紀州船米国漂流記
《紀州船米国漂流記》
馬は土地に沢山有之ども。不喰。牛豕は諸館に養ひ。子を育ると云。諸館にて毎日牛を屠る事。日に十八疋づゝなれ共。
上食にて値貴く。島人共牛豕を常に喰事不能と言。諸館には万備ざるものなし。
歌舞吹弾琴の音も聞るよしヲヽルコルの大きさ一間位の大器にて奇々怪々の妙音美音有と云。
船中に翫ぶヲルコルは二尺位の由。洋中にて時化。或は難風の日は。檣を操さげ。船の上は廻りを〆切。
内には灯火照して。鼓弓ヲルコルの二曲を鳴らし。楽府を唱へ。終日酒ゑんして歓楽するよし。山の如くの大濤。
船の上を打越して。内へは少しも洩入事なく。難風如何程烈敷吹発りても。聊恐るゝ色なく。却て時化難風の日は。
船中の肩休めにて楽なりと言。漂人等携へ有之歌三味線。并〆太鼓。外に膳椀も二十人前づゝ有しを。船子共え遣し候処。
アメリカ人大に悦び。中にも膳椀の塗物を甚だ賞美せしとなり。彼国にはうるしを用る事巧みならずや。
又はうるし無や。日本制の塗物を珠玉の如く珍重する様子に見へ候。又ある難風の日。船中徒然のまゝ。
吉松船子共と相撲を取りたりし時。黒人は天窓に頗る力有。腕先も強して中々勝事不能。アメリカ人とは互角のよし。
亦唐土にて唐人と取候時。何れも甚よはく。一人も手に立者なしとぞ。鴉片煙草流行故。皆弱きとの事なり。
亦此島小島なる故にや。渾天
の両説にも。外の図説にも見へず。極て小島なる故洩れたる成るべし。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp