解題・ヤ行
《康資王母集》やすすけおうのははしゅう
康資王母の私家集。10程度の伝本があるが、同一系統と目される。最大154首。公歌と私歌に分かれており、
前半は階級順に並んでおり、後半は勅撰集に倣った配列がなされている。引用元は「新編国歌大観」(石狩市民図書館蔵)。
・康資王母集
《やせ》やせ
寛政版の「樗良発句集」全 2冊を 1冊に合本して、元治元年(1864)に刊行したもの。→樗良発句集
《やない筥》やないばこ
麻布流水連の川柳撰集。天明 3〜 6年(1783〜86)の間に四篇まで刊行されたが、三篇は発見されていない。
初代川柳評、雨譚編。雨譚は麻布流水連の中心人物で、川柳派の中でも有力な作家だった。息子の李牛も前句附の作家であったが、
初篇の出る直前に亡くなり、初代川柳が追悼文を書いている。引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
・やない筥
《柳籠裏》やなぎこり
麹町高砂連の川柳撰集。発見されているのは三篇のみ。天明 6年(1786)刊。「川柳評」の字がなく、
やや内容にも見劣りする点があるとのことから、川柳評かどうか疑われてもいるが、顔触れや「柳」を含む書名及び序文から、初代川柳評とみられている。
引用元は「岩波文庫」(引用者蔵)。
・柳籠裏
《夜半叟句集》やはんそうくしゅう
蕪村の句集。安永 5年(1776)起筆、天明に至る。安永 7年以後の分は配列に規則性がなくなり、重出もみられる。
708句のうち271句は他の句集に見られない。引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・夜半叟句集
《夜半亭発句帖》やはんていほっくちょう
雁宕等の編。巴人十三回忌の追善集。宝暦 5年(1755)刊。 2冊。夜半亭巴人の門人が発句を四季類題別に編んで出版したもので、
追善百韻 1巻や諸家の追悼句を併収する。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・夜半亭発句帖
《野府記》やふき
→小右記
《野房記》やぼうき
→春記
《山科家礼記》やましなけらいき
山科家家司の日記。応永19年(1412)から明応元年(1492)までの記録があるが、残っているのはそのうち16年分である。
応永19年分の記主は未詳、応仁 2年(1468)・文明 2年(1470)・ 3年分は大沢重胤、他は大沢久守の記である。
惣村の記事が多く、土一揆の記事が目立つ。引用元は「史料纂集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・年表二
《山城名勝志》やましろめいしょうし
21巻30冊及び別図12舗の地誌。正徳元年(1711)刊。大島武好編。宮城部・洛陽部・乙訓郡部・葛野郡部・愛宕郡部・紀伊郡部・宇治郡部・久世郡部・綴喜郡部・相楽郡部・郡未勘部の順に、
およそ2,700項目について述べた地誌。先行書籍のみに依拠して編んだため全く同時代性がなく、「山州名跡志」と対照すると面白い。
引用元は「立命館大学図書館所蔵善本復刻叢書」(札幌大学図書館蔵)。
・年表一・山城名勝志
《山迹七字城》やまとしちじじょう
2冊の七言連句集。寛文 5年(1665)成。林鵞峰ら林家門弟らによる詠史句集であり、国史館において寛文 5年10〜12月に行われたもの。
「山迹(やまと)」とは日本の故事を踏まえて詠んだことによる。引用元は「京都大学蔵大惣本稀書集成」(札幌大学図書館蔵)。
・山迹七字城・野見宿禰
《大和名所記》やまとめいしょき
→和州旧跡幽考
《やまなかしう》やまなかしゅう
可大編。 1冊。天保10年(1839)自序。元禄 2年(1689)秋、
「おくのほそ道」行脚の最中に加賀山中温泉で巻かれた三吟歌仙(「卯辰集」所収)の折、芭蕉がその場で批評添削を述べた。
これを北枝が筆録したものがそのまま伝わっており、それを「曾良餞 翁直しの一巻」とし、後ろに歌仙 3巻を加えたものが本書である。
引用元は「新日本古典文学大系(曾良餞のみ)」(石狩市民図書館蔵)。
・やまなかしう
《山の笑》やまのわらい
1冊の噺本。作者未詳(瓢亭百成作か)。文化11年(1814)頃序とみられるが確定できない。25話を収める。
引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・山の笑
《柔話》やわらばなし
関口流柔術の祖である弥六左衛門とその息子八郎左衛門の逸話や、相撲との関係について述べた書。
1巻。文化 9年(1812)の序がある。引用元は「未刊随筆百種(米山堂版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・柔話
《幽遠随筆》ゆうえんずいひつ
入江昌喜著の随筆。 2巻。安永 3年(1774)刊。著者の第一作であり、俗事一般に関する考証随筆。
全160条から成り、万葉集をはじめとする古典を引いて各々の事柄の由来を述べる。また自作の俳句・俳文をも併載する。
引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・年表一・年表二
《
軒小録》ゆうけんしょうろく
伊藤東涯著の随筆。 1巻。成立年未詳。父仁斎のもとを訪れる人々が語った様々な奇談を書き記したもの。
従って内容の幅は広く、面白い読み物となっている。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・野見宿禰
《遊子行》ゆうしこう
半一・几董編著の俳諧紀行文。 1巻。天明 8年(1788)跋。同年秋から冬の几董の畿内紀行における文集。
内容は 3部に分かたれ、中秋の名月を見んがための須磨旅行・ 9月十三夜月見物と宝の市見物のための住吉旅行・観楓目的の箕面旅行から成り、
最後に旅での俳諧興行を附す。引用元は「天明俳書集」(札幌大学図書館蔵)。
・遊子行
《遊子評百伝》ゆうしひょうひゃくでん
写本 1冊の洒落本。岡目八目編。享和 3年(1803)成。寛政 5年(1793)から享和 2年までの間に出た洒落本から抜き出し(人名などを変えてはいる)、評をつけたものであるが、
その評はかなり安易な姿勢によるものとされる。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・遊子評百伝
《遊色控柱》ゆうしょくひかえばしら
浮世草子。元禄16年(1703)刊。舎衣軒明昏作「好色十二人男」の改題改竄本。 1・ 3・ 5巻のみ残る。
「好色十二人男」にない話も存在し、単なる並べ替えには終わっていない様子だが、残欠本のため全貌は分からない。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・遊色控柱
《夕涼新話集》ゆうすずみはなしあつめ
5巻 5冊の噺本。参詩軒素従序。安永 5年(1776)刊。100話を収める。序者は本名を槌屋利三郎といい、角槌軒という号をもつ咄の会の常連。
当年 4月 7日に開いた咄の会における優秀作を 7月に刊行したもの。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・夕涼新話集
《有徳院殿御実紀》ゆうとくいんどのごじっき
徳川実紀のうちの吉宗編。→徳川実紀
《遊里様太鼓》ゆうりさまだいこ
6巻 6冊と推定される浮世草子。作者未詳。元禄15年(1702)刊。現存するのは三之巻と六之巻のみ。改竄本「けいせい新色三味線」から推測されることとしては、
各巻を京・江戸・大坂・大坂江戸・鄙湊・鄙湊に分かっており、一之巻巻頭には島原女郎の名寄があったということである。
「けいせい色三味線」を模倣した短篇集で、挿図も「色三味線」を真似た雑なもので、結局「色三味線」を模倣剽窃しただけの便乗作品と考えられる。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)だが、本文は「けいせい新色三味線」によって立てた。→けいせい新色三味線
・遊里様太鼓
《雪颪》ゆきおろし
蓼太著の俳論。 1冊。宝暦元年(1751)刊。上総国市原の野毛にある吐月斎に泊まった折、「江戸廿歌仙」の批判を行ったのを筆録した書。
のち明和 8年(1771)に雁宕が「蓼すり古義」で反論を試み、対して魚
が「遅八刻」を出してこれに応じた。
引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・雪颪
《行親記》ゆきちかき
平行親の日記。現在は長暦元年(1037)分が残るのみだが、11巻はあったらしい。代々実務官僚として朝廷に在った家だけに、
宮廷に関する記事が多くを占めるが、殊に検非違使関係の記事が多い。引用元は「陽明叢書記録文書篇」(藤女子大学図書館蔵)であるが、
読点は「続々群書類従(17巻本)」(札幌大学図書館蔵)に従った。
・年表一
《行成卿記》ゆきなりきょうき
→権記
《雪の光》ゆきのひかり
紫暁編。寛政 7年(1795)刊。 1冊。蕪村13回忌と几董 7回忌の追善として、几董の後継者たる紫暁が編んだもの。
引用元は「蕪村全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・雪の光
《雪の古道》ゆきのふるみち
4巻 4冊の紀行。津村正恭著。寛政 2年(1790)成。天明 8年(1788)11月 5日に江戸を出て翌月 7日秋田に着き、 2年に亙って雪国秋田の生活を記録して
寛政 2年 4月 6日に江戸に戻った。引用元は「近世紀行日記文学集成」(札幌大学図書館蔵)。
・年表二
《行平鍋須磨酒宴》ゆきひらなべすまのさかもり
曲亭馬琴作の合巻。文化 9年(1812)刊。摂州の武士在原家の跡取りを相撲をもって決せんとしたことに端を発する仇討ちを主とし、
潮入りの井の奇談を絡め、相撲故実に通ずる者として明石志賀之助を登場させた作品。
改題再刻本がいくつかある。引用元は「叢書江戸文庫」(札幌大学図書館蔵)。
・行平鍋須磨酒宴
《愈愚随筆》ゆぐずいひつ
伊藤有鄰編。12巻。延宝元年(1673)刊。題号に見らるる如く教訓随筆ではあるが、一つ一つの話は短く、説話にも似る。
各話には原話の所在を明記する。引用元は、北海道大学附属図書館本館蔵の延宝元年板本である。
・愈愚随筆
《遊藝園随筆》ゆげいえんずいひつ
川路聖謨著。少なくとも12巻あったはずだが、現在は 8巻から12巻までしか伝わらない(現存巻は宮内省に献納されたために今に伝わる)。
天保 4年(1833)から弘化 3年(1846)までの記録が収められている。なお12巻で「川路左衛門尉覚書」と改められている。
新書名の通り、前掲の期間における出来事を記した覚書といえる。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・年表二
《温泉の垢》ゆのあか
1冊の洒落本。寛政10年(1798)以前成。作者未詳(白井固かその父か)。羽前田川温泉における湯女とその客とのやりとりを描く。
地の文は擬古文体、会話は方言で書き記す。九紋竜の名が出てくるが、相撲取りではなく、かく綽名される大柄の湯女である。
引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・温泉の垢
《夢の跡》ゆめのあと
享保末から元文初年にかけて尾張を治めた徳川宗春の時代における遊里等の印象記。延享 3年(1746)序。
筆者不詳。当時、公認遊廓三所・数十ヶ所の非公認遊里など、三都を凌ぐ景気ともされた。
引用元は「未刊江戸文学別冊」(藤女子大学図書館蔵)。
・夢の跡
《夢の浮橋》ゆめのうきはし
本編は 2巻 1冊、附録 1巻。文化 5年(1808)成。本編は曳尾庵元亀老人・大田南畝共編。前年 8月19日の深川八幡宮祭礼の際、永代橋に見物人が集まりすぎたため橋が落ち、夥しい死傷者を出した。
これに関する種々の記録を集め、併せて深川八幡宮の由来をも記したもの。附録は豊島屋十右衛門著。著者は鎌倉河岸の酒商人で、永代橋墜落の様子を記し、深川八幡祭礼の盛況ぶりを画工に描かせており、
これを大田南畝が夢の浮橋の附録となし、跋文を添えて刊行した。引用元は「燕石十種(国書刊行会版)」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・夢の浮橋
《夢ノ代》ゆめのしろ
山片蟠桃著の啓蒙的随筆集。12巻。文政 3年(1820)成立。天文・地理・神代・歴代・制度・経済・経論・雑書・異端・無鬼・雑論に分かれ、
合理主義者としての数々の論説を載せる。地動説を信ずる段や、神話と歴史とを明確に区別するなど、大いに注目に値する。
引用元は「日本思想大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・夢ノ代
《ゆめみ草》ゆめみぐさ
5巻の俳諧撰集。休安撰。明暦 2年(1656)自序・奥。巻四までを四季別発句集とし、巻五に廻文発句と付句、それに句引を収める。
時代からも貞門俳諧風の句ばかりになるのは当然であるが、入集している作家は大坂の者が多く、貞門の根城である京の作家は極めて少ない。
当初は10巻 5冊の予定だったらしく、春と夏が各 2巻になっている版が存在していて巻次に混乱が見られるので、
引用者の判断により巻数を示さず、季節によって巻数に代えた。引用元は「古典俳文学大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・ゆめみ草
《用捨箱》ようしゃばこ
柳亭種彦著の考証随筆。 3巻。天保12年(1841)刊。風俗・飲食などについて、古書を引きながら考証したもので、
「還魂紙料」に次ぐ著。引用元は「日本随筆大成(新版)」(北海道大学附属図書館北分館蔵)。
・用捨箱
《夜討曾我》ようちそが
幸若舞。曾我兄弟が富士の巻狩の場に赴き、工藤祐経を夜討にして討ち取る筋であるが、謡曲と違って幸若舞では相撲の場面が挿入され、
また屋形の絵尽しも入れられている。引用元は「新日本古典文学大系」(石狩市民図書館蔵)。
・夜討曾我
《浴陸奥温泉記》よくむつおんせんき
小宮山楓軒の紀行文。文政10年(1827) 5〜 6月に鳴子温泉へ湯治に出たときの日記。
先行文献の引用するなどし、また城下町の観察も怠らず、各地の伝説などにも興味を示し、内容は多彩であるが、
湯治の効果については触れるところがない。引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・浴陸奥温泉記
《よしの冊子》よしのそうし
水野為長著、田内月堂編の随筆。19巻。著者は松平定信の侍臣で、定信が老中であった天明 7年(1787)から寛政 5年(1793)の間、
世間の噂を記録して定信に呈上したもの。寛政改革をめぐる世間の風聞などもそっくり記録してあるため、定信はこれを秘蔵していた。
定信没後に侍臣の月堂が抄書したのがこれで、「…のよし」とあるのが多いために「よしの冊子」と名づけた。
引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・年表二
《芳野山》よしのやま
1巻の噺本。古喬子序。安永 2年(1773)序。23話を収める。この年に出た噺本の中では小ぶりで、
続篇の予告がありながら実現しなかったようだ。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・芳野山
《与州播州雑詠》よしゅうばんしゅうざつえい
俳諧書留。寛政 9年(1797)〜11年の筆記。七部集からの抄出を主とし、中に大津方面を訪れた記録を含む。
引用元は「一茶全集」(藤女子大学図書館蔵)。
・与州播州雑詠
《世継》よつぎ
→大鏡
《世継物語》よつぎものがたり
→大鏡
《世中貧福論》よのなかひんぷくろん
十返舎一九作の滑稽本。 2編 6巻。画は前編が作者自身、後篇は竜斎正澄。前編文化 9年(1812)、後編文政 5年(1822)刊。
序文には「西鶴の唾を嘗めて」などとあるが、前編は西鶴ではなく江島其磧の「商人軍配団」によっている。
貧乏神と福神がとりついた家の興亡を滑稽に描いた作品で、貧乏神がついた商家孫太郎の家は潰れに潰れて貧乏神にも見放され、却って最後には女房と楽に暮らす。
はじめ福神がついていた道具屋正作の家では、いつしか貧乏神が福神を追い出し、挙句には相撲興行を唆されて力士に喰い尽くされて終わった。
引用元は「古典文庫」(藤女子大学図書館蔵)。
・世中貧福論
《蓬生譚》よもぎうだん
森春樹著か。 1冊。68の奇談を集めた書で、春樹には別の「蓬生談」10巻があり、これからの抄出本かとも見られたが、
重なるのは10条程度である。春樹は日田の国学者であり、妖怪幽霊の奇談や日田の地誌を扱った随筆がある。
引用元は「随筆百花苑」(藤女子大学図書館蔵)。
・蓬生譚
《四方の留粕》よものとめかす
2巻の狂文集。四方赤良著。文政 2年(1819)序。編集自体は年代を追わない雑然としたもので、
上巻は天明期のものが多いが文化のものも含まれる。下巻になると安永から文化までバラバラである。
弟子である四方赤垣が師のために編んだものといわれ、あえて「四方赤良著」としたところに赤垣の自らを正統とする意図が見えるともいう。
引用元は「大田南畝全集」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・四方の留粕・野見宿禰
《よるのすかかき》よるのすがかき
1冊の洒落本。風通作か。明和末年頃の刊か。吉原の案内手引書にして粋論でもあり、「遊子方言」の模倣作に数えられながらも、
文章巧みで光彩を放つ。引用元は「洒落本大成」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・よるのすかかき
《万の宝》よろずのたから
1冊の噺本。四方赤良序。安永 9年(1780)刊。宝の君こと雲州広瀬藩主松平佐渡守近貞の屋敷で行われた咄の会を書き留めたもの。
メンバーは大名や学識溢れる人々で、話は上品、造本も贅沢で、上質な噺本である。引用元は「噺本大系」(北海道大学附属図書館本館蔵)。
・万の宝
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp