南瓢記
《南瓢記巻之三》

  強 勢
人気実情ありて。又強勢の事のみ多し。異国は島国といへど。一国づゝの諸侯有て。清朝へ随ふもあり。 外国にても。南国の島国は。みな安南国へしたがひ。惣て諸国とも本国と違ひ。肉食多きことは。風土のならはし也。 我国程ありがたきことはなし。此安南国にては。家々に禽獣数多飼置。日用のかてに遣ふこと。あげてかぞへがたし。 めいめいも。日々近所なと心やすき方へはなしに至り候せつは。日下人への馳走とて。我方に飼置候豕などの。 能大道に遊びたわむれいるを呼込。我人の目のまへにて。四つ足を細引にてくゝり。幅三寸計もある両刀の剣をいだし。 下には鉢をうけ置。咽の下の毛四。五寸ばかりもむしりとり。其所へ右の剣をさしこめは。獣はせつなきに泣狂ふを。 見向きもせず乗かゝりて。流るゝ血を鉢へとり入。酒の肴には其儘吸。又は温き飯にかけ賞翫なし。或は其血を瀬戸物の鍋へ入。 煮詰候へば。かたまり候を。酒のさかなとなし。獣のの四つ足は切捨。大釜に湯をたぎらし置。未死切もせざるをその儘打込。 暫くありて引上。毛を抜ば一筋も不残きれいに抜候を。あをのけになし。咽の下より腹へかけ竪にたちわり。 小口よりづかづかと細かくきり。別に瀬戸なべに牛豕のあぶらをたぎらし置。塩にてかげんをなし。此中にて煮詰め。 能じぶんに鍋をのけ。さまし置。酒の肴。又は飯のさいに遣ふこと。目も当られぬことどもなり。 ぬたさしみには。生にて遣ふこと。始て見し時は。一口も喰べ候ものにてはなし。羊野牛なども。大躰は斯のごとし。 鶩鶏も生にて血をしぼり。又は羽がいともくゝり候て。煮湯へ打込。引上候ては毛をとり。種々の料理方。 家々にてこしらへ。打より給物になし。女子共も食することは。けしからぬことに思ひくらしけるが。 追々此事もみなれ喰なれ候へば。さしてふしぎにもなく。只珍客などへは。ぶたひつじ野牛の首を打落し。 そのまゝ首ばかりを卓机の上に直し。其外の魚肉鳥青物みな油揚にせしをならべたて振舞こと。貴人を招く料理にて。 おりふしは此事にも付合けり。また或時は。四。五人連にて城下の町をはなれ。なくさみに出しに。若き男の勢ひ組とも言べき者五。六人。 つかつかとはしりより。此方どもの前をまくり。尻をまくり候ゆへ。至て何がしは健気者なれば。腹を立て。 一人の男の片手を握り引つかみ。さし上て大道へ投付れば。のこり四。五人一度にかゝるをことともせず。 先代生れの船方にて。腕まへは達者なり。彼等に負ては我国の恥なりとて。連のものへも気を持せ。四。五人の国人をさんざんになやましければ。 外けんぶつの国人まで。あきれかへりし顔付は。心よきことたとへがたし。其後は何方へ行候ても。指ざしするものもなく。 日下日下とおぢ恐れ候趣なり。此沙汰官人衆へも聞へしにや。上より城下のはしばしまでも。触にてもまわりしか。 少しも国人構ひ申さず候こと。異国に有候内。これほど面白きこともなく。一興にぞありけり。また或時となりの酒屋にて。 たわむれごとに腕をしをなしけるが。此亭主甚上手にて。連のものは一人も勝事できず。何がしいろいろ工夫をなし。 始壱度にものゝ見事に勝ければ。大きに我折し也。尤腕をしは。机の上にてすることなり。又此家。酒商売なれば。 蔵には俵物多くみへ候ゆへ。裏へ出て。二。三俵取いだし。米弐俵を丁になしさしあげ。又はかたに弐俵をのせ。 心よく歩行。いろいろと曲持なしけるにぞ。家内近所のものまでも見物に来り。 あきるゝこと大力の角力とりのごとく評判なしけり此国角力といふことなく。又肉食なせどもいたつて力なし。 五。六斗入の俵を。二。三人にてもち行なり。又逗留中に。阿媽港船の水主ども。日々此町へ鶤鶏のごとき大きなる鶏を持歩行。 国人と何角はなし合ば。こなたよりも鶏を持出。両方とも毛爪の所へ。弐寸ほどづゝもある真鍮釘の太きとがりしをはめ。 蹴合せ。それより勝候方へ。負し鳥を置。直に煮させ給ることなどは。さして珍敷くも思はず。足にはめし釘は。するどきものにて。 両方とも血みどろになりけり。国人肉食日々に多く。獣料理などは甚だ手強くみゆれども。此方ども逗留中。 灸治致し候へば。殊外恐れわなゝき。側あたりへは。壱人も得近より申さず。三。四間も向ふより。顔をしかめ詠しは。 互におかしく思ひけり。尤艾は広東より渡れども。薬種に用るのみにて。灸治といふことはしらず。背中足へやいとすへ候へは。 人間のやうには国人思はず。めいめいもはじめ。此国にて豕羊の料理を見し時は。恐ろしく存ぜしが。灸治と料理の感心に笑ひの種を残しけり。

先代…仙台か。
漂流記に戻る

坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp