| 一 | 家君曰。昔紀州の角觝夫に荒砂長太夫と云者あり。彼が存生の間は。他国の相撲取ども紀州へ踏込では相撲取にくしとなん。 相撲取風情すら如此。いはんや武門に立て家芸を事とする者の。実に英雄豪傑の士とも成て。国家の干城とも頼まるゝ様にならひでは。 口惜かるべき次第也。然ども今の芸者。その志ある者は千百に一二も聞えず。 |
| 一 | 今の士人。角觝夫などの大兵多力なる輩を見ては。心に勝負の事を恐れ。甚キは口外する族あり。
未練至極の事也。武士の精神にて物をする場に至ては。何ぞ形の大小。力の強弱によらんや。古薩摩侯の柄臣に二色武蔵新納武蔵忠光。といふ者あり。
勿論強弱の士なり。一日薩摩侯角力興行ありしに。自国の角觝夫皆他国の相撲に負たり。侯武蔵を召て曰。国の角力者皆他国の相撲に負たり。
甚無念に思ふほどに。年寄て太儀ながら。汝一番取勝てくれよと。武蔵が曰。安御事なれども。臣が取らば必定怪我を仕らんと。
侯の曰。相撲取どもに事なれば。怪我をしたりとも苦しかるまじと。然らば迚。武蔵立向ひけるが。団扇をあぐると其儘首をねぢてねぢころし。
人に謂て曰。某関ヶ原其外の役に於ても。此相撲に取負ぬ。思に今六十歳に成。如此無事に存て居ると云々。
然ども此武蔵は其頃も抜群の者なれば。中々大抵の者の日当にはしにくかるべし。 近歳阿波侯の臣に斎藤見斎と云茶道坊主あり。是も勝れて気丈なる生付なりしが。国に勧進相撲興行ありし時。国の相撲取ども皆負たりければ。 某が取勝て見せんといふ。皆曰。御辺今迄相撲のけいこの沙汰を聞ず。無用也と押止しが。不聞立向しが。手も無く突出し勝たりし故。人皆目を驚し。 如何なる術を以て勝たるやと問ふ。見斎が曰。某相撲は不鍛錬の事なれば。自然負る事あらん。左あらば彼が喉へ咬付て咬殺す覚悟也と。 扨又彼の相撲取に何して負たるやと問。相撲取が曰。あのやうな見脈のおそろしきを見たる事なし。それゆへ負たりと。 惣じて人の魂を以て物をする場は皆如此也。況武門に立つ者の。此場の践〆に自得なくては口惜しかるべき次第なり。 |