尤之双紙
《尤之双紙下》
十六 名乗る物の品々
一。三番の勝相撲。合戦の軍兵。新参の事は申に及ばず。年頭。八朔以下の礼儀にも。太刀折紙の奏者を以て。 名乗るは常のならひ也。むかし天智天皇。筑前国かるかやの御所は。茅茨剪らず。采椽削らで。丸木を以て建てたる皇居なればとて。 木丸殿と申奉る。秋の田の露ににしほれ。萱が軒端の月を御覧じけるころなれば。御用心ましまして。 新関をかまへ。往還の人を名のらせて通し給ひける。御門の御製にも。
朝倉や木の丸殿に我をれば名のりをしつゝ行はたが子ぞ
又。毛利千句に。
つらき別れと引とめし袖
昌叱
名のらずは誰かは又もとがめまじ
同
道の行衛は飛鳥井の宿
紹巴
此句は。花の宴の巻に。御遊びすぎて。光源氏月にうかれて。弘徽殿の三の戸口に。何となく。たゝずみおはしけるに。 おぼろ月夜にしく物はなしと。うち誦して出給ふを。源氏の君やをら立よりて。御袖をひかへ。名のりし給へ。 いかでか聞こゆべき。かうては思ひやみなんとはおぼされじと。引とめ給ひて。御契り浅からず。 扇をとりかはして。別れ給ひし面影也。又。道の行衛の句は。狭衣の大将飛鳥井の君。太秦に籠り給へるに。 仁和寺の威儀師といへる法師。乳母と心あはせて盗み行を。大将二条辺にて見つけ給ひて。とがめ給へるを。 君をば車に置て。逃げけるを御覧じて。いづかたへ行く人ぞ。名乗り給へ。送りとづけんとの給へば。二条堀川。 蚊遣焼辺へとありし也。さて其まゝ契り給ひて。御懐妊ありしを。又乳母筑紫に任に下る。大将殿の家来道成といひ合て筑紫へ下るを。 虫明の迫門にて。船より身を投げ給へるに。長門守帰京の船中へ。落ちしをつれて都へ上り。ときはの里にて。 御誕生ありけり。狭衣の御娘。飛鳥井に宿りはのことばより。飛鳥井の君とは申とかや。
郭公の名乗。とよみたる歌。
藤原為忠
待ちかねて暗部の山のたそかれにほのかに名のるほとゝぎる哉
元 方
立返り誰が問へばかはほとゝぎすをのが名をのみ名のるなるらむ
光俊朝臣
山風の不破の関守問はねどもこゝろと名のるほとゝぎすかな
前参議親澄卿
朝倉や問はぬに名のる子規木の丸殿の名にたてじとや
ある発句に。
郭公名のるは富士のたかね哉
《尤之双紙下》
卅五 気味のよき物のしなじな
一。親の敵を討ちたる。相撲に勝ちて名乗る。とり餌ひて帰る鷹野。ひつぱりてゆく地道馬。たち風呂へ入たるも気味はよし。 試し物に胴の落ちたる刀。濃茶飲みたる口中。台所の未那板の音。ひもじなる時食う飯。暑き時分水浴びたる。 又。旅の門出に天気のよき。順風に帆を上げたる船。新宅へ移りたる。よき夢みたるも。気味はよき也。
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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp