古今役者論語魁
《古今役者論語魁上》
○当時評判記江戸見物の変化
一 近年。江戸評有といへ共。三ヶ津評判記は。古来よりの定式故。諸人是を用る事大方ならず。然ば聊も無理にありては其専なし。
然に近頃の評判を見れば。諸見物。此所にての大当と感仕内に悪口を入。差而も無所を大出来と誉の類。尤見者の気の付ざる場を書ゆへ。
細なるやうなれども。初心なる見物を紛す趣向のやうにては。本評とは言がたし。さしあたつていはゞ。中むら仲蔵。
昨今の仕内なれども。気持格別にして。上下ともにいやといふ人なし。昔より聞役者。当役者といふは有ども。
我等古中村助五郎。出世最中を見て。今仲蔵とくらべて見に。年中あたり結の処は午角なるべし。助五郎かたき役の上上
より。
実悪になり。上上
。あたりの勢につれて。初て工藤の役を勤たれども。位うすく。祐経を勤たれども不当。夫より二代めの大谷広治と相芸にて。
角力男伊達などの芸にて高名をあらはし。江戸中の髪結所の障子
如此の紋と成し程なれ共。差而感程の仕内もなかりし。
尤仲蔵も位事は次なれども。気取よき故。初ての工藤も大あたり。組合といふ相手もなく。狂言は不出来にても。独あたりを取。
別して小野定九郎の役は大広袖のきるもの。又は筍笠をかぶり。赤合羽にての仕内なるを。傘にて拝領の紋付を着てのおもひ付は。
仕内といゝ。気持といゝ。名人芸にて。三度ながら大出来。我等青山
町辺に知己の人ありしが。
定九郎の無類と誉し。この上は。ていらの清盛。大願成就ありがていに。気を付られたらば。実悪の極位はみへすいたり。
然に仲蔵より定九郎の行義くづれたり。立者は姿を古風にして。仕内に工夫有たしとの評判。これ見物の裏を行処にて。
定て仔細あるべき事なれども。愚按には不落。くらゐも順に有りていがよし。惣役者をよくよく秤に懸て磨直。六十目もちがふやう成茶釜にては面白からず。
又江戸見物は。一躰見やうあらし。その証拠は。いつの狂言にても。或は友きり丸詮義のため身を略し。人の刀を抜て寸尺をあらたむれば。切落より。細と誉。
人を殺て刀の血を拭ば。追込より頬がぶりの見巧者。いよ細と誉。先年市村座にて。梅桜二人蝉丸の狂言に。古あらし七五郎座頭となり。
料理人を按摩にて捫殺仕内ありしが。下の見物むごんにて見たり。江戸見物の細とかけ声のある処は。見へにして。勿論の仕内と知るべし。さればこそ去々年。
梅幸。大友常陸之助の仕内。助高やの再来なれども。真の芸ゆへ。鉢巻の見物へ見へず。骨折損となりしも尤なり。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp