旧観帖
《旧観帖巻之中》戯場看取茶漬屋の場

ばゞコレヨ。福介よ。何をうろうろするのだエ。馬鹿アつけ。主らアそこがわけへだけ。 いくじなしだアといふことよ。大かたそんだアこんだんべいと思つたから。おらア迯ながら。他の肩サア掛た手拭と。 人のウうツことしたはきものサ。ひらいあげて来申た。にしらにさつくれべい。すてたよりやアよかんべい 忠次イヤとんだばアさんだ。 江戸ものアはだしだぜ 越後イヤモ。わしらアあまりにおどろいたせいか。はらがへこへこになつた事よ それサなア。 わしらもよ 忠次そんなら。あは雪でもくひなさんえへか ばゞうらはやだモシ 忠次なぜへ ばゞとしがよつちやアひやツこいものは。 あらにあたり申サア 忠次ナニサ。とうふだから。やわらかでいゝはな ばゞぬくといのもあんべいか 忠次しれた事よ ばゞそれだら。 よりますべい トみなみなつぼやあがりしたくをする ばゞうらが国がたのとうふとちがつて。 あんだかしまりのわりいとうふだよ 忠次これが名物のあは雪サ ばゞ名物だアのあんだアのといつても。あんでもうらが国の方がよくござらア。 芝居だアツてもさうだア。イヤ花村やアだの。滝のやだアのと。旅籠やの寄合のうきくがいな役者べいあつて。ねつからうらにやわかりもふさねへ。そのうへに金のぬすんでひんにげたり。人をうたぐるやうなことおいはつしやるけども。 あにしに見物が金のウぬすみますべいぞ 忠次イヤサばアさん。おめへわりいりやうけんだ。それが狂言だアナ。何しにおめへをうたぐるもんだ。おめへばつかり見ていやアしめへし。 大勢の見物が居やサアな ばゞそうだとつても。あれから見りやア。国方の大谷竜左衛門どの。山下金吾どのなどの在所へ来たときやアづねへ事よ いつのことだもし ばゞまだ。 にしらア生れねへさきよ。うらがむすめざかりのときサ 甲州おこれはふるひはなしだが。ちと足休にはなしてきかせさつしやいナア 越後なるほどよふござらうはひ あんだか。 ばゞさんとんだアことをいふのだんべい ばゞエヽあにヨうにしがしつて。だまつていめさろ。中でも山下金吾どのといつちやア若衆方で。丹前師でナア。そのいつくしさ。 めんなごさ。うらもその自分ナア十八のさかりだアから。がらい金吾どのゝ若衆ぶりに。かつぽれたアとおもはつしやい。何が名主どんの息子とわけもあつたが。アニハア金吾どのゝ顔を見ちやア。外の人のつらサア見たくもござらねへから。 毎日毎日紅やアうどんの粉ナアくつゝけて。しばゐサ計這入こんで。おりがよくばア金吾どのに。心のたけのうぶちあけべい。あの人より外にやア御亭ナアもつめへと。心でおつ極ていたことだアから。 何が毎日。日日。いつたア所が。あるときナア金吾どのが。敦盛とかぶつかけとか。あんでも蕎麦のうよふな役の。わかしゆでくになつたアが。あぢよのわけかしれもふさねへが。ちくせふにぶちのつて。出来た大勢と切合申たが。金吾どのはづねゑでくでナア。 皆迯ていつたアとおもはつしやい。おらもうれしく。いきんで見るひやうしに。おもはずがらゝモノ。屁のうひとつこいたア事よ。それを金吾どのにきかれべいかと気をやんだアが。 アニサ金吾どのナアいそがしいから。気もつかねへさうで。大勢を追かけてゆきめさるから。まづおちついたアとおもつたら。おちつかれねへことが出た。ハア聞てくんさい。 あんでも馬貝とか熊貝とか貝類だアが。づなく強さうなおつかないでくナア。これもちくせふにぶち乗ておでやり申てな。扇子ナアぶちひろげて。やれまちろヤアイ。敵に後を見せるか。慮げいだアとか。比興だアとか呼立て。金吾どのをまねくと。金吾どのも金吾どのよ。 聞ぬぶんでぬければヱヽニ。あンだア何。後のう見せべいぞと。ごせなアやいて。やがてちくせうのかしらアぶちけへして。刃物をぶちふつて。たゝき合たアが。それを見るうち。うらハア金吾どのなアまけにやアゑゝ。若衆でくな勝ますやうにと。塩竃六所の明神さまサア。 一心におがんで居るうち。ふたりやア。がらいはものをほかしだいて。サア組べいとかあんとかいふと。何があるべいことかあるまいことか。 ちくせふの上で。角力どりヨおつばじめたアとおもはつしやい。熊貝どのア吉町へでもいつた気にならしつて。むりな事をさしつて。かうもんナかつさばくべいかと。うらがむねはどきどきしていたが。それからふたりは海ばたのがいな所へころびおちて。うらはハアハアとおもふうち。 馬貝でくに若衆でくが打なげられて。ひしげつけられたアから。うらアどふすべいと泪をためて見てゐると。馬貝どのがつくづく若衆でくの頬なア見て。其方を見るにうらが息もおんなじやうだア。そんたふとりおつころされねへとつて。勝べい軍にまけべいでもあるめへから。 人の見ぬうちに。はやくぬげてゆきなさろと。ちりのうぶつはてへてやるべいとしたアが。金吾どのも気性わらじよ。何先へいつて。わいわいでくや。折助でくの手にかゝるべいより。爰でおつころつてくれめさろと。じくね出来て。ぶつツはつていごかねへハア。それから互に迯ろのやんだアのといふうちに。 何がうしろの山からハア出来たアほどに。赤ひでくに。白ひでくに。青ひでくに。黒ひでくに。とびいろなでくまであらはれてなア。ヤアレ馬貝の心が二つになつたアぞ。ひた心だアとやらだアから。一所にぶつころせと。たしか平山とかいふでくが。大せうで呼びたてたアから。サア済ましねへで。 いろいろ馬貝どのも気をもむし。わしも祈念していたアが。あにがうしろからアどなり申ス。若衆でくなア死ぬべいといふ。そこでサよりどころなく。馬貝どのガ刃物をふりあげたアから。うらア目なアかくしているうち。がらゝ首ノウぶちおとひてしまつたアから。それを見ると。わしやアそこへぶち倒れ申たアが。 ちくと気がつき申て。さてもさても。さても世界に神さまも仏さまもないことかウ。御亭と思ふ金吾どのにわかれ申て。あにハアたのしみのふあるべいぞ。 うらもせとの阿武隈川サ身投をすべいと覚悟のうして。せめてはいまふとたび死顔なりと見て死ぬべいと。そろりそろりと楽屋の方いサいつて。覗て見申たら。死んだアとおもつた金吾どのなア。大はだぬぎで団扇のふ遣つて。 けそけそとして居られたアから。うらアあいそもこそもつきはてゝなア。さてさて役者といふもなアちくべいするもんだア。あれじやア。うらがかつぽれても。むだごとにされべいと。そのとき金吾どのをおもひきつたア モシばアさまや。マふとつ酒をのまつしやい。 とうふがひやつこくなるべゝ ばゞヤアそんだらマひとつのみますべい。江戸なア酒はきつくて。うらにやきゝすぎらア トぐひとのんで。ゑちごへさす 越後うらもゑらくよひましたア。モウこれぎりにしますべいサア。 忠どん 忠次おめへがたア酒をのむのむといつたツとも。さつぱりいかねへナ。ヲイ番頭さん。モウふたつばかりかけてくんな
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp