序。書名は「物を玩べば志を喪ふも亦これにあり」からきている。
著者は賀茂真淵の門人。語彙や風俗、見聞や書物の書き抜きに関して、和漢の各書をもとに考証したもの。
引用元は「百家随筆」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
喪志編
《雑談集》ぞうたんしゅう
其角編の俳諧撰集。元禄 4年(1691)成立、 5年刊。俳諧雑話集で、上巻は随筆的な俳文や紀行文を収め、最後に諸家発句を添える。
下巻は其角一座の連句を中心とし、俳家の逸話なども収める。編者其角の芭蕉理解を知るのに重要な集とされる。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
雑談集
《増補江戸年中行事》ぞうほえどねんちゅうぎょうじ
著者不詳。 1巻。享和 3年(1803)刊。斎藤月岑「東都歳時記」の種本として知られる。
引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・増補江戸年中行事
《増補随葉集大全》ぞうほずいようしゅうたいぜん
→随葉集大全
《増補方円発句集》ぞうほほうえんほっくしゅう
「梅室家集」の増補版。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)所収「梅室家集」。→梅室家集
・増補方円発句集
《草木太平記》そうもくたいへいき
→墨染桜
《増山井》ぞうやまのい
季吟著の季寄。 2巻。寛文 7年(1667)刊。「四季之詞」を月順に載せ、類語や連俳の別、語の来歴などを簡潔に記したもので、
巻末に「非季詞」を挙げる。「山の井」と異なり、解説が簡潔になり、実用的になったと評される。その後の季寄書もこの体裁に倣うようになった。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・増山井
《曾我両社縁起》そがりょうしゃえんぎ
→曾我両社八幡宮并虎御前観音縁起
《曾我両社八幡宮并虎御前観音縁起》そがりょうしゃはちまんぐうならびにとらごぜんかんのんえんぎ
著者不詳。 1巻。室町時代の成立か。駿河国富士郡の曾我八幡宮の縁起であり、古来有名な曾我兄弟の仇討ちを主として語り、
兄弟が頼朝によって祀られたことと虎御前が死後に十一面観音として祀られたことを載せる。引用元は「続群書類従」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・曾我両社八幡宮并虎御前観音縁起
《曾我三ッ巴》そがみつどもえ
歌舞伎狂言。 1冊。京都亀屋久米之丞座の盆狂言。座本は二代大和屋甚兵衛で、宝永元年(1704)の父初代甚兵衛歿後、
11月に早雲座から亀屋座の座本となって父の跡を襲った。翌年11月には座本を退いていることから、
本狂言は曾我物であることからも考えて宝永 2年 7月上演と考えられる。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・曾我三ッ巴
《曾我物語》そがものがたり
10巻または12巻の軍記物語。作者未詳。曾我兄弟の父が討たれてから、兄弟が成長して仇討ちを果たすが、
兄弟もまた死を遂げる物語で、真名本と仮名本とに大別される。義経記と並んで後代の文芸に大きな影響を与えた。
引用元は真名本が天文15年(1546)書写の妙本寺本を影印した勉誠社刊本(札幌大学図書館蔵)で、
仮名本は天文 8年(1539)寄進の太山寺本を影印した汲古書院刊本(藤女子大学図書館蔵)である。
・曾我物語
《曾我物語評判》そがものがたりひょうばん
15巻15冊の軍記物語。馬場信意作。正徳 6年(1716)刊。「根元曾我物語」(寛文 4年(1664)刊)本文を掲げ、
「伝」「評」でそれを補正したという作品であるが、そればかりか「根元曾我物語」の版木を流用さえしている。
引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・曾我物語評判
《素丸発句集》そがんほっくしゅう
2冊。寛政 8年(1796)刊。徳布編。刊行計画の許しがなかなか下りなかったが、素丸本人が臨終の床でようやく許しを与え、
それから 1年かけて徳布らが編集したもの。引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・素丸発句集
《続あけからす》ぞくあけがらす
几董編、道立序、無腸(上田秋成)跋。 2冊。安永 5年(1776)成立。蕪村一門の句のみならず、
当代名家の句をも加え、蕪村門としては珍しい大規模な撰集となった。句数416、連句12巻。
「蕪村七部集」の第六。引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
・続あけからす
《続飛鳥川》ぞくあすかがわ
著者不詳、文政頃の刊。江戸の名物や物売りの呼び声などを簡略に記した随筆である。
引用元は「新燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表一・続飛鳥川・野見宿禰
《続有礒海》ぞくありそうみ
浪化編。元禄11年(1698)刊。「和漢朗詠集」に倣った部立で、江戸や湖南などの句を多く載せる。巻末には歌仙 5巻を併せ収める。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続有礒海
《続一夜松》ぞくいちやまつ
几董編の俳諧撰集。前集・後集それぞれ 2冊。前集天明 5年(1785)序、 6年跋。後集天明 6年序。
蕪村が「一夜松」の続集を編まんとして果たせなかったのを几董が志を継ぎ、夜半亭三世を襲名してから編集にかかって成ったもの。
歌仙や百韻41巻と梅や松を題とした発句を収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続一夜松
《続江戸筏》ぞくえどいかだ
風葉・蓮之・咫尺・壺月・蓮谷編の俳諧句集。 2冊。享保15年(1730)刊。沾洲評の独吟歌仙26巻と、祝賀歌仙 1巻とを載せたもので、
『江戸筏』の俳人に当代の俳人を加え、当世流の俳風を打ち出したもの。引用元は「古典文庫」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続江戸筏
《続教訓抄(鈔)》ぞくきょうくんしょう
楽書。狛朝葛撰。教訓抄に次ぐ雅楽の口伝書であるが、かなりの欠落が認められ、しかも教訓抄などの混入も疑われる。
少なくとも13巻で、22巻ほどあったと考えられる。記事は元亨 2年(1322)まで及ぶが、その後の補筆も考えられる。
引用元は「日本古典全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)で、冊数もこれに依拠した。
・年表一・続教訓抄
《続近世叢語》ぞくきんせいそうご
8巻 4冊の伝記。角田九華著。弘化 2年(1845)刊。文政11年(1828)に出た「近世叢語」に続くもので、「世説新語」に倣った項目を立て、
人物の逸話を340項載せたもの。ほかに正編の訂正が 3項ある。引用元は「近世文芸者伝記叢書」(札幌市中央図書館蔵)。
・続近世叢語
《続古事談》ぞくこじだん
編者未詳の説話集。もと 6巻、第三が失われており現存 5巻。承久元年(1219)成立か。古事談の続編を意図しているようだが、
内容は「王道后宮」「臣節」「神社仏寺」「諸道」「漢朝」と異なっており、第六は中国説話に充てられている。
散逸した文献から引かれたものも多い。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・続古事談
《続境海草》ぞくさかいぐさ
顕成編。寛文10年(1670)刊。境海草の続編で、 5巻であるが巻一が現存しない。巻四までは季節ごとの発句集で、
巻五に付句を収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続境海草
《続猿蓑》ぞくさるみの
芭蕉七部集の第七。 2冊。沾圃・芭蕉撰、支考補。元禄11年(1698)刊。上巻は連句編、下巻は発句編である。
題号から猿蓑を意識した集ではあるが、内容としては芭蕉晩年の「かるみ」を持続した集といえる。
成立の経緯に不明点が多く、人によっては偽撰とまで難ずることもあり、評価が割れる。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・続猿蓑
《続史愚抄》ぞくしぐしょう
柳原紀光編の通史。81冊。正元元年(1259)から安永 8年(1779)までの521年間を記した朝廷の通史。
寛政10年(1798)に自筆清書本が成立した。但しこの自筆清書本は既に焼失した。記事は簡略だが、元史料名を明記し、或は按文が附されている記事もある。
引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二
《俗耳鼓吹》ぞくじこすい
大田南畝の随筆。天明 8年(1788)自序。天明元年からの見聞を記したもので、 8年に一応成立したが、南畝が歿するまで加筆が続けられたらしい。
日常で起こった出来事を記す街談が多いが、浄瑠璃等の文句に対する評も目立つ。引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《俗事百工起源》ぞくじひゃっこうきげん
風俗随筆で、 3冊。宮川政運の著。著者は志賀理斎の息子である。慶応元年(1865)の序がある。
文政以降の記述に関しては特に他書には見られないものもあり、特に鰻丼の起源についてが有名である。
引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・俗事百工起源
《足薪翁記》そくしんおうき
柳亭種彦著の随筆。 3巻。成立年未詳。博捜精細を極めた考証随筆で、全52条。「還魂紙料」に始まる種彦風俗随筆の到達点を示すもの。
題は「柳千株うえて薪に足る」から著者が足薪翁と号したことに因む。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・足薪翁記
《続水心記》ぞくすいしんき
→小右記
《俗談諺種》ぞくだんことわざぐさ
「口学諺種」を改題して寛政 3年(1791)に刊行された「傾城諺種」をその直後にまた改題したもの。
寛政改革への対策と思しい。→口学諺種
《続蔦本集》ぞくつたのもとしゅう
応々尼編の俳諧句文集。天保 9年(1838)刊。正編の「蔦本集」は文化10年(1813)刊で、道彦の発句を集成してあった。
道彦は文政 2年(1819)歿で、「蔦本集」に漏れた句文を、妻の応々尼が編纂したのが本書である。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続蔦本集
《続道聴塗説》ぞくどうちょうとせつ
この題号は「鼠璞十種」編纂時に与えられたものである。大郷信斎著。天保元年(1830)の成立か。10編で、 5編までは「己丑漫録」、 6編以降は「庚寅漫録」と題される。
即ち前半は文政12年(1829)、後半は天保元年(1830)の風聞雑説を内容とする。 4編は「後は昔物語」の抄本である。
引用元は「鼠璞十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《続徳川実紀》ぞくとくがわじっき
徳川実紀の後を受けた史書で、徳川実紀と同じ編集方針で編纂されたが中絶したらしく、家慶以降のものは未完で史料集のような形になっており、
唯一完成に近いのは家斉の部分だけである。引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
・年表二
《続独吟集》ぞくどくぎんしゅう
2巻の俳諧句集。重徳編。重徳による独吟集シリーズ第 2作で、寛文11年(1671)刊か。
20名による独吟百韻を収める。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・続独吟集
《続日本往生伝》ぞくにっぽんおうじょうでん
→続本朝往生伝
《俗僻反正録》ぞくへきはんせいろく
5巻 5冊の随筆。平景尚著。天明 6年(1786)刊。「広益俗説弁」に始まる「俗説弁もの」の末流に位置する作で、
種々の俗説に対し史料により是正を試みた書であるが、さほど有名ではないような俗説が目立ったり、
拠った史料の信憑性についての考慮が乏しいといった欠点が散見されるという。引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・俗僻反正録
《続本朝往生伝》ぞくほんちょうおうじょうでん
「日本往生極楽記」の続篇として大江匡房が撰述した往生伝。康和 3年(1201)から天永 2年(1211)の間に成立。
異相往生人42人の行状を収め、浄土の教えを信仰せしむべく編まれたもので、天台系のほうがやや多い。
引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続本朝往生伝
《続山井》ぞくやまのい
湖春編の俳諧撰集。 5巻。寛文 7年(1667)刊。「増山井」と同時に刊行されたもので、初巻のみ付句集、
残りは四季別の発句集である。「増山井」が季寄の部で、この「続山井」が実作の部という割り振りということになる。
また、湖春が宗匠として独立した記念集でもある。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・続山井・野見宿禰
《続世継》ぞくよつぎ
→今鏡
《曾古左賀志》そこさがし
5巻 5冊の洒落本。もともとは宝暦11年(1761)成の「正夢後悔玉」 3巻が原稿にあたり、それに一稿を追加した「正夢後悔記」を底本として明和 7年(1770)に板行されたのが本書。
すぐに一部改刻(博奕につき憚るところあり)されたものがあり、文化元年(1804)にも印行されている。別の書肆からは「粋の手習」と改題刊行されており、
またまた別のところから文化元年に改稿の上で「水の行すえ」として出板された、洒落本としては異例の息の長さを保った大ベストセラーである。
「後悔玉」は福隅軒蛙井作とみられ、追加部分は「後悔記」追加部分の最後に出る「酔石翁」がその作者と思われ、この両者は別人と考えられるが、確証を得られない。
世相の穿ちというよりも人間そのものへの穿ちを巧みに表現したところに、長命を保った理由があるとされている。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。→正夢後悔玉・正夢後悔記・粋の手習・水の行すえ
・曾古左賀志
《そこぬけ釜》そこぬけがま
1冊の噺本。録山人信普序。享和 2年(1802)序。25話を収める。序者は黄表紙や洒落本作者でもあり、
本書の内容も高い。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・そこぬけ釜
《楚古良探》そこらさがし
5巻 5冊の談義本。伊藤単朴作。明和 5年(1768)刊。「教訓雑長持」の続篇を意図した様子もあるが、
出版しようとしたわけではなかったらしい作品。引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・楚古良探
《そゞろ物語》そぞろものがたり
三浦浄心著の見聞記。寛永18年(1641)刊。当時の吉原を中心とする遊女関係の話を集めたもので、 8話ある。
うち 7話は、慶長見聞集にある話と類似する。引用元は「続日本随筆大成」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・そゞろ物語
《帥記》そちき
源経信の日記。治暦元年(1065)から寛治 2年(1088)までの写本があるが、欠落が多い。
記名は「大宰権帥」からきており、「帥大納言記」とも呼ばれる。帥の唐名「都督」から「都記」ともいい、「経信卿記」ともいう。
学問・管絃・政治なんでもござれの大重臣であり、惜しい哉管絃の記事は殆ど残っていないが、政治の方面においてその有能ぶりを跡づけている。
引用元は「増補史料大成」(北海道立図書館蔵)。
・年表一
《帥大納言記》そちだいなごんき
→帥記
《帥年中行事》そちねんちゅうぎょうじ
→西宮記
《其暁》そのあかつき
蘆本編の俳諧追善集。 1冊。享保 2年(1717)序。同年 4月28日に歿した涼莵の追善集。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・其暁
《其傘》そのからかさ
貞三著の俳諧作法書。 3冊。元文 3年(1738)序。付句の作法を説いた書で、上巻に作法や詞寄、月別の季寄などを掲げ、
中巻以降で去嫌の詞寄を収める。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・其傘
《そのしをり》そのしおり
2冊。安永 8年(1779)跋。泰里とその姉古友とが同年に吉野へ旅した際の記念の集。京において蕪村ら京俳人との交流があり、
彼らの句も載せる。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・そのしをり
《其便》そのたより
泥足編の俳諧撰集。 2巻。元禄 7年(1694)刊。編者は商人で、長崎に赴任していたが、同年に江戸に帰郷したのを記念して集を編んだ。
蕉門俳人との歌仙と長崎俳人との歌仙が織り込まれた集。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・其便
《その人》そのひと
1冊。浙江編。安永 2年(1773)刊。前年12月25日に歿した阿誰の追悼撰集。蕪村や几董らによる追悼句を載せる。
阿誰と蕪村は同門であり、交流があった。師の宋阿歿してのち、阿誰は存義の門に入った。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・その人
《其袋》そのふくろ
嵐雪編の俳諧撰集。 2巻。元禄 3年(1690)自序。700に及ぶ句と歌仙 7巻、さらに句文も併せ収めた比較的規模の大きな集で、
芭蕉の旅によって各地に勃興した蕉門に対して「江戸蕉門」の何たるかを示した集。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・其袋
《其雪影》そのゆきかげ
几董編、蕪村・几董序。嘯山跋。 2冊。安永元年(1772)成立。前半が連句 4巻、後半は四季の発句である。
後半のはじめには蕪村の手になる俳人の肖像と、几董記の各人の代表句が記されている。後に「蕪村七部集」の第一とされた。
引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
・其雪影
《それぞれ草》それぞれぐさ
3巻の俳諧撰集。友悦編。延宝 8年(1680)〜 9年跋。「徒然草」をもじった戯文と、それにちなむ諸家の句を収め、
独吟万句の発句と諸家の付句を収める。引用元は「天理図書館綿屋文庫俳書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・それぞれ草
《損者三友》そんしゃさんゆう
仮題。稿本 1冊の洒落本。石井垂穂作。寛政10年(1798)成。作者は尾張藩士。 1冊ものとしてはかなりの長編で、吉原五明楼滝川を主な舞台とし、
3人の武士が夏のある日に遊んだ様子を極めて細かく描き切った作品である。尾張人への手引きともいえる。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・損者三友
《尊卑分脉》そんぴぶんみゃく
洞院公定が最初に撰した系図集で、永和 3年(1377)から応永 2年(1395)の間に成立し、その後増補改訂が行われた。
正式名「新編纂図本朝尊卑分脉系譜雑類要集」。名の左右に生母・位階と官職歴・歿年月日などが記される。
系図「集」の故か、精粗の差が激しい。引用元は「新訂増補国史大系(新装版)」(石狩市民図書館蔵)。
・尊卑分脉
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp